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エキノコックス症 北海道の病気じゃなかったの?

執筆者梅本一成(記者)
2022年03月22日 (火)

エキノコックス症 北海道の病気じゃなかったの?

青森市のペンネーム、はまなすさんから、こんな質問が寄せられました。

質問

エキノコックス症は、北海道のキタキツネやイヌに寄生する寄生虫が原因となる感染症です。私は以前、札幌放送局や北見放送局に勤務していた経験があるので、エキノコックス症は気をつけなければいけない病気だという認識はありましたが、あくまで北海道内だけの話だと思っていました。青森県内の感染者数が全国で2番目に多いというのは、にわかには信じられませんでした。

潜伏期間が長く治療薬もない感染症

エキノコックスの成虫

エキノコックス症とはどんな感染症なのでしょうか?
弘前大学農学生命科学部でエキノコックス症の治療薬の開発につながる基礎研究を行っている坂元君年准教授に教えてもらいました。

坂元君年准教授

Qエキノコックスとはどんな生き物?

エキノコックスとはどんな生き物?

坂元君年 准教授
エキノコックスは寄生虫の一種で、サナダムシの仲間です。日本ではキタキツネやイヌの腸内に感染して、卵を産みます。そして、ふん便と一緒に外に排出され、水を経由したり、草木を経由したりして、野ネズミが食べることで、野ネズミに感染します。野ネズミの場合は腸ではなく、肝臓に感染し、だんだんと肝臓が機能を失い、弱っていきます。弱ったネズミはキツネにとって捕まえやすいので、キツネがそれを食べる、そうすることでエキノコックスは自然界で生き残っています。

Qヒトにはどのように感染する?

どのようにして感染するのか?

坂元君年 准教授
ヒトが感染する場合は、野ネズミと同じようにエキノコックスの卵を口から取った場合だけ、感染します。野ネズミと同じように肝臓に感染しますので、肝臓がだんだん障害を受けていきます。 

Q野ネズミからヒトに、ヒトからヒトへ感染することはない?

坂元君年 准教授
ヒトが野ネズミを食べることはないと思いますが、野ネズミに触れたり、感染したヒトどうしが触れ合ったりしても、感染することはありません。

Qヒトが感染するとどのような症状が出る?

どのような症状が出る?

坂元君年 准教授
潜伏期間が特に長く、ほとんど無症状の期間がかなり続きます。10年、場合によっては20年経ってから、初めて肝障害というかたちで、症状が出るので、自覚症状が出てきたときには少し大変な状況になっています。 

Q治療法は?

坂元君年 准教授
今のところ、治療薬がなく、感染した部分の肝臓を切除して、そのあとに再発を抑える薬を飲み続けるというのが一般的です。自覚症状が出る頃には、肝臓の機能がかなり失われていることがほとんどです。 

Q治療薬の可能性は?

坂元君年 准教授
エキノコックスの治療薬ということは、ヒトに感染しているエキノコックスを殺してやらなければいけないのですが、当然、ヒトがダメージを受けてはいけないので、なかなか難しいというのが現実です。エキノコックスとヒトとの違いというところに注目して研究が進められています。例えば、ヒトの細胞は酸素を使って、エネルギーを生み出しますが、エキノコックスは酸素を使わないので、その違いをターゲットにした薬の開発が行われていて、実験レベルですと、兆しのあるような薬は見つかってきています。 

エキノコックスの成虫は体長が4ミリほどですが、ヒトへの感染の原因となる卵は直径が0.03ミリと肉眼では見えません。エキノコックスはキツネやイヌの体内では成虫まで育ち、成虫を殺す薬はあるということですが、不思議なことにヒトやネズミの体内では幼虫までしか育ちません。エキノコックスの幼虫を殺す薬はまだ開発されていないということで、治療薬の開発を期待したいと思いました。

青森県の感染者数が全国2位って本当?

では、はまなすさんが投稿してくださったように、青森県の感染者数が全国で2番目に多いというのは本当なのでしょうか?

エキノコックス症の感染者数

さまざまなデータを調べたところ、こんな数字がありました。国立感染症研究所のホームページによりますと、1927年から2001年までのエキノコックス症の感染者を都道府県別に見ますと、北海道が417人と圧倒的に多いのですが、青森県は22人と確かに全国で2番目の多さでした。

感染経路

22人の感染経路に注目すると、9人は北海道や海外などエキノコックスの流行地域に居住経験のある人で、残りの13人の感染経路は不明だということでした。

2002年以降も調べてみましたが、北海道では毎年20人前後の感染者が出ていますが、青森県では2009年に感染者が1人出たのを最後に、感染者は確認されていません。青森県以外でも同じような傾向でした。

青森県は感染者数では全国2位でしたが、北海道と比べると感染者数はわずかですし、ここ最近では10年以上も感染者は出ていないため、すぐに対策をとらなければいけないような状況ではありませんでした。

本州の動物に広がる感染

では、青森県をはじめ、本州ではエキノコックス症の心配をしなくてもいいのでしょうか?
ヒトへの感染は広がっていないのですが、実は動物への感染が相次いで見つかっているのです。

青森県の場合

本州の動物で初めて感染が確認されたのは青森県でした。1999年に家畜市場に出荷されたブタ3頭の肝臓からエキノコックスが検出されました。当時は「エキノコックスが津軽海峡を渡った」と、注目されましたが、その後、青森県内では動物への感染は確認されていません。 

埼玉県と愛知県

2005年には埼玉県北部で、2014年には愛知県の知多半島で野生のイヌのふんからエキノコックスが検出されました。埼玉県ではその後、動物の感染は見つかっていないのですが、愛知県の知多半島では去年にかけて、野生のイヌの感染が8件確認されました。イヌのえさとなる野ネズミへの感染も広がっているのではないかと考えられています。

エキノコックスが定着した?

こうした状況から、厚生労働省は4年前に「愛知県の知多半島ではエキノコックスが定着したと考えられる」という見解を示しています。

感染拡大の理由は?

なぜ、本州の動物に感染が広がっているのでしょうか?はっきりとした理由は分かっていませんが、大きく2つ考えられるということです。

本州で広がった理由

ひとつめは、北海道でエキノコックスに感染したイヌが飼い主の引っ越しに伴い、本州に移動し、そのふんから感染が広がったと考えられるということです。

ふたつめは、昔から本州にもエキノコックスがいたのではないかと考えられるということです。実はエキノコックスがいつ本州に広がったのかというのは分かっていません。戦前、政府が高級毛皮を輸出して、外貨を稼ぐため、キツネの養殖を奨励していた時代には、本州にもキタキツネが持ち込まれていた可能性があるということです。このため、かなり以前から本州にもエキノコックスがいた可能性もあります。

本州にこれ以上広げないために

本州にこれ以上、エキノコックスを広げないためにはどうすればよいのでしょうか?

札幌市でキタキツネに対して、エキノコックスの感染予防対策などを行っている北海道大学高等教育推進機構の池田貴子 特任講師に聞きました。

池田貴子 特任講師

Q国や行政はどう対処すべきか?

国や行政はどう対処すべきか?

国や行政はどう対処すべきか?

池田貴子さん
ヒトがエキノコックスに感染するときに原因となるのが、キツネのふんに含まれる卵です。北海道の一部では虫下し入りのえさを散布して、それをキツネやイヌに食べさせる。キツネやイヌが駆虫薬入りのえさを食べると、ふんと一緒にエキノコックスの死骸が排出されて、エキノコックスフリーなキツネやイヌになるという仕組みです。もうひとつは新たに入れないという対策も大事です。北海道から本州へ飼い犬を持ち込むときに国内検疫を行うことが本当は理想的だと思います。 

Q個人でできる対策は?

個人でできる対策は?

池田貴子さん
山菜採りに行ったときはよく洗い、加熱して食べる。また、農作業は感染リスクが高いのでマスクを着用するとか、よく手を洗うことも有効です。また、北海道内では沢水を飲んではいけないと言われています。 

Q飼い犬が感染しないためには

飼い犬が感染しないためには

池田貴子さん
イヌは意外とネズミを食べることが明らかになっています。感染したネズミが家の近くにいたら、飼い犬が感染し、ふんから飼い主も感染するリスクがあるので、飼い犬は放し飼いにしないということが大事です。

Q飼い犬のふんを処理するときに注意することは?

池田貴子さん
ふんは乾燥していると、エキノコックスの卵が風に吹かれて、ふわっと舞い上がり、吸い込んでしまう危険があります。飼い犬がふんをしたら、できるだけ早く、ビニール手袋のようなもので袋に入れて、外に出さずに口をしばってください。

野生動物は別の生物種として尊重を

エキノコックスはキツネとネズミの間の食べる食べられるの関係の中だけでとどまっていれば、ヒトに感染する心配はありませんが、ヒトへの感染が広がったのは、ヒトと野生のキツネとの距離が近くなりすぎたという背景があります。今、キツネだけでなく、ヒトが野生動物にえさをあげたり、写真を撮ったりするために、近づきすぎることで、さまざまな問題が起きています。池田さんは野生動物との接し方について、次のように話してくれました 。

池田貴子さん
かわいいから、写真を撮りたいからと、えさをやって野生動物を呼び寄せたりするのはやめたほうがいいです。人間はえさをくれるのだと思うとどんどん寄ってきて、キツネとの物理的な距離が近くなる。そうすると、エキノコックスの感染リスクも高くなる。野生動物はヒトとは別の生物種として尊重して、私たちがえさをあげなくてもちゃんと生きていける。私たちは別の生物種が生きる営みにむやみやたらに介入しないという考え方が大事だと思う。

エキノコックス症のような動物由来の感染症は、私たちに野生動物との接し方について考え直す機会を与えてくれているようにも感じられました。

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