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チシマザサってどんなササ?一斉開花はいつ起きた?

執筆者益永恵里花
2021年10月20日 (水)

チシマザサってどんなササ?一斉開花はいつ起きた?

質問を寄せてくれたのは青森市のペンネーム、山田甲八さんです。山菜採りが趣味ということですが、山田さん自身もチシマザサの花はもちろん、一斉開花も見たことがなかったそうです。

私自身もチシマザサという名前自体、初めて聞く言葉でしたし、ササの花のイメージすら湧きません。そんなわからないことばかりの状態で、今回の取材はスタートしました。

花よりタケノコ

チシマザサ

チシマザサは北海道や東北、本州の日本海側などに広く分布し、成長すると人の身長を超えるほどの大型のササです。

桿(かん)と呼ばれる茎の根元が曲がっていることから、ネマガリダケとも呼ばれています。タケノコはシャキシャキとした歯ごたえが人気の春の味覚です。

チシマザサの花

そして、こちらが今回の主役、チシマザサの花です。黄色くぶら下がったように見えるのが雄しべで、黄色の塊ひとつひとつが花です。花びらがなく、「地味だな」というのが第一印象でした。

ユニークなササの生態

しかし、調べるとチシマザサに限らず、ササの仲間はユニークな生態を持っていることが分かりました。

ササの特徴

特徴の1つは寿命がとても長いことです。数十年から長いものでは100年以上生きて、その最後に花を咲かせます。花を咲かせたあとは枯れてしまいます。

2つめの特徴は広い範囲に生えている多くの個体が同時に開花し(=一斉開花)、そのあとは同時に枯れてしまいます(=一斉枯死)。枯れたあとは数十年をかけて、再生するということです。

ササは長い寿命の中で一度しか花を咲かせず、必ずしもすべての個体が一斉開花や一斉枯死をするわけではないため、一斉開花などは目にすることは非常に難しいということです。

一山全体にわたって花が咲くことも

「そんなに珍しい現象なら、一度は目にしたい!」ということで、専門家に貴重な写真を見せてもらうことができました。

イブキザサの一斉開花

チシマザサではありませんが、こちらは今から35年ほど前に滋賀県の比良山地で確認されたイブキザサというササの仲間の一斉開花の様子を捉えた写真です。

黄色い四角で囲ったところがイブキザサの花です。チシマザサの花と同じで、イブキザサの花も地味ですね。

非常にまれな現象なうえに、花も地味ということで、よほど注意深く見ていないと気づくのは難しそうです。

イブキザサの一斉枯死

一斉開花よりも発見しやすいのが一斉枯死です。

こちらの写真はイブキザサの一斉開花のあと、同じ場所で撮影された一斉枯死の写真です。

白く見えているのが枯れた場所です。山の広い範囲で枯れている様子が分かります。

ふだんは青々とササが茂っている場所が一斉に枯れてしまうので、一斉開花と違って一斉枯死は発見しやすいということです。

広域で同時に花を咲かせる不思議

では、なぜ、こんなに広い範囲で、ササは同時に花を咲かせるのでしょうか?その理由をうかがわせる興味深いエピソードがあります。

モウソウチク開花までの経緯

1997年に栃木、茨城、埼玉、千葉の7か所でモウソウチクの開花が観察されました。

実はこれらのモウソウチクは1930年に横浜市で開花した親から種を採って、各地に植えたもので、67年後に一斉に開花したのです。

遠く離れた場所で育った個体が同時に開花したことから、ササは気象条件など育った環境ではなく、遺伝的な要因で開花の時期が左右されると考えられるということです。

八甲田山系での一斉開花は過去2回確認

ここまで、ササの花や不思議な生態について説明してきました。いよいよ、ここから本題の山田さんの質問にお答えしていきます。

質問に答えてくださったのは、40年以上にわたってササの研究を続けている秋田県立大学生物資源科学部の蒔田明史教授です。

当時大学院生だった蒔田教授が八甲田山系でチシマザサの調査に入ったときの写真

こちらは今から30年程前の1980年、当時大学院生だった蒔田教授が八甲田山系でチシマザサの調査に入ったときの写真です。

この前年、1979年に八甲田山系でチシマザサが一斉開花したという情報が寄せられ、よくとしに調査に入りました。

辺り一面、枯れたチシマザサで覆われていたということです。

秋田県立大学 蒔田明史教授
ササは通常なら葉がびっしり生えていて緑色に覆われて、足を踏み入れるのも大変なはずですが、調査にはいったときは葉が全部なくなり、ササの桿(かん)という茎の部分が茶色くなっていて、すごく異様な感じでした。

蒔田教授によりますと、八甲田山系でチシマザサの一斉開花は1979年と1995年の2回確認されているということです。

1回目は1979年で、大岳から高田大岳にかけての斜面、およそ60ヘクタールでした。東京ドーム13個分もの広大な範囲でした。

1回目は1979年で、大岳から高田大岳にかけての斜面、およそ60ヘクタールでした。東京ドーム13個分もの広大な範囲でした。

2回目は1995年で大岳から小岳にかけての20ヘクタールでした。

八甲田山系での次の一斉開花は120年後?

では次に八甲田山系で一斉開花が見られるのはいつなのでしょうか?

秋田県立大学 蒔田明史教授

秋田県立大学 蒔田明史教授
チシマザサの仲間で、数年前に全国の広い範囲で開花したスズタケについて、古文書を調べて、120年周期ではないかと調べた研究者がいて、それを考慮すると、チシマザサも次開花するのは長ければ、百数十年先ではないかと考えられます。1979年から120年前後先にまた同じところで咲くかもしれません。ただ、チシマザサが120年周期で咲くかどうかはまだ確認されていないので、なんとも言えません。

ササは花を咲かせたくない?

山田さんの質問に対する答えをまとめます。

山田さんの質問に対する答えをまとめます。

八甲田山系で過去にチシマザサの一斉開花が確認されたのは1979年と1995年の2回で、次に一斉開花が見られるのは長くて百数十年先になるかもしれませんが、はっきりしたことは分からないということでした。

取材を通じて、私はササがなぜ、このような生き方を選んだのか疑問に思い、最後に蒔田教授に聞いてみました。

秋田県立大学 蒔田明史教授
ササは非常に強い植物で、ほかの植物に負けることはほとんどありません。ところが、花を咲かせて枯れてしまうと、種から育って辺り一面を覆い尽くすような状態に戻るには数十年かかります。花を咲かせることはササにとってはリスクなのかもしれません。花を咲かせることは植物の宿命とも言えますが、研究を続けているうちに、なぜ花を咲かせなければいけないのか、もしかしたら、ササはそれをできるだけ遅らせるか、逃れようとしているのではないかと考えるようになりました。

植物が花を咲かせることは、人間で言えば、人生の晴れ舞台のようなものだと、私はこれまで考えてきましたが、蒔田先生の話を聞いて、目からうろこが落ちる思いがしました。

ササはまだまだ謎の多い不思議な植物です。皆さんがもし一斉開花に立ち会うことができたら、ぜひ撮影してください。そのことが謎の解明につながるかもしれません。

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