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青森に忍び寄る円安の"影"

執筆者浅井遼(記者)
2022年11月25日 (金)

青森に忍び寄る円安の"影"

青森は国際都市?

私(浅井=記者)は青森県三沢市にあるNHKの支局で2019年の夏から勤務しています。
市内にはアメリカ軍の基地が所在し、多くの軍関係者が住んでいて、彼らアメリカ人を取材する機会もあるほか、隣接する六ヶ所村には、原子力に関連する施設や研究所があり、フランス人をはじめ、さまざまな国から来た人たちが働いています。

しかし、日々の取材はそれだけではありません。

そのようなわけで、収穫の季節ごとに何度か取材をさせて頂く機会があります。そこで気がつくのは外国から来た労働者の多さ。

三沢市とその周辺は、「やませ」と呼ばれる偏東風が太平洋側から吹いて夏でも涼しい気候と柔らかな土壌を生かして、ながいもやにんにく、ごぼうなどの農業が盛んで全国屈指の生産量を誇っています。

農家の人たちに話を伺うと近年、日本の若者で担い手が不足していて、外国人労働者に頼っているということで、仕事をする上で欠かせない存在になっているのです。

ベトナム人や中国人、インドネシア人、最近では介護施設でネパール人を初めて受け入れ「開所式」を行ったという取材もしました。

このように青森県は意外にも国際色豊かな地域なのです。

日本から外国人材がいなくなる?

青森市

その「国際色」の背景には人口減少があります。総務省が令和4年8月に公表した人口動態調査によりますと、青森県の人口減少率はなんと1.35%と、秋田県の1.52%に続いて全国で2番目に高く、今後もこのような傾向が続くとみられています。

また、国内では新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き、経済活動が正常に戻りつつある中、日本商工会議所が令和4年7月と8月に行った調査によると全国の中小企業の64.9%、およそ3分の2が「人手が不足している」と回答していて、外国人材の需要がますます高まっています。

為替レート

こうした中、一時期より落ち着いたとはいえ、依然として円安の状態が続いています。そこで疑問がわきます。

「これほど通貨が弱くなった日本に外国人が来るのか?」と・・・。

個人的な話ですが、今から10年以上前、私は4年間ほど海外の大学に留学していました。そのときは円安も円高も経験しましたが、円安はまさに生活水準を下げざるを得ないほど深刻なものです。
日本の円を現地通貨に換算すると数年前より3割ほど目減りするなんていうこともありました。

ただ、私は渡航目的が「勉強」であったため朝はバナナだけ食べて、円安を耐え忍んだわけですが、「労働」のみが目的ならわざわざ日本を選ばないのではないか・・・。

このような視点から「円安と外国人材」に関する取材をスタートさせました。

青森の現場に忍び寄る円安の影

介護施設

最初に向かったのは六戸町にある特別養護老人ホームです。
人手不足の解消のため3年前からインドネシア人を受け入れを始め、現在は6人が働いています。
来日3年目のアル・ガニスタ・アザーロさんに話を聞きました。

アル・ガニスタ・アザーロさん
「いいところは日本にいっぱいあります。人々も優しくて、インドネシアの友達への1番のおすすめは日本です。」

日本での仕事も生活も満足しているようですが、やはり気になるのは円安。
インドネシアにいる家族に毎月、送金をしているということですが、給料を現地通貨に換算すると来日したころより2割ほど目減りしています。

アル・ガニスタ・アザーロさん
「円安でレートが低くて厳しいです。2年前は円の価値がとても高かったのですが、今はとても下がりました」

理事長

理事長の村上一夫さん。
最初は外国人を受け入れることに若干の不安があったということですが、勤勉に働く姿を見て、すぐその不安は吹き飛んだといいます。
今後も、インドネシア人の受け入れを進め事業を拡大させたいと考えていますが、円安で確保が難しくなると懸念しています。

村上一夫さん
「今は(人材が不足していて)使用していない施設がありますので、外国人の力を借りて稼働させたいと思っています。円安について政府は為替に介入しているようですが、あまり今の状況は芳しくないと思います」。

にんにく畑

さらに円安の影響は、青森特産のにんにくの生産現場でも出ています。
おいらせ町で農作物の生産や加工を行う会社の柏崎進一さん。
この日は、中国人の労働者とともに、にんにくの球根の植え付けを行いました。

ビニール

円安や物価高で農業用資材は軒並み値上がりし、にんにくが青森の厳しい冬を越すため保温用に使うビニール製品などは3割ほど高くなっているということです。
しかし最も懸念しているのが、人材の確保。
柏崎さんの会社では従業員のおよそ2割は中国人などの外国人ですが、確保できなければ経営が成り立たなくなると危惧しています。

柏崎進一さん
「日本が敬遠される時代が来ていますね。国内の労働人口も少ない。それに加えて海外から来る人も少ないとなると、この仕事を維持するのが大変な状況になります・・・」。

取材を進めると、実はことしや来年初めに日本に入国する労働者たちは、円安の前に日本行きを決め、それぞれの国で教育を受けて来ているので、青森県で影響が出るまでは「時差」があるようです。
ただ、農業の柏崎さんによると、外国人材を派遣する会社から「日本を選ばない人が増えている」と報告を受けているということで、次はより実態に近づくため日本に人材を送り出す「現場」を取材することにしました。

起き始める異変・・・

WEBインビュー

そこで話を聞いたのが、ベトナムから日本に渡航する人材の教育を担う会社の里村勇佑副社長です。
里村副社長によると、日本で高い技術力や語学を身につけ、数年後ベトナムに帰国したのち、高い賃金を得ながら日系企業で働く・・・といった長期的な戦略で日本を選択する人も多くいるといいますが、円安の影響で日本以外が選ばれる傾向がこのところ強まっているといいます。

里村勇佑さん
「コロナの収束と同時に、入れ違いの形で円安に入っているので出稼ぎ先ということのみで考えると通貨の価値が安くなっていないところに行く傾向があります」

ベトナム雑感

加えて近年、人材の獲得競争も激しさを増しています。
今回、ベトナムの実態を調べるにあたり、海外への人材を育成する複数のベトナム企業を対象に取材をしました。
ある会社によりますと、日本を選択する人はピークに比べ30%ほど減っているということで、現在は、台湾やオーストラリアを行き先として検討する人が多いようです。

オーストラリア

特に注目されているのがオーストラリアです。
オーストラリア政府は2022年春、ベトナムから農業部門に従事する労働者を受け入れる協定をベトナム政府との間で結びました。
関係者の間で、話題となっているのが他国に比べて高い賃金だそうです。

再び里村副社長に話を聞きました。

里村勇佑さん
「オーストラリアの農場でベトナム人が働くと、1か月あたり3500オーストラリアドル(約33万円)くらい給料がもらえる。それを目当てにいくという人たちは相当数いると思います」。

岐路に立つ日本

Webインタビュー

外国人労働者の確保を巡る競争は激しさを増している一方、日本では外国人労働者を取り巻く待遇面での悪さを指摘されるケースもあるといいます。
オーストラリアの高い賃金などを考えると今後、円安が解消されたとしても、日本が選ばれない時代が来るかもしれません。
まさに日本は岐路に立っているのかもしれません。

ではどうすればいいのか。
専門家は、外国人労働者をあくまで一時的な労働力と見なし続け待遇や制度そのものの、見直しを考えなければ人材の確保はますます難しくなると指摘します。

鈴木智也さん
「外国人労働者の受け入れ対象を拡大する、あるいは期間を長期化していくということが、今後の国際的な人材獲得競争の中でも必要になってくる部分だと思います。また、異文化に対する私たちの理解を深めつつ、社会的な受け入れ体制を整備した上で、外国人労働者も住みよい環境にしていかなければなりません。『いつか帰って行く人たち』というような扱いのままではなかなか人材確保の取り組みも本格化していかないでしょう」

編集後記

今回、取材したインドネシア人のアル・ガニスタ・アザーロさんは円安にも負けず、日本人スタッフと笑顔を交えながらきょうも元気に働いていると思います。
彼女にとって、日本での出来事はすばらしいことの連続で、より日本が好きになったといいます。また、介護の仕事についてもスキルアップできていると実感しているようです。

一方で、インドネシア人の多くがイスラム教徒で、礼拝する場所があればうれしいと語っていました。

今回は「円安と外国人材」をテーマに取材をしましたが、円安であろうとなかろうと働き先として日本が魅力ある国になれば、選ばれる国になると思いました。
先述したとおり、外国からの労働者は今後も必要な存在となるとみられます。

彼らの宗教や文化などを理解して、単なる「労働力」として見るだけでなく「隣人」として接し、就労先として積極的に選んでもらえるようにしていくことが日本が社会を維持し、世界で生き残っていくための道なのかも知れません。

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