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乳がん患者のパートナーに支援を

日本人女性に最も多いがん、「乳がん」。発症する人の割合は30代から50代と働き盛りに多く、また女性に多い病気ゆえに、患者をどう支えたらいいか思い悩むパートナーは少なくありません。

「どう言葉をかけたらいいかわからない」
「妻のサポート、家事と自分の仕事の両立が大変」


誰にも悩みを打ち明けられずに孤立を深め、その体験をもとに患者のパートナーを支える活動を始めた男性を取材しました。

(広島放送局ディレクター 𠮷田 光希)

「何もしてあげられない」妻が乳がんと診断されて…

妻が乳がんになって思い悩んだという仲本典明さん

仲本典明さん(41歳)は8年前の秋、妻(当時31歳)に乳がんが見つかりました。

妻は自己触診でしこりを見つけ、病院で検査を受けました。当初、医師からは「異常はない」と診断されたものの、その後、妻がしこりが大きくなっていることに気づきました。手術で取り除き組織を検査にかけた結果、「悪性」と診断されました。

思ってもいなかった新たな診断結果に、仲本さんは困惑したといいます。

仲本典明さん

「午後2時頃、会社で仕事をしていたら、妻から『話がある』とメッセージが届いたんです。何か普通じゃない雰囲気だったので、すぐ外に出て電話をしました。妻に『実は検査結果が悪性だった』と告げられて、言葉を失いました」

仲本さんは妻が診断された日の日記を見せてくれました。文字は涙でにじみながらも、妻を支えようと固く心に決めていました。

妻が乳がんと診断された当日の仲本さんの日記
11月11日。妻が乳がんと診断された。なぜここまで厳しい宿題を与えられるのか。人並みの幸せだけでも与えてあげたかっただけなのに。

前向きに、笑顔でいよう。彼女の前で暗い顔をしていたら、余計に心配させる。

妻の命がなくならなければそれでいい、そのためなら何でもする。

(仲本さんの日記より)

さらなる検査の結果、幸い、転移はないことがわかりましたが、抗がん剤の投与が始まると、仲本さんの妻は副作用の痛みを訴えるようになります。妻が苦しむ中、仲本さんは“無力感”を感じるようになっていきます。

仲本典明さん

「妻が夜中に『体が痛い』と泣いていました。なんとかしてあげたいと思っても、背中をさすってあげることくらいしかできなくて。もどかしさを感じて、何をしてあげたらいいのかもわからなくなっていました」

女性の「胸」について男性はなかなか話しにくいと感じていたといいます。

また、仲本さんは当時、金融企業で中間管理職を務めていて、毎朝6時に家を出て帰宅は夜10時になる生活を送っていました。「休んで妻をそばで支えたい」と思っていたものの、治療費もかさむ中、仕事を休むわけにはいきませんでした。また「休みたい」と言いだせる職場の雰囲気ではなく、痛みで泣く妻を横目に仕事に出かけざるを得ませんでした。

仲本典明さん

「仕事柄、休むこともできなかったし、休んであげたいなと思うときに限って、仕事が結構入っていて。誰のために何のために働いているのかわからなくなって、悩んでしまいました。


当時は『弱音を言っちゃいけない』、『自分が頑張らなくてはいけない』と思い込んで、無理していました」

このままの生活で幸せになれるのか-。日記からは自問自答を繰り返す、仲本さんのそのころの様子がうかがえます。

今のままで幸せにできる?妻の病気は完治するの?ずっとそばに居るって、2人でゆっくり過ごすって出来る?
(仲本さんの日記より)

妻や周りに打ち明けられなかった自分の不安

もうひとつ、仲本さんが抱えた悩みがありました。それは妻との向き合い方でした。

実は「乳がん」と診断されたあと、仲本さん夫婦は医師から抗がん剤などの薬の影響で妊娠できなくなる可能性があることを告げられていました。

結婚したら、いつかは子どもを持ちたいと考えていた仲本さんはそのときの正直な気持ちを日記につづっています。

寝ても寝ても、眠りにつけるけど、いい夢は全く見れない。子どもが出来ないであろう現実も自分には大きなショックだったのだと思う。ショックだった。
(仲本さんの日記より)

しかし、そうした思いを妻にありのままに伝えることはなかったと振り返ります。

仲本典明さん

「妻に『子ども欲しかったね』なんて言えないですよね。何より妻が一番悔しいし、全くそんなことを思わなくていいのに『私のせいでごめん』って言っていましたからね。


現実を受け入れるまで時間はかかりましたけど、2人で仲よく生きていくのも楽しいかもと、思うようになりました。


妻の命があることが大事なので、子どもよりまずは妻の健康を第一に考えていました」

さらに、治療が進むにつれて、治療に関する知識の面で妻との間に差が開いていきました。

療養のために自宅で過ごすようになっていた妻は、乳がんについて本やインターネットで調べ、知識を深めていきました。一方、仕事で朝から深夜まで忙しくしていた仲本さんには、勉強するための十分な時間も心の余裕もなかったといいます。

仲本典明さん

「(乳がんについて)全く素人で、仕事のことしか頭になかったような人が、いきなり病気のこととかをインプットするって結構難しいです。それでも、治療方針は?子どもは?お金は?と、すべてを一気に考えなくてはいけない。だからよくわからないまま、無知識の中でただただ不安になっていった」

仲本さんはひとりきりで抱え込んだ不安を次第に誰かに話したいと思うようになり、乳がん患者が集まる患者会に参加しました。そこで自分と同じような患者のパートナーがいたら、思いを共有できるかもしれないと考えたのです。しかし、参加者のほとんどは女性で、相談できそうな相手を見つけることはできませんでした。

当時、患者のパートナーを対象とした集まりはなく、仲本さんは孤立を深めていきました。

仲本典明さん

「患者会に行ったけど、参加者のほとんどが女性だったんですよね。男性とか、自分みたいにサポートする人はどうしているんだろうって疑問に思いました。


周りに話せたら良かったんですけど、上司や同僚には心配かけたくなくて話せないし。かといって両親に話せるかといったら、両親を不安にさせるのも、なんか申し訳ないし。なかなか弱音を吐ける場所はなかったですね」

乳がん患者のパートナーが抱く特有の悩み

日本乳癌学会の専門医で年間1000人以上の患者を診てきた香川直樹医師は、悩みを抱いている乳がん患者のパートナーは少なくないと指摘します。

日本乳癌学会専門医・香川直樹さん

乳がんはほかのがんと比べ、30代から患者の割合が急激に増加します。この年代は働き盛りであるため、患者のパートナーは自分の仕事や子育てなどと並行して、患者をどのようにサポートすればいいか戸惑うことが多いといいます。

香川直樹医師

「30~40代は特に働き盛りだったり、子育ての真っただ中だったり、社会の中心を構成する年代ですよね。なので、仕事と家事や育児をどう両立できるのか、不安に思う方(患者のパートナー)が多いですね。


さらに、乳がん特有の悩みとして、男性にとって、女性が手術で乳房に傷をつける、乳房を失うというイメージをもつことが難しいです。そのため、患者本人にどう言葉をかけたらいいか、接し方がわからないという患者のパートナーも多いです」

「一人じゃない」 患者パートナーが集える場づくり

仲本さんの妻は闘病を続けた結果、病状は落ち着き、その後、2人は子どもにも恵まれました。さらに妻をそばで支えたいと、仲本さん自身は転職して自由に使える時間を増やしました。

そして去年、広島を拠点とした、乳がん患者のパートナーの支援を行う団体を立ち上げました。

団体名は『PAPACOCO(パパココ)』。「悩んでいるパパの皆さんにここに来てほしい」という思いを団体名に込めました。乳がんの妻を十分に支えきれず、その悩みを打ち明けることもできずに「苦しかった“過去の自分”を救いたい」という思いもありました。

定期的にオンライン交流会をSNSで呼びかけて、経験談を共有したり、医師を招いて勉強会を開いたりしています。

10月に開催した交流会には、平日の夜にもかかわらず、5人が全国から集まりました。「パートナーが乳がんで闘病中」、「去年パートナーを亡くした」などそれぞれ状況が異なる方々が集まりました。

患者のパートナーたちとオンラインで話し合う仲本さん

仲本さんが「どんなことが大変で、悩んでいますか?」と呼びかけると、日常生活の悩みが次々と上げられました。

<上段・左>黒田さん <上段・右>仲本さん <下段・左>石川さん <下段・右>Aさん
Aさん

「妻の闘病中、子どもを保育園に預けていて、『急に迎えに来て』っていわれたときは、仕事もあるのにどうしようって一番困っちゃいますね」

黒田さん

「私の場合、困ったことは子どもが学校から帰宅したあとの夕食ですね。僕が仕事でどうしても帰れないときは、子どもの友達の保護者に預かってもらって、周りの人に助けてもらいながらやっていました」

「妻に一番感謝されたのは料理」という石川力さん

去年9月に妻を亡くしたという石川力さん(40)は「自分の経験が誰かの役に立てば」と、これまでの交流会にも参加してきました。仲本さんは石川さんに経験を共有してもらうよう促します。

仲本典明さん

「石川さんは(パートナーに)どんなサポートをしてあげましたか?」

石川力さん

「妻に一番感謝されたのは料理でした。それまで料理はしていなかったんですが、妻が亡くなる半年前に料理を始めて。そのときに涙して喜んでもらえたのは、たぶん彼女にとって一番ありがたかったからじゃないかな」

仲本さんはその場で悩みを無理に解決しようとはしません。ただ患者のパートナーたちにとって思いを打ち明けられる場になることを目指しています。

PAPACOCO代表 仲本典明さん
仲本典明さん

「僕がアドバイスできる立場ではないですし、僕なんか比にならないよう困難な状況で、何か学びたい、何かヒントを得たいと来る方も多い。なので、(こうした交流会を)病気への向き合い方が見つかるきっかけにしたい。


みんな大変で、今も大変な人もいるし、大変だった人もいて。1人じゃないんだって思ってもらえる、“灯台”的な活動にしたいと思っています。


今はがん患者、当事者に対する支援は拡充されていますが、ゆくゆくは家族やパートナーに目を向けてもらう、社会支援につなげていきたいです」

取材後記

今回、仲本さんは「自分の経験が、どこかで同じような悩みを抱えている人の助けになれば」と、妻が「乳がん」と診断された当日から治療中に抱えていたパートナーとしての悩みや思いについて、ご自身の日記も見せてくださりながら、お話ししてくださいました。

取材を進める中で、私自身も新たに気づいたことがありました。「実は私のパートナーもがんで」と何人もの職場の同僚や上司に打ち明けられたのです。彼らはそのようなそぶりを一切見せずに日々働いていましたが、もしかしたら誰にも言えない思いを抱えていたのかもしれません。

2人に一人ががんになる時代。大切な人ががんになったときに「『休みたい』と言いだせない職場の雰囲気」や「不安な気持ちを周りに話せない状況」を変えていくためにも、どうすれば、がん患者のパートナーや家族の声に耳を傾けられる社会になることができるか、これからも取材を続けたいと思います。

【関連番組】
取材した内容は、2023年11月7日(火)に「お好みワイドひろしま」<広島県内>で放送しました。

#BeyondGender見逃し配信プレイリスト

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