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2024年3月4日(月)

揺らぐ学校の食事 子どもの“食のインフラ”をどう守るか?

揺らぐ学校の食事 子どもの“食のインフラ”をどう守るか?

今、学校の食事が揺れています。1食250円ほどで提供されてきた小学校の給食は、物価高の影響で鶏むね肉やもやしなどの安価な食材を多用。広島では調理を担っていた民間事業者が破綻し、高校の食堂や寮で食事がストップする事態に。そうした中、給食の費用をユニークな予算で補助し、学校給食を支えると同時に地域づくりに活用する自治体も現れました。給食費無償化の動きも広がる中、子どもの“食のインフラ”をどう守るか考えました。

出演者

  • 藤原 辰史さん (京都大学 准教授)
  • 杉木 悦子さん (学校給食地産地消食育コーディネーター)
  • 高井 正智 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

物価高が食材を直撃 学校給食でいま何が?

高井 正智キャスター:
「今日はどんな献立かな?」そんなふうに給食を楽しみにする子どもたちの姿、昔も今も変わりません。ですが、その栄養豊かな給食を維持できるか、今、瀬戸際に立たされています。

給食でよく使われる牛乳や卵、さらに生鮮食品の価格は、この3年間で、軒並み10%以上、上がっています。一方で、保護者が負担する給食費は、東京都の平均で一食当たり255円。ここ数年ほとんど上がっていません。補助金を出している自治体もあるのですが、水色の部分、それを合わせても全体で7%程の引き上げにとどまっていて、物価の上昇には追いついていないのが現状です。まずは奮闘する現場からご覧ください。

パンも油も値上がり… 献立に苦悩する給食

埼玉県深谷市、490人が通う公立小学校です。隣の幼稚園の分も合わせて、600食分の給食を、毎日7人の調理員で作ります。
この学校の1食あたりの予算は264円。学校給食法を基に定められた11項目の摂取基準を満たす必要があります。献立作成を担う栄養教諭にとって、物価の高騰は頭の痛い問題です。

上柴西小学校 栄養教諭
「揚げ物に使用する油は、こちらになります。この1年で、単価(一斗缶1個)としては1000円くらい上がっている」

この日のメインは、油を使わずにオーブンで調理する、チキンのフレーク焼きにしました。

価格を抑えるため、もも肉より安価で、タンパク質も豊富なむね肉を使用。1品あたり62円です。主食のパンは、小麦粉の価格高騰で、5年前の54円から62円に値上がりしました。副菜には、旬で価格の低いカブやキャベツを使用。カルシウムの摂取基準を満たすための牛乳も合わせると、1食あたり277円。この日は予算を13円上回ってしまいました。

栄養教諭
「(摂取基準を)満たそうとすると高くなる。ただ価格を抑えようとすると、(栄養の)不足が出てしまうかもしれない。そのバランスが本当に難しくて」

上回ってしまった分は、別の日の献立で帳尻を合わせることになります。
予算は厳しくても、給食を楽しみにしている子どもたちをがっかりさせるわけにはいきません。

児童
「チキンはカリカリしてた。パンと合わせると超おいしい」
「スープはミルク感があって飲みやすい」

給食の食材の予算には、引き上げづらい事情があります。

給食には、運営費と食材費がかかります。人件費や光熱費などの運営費は自治体が、食材費は給食費として保護者が負担すると学校給食法で定められています。物価高で家計も苦しい中、給食費の値上げは理解を得にくいといいます。
そこで深谷市は、2023年10月から食材費の1割を公費で補てんしてきました。それでも、バラエティー豊かな給食を維持するのは、年々困難になっているといいます。

栄養教諭
「これが、ほぼ似たような献立なんですが、何が違うかというと、果物の有り無しなんですね」

子どもたちが楽しみにしているデザートを、今では、諦めざるを得ない日もあります。

栄養教諭
「(果物を)付けたいという思いはあるんですけれど、他の食材がトータルして平均的に(価格が)上がってしまっているので、付けるのが難しかったり、控えたりということがある」

月に1度、市内の小中学校の栄養士が集まる献立検討会。

「しょうゆはキッコーマンの一番安いやつが安かった」
「400(円)いくらみたい」

限られた予算の中で、やりくりするための知恵を出し合います。

「(おかずを選べる)バイキング給食は、お金が不安なのでやらず」
「から揚げと鮭の明太マヨのセレクト(2択)。ほぼ(児童は)から揚げを選ぶと思うので、むね肉で作れば安くできるから」

0.1円単位で切り詰めながら、子どもたちの給食を守る。栄養教諭たちの努力が続いています。

上柴西小学校 栄養教諭
「物価は上昇傾向にあるということで、もちろん頑張って献立を作成していくんですけれども、無理なものも増えてしまうのではと、不安がとても大きい」

給食がピンチ 背景に「学校給食法」

<スタジオトーク>

高井 正智キャスター:
スタジオには、40年以上にわたって給食現場を支え、全国でアドバイスもされている、杉木悦子さん。そして、給食を初め、食の歴史に詳しい、藤原辰史さんをお招きしています。よろしくお願いします。

まず杉木さん、涙ぐましい努力をする給食現場を見てきたわけですけれども、こうしたことというのは、全国で起きているんでしょうか。

スタジオゲスト
杉木 悦子さん (学校給食地産地消食育コーディネーター)
40年以上給食現場を支え、全国でアドバイス

杉木さん:
はい、全国で起きています。2022年からの物価上昇で、全国の現場は悲鳴を上げていますね。献立は栄養教諭、または学校栄養職員が立てていて、1食の給食費の中で立てなければいけないので、何円、何銭にわたるまで、本当に0.01の単位でおさめています。

高井:
何銭の単位まで?

杉木さん:
大変だと思います。

高井:
本当に献立を立てるのは難しいですか。

杉木さん:
難しいです。献立を立てるのに3つのポイントがあるんですけれども、一つは、学校給食法に基づいて、栄養価、学校給食摂取基準って言うんですけれども、それを満たすこと。2つ目は、その地域の食材を使って給食の献立を立てること。3つ目が、その食材、給食で食育をやっていくことですね。だから、これを実現させるのは、すごく大変だと思います。

高井:
給食現場が、なんでこんなに追い込まれているのか。背景にあるのがこちら。

学校給食法で定められた経費の分担なんです。この学校給食の目的というのは、子どもたちの心身の健全な発達と食育の推進。実施するのは、地方自治体など、学校の設置者となっていますが、経費の分担が、設備や人件費などは自治体が負担する一方で、食材費は保護者が負担するというふうになっています。藤原さん、なぜ食材費は保護者が負担となっているんでしょうか。

スタジオゲスト
藤原 辰史さん (京都大学人文科学研究所 准教授)
給食や食の歴史に詳しい

藤原さん:
学校給食法ができていく過程の中で、義務教育なので、全部税金で賄ってしまえばいいんじゃないかという議論もあったんですけれども、やっぱり家庭も、その給食のいちプレーヤーとして重要ではないかということで、食材費を負担してもらおうという議論になったんですね。しかし、今、家計がこれだけ圧迫されて、経済状況が厳しい中で、本当に矛盾が生じてしまって、むしろ、柔軟に値上げができなくなってしまうということになっているんだと思います。

高井:
物価高の中、学校給食の現場だけでなく、高校生の食事にも深刻な事態が起きています。

高校で食事が一時停止 調理業者が突然の倒産

2023年9月、広島にある6つの県立高校の寮で、朝・昼・晩、1日3回の食事が、予告なく停止しました。学校の教職員が、生徒のためにコンビニでおにぎりやパンなどを調達。緊急の事態は2か月近く続きました。

生徒
「これからご飯どうすんの?みたいな。やっぱり前(寮の食事)のほうが恋しい。楽しみでもありましたし」

食事の停止は、全国13府県、64もの学校で起きていました。原因は、調理を担ってきた広島市に本社を置く「ホーユー」の突然の倒産です。
ホーユーは極端な低価格の入札を行うことで、多くの学校で契約を獲得してきました。

2022年に行われた、広島の県立高校4校分の入札結果です。他の業者は、1億7,640万円と5,899万円なのに対し、ホーユーは1,800万円を提示。破格の金額で落札しました。

2023年まで、ホーユーと同様の調理事業を営んでいた男性です。

元同業者
「ホーユーさんはお安いと。業界の中でも一番お安いという評判になっていた。この給食業界というのは、薄利多売なところがありまして、入札だと、赤字でも無理して(契約を)とるところもある」

元同業者の男性は、ホーユーが食材費から利益を得ていたとみています。
保護者から支払われていた食材費より、安く材料を調達し、差額を得ていたのではないかというのです。そこへ物価高が直撃。利益が上がらず、人件費の高騰やコロナ禍での業績悪化なども影響。突然、経営破綻しました。

学校での調理事業に詳しい専門家は、価格だけで決める入札のあり方に問題があると指摘します。

日本給食経営管理学会 理事 大阪樟蔭女子大学 赤尾正准教授
「(価格だけで決める)一般競争入札にしてしまうと、安全安心が本当に担保されているか、そこの部分は強く疑問に感じています。事業者(ホーユー)の責任は大きかったと思いますが、やはり無理な契約を継続していた、委託をする側の自治体なり、高等学校の側にも問題があったと思います」

突然の事態から2か月近く。ようやく、新たな業者による食事が再開しました。
2度と食事を停止させないために、高校では、この春から入札方法を見直すことにしました。価格だけではなく、決算や納税状況で経営状態を細かく確認。さらに、食事の質や量が、高校生の成長に合ったものになっているかも選定の基準に加えました。

三次高校 高木優子事務部長
「価格のみで決めてしまったこと、これについては、安かろう悪かろうであったのではないかという話は真摯に受け止めているところです。生徒の食の安全確保という観点で、しっかりとした業者選定をし、業者と一緒にいろいろな工夫をしながら提供ができればと思っています」

背景に何が

<スタジオトーク>

高井 正智キャスター:
杉木さん、この業者の倒産によって食事が止まってしまう、あってはならない事態ですよね。

杉木さん:
そうですね。実は高校の寮の食事というのは、学校給食法にないんですね。給食法の対象じゃないんです。ルールもないです。なので、今、高校で言われたように、やっぱり成長期の子どもの食事なので、ちゃんと栄養量が確保されていること、そして、食材がきちんとしていること。これがとても大事になってくると思います。だから、今回のことは、いろんなことを検証して、見直して、生かしていくということが、とても大事だと思いますね。

高井:
先ほど出てきました、調理を担う業者の経営も厳しい状態にあります。

民間の調査会社が、小中学校や高校、介護施設などの調理委託業者の経営状況を調べたところ、実に3割以上が赤字。そして、6割以上で業績が悪化しています。

その背景の一つとして、専門家の赤尾さんは、「食材費などが高騰しても、公立の学校などとの契約では年度途中での価格変更が難しい」、「柔軟に対応する補助金などの仕組みが必要」と指摘しています。今回の事態を受けまして、文部科学省は、学校給食や高校の食事などについて通知を出しています。

文部科学省による通知(2023年11月)
◆食料品価格などの上昇が生じた場合
契約金額の変更や事業者への支援など適切に対処

◆食事提供などの事業者の選定について
事業の『安定性等』 価格以外の要素も考慮

物価高などが生じた場合、適切に対処すること。そして、事業者の選定についても、価格以外の要素も考慮すること、こういう通知を出している。藤原さん、これ実現するにはお金もかかりそうですよね。

藤原さん:
そうですね。この文科省の通知というのは、これまでのコストカット一辺倒のやり方に対して、国の意識の変化が見られると思いますね。1980年代からずっと給食のコストカットというのが進んでいて、例えば、学校給食センターを作ったりとか、人件費を削ったりということが進められてきていて、そして今回のように、調理部門の6割が民間委託に変化してきているという、そんな中で、今に至っているんだと思うんですけれども。

高井:
合理化がここまで進んできている。

藤原さん:
合理化が進んできていて、ただ、やっぱり給食というのは、教育の側、子どもたち、調理の側と、大人たちや子どもたちがおたがいにケアしあっていく、すごく重要な場所ですから、公がきっちりとここを支えていかなければならないと思います。そのためには十分に予算を確保しなければならないとと思いますね。

高井:
お金の問題ということですけれども。その給食を守るためのお金を、どう確保するのか。ユニークな形で給食費を補助する仕組みを作った町というのがあります。

“ユニークな予算”で補助 給食を地域で支える

その町は、長野県南部の松川町(まつかわまち)です。
小学校の給食には、こだわりの食材が使われています。

「スープには、牛久保さんのニンジン、凍り豆腐。ミートローフには、牛久保さんのニンジン、ゴボウ。ここにも牛久保さんのニンジンが使われています」

地元の農家が作った有機栽培の、このニンジン。実は、町の農業振興の予算を使い、安く調達したものです。

例えば、200グラムのニンジン。元々の価格は62円ですが、その4割、25円を町が補助するため、学校は37円で購入することができます。

松川中央小学校 栄養教諭 木下めぐ美さん
「少しだけでも補助していただけると、安心して使うことができるので、本当にありがたいなと思っています」

なぜ、通常の給食の予算ではなく、農業振興予算が使われているのか。
松川町は近年、後継者不足などで、作付けされない遊休農地に頭を悩ませてきました。

対策として考えたのが、遊休農地で有機栽培の農産物を作り、学校給食に出荷する仕組みです。町は農業振興予算から学校に補助金を出し、農家への支払いの一部にあててもらいます。学校の食材費負担を減らすとともに、遊休農地を解消し、農業の活性化を目指します。

松川町 産業観光課 農業振興係 宮島公香さん
「持続可能な地域づくりをしていくために、何ができるか。(給食に)野菜とか米とかを提供できる」

あのニンジンを作っている、牛久保二三男さんです。この仕組みは、農家の収入の安定にもつながるといいます。

農家 牛久保二三男さん
「ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、いくら作っても売れると思えば、よし、思いっきり作ってみようとか安心してできますよね。牛久保さんのなら食べると言っていただけるもんで。やる気満々になります」

今、この仕組みを使って、給食に出荷する農家は10軒。Uターンした若い農家もいます。

農家 金田悠さん
「もともと教育に関わりたかったので、地元に関わるきっかけとしては、最初の大きなステップになると考えています」
農家 北沢ひろみさん
「おいしいみそを作りましょう」

取り組みから生まれた地域とのつながりは、食育も充実させています。
この日は、授業に農家を招いて、地域の伝統食である、みその仕込み方を教わりました。

北沢ひろみさん
「どう、匂いする?」
児童
「甘酒みたいな匂いがする」
児童
「すごいな、米こうじって」
「おいしくなーれ」

以前は目立っていた給食の食べ残しも、大幅に減っています。

取材班
「町の人が野菜を作ってくれるのって、どうですか?」
児童
「うれしいです」
「格別においしいです」
「食感も違います」
「なので残せません」

給食を地域課題の解決にも役立てている、松川町。さらに、2023年10月、小中学校と保育園の給食費を無償化。来年度、およそ7,100万円を予算案に盛り込んでいます。

松川中央小学校 栄養教諭 木下めぐ美さん
「町の皆さんに誇れる給食を作らなければ、お金を投入した意味がないんじゃないかと私は思っているので。松川町の給食を食べて育ったから、自分のふるさとをしっかり覚えていて、戻ってきて。それが最高の評価じゃないかと思っています」

揺らぐ給食・学校の食事 “食のインフラ”どう守る?

<スタジオトーク>

高井 正智キャスター:
藤原さん、松川町は農業振興予算を活用していました。これは他の自治体でも、取り組みは広がるというふうに考えますか。

藤原さん:
そうですね。これはまさに、給食が農業を育てる、そして、農家の方たちの誇りを育てることだと思うんですよね。

しかも、実は給食というのは非常に多機能的な面があって、例えば子どもの貧困。これは福祉問題、「セーフティーネット」になるわけですし、それから、なんといっても学校給食の歴史というのは、災害が起こった時に、被災者たちを炊き出しによって救うという役割も常に果たしてきたので、これはまさに防災予算と関わってきますし、あるいは、環境に負荷のない、自然の力を最大限に利用した農業をやるとすれば、環境問題と深く関わってくるということで、いろいろな機能を持っているということは言えるのではないかと。そして、それが広がっていく可能性はあるのではないかと思いますね。

高井:
今、これまで保護者が負担してきた食材費というのを、自治体が負担するという「給食費の無償化」が全国に広がっているわけですけれども、藤原さんは、これは解決策の1つになるとお考えですか。

藤原さん:
そうですね。「給食費の無償化」は進めるべきだと思います。ただ、無償化はやっぱり自治体の運営次第だと思うんですけれども、例えば、無償化をいいことに質を落としてしまったりとか、さまざまな問題が起こり得ると思います。そういう意味で、給食費が無償化になっても、私たちの税金で賄われている以上は、私たちが常に給食を見守っていかなければならないというのは重要な点かと思います。

高井:
杉木さん、学校の食事というのは子どもの命、健康に直結する「食のインフラ」とも言えると思うんですが、この先もそれを守っていくために大切なことは何だと思われますか。

杉木さん:
松川町で取り組まれていたように、その地域全体で、子どもたちの食を守っていくことだと思うんですね。
例えば、ここNHKは渋谷区なんですが、渋谷区のここにいる大人たちが、または、ここで働いている人たちが、子どもたちの食を自分のこととして考えながら、大人たちで守っていく、そういうことだと思います。

高井:
子どもの食を支えることが、子どもたちを守ることにもつながるということですね。

杉木さん:
そうですね。

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