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患者はいまだに 苦しみ続ける  新型コロナ「後遺症」治療のいま

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が「5類」に移行してから半年が経過しようとしています。

入院患者数はピーク時に比べて大幅に減少した一方、 感染リスク自体は依然として高く、軽症であってもいわゆる「後遺症」の発生率は非常に高い点が危惧されています。

後遺症治療の最前線はいま、どのような状況なのか。聖マリアンナ医科大学病院の佐々木信幸医師に、最近の症例について話を聞きました。

「rTMS治療」を重視する理由は

治療を行う佐々木医師
治療を行う佐々木医師

聖マリアンナ医科大学病院では、「後遺症」の患者が訴えるブレインフォグなどさまざまな脳の症状に対して、反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)を用いた治療を2021年から続けています。佐々木医師が重要視しているのは、患者の症状と、脳の血流などを検査した画像の所見などの、「医学的妥当性」を検証することだといいます。

佐々木信幸医師

2021年秋〜2022年春に訪れた患者の多くで、後頭葉および前頭葉の血流低下を認めました。訴える症状としては、物がぼやけて見える、文字を読んでも内容が入ってこない、道を歩いていて地面が揺れる、スーパーの陳列棚で何がどこにあるかわからないといったように、視覚に端を発するものが目立ちました。

※画像提供:佐々木信幸医師 Sasaki N. Prog. Rehabil. Med. 2023より引用改変


目から入った視覚情報はまず後頭葉で処理された後、頭頂葉側に向かう背側視覚経路で「それはどこにあるか」を判断し、側頭葉に向かう腹側視覚経路で「それは何であるか」を判断します。その後、頭頂葉で自身の身体情報と統合され、自身を含めた周囲の状況を判断する情報となり、前頭葉で自分は何をすべきか、どのように体を動かすか、といった行動を企画します。


後頭葉および前頭葉は、我々の活動において非常に重要な機能の連携をしているのです。


そのため、これらの部位の機能低下は認知・身体症状につながり、不十分な情報を基に頑張って解析しようとするために、強いけん怠感を覚えることになると考えられていました。そのため我々は、後頭葉および前頭葉を『rTMS』による治療の標的としてきました。

認知機能検査の数値をもとに治療 具体的な症例

佐々木医師たちは、「rTMS治療」の前後で認知機能検査(WAIS-4)の数値を調べることで、治療の効果が十分か、検証を続けています。

WAIS-4では、総合指標(FSIQ)、言語理解(VCI)、知覚推理(PRI)、ワーキングメモリ(WMI)、処理速度(PSI)の指標で、脳の状態を検査します。

ある女子高校生は去年7月に新型コロナウイルスに感染。その後、ブレインフォグ、けん怠感など後遺症と見られる症状を訴え受診しました。当時、高校生は学校に通うのが精一杯で部活は退部。勉強も思うようにできていませんでした。

ことし3月の初診時に施行したWAIS-4の検査では、特に処理速度(PSI)の低下が著しく、脳の血流を調べると、後頭葉および前頭葉で強い脳血流低下が認められました。

画像提供:佐々木信幸医師

その後、ことし3月から6月までに10回、後頭葉および前頭葉の機能を活性化させる「rTMS」を施行し、WAIS-4の数値は全般的に改善しました。しかし他の指標に比べて知覚推理(PRI)や処理速度(PSI)は改善が不十分と考えられ、また8月に再び新型コロナウイルスに感染したため、現在は「rTMS」を再開し経過を観察しているといいます。

治療を受ける患者
治療を受ける患者

また、最近訪れる患者の中には、従来の典型的な症状や脳血流低下パターンと異なるケースも増えてきているといいます。

ある50代の男性は、2020年4月と去年12月の2度、新型コロナに感染し、ブレインフォグ、思考力低下、けん怠感を訴え受診しました。WAIS-4の数値は全てが標準範囲以上ではあるものの、言語理解(VCI)の数値のみ、他に比べて低すぎる結果が認められました。脳血流を検査すると、頭頂部、大脳の内側などに血流低下が認められたものの、後頭葉や前頭葉の血流低下は目立っていませんでした。

画像提供:佐々木信幸医師

佐々木医師は男性患者の症状と、血流低下が見られる脳の部位の働きから「医療的妥当性」を見いだせないか、検証を続けています。

佐々木医師

男性の具体的な症状は、読書中に登場人物の名前を忘れていく、テレビ視聴時に字幕を見ても内容が理解できない、頻繁に単語の言い間違いをするなど、言語情報処理に関わる訴えが主でしたが、いわゆる失語症とは全く異なっていました。


大脳の内側に位置する「帯状回」は、「海馬」で記憶する情報をさまざまな脳部位から収集する部位であり、特に後部であれば文字情報の記憶障害は出てもおかしくありません。また血流低下が見られた「補足運動野」という部位は、行動の企画を開始する場所であるため、言い間違いに関与する可能性はあります。


しかし、どちらも「風が吹けば桶屋が儲かる」というほど“遠い”印象です。それが原因であるならば、空間の記憶も障害されるなど、より広い症状が出現して然るべきと考えられます。

「これが正解という結論はまだない」

佐々木医師

佐々木医師のもとでは、以前は全ての患者に同様の「rTMS」を施行していましたが、現在は各患者の症状や所見にあわせて刺激を与える部位を変える、「オーダーメード型のrTMS」を提供しています。

「これが正解といった結論にいまだ 達しておらず、勉強の日々」と話す佐々木医師。重症化しにくくなったとは言え、新型コロナはいまだに 感染力の高いウイルスであることは間違いありません。佐々木医師は、「毎度同じことを言うかもしれないが、患者の症状の正体をしっかり見極めた上で、最も適切と考えられる治療を選択していくほかない」と力強く話していました。

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担当 松井 大倫の
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この記事の執筆者

報道局 社会番組部 チーフディレクター
松井 大倫

1993年入局。2020年4月から聖マリアンナ医科大学病院コロナ重症者病棟の取材を続けている。

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