第6弾

河合克敏 作 視覚障害者柔道

河合克敏さん(原作)×廣瀬夫妻(視覚障害者柔道選手)インタビュー

“柔道を楽しんでいるお二人が、まぶしく見えました”

今回のアニメ制作前、原作の河合克敏さんが、視覚障害者柔道選手の廣瀬夫妻(夫:悠さん、妻:順子さん)に取材しました。

お二人の柔道との出会いについて教えてください。

 僕は小学2年生のときに、柔道の先生だった同級生のお父さんに誘われて、始めました。

順子 私は小学5年生のときに、柔道の少女漫画を読んで、自分もやってみたいと思って始めました。元々、運動神経が悪くて、スポーツも苦手だったんです。だから自分にもできるスポーツがあるってことが、すごくうれしかったですね。

 僕も順子さんも中学、高校とやって、高校ではインターハイにもいきました。

お二人とも小学生で柔道を始められて、当時から強かったんですね。目は少しずつ悪くなっていったんですか?

 僕は17歳のときに、コンタクトレンズをつけたいと思って病院に行ったら、そのまま診察されて、緑内障と診断されました。今は、左目はほとんど失明していて中心が見えず、端だけ見えています。右目は逆に中心だけ残っているので、周りからは見えていると思われることも多いですね。

順子 私は19歳のときに、膠原病(こうげんびょう)という病気になって、その合併症で目が悪くなりました。今は、まっすぐ前を見たときに、真ん中は見えませんが、真ん中から少しずれた左右は少し見えています。その部分に見たいものを合わせて見ている感じです。

その後、視覚障害者柔道を始めたきっかけは何ですか?

 僕は、当時通っていた盲学校の先生に勧められました。その先生が、パラリンピックに出場経験のある方で。家庭訪問のときに、部屋に飾ってある柔道のメダルを見て、「廣瀬くんのレベルならパラリンピックに出られるよ」と言われたんです。僕はあまり興味がなかったんですけど、父がどうしても「パラリンピックの応援に行きたい」と言って(笑)。

河合 悠さんご自身というより、お父さんが視覚障害者柔道をやってほしかったんですね。なぜ、最初は興味がわかなかったんですか?

 当時は盲学校に行き始めて、自分が健常者か障害者かっていうはざまで悩んでいるときでしたし、柔道も病気が理由でやめていたので、すぐにやりたいとは思えなかったですね。でも病気になったときに、僕が家で暴れて親にもすごく迷惑をかけていたので、親孝行のつもりで始めました。

河合 確かに、17歳という若さで病気になったら、誰かに当たりたくもなりますよねぇ。将来、進む道の選択肢が狭まることもあるだろうし。進める道があっても、当時は苦しみや葛藤の中にいると見えないでしょうしね。

 そうですね。当時は高校生で、大学に行っても柔道をするのが当たり前のように思っていたので、その道しか考えていませんでした。やっぱりいきなりそれがなくなってしまうと、次の道を探すのもなかなか大変で……。

河合 いろんなことを受け入れるのに時間がかかったんですね。順子さんはどうですか?

順子 私は、元々普通の大学に通っていたんですが、病気になってからは勉強もバイトも思うようにはできなくて……。柔道もやめていたので、“一生懸命になれるものがなくてつまらない”と感じていました。その後、目が悪い人でも支援してもらえる大学に入りなおしたことをきっかけにパラスポーツと出会い、視覚障害者柔道を始めました。

視覚障害者柔道を始めてみて、いかがですか?

 普通の柔道と違って、視覚障害者柔道は組んでから始まるので、最初は慣れませんでしたね。でもコツをつかみ、パラリンピックにも行くことができました。学生時代は、二人とも練習が厳しい学校にいたので、柔道が楽しいというより、苦しいという方が大きかったんです。だから今は、「柔道を楽しもう」という気持ちが強いですね。練習も試合も筋トレも、全部楽しみながらやっています。

河合 私自身も『帯をギュッとね!』という漫画で、“柔道の楽しさ”を描いていましたが、それをまさに体現されているんですね(笑)。

 そうですね。先生の漫画は、僕も技を真似して練習するほどハマりました。まさに今、漫画と同じように柔道を楽しんでいます。

順子 私は、結婚してから悠さんに、「苦しんで練習するより、楽に考えて、楽しく練習した方が強くなる」と言われて。それからは“二人で楽しくやること”を心がけています。練習は大変ですが、目が悪くなってから他に一生懸命になれるものがなかったので、そういうものがあるのはうれしいですね。

河合 なるほど。コーチである悠さんのアドバイスによって成績も上がっていますか?

順子 そうですね。結婚してから強くなったと思います。悠さんが私の性格や能力に合わせた指導をしてくれるおかげで、日々成長できて、自信になっています。あとは私自身、モチベーションが柔道に影響するタイプなので、昔よりも柔道を前向きに楽しめるようになったことは、自分が強くなったことに一番つながっていると思います。リオでの銅メダルも、結婚していなければ取れていないでしょうね。

河合 まさに二人三脚で勝ち取ったメダルなんですね。

視覚障害者柔道の特色について教えてください。

 視覚障害者柔道は、手の力で相手の思いどおりにさせない、というのが基本ですね。健常者の柔道は、組手争いで先に相手の襟を持った人が有利。でも、視覚障害者柔道は組んでから始まるので、相手より腕力が強ければ、相手に良いところを持たれないので有利になるんです。

河合 なるほど。最初から組んだ姿勢ということは、ずっと力は入れっぱなしですよね?

順子 そうですね。力が抜けて体力がなくなった方が負ける、という感じです。

河合 腕力がかなり大事になってくるということですね。

 はい。健常者の柔道と比べて視覚障害者柔道は、とにかくパワーが必要ですね。

河合 確かに、目が見えていると力の抜きどころが分かりますもんね。

 そうですね。僕は、右目の視力が残っているので健常者の試合に出たこともありますし、一緒に練習をすることもありますが、健常者の方との対戦の方が楽ですね。視覚障害者柔道よりも力を抜いてできるので。

順子 私は、健常者の頃「力を抜いて、技に入るときに力を入れなさい」と教わっていたんです。それを視覚障害者柔道でやろうとしたら、力を抜いた瞬間に投げられてしまって……。腕力も必要ですが、力の入れ方にも工夫が必要ですね。相手の崩し方が全く違うので難しいです。でも、相手を投げて勝つ瞬間の嬉しさは、昔も今も変わらないですね。

(制作スタッフが)私もお聞きしたいのですが、健常者の柔道と比べて、視覚障害者柔道の魅力は何でしょうか?

順子 視覚障害者柔道は組手争いがないので、普通の組手争いがある柔道よりも、技の攻防が激しくて、より1本が取りやすいというのが魅力だと思います。

河合 僕も試合を見て思いました。8割方、1本勝ちですよね。

これまで柔道をやってこられて、よかったことは何ですか?

 柔道を通していろんな人と出会えることですね。2020年の東京パラリンピックが決まってから、メディアで取り上げていただくことも増えて、「頑張って」などと声をかけてもらえるようになりました。それが自分たちのやる気にも繋がります。

河合 メディアを通して、パラリンピックが盛り上がるのはいいことですよね。

 この「アニ×パラ」の企画もそうですよね。本当にありがたいことだなと思います。

本日の取材は以上になります。ありがとうございました。

取材後、河合先生に感想を伺いました。

取材を終えて、いかがでしたか?

河合 柔道を始めた頃のお話や、視力を失う前と失った後のお話が聞けて、アニメ作りの参考になりました。今回のアニメでは、普段の日常生活や稽古のシーン、試合で相手と戦うシーン、どちらも描きたいですね。

印象的だったお話は何ですか?

河合 悠さんが視力を失ったときに、家で暴れたこともあったというお話ですね。やっぱりどんなにすごい選手でも僕たちと同じように悩む。でも、そこから頑張って立ち直る。それが人間らしいし、ドラマがあると思うんです。それをアニメでも描ければなと。お話を聞いて、普段のきれいごとばかりではない世界が、かいま見えたのが良かったなと思います。

人間らしい素の部分が、今回のアニメでも描かれるということですね。

河合 そうですね。お二人とも今こうしてご活躍されるまでに、僕たちには想像できないほど傷ついて、悩んで、苦労してこられた。でも、視覚障害者柔道によって救われた部分もあると思うんです。大変なこともあると思いますが、「今は柔道を楽しんでいる」と話すお二人が、まぶしく見えました。

本日は、ありがとうございました。