ドラマ『大奥』性的シーンの調整役 浅田智穂さんに聞く
映画やドラマの性的なシーンで俳優が安心して演技にのぞめるよう、制作側と俳優の同意を得て調整を行うインティマシー・コーディネーター。日本では2021年に配信された映画で初めて導入され、映像業界で注目されています。
NHKドラマ10『大奥』をはじめ、数々の映画やドラマに携わっている日本初のインティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんに、具体的な仕事の内容と『大奥』制作の舞台裏について話を聞きました。
(「マイあさ」ディレクター 三好 正人、「#BeyondGender」プロジェクト 菅原 和歌子)
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ドラマ10『大奥』シーズン2 最終回
12月12日(火) [総合・BSP4K] 午後10:00
(再)12月15日(金) [総合] 午前0:35 ※14日深夜
(再)12月19日(火) [BSP4K] 午後6:00
※【~12月19日(火) 午後10時59分まで】NHKプラス(見逃し配信)でご覧いただけます。
俳優の心身の安全を守るインティマシー・コーディネーター
インティマシー・コーディネーターは、ヌードやキスなど性的な描写、いわゆるインティマシー(親密な)シーン、制作側の意図を十分に理解した上で、それを俳優に的確に伝えて同意を得て、演じるうえで身体的・精神的に守りサポートする役割を担います。2017年に起きた映画界の性暴力に抗議する「#MeToo」運動で、アメリカで導入の動きが加速されました。
浅田さんは2020年、ロサンゼルスに本拠を置くIPA(Intimacy Professionals Association)でインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。2021年に国内で配信された映画に、日本初のインティマシー・コーディネーターとして参加し、その後も数々の映画やドラマに携わっています。
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浅田智穂さん
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まずお仕事の依頼をいただいたら、台本を読ませていただきます。台本には例えば「愛を深め合う」とか、そういったト書きがあるのですが、それだけではどういうイメージかわからないので、私は監督にどのような描写を考えているかをまず伺って。それを今度は俳優の皆さんに説明して、できるかできないかをお聞きします。
これまで多くの現場では、性的なシーンの撮影に関しては「当日状況を見てから」とか「とりあえずやってみて」というような形で、俳優の経験値に任せていることが少なくなかったようです。それによって俳優の皆さんは本当に大きな負担を感じていた、ということが事実だと思うんですね。
私は俳優の皆さんに「これができますか」「これは大丈夫ですか」とお伺いするときに、どのような答え方をされるかで、実は嫌なんじゃないか、実は躊躇(ちゅうちょ)されているのではないかというところも注視します。
どこまでの表現なら安心安全な気持ちで現場に向かえるかということを確認して、監督の描きたいことを一緒に考えて、形にしていきます。
“一般的なラブシーン”と違う、ドラマ『大奥』
浅田さんはNHKドラマ10『大奥』のインティマシー・コーディネーターを務めています。
男女が逆転した江戸パラレルワールドを舞台にジェンダーや権力、病など現代社会が直面する課題を描いた よしながふみ作の傑作コミック「大奥」。その原作をベースに制作したドラマには、俳優の肌の露出や密接な接触のあるシーンがたびたび登場します。
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浅田智穂さん
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「徳川綱吉」はたくさんの男性と肌を重ねる役でした。一般的なラブシーンですと事前にいくつか会話のシーンがあると思いますが、「綱吉」のシーンでは相手役の方はセリフを交わすことなく、突然インティマシー・シーンを演じなければならないこともありました。これは正直すごく大変だったと思います。
「綱吉」はキャラクターがすごくしっかりしていて自分からラブシーンでリードする役ではありますが、相手役の男性の立場を考えてみると、「自分がリードしなければいけないのでは」「どの程度激しくキスをすればいいのか」「胸は触ったほうがいいのか」など、まず相手役や監督に聞けないと思うんですね。
でもそれは、インティマシー・コーディネーターの私が監督からヒアリングしてあり、俳優それぞれに伝えて確認しています。それを相手役の共演者に共有すれば問題ありません。
撮影が始まる前に、そのシーンの俳優の方々と私で時間をもらい、それぞれがどんなことにどこまで同意しているかを話し合います。共有者がお互いの許容範囲を理解することで、相手が嫌な思いをすることは避けられますし、不安なくお芝居に集中できます。
俳優の“その後”も見据えて、同意を得る
浅田さんは撮影時だけでなく、“その後”の俳優のキャリアや私生活への影響にも配慮して、制作側と俳優の同意のすりあわせを行います。
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浅田智穂さん
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年齢が若い俳優の方は特に気をつけなければいけなくて、例えば体の大きな男性が近づいてくるだけでも、それが何をするでもなく怖くなってしまうことなどもあります。いかに「これはお芝居であるか」ということなども、しっかりお話しさせていただきます。
<中央>第13代将軍「徳川家定」(愛希れいか)/ドラマ『大奥』シーズン2より
『大奥』では若い頃の「家定」でそういう描写があったので、事前にどのシーンよりも監督と話をして、どういう見せ方をするのか、入念に確認をしました。
「家定」の若い頃を演じられた俳優の方ともしっかりお話をして、ご両親ともお話ししていただきました。未成年ということもあって、具体的な演技について保護者の同意を得ているかとか、そういったことも重要です。
“我慢=プロ意識”ではない、意見の発信が不可欠
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浅田智穂さん
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日本には「口に出さない文化」といいますか「目がものを言う」というような文化があり、同意を得るという文化がまずありません。
監督が演出に問題がないか確認をしたとしても、やはり俳優は「ノー」とは言いづらいと感じていると思うんですね。空気を読む方ほどやはり「ノー」と言えないですし、このように意識してこなかったことはたくさんあると思うんです。
でも、おかしいと思ったり良くないなと思ったりしたことは、空気を読んで合わせるのではなくて、しっかりと自分の意見を発信するという文化にしていくことが必要だと思います。
日本では我慢することがプロ意識だと考えられていることが多いと思います。プロ意識で頑張って我慢してしまったお芝居は作品の中にずっと残りますし、その上、次に進めないようなトラウマになってしまうようなこともあります。
心と体の安全が守られる環境で、自分の最高のパフォーマンスを出せることがプロにとって大切であって、良い仕事をしていくためには何がどこまでできるか確認することは大切なことだと思っています。
不安を解消することが魅力的な演技・作品につながる
浅田さんは、俳優の不安を取り除くことが、魅力的なお芝居を最大限に引き出し、良質な作品を生み出すと考えています。
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浅田智穂さん
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普段は見せない体の部分の露出であったり、少し激しい性描写だったりする場合に、俳優が躊躇(ちゅうちょ)されていて、その理由を、お話しいただけるのであればお聞きすることもあります。
例えば、以前、何かの撮影のそういうシーンで嫌な思いをしたからなのか、それとも生理的にできないのか、あるいはライフステージにおいて結婚したから出産したからできないとか、いろんな理由があると思うんですね。そういうことをお話ししてくださることもあります。
私は説得は絶対にしません。ただ、お話を聞いている中で、何かインティマシー・コーディネーターがサポートできることがあるのかを見極めます。
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浅田智穂さん
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俳優の中には「自分が意見していいと思ってなかった」とか「自分に選択肢があると思ってなかった」という方がたくさんいらっしゃるんですね。そういう方には「意見を言って、選択していいんです」と、しっかりお伝えします。
目の前にいる俳優がインティマシー・シーンをたくさん経験してきた方なのか初めてなのか、そのシーンに関してどの程度不安を抱いているかは皆さん違います。臨機応変に柔軟に、その方にリスペクトを持って対応していくことで、その方の一番の最大限の魅力やお芝居を引き出せると思っています。
インティマシー・コーディネーターが介在することで、制作側の意識も徐々に変わり始めていると浅田さんは感じています。
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浅田智穂さん
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これまでご一緒した監督の中には「最初はインティマシー・コーディネーターのポジションはどうかなと思っていたけれど、一緒にやってみたら本当に必要なことがわかった」とか、「監督から言われたらやっぱり演者は『ノー』と言えないよね、同意を取るということがいかに重要かということに気づかされた」と言ってくださる監督もいらっしゃって。
俳優の尊厳を守って不安な部分をはっきりと事前に確認をして、不安を取り除いた上でお芝居に集中していただけるような環境を作るということが、作品のクオリティーを高めることにつながっていくと制作側も考えるようになってきています。
変わる制作側の意識 「“見ないこと”も仕事」
浅田さんはあらかじめ制作側と、インティマシー・シーンについて「必ず事前に俳優に説明をして同意を得る、強制や強要はしない」こと、「前貼りなどで性器の露出を避けること」、そして「撮影は最少人数の体制で行う(クローズドセット)」ことを取り決めています。
『大奥』の撮影でも、クローズドセットが実行されました。インティマシー・シーンの撮影時は、限定されたスタッフしかセット内に入ることや、モニターを見ることが許可されません。
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浅田智穂さん
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『大奥』の撮影を行った外部スタジオは、メイク室や控え室すべてでモニターが見られるようになっていました。
プロデューサーに「インティマシー・シーンの撮影では、セット内と必要最低限のモニター以外は全部消してください」とお伝えしたところ、「やったことがない。モニターをすべて消せるか分からない」とおっしゃっていましたが、全て消していただけました。そのようなことは初めてだったようです。
初めてのことだったとしても、モニターを消して撮影するうちに「自分たちが見ない撮影方法なんだ」とドラマ制作チームの皆さんに納得していただけたと思います。
「見ることが仕事」だったのが、「見ないことが仕事」になったというくらい変わったと思います。
「視聴者も安心できる」作品に
浅田さんは「視聴者が安心して見ることができる」ことも意識して、ドラマ『大奥』にのぞんだといいます。
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浅田智穂さん
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「『大奥』はNHKなのに性的描写がすごく激しい」みたいな意見もたくさん聞こえてきていたので、皆さんに安心して見ていただくことはすごく大切だと思っています。
俳優の皆さんが嫌なことを演技で一切していない、視聴者の皆さんがキャストの俳優さんに対して『大丈夫かな…』など心配を一切せずに見ていただけるようにというのをとても大事にしていました。
インティマシー・コーディネーターが映像制作に入るということは、この作品は制作側も「安心して見られる作品を作っていこう」と思っているんだなということが視聴者にも伝わると思います。
「クレジットにインティマシー・コーディネーターが入っていたから安心して見られました」というような感想もたくさんいただけました。
そういう意識が視聴者にあるということが制作サイドに伝わると「安心して見られる作品を作っていこう」という原動力になると思いますので、そのような皆さんからの感想というのはとてもありがたいです。
我慢しない社会をめざして
社会でも「安心できる環境」をつくり出すことが、ひとりひとりが“自分らしく”生きていくために欠かせないと浅田さんは考えています。
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浅田智穂さん
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私は、安心できる環境でないと自分の実力はなかなか出せないと思っています。ちょっとでも不安があったらパフォーマンスに関わってくると思うんです。
“自分らしさ”を伸び伸び生き生き出せるためには、自分が嫌に思っていることに気がつき、それを聞いてもらえる環境はとても大切だと思います。
俳優も、無理せず不安なく楽しんで演技できる状態が“自分らしさ”が出せる環境だと思います。
こうしたことを視聴者の方に感じていただいて、自分たちも嫌なことを無理やりさせられているような状況はやっぱり良くないなということに気づいてもらえたらなと思いますね。
まずは「我慢をしない」、「同意を得る」ということがいかに大切か、日本の社会でもっと理解されるべきことだと思います。
取材後記
取材の中で浅田さんは「日本では空気を読む人ほどノーと言えない。嫌だと思っても空気を読んで合わせてしまう。それだと、その場は良くても、後々、ダメージが出てくる。一見うまくいっているような関係性でも、確認・同意をとることは大事」と話されていました。また、「プロ意識=我慢することではない」という言葉も心に残りました。
撮影現場に限らず、日本社会全体に通じる視点だと思います。どんな立場の人でも、これまでの慣習を一度見直し、「このやり方が当たり前」として無意識に誰かを苦しめていないか、考える必要があると思いました。そして、確認・同意を得るために対話を重ねることが大切だと改めて思いました。
ひとりひとりが我慢せず、“自分らしさ”を失わずに仕事や生活ができるような社会になるために何が必要か、これからも取材を続けます。
【関連番組】
取材した内容は、2023年11月16日(木)に『マイあさ!』<R1>で放送しました。
ドラマ10『大奥』シーズン2 最終回
12月12日(火) [総合・BSP4K] 午後10:00
(再)12月15日(金) [総合] 午前0:35 ※14日深夜
(再)12月19日(火) [BSP4K] 午後6:00
※【~12月19日(火) 午後10時59分まで】NHKプラス(見逃し配信)でご覧いただけます。