ページの本文へ

  1. トップページ
  2. 社会
  3. 青森ミライラボ#002 "転職なき移住"に活路を!

青森ミライラボ#002 "転職なき移住"に活路を!

執筆者吉永智哉(記者)
2021年12月08日 (水)

青森ミライラボ#002 "転職なき移住"に活路を!

人口減少や新型コロナウイルスの感染拡大による社会の変化など青森県が直面する課題や、その解決のためのヒントを探るシリーズ「青森の未来を考える研究室、“青森ミライラボ”」。2回目は、2013年まで青森県の三沢支局で勤務し、去年の夏に中東・ドバイから“Uターン移住”してきた記者の吉永が“転職なき移住”についてお伝えします。

“転職なき移住”とは?

この“転職なき移住”は、仕事を変えずに住む場所だけを変えるという新たなスタイルの移住です。新型コロナウイルスの感染拡大の影響でインターネットを活用したリモートワークが広がり、職場に出勤しなくても働ける人が増えてきていることから、多くの人の関心を集めています。そして人口減少対策として移住者の獲得を目指す、青森などの地方の自治体からの注目も集めています。

地方移住のハードル

地方の自治体はこれまで、移住を促進しようとさまざまな政策を打ち出してきましたが、大きな壁がありました。移住しようとすると転職が必要となるケースが多く、都市部から就職先の少ない地方に移住するとなると、「条件に合った仕事が見つかるかわからない」「これまでと同じくらいの給料をもらえる仕事があるのか不安」などと、二の足を踏む人が相次いでいたのです。
“転職なき移住”は移住する上での最大の課題とも言うべき転職の必要がないため、地方に移住する人を増やす可能性を秘めているのです。

県内最大の青森市“10万人減少”と予測

青森市の将来推計人口

この“転職なき移住”に熱い視線を送っているのが県内最大の都市、青森市です。いまの人口は25万を超えていますが、国の研究所は2045年には約10万、4割程度減ると予測していて、長年続く人口減少は大きな課題となっています。市はこの人口減少に歯止めをかけようと移住促進に躍起になっています。実際に“転職なき移住”で青森市に移り住んできた人も出始めています。

「転職せずに青森に戻ってきました!」

奥崎有汰さん

2021年4月から青森市内で暮らしている奥崎有汰さん(30)です。
実は奥崎さんは青森市の出身で、いま住んでいるのは両親と妹、祖母が生活する実家です。高校を卒業したあと北海道の大学に進学。この6年間は東京で働いてきましたが、コロナ禍で在宅勤務になったといいます。

奥崎有汰さん
「東京にいても、だんだん東京らしい暮らしができなくなっていました。去年の年末に実家に戻った際に問題なく仕事できることも分かったし、家族が、自分が働く様子を見て喜んでいたので東京にいなくてもいいかなって思うようになりました」。

奥崎さんのいまの“オフィス”は改装を施した実家の和室。

奥崎さんのいまの“オフィス”は改装を施した実家の和室。
アウトドアで使う折りたたみ式のいすに座り、パソコンに向かってリモートワークです。
私が訪ねた際、名刺交換をしてもらいましたが「ずっとリモートワークだったので1年半ぶりの名刺交換ですね」と笑っていました。
新型コロナの感染が広がる前に青森に戻って暮らすことを考えていたか聞いてみると、こんな風に話してくれました。

奥崎有汰さん
「青森で自分が持っているスキルでやれる仕事が思いつかなかったので、戻ってくるっていうイメージはなかった。今回は会社の理解もあり、収入も得られるという状態で地元に戻って来られたのですごく安心できた」

奥崎さんが勤めているのは東京にも事務所を置く地域おこしなどについて自治体などの支援を行う会社です。
オンライン会議でほかの地域にいる同僚や自治体の担当者と打ち合わせながら、イベントの企画運営などを進めています。
取材にお邪魔した日には、奥崎さんと北海道にいる同僚、それに島根県にいる社長のあわせて3人が参加してオンライン会議が開かれました。奥崎さんはこの同僚だけでなく、社長ともほとんど直接会ったことはなかったということでしたが、3人の間のコミュニケーションはスムーズだと感じました。
このあと、奥崎さんの“転職なき移住”について社長に聞いてみました。

奥崎さんの会社の社長

奥崎さんの会社の社長
「彼が青森に帰ってやりたいといって相談があったときにすごくいいなと思った。自然環境が豊かで人のつながりがきちんとある地方のよさを踏まえて、暮らしと働くことを等価値で判断する若い人も増えてくると思う」

かけがえのない“家族との時間”

青森での暮らしで、かけがえのない“家族との時間”を得ることができた

“転職なき移住”をした奥崎さん。
青森での暮らしで、かけがえのない“家族との時間”を得ることができたといいます。
食事はいつも家族と一緒。
趣味の写真で家族との暮らしの一コマを撮影する楽しみもできたといいます。
奥崎さんが戻ったことで家の雰囲気も明るくなりました。
祖母の春枝さんも喜んでいました。

祖母の春枝さん

奥崎さんの祖母 春枝さん
「孫と暮らせるようになって楽しい。肩もみしてくれたり、面白いことやってくれたりするから。戻ってくると思っていなかったのでうれしい」。

コロナ禍、そして移住によって価値観が大きく変わったという奥崎さん。
新型コロナの感染が収束した後も働く場所を選ばない今の生活スタイルを続けていきたいと考えています。

奥崎有汰さん

奥崎有汰さん
「僕のこういう働き方が、皆さんにとって地元にいながら働けるんだといった気づきや刺激になってくれればうれしい」

“新しい働き方推進室”つくりました!

この“転職なき移住”の広がりを青森市は大きなチャンスと捉えています。
今年度(2021年度)「新しい働き方推進室」という、移住への関心を持つ人を増やす施策などに取り組む専門の部署を立ち上げました。

「新しい働き方推進室」室長 髙坂和磨さん

室長を務める髙坂和磨さん
「いままで移住専門の部署はなかったが、この春から新しい働き方に着目して室を立ち上げた。少しでも人口減少に歯止めをかけ、緩やかにしていくことが重要で、そのために、とにかく青森を好きになってくれる人を増やしたい」

青森市への移住相談実績

実際に青森市への移住の関心は高まっているようで、昨年度1年間で33件だった市に寄せられた移住に関する相談が、今年度は9月までの半年間で170件と5倍余りに増えています。
市への移住に関心を持つ人をもっと増やしたい。
髙坂さんたちはいま、青森で暮らしながらリモートワークを体験するツアーに最も力を入れています。
ツアーに参加するためにかかる交通費など、費用のかなりの部分を市が負担するとあって、この秋までの募集枠はすべて埋まるほどの人気です。

青森リモートワーク体験ツアー

“映え”を狙う写真を撮る青森移住体験ツアー参加者

10月中旬に行われたツアーを取材させてもらいました。
参加したのは東京・渋谷区に本社があるIT企業で働く7人です。
「新しい働き方推進室」の職員が出迎えます。
職員の運転する車で一行が向かったのは市内にあるりんご園です。
りんご狩りをして、もぎたてのりんごを食べたり、“映え”を狙う写真を撮ったりと青森の秋を満喫していました。

7人が泊まるのは浅虫にある温泉付きの古民家

7人が泊まるのは浅虫にある温泉付きの古民家です。
リモートワークができるようWi-Fiも完備しています。
早速パソコンを取り出し、企画書を作る人もいました。
7人は古民家の近くにある足湯を楽しむなどして思い思いに過ごしていました。
そこに晩ご飯の食材が届くと沸き立ちました。

青森市の職員が釣り上げたタイと、ツアー参加者

大きなタイやアブラメ。7人に青森の海の幸を味わってもらおうと、陸奥湾で市の職員が釣り上げました。
職員が腕によりをかけて刺身などに調理し、豊かな自然をアピールします。

髙坂和磨 室長

髙坂和磨 室長
「できるだけ青森の良さを直接感じていただけるようにわれわれが“フルアテンド”で頑張っています。地元の食材、料理を体験してもらうことは楽しみだと思う。青森で住み暮らすことのよさというか、そういうことも含めて体験していただければうれしいです」

青森市が本気で取り組むこのツアー。
参加者にはどう映っているのか気になりますよね。
ツアーに参加したIT企業の社長に聞いてみました。
この社長、これまでに全国10か所あまりでリモートワークを重ねてきていて目は肥えていますが高く評価しています。

ツアーに参加したIT企業の社長

ツアーに参加したIT企業の社長
「地元の人たちとの接点が“カギ”になると思っていて青森の人の話のペースとか含めて居心地がいい。ここでも仕事ができそうとかみんなだんだん意識し始めて、本格的な移住につながる可能性も出てくると思います」

移住につなげるための“カギ”、決め手は人と人とのつながりとなってくるようです。

“転職なき移住” 青森の勝機

でも…。ふと立ち止まって考えてみると、“転職なき移住”で広がるチャンスは、青森市にとってだけのチャンスではないはずです。
全国各地の地方の自治体がいま、移住者の獲得に躍起になっています。
果たしてそんな中で青森市には勝機があるのでしょうか。
人口問題に詳しい「みずほリサーチ&テクノロジーズ」の
岡田豊 上席主任研究員に聞いてみました。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 岡田豊 上席主任研究員

みずほリサーチ&テクノロジーズ 岡田豊 上席主任研究員
「移住先として選ばれる自治体には非常に努力が必要。少し自然環境がいい、少し遊びができる程度ではその場所に長くおらずに、もっと住みやすい場所を選ぶ人が出てきてしまう。例えば、副業や兼業ができるのであれば、地元企業のビジネスの課題解決に取り組んでもらうなど地域に居場所を見つけてもらうことが重要。1人の人材をおろそかにせずに地域の活性化につなげていく戦略を地道にやってもらいたい」

やはり青森市も激しい移住者獲得競争を戦っていかなくてはならないようです。
一方で岡田さんは、先ほど紹介した青森市出身の奥崎さんのように、ゆかりのある人に移住を呼びかけていくと効果的だと指摘しています。
「転職なき移住」という新たなスタイルが広げたチャンスをものにして、人口減少に少しでも歯止めをかけることができるのか、これからが正念場といえそうです。

 

取材後記

青森銀行とみちのく銀行の経営統合、県立高校の再編、県立中央病院と青森市民病院の将来像をめぐる動き。ことし県内で注目を集めたニュースの背景を考えると、人口減少という避けて通れない現実に行き当たります。急速ともいえる人口減少のスピードを緩やかにするにはどうすればいいのか。特に都市部と給与格差のある青森にとって、“転職なき移住”という新たなスタイルは、人口減少に歯止めをかけるための処方箋の一つになる可能性があると思い、取材を始めました。
特に今回の取材で印象的だったのは、青森市にUターンしてきた奥崎さんの笑顔です。青森の自宅から日本中の同僚とインターネットでつながって仕事。昼ご飯は家族と一緒に食べる。コロナ禍でなにかと暗いニュースが多くなっていますが、明るく新しい暮らしの変化だと感じました。
もっとも奥崎さんのような例はまだ限られています。専門家の岡田さんが指摘するように移住者獲得競争が激しくなる中では、地道な取り組みだけでは移住のあり方を大きく変える“ゲームチェンジ”はできないかもしれません。ただ、移住する人も周りも“ウィン・ウィン”となる“幸せな移住”が増え、結果的に地方の人口減少のスピードが緩やかになることを願ってやみません。

青森ミライラボの記事一覧

おすすめの記事