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2024年2月14日(水)

買い物や病院に行けない...バス減便・タクシー不足

買い物や病院に行けない...バス減便・タクシー不足

千葉で路線バスの便数が1日32本から3本に激減。温泉地別府では、観光客と住民がタクシーを奪い合う事態に。“移動の自由”が失われ、日常生活に支障が出る住民が増加。国交省の調査によると、国民の4割が公共交通の利便性に満足していないといいます。そうした中、国は一般のドライバーが自家用車で乗客を運べる“ライドシェア”を導入すると発表。これからの公共交通のあり方は?先進地フランスの事例も交え、考えました。

出演者

  • 吉田 樹さん (福島大学経済経営学類准教授)
  • 高井 正智 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

バス減便 タクシー不足 あなたの暮らしに直結

高井 正智キャスター:
バスやタクシーといった公共交通。最近、その数が減って不便になったと感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

こちらは、全国で運行されるバスの路線図です。2011年度から10年余りの間に、地図の赤い部分、廃線になったり、他の移動手段に置き換えられたりしました。その距離は、およそ4万キロ。地球1周分にも上っているんです。しかも、人口が集中する首都圏にも及んでいます。

代わりとなるのが、タクシーです。実は、法律で公共交通に位置づけられています。ですが、そのタクシーのドライバーの数というのも、この10年でおよそ4割減って利用するのが難しくなっています。まずは、バスもタクシーも利用しづらくなったという首都圏のある地域からご覧いただきます。

暮らしが立ちゆかない

南雲治子さん
「(坂が)きついでしょ。本当、長いから」

千葉市に暮らす南雲治子さん、78歳です。直面していたのが、2023年10月に起きた、使い慣れたバス路線の減便です。

南雲治子さん
「見て。8時45分、1本しかないわよ」

地域の住宅街と中心部を結ぶバス路線が、1日32本から3本に減少したのです。その影響は、ふだんの買い物にも及んでいました。

南雲治子さん
「かさばるし、重たいよ。ちょっとやめよう」

重かったり、かさばったりする商品は購入を諦めています。持ち歩ける量に限りがあるからです。

これまで南雲さんは、スーパーから駅まで歩き、そこからバスを使って帰宅していました。

しかし、減便によってすべて歩いて帰らざるを得なくなったのです。歩きやすい広い道を選び、片道2キロで30分かかります。途中にはタクシー乗り場もありますが、車を捕まえにくくなりました。

南雲治子さん
「ダメだなと思ったら歩いちゃうけど、疲れているときには、つらい」

この地域のタクシードライバーの数は、この4年で、およそ2割減少。客を待たせる時間も長くなっているといいます。

タクシードライバー
「30分も1時間も(待たせる)っていうときもある。『乗せてあげたい』という気持ちではあるんですけど」
南雲治子さん
「結構、時間かかったね」

買い物は往復1時間かかる大仕事。南雲さんは、その頻度を週3回から1回に減らしました。

南雲治子さん
「大変。“食料難民”、“買い物難民”になってしまった」

公共交通の縮小で、外出すらままならなくなった人もいます。南雲さんと同じ地区に暮らす定松登志江さんです。以前はバスやタクシーで編み物教室に出かけるなど、友人と交流することが楽しみでした。しかし今…。

定松登志江さん
「予約できますか?夕方なんかは全然、車(タクシー)いなかったりしますしね。ああ、そうなんですか。ちょっと(事前の予約は)無理ですね」

タクシーの予約が難しくなった定松さん。必要最低限しか外出しなくなりました。

定松登志江さん
「何かを楽しむために出かける、何かを見るために出かける、そういうのがなくなりましたね。一日中、朝から晩まで、ひとことも言わないとかね、庭から外に、きょう一歩も出なかったとか、そういうのが増えました」

観光地で異例の事態

公共交通の縮小は、観光地にも深刻な影響を及ぼしています。全国有数の温泉地、大分県別府市です。せっかくの行楽シーズンにもかかわらず、タクシー会社では異例の事態が。

別府市 タクシー会社
「午前中はご予約が詰まっておりますので」
別府市 タクシー会社
「お時間かなりかかっておりますので、お待ちください」
別府市 タクシー会社
「なんとかしてあげたいけど、ちょっと厳しいな」

別府市では新型コロナの影響で観光客は減少したものの、3年前から回復傾向に。一方でタクシードライバーの数は、この間、減少が続いています。その結果、限られたタクシーを観光客と地元の住民が奪い合うことに。


「待ち時間が30分以上」
「事前予約ができなくなった」
「急な通院に対応してくれない」

別府市に寄せられた市民の声

行政には悲痛な声が寄せられています。

そこで別府市が乗り出したのがドライバーの確保。

「最大400万円の移住支援金を、お渡しする制度になります」

県外から移住し、ドライバーとして就職した人に最大400万円支給するというものです(※2023年度の申請受付は終了しました)。しかし、この半年ほどで確保できたのは、わずか2人。その理由は、ドライバーの賃金の低さにあるといいます。

別府市政策企画課 参事 佐藤浩司さん
「タクシードライバーの賃金が安いところは本当に問題で、つまり別府市ができる範囲というのは限定的で、もう限界にきているんです」

ドライバーの賃金の低さは全国にも共通する課題です。この15年、他の産業と比較しておよそ3割低い水準です。

追跡!ドライバー低賃金

なぜ、賃金は低いままなのか。

静岡県のタクシー会社です。その理由が、ドライバーの1日から見えてきました。

タクシードライバー 山本真也さん
「(配車)入った」

朝。仕事を始めて、すぐに乗客が捕まりました。

山本真也さん
「お疲れさまです。1,880円ですね」

その後、4時間で6組の客を次々と乗せていきます。午前中は通院や買い物などで利用され、特に需要の多い時間帯だといいます。しかし、午後になると、客足が途絶えました。

山本真也さん
「(乗客が)集中する時間と比べると、この時間帯は比較的少し暇というか」

この会社の時間帯別に見た乗客の数です。1日のうち4割以上が午前中に集中し、その後、客足は減少します。そのため、長時間働かなければ売り上げは伸びません。この日、16時間働き、売り上げは3万円でした。手取りを時給に換算すると最低賃金に満たないこともあるため、差額は会社が補てんします。会社は負担が大きいですが、地域住民の暮らしを支えようと赤字経営に耐えているといいます。

タクシー会社代表取締役社長 泉 真さん
「人件費と燃料費とかでほとんど(利益が)食われちゃうので。公共交通といえども民間でやらせていただいているので、苦しいですね、正直」

日本全体での移動の自由の問題

<スタジオトーク>

高井 正智キャスター:
公共交通政策について国に提言を行っている吉田樹さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。先ほどの千葉市の女性は一日、外に出ない機会が増えたと。本当に深刻な声がありましたが、タクシーやバスに思うように乗れない状況というのは人口が集中している地域も決してひと事ではない。どうしてなのでしょうか。

スタジオゲスト
吉田 樹さん (福島大学経済経営学類准教授)
国の公共交通政策について提言

吉田さん:
これまでは地方、過疎地の問題として捉えられてきたのですが、これからは大都市圏の近郊でも深刻な問題になってくると思っています。バス会社やタクシー会社、企業としては黒字を保っていたとしても、乗り合いバス事業単体で切り出せば、9割のバス会社が赤字なんです。

高井:
もうほとんどですね。

吉田さん:
はい。タクシーでも半数が赤字といわれています。大都市圏の近郊でも人口は減ってくる状況にありますから、やはり大都市、地方を問わず日本全体として移動のセーフティーネットが脅かされている状況かと思っています。

高井:
その原因の1つが、ドライバー不足です。

今、さまざまな業界で賃上げが議論されていますが、年間給与を比較しますとバスやタクシーの運転手は全産業の平均と比べて低くなっている。賃上げの動きに乗ることはできないですか。

吉田さん:
最近ですと運賃の値上げということで賃上げしていこうという動きが見られるようにはなってきているのですが、実はバスやタクシーの運賃は基本的に国からの認可運賃で決められるんです。

高井:
制度で決まっている?

吉田さん:
そうなんです。そうしますと、これから人件費を上げるよ、ということで運賃をあらかじめ高くしておくということが認められてこなかった。なので、こういう賃上げの流れに乗れてこなかったという状況があるかと思っています。

高井:
こうした中、移動手段を補おうというのがライドシェアの取り組みです。

国は4月からこの取り組みを導入することを発表しました。一般のドライバーなどが自家用車などを使って人を運びます。管理はタクシー会社が行います。料金はタクシーと同じ水準になる見込みですが、地域や時間帯などは限定するというものです。

一般のドライバーが人を運ぶ、どういうことなのでしょうか。実は、18年前から実際に日本で導入されています。「自家用有償旅客運送」といいます。

一般ドライバーが運転手 運賃は?安全性は?

富山県高岡市。人口5,500の中田地区で移動の新たな担い手になっている人たちがいます。

住民を迎えに来たのは近所の女性です。これは一般のドライバーが住民を運ぶサービスです。利用者は予約を入れて、スーパーや病院など地区内の行きたい場所に連れて行ってもらいます(移動できるのはあらかじめ決められた場所に限る)。料金は1回につき500円。そのうち200円がドライバーに渡ります。

この仕組みを運営するのは、地域の自治会が集まる協議会。住民の中からドライバーを集め、移動手段に困る人をサポートします。この制度では利用者が移動できる場所を限定。タクシーなどの既存の公共交通の利益を圧迫しないよう、条件を設けています。

中田地区コミュニティ協議会 会長 道谷悦一さん
「(このサービスだけで)すべてをカバーすることはできない。(その場合)タクシーを利用してもらうことになります。共存共栄。お互いに戦うつもりは全くありません」

一般のドライバーが参加するにあたり、最も注意を払ったのが安全性の担保です。運行の安全管理は市内のタクシー会社に委託。タクシー会社は、ノウハウを生かしてドライバーの運転前にアルコールチェックをするなど遠隔で体調確認を行っています。

タクシー会社
「体調は大丈夫ですね?」
一般のドライバー
「はい、大丈夫です」
タクシー会社
「安全な運行を心がけてください」

運行は明るい時間帯やドライバーが走り慣れた道に限定。事故のリスクを最小限にする工夫を施しています。

タクシー会社 取締役 手崎俊之さん
「地域の交通を守るというところには、われわれとすれば協力をぜひしたい。安全を担保するというところを、今、運行管理会社であるタクシー事業者が担う、賄うというところです」

"ライドシェア"のゆくえ 公共交通の課題

<スタジオトーク>

高井 正智キャスター:
富山の取り組みをご覧いただきましたが、細心の注意を払っているのが安全性の担保。今回のライドシェア、また別の取り組みになりますが、ここでも意識されているということでしょうか。

吉田さん:
今の国土交通省の原案ですと、国はタクシー会社にプロドライバーと同じ程度の研修とか指導ですとか、それから接客態度などの指導。こういったものをタクシー会社に求めるという予定です。

"ライドシェア"安全は?
◆プロドライバーと同程度の研修や指導
◆接客態度などを指導

この他にも労務管理とかもあるのですが、やはりタクシー会社にとってみたら負担が大きいのではないかということも懸念されます。

高井:
タクシー事業者がどう受け止めているのか、そちらも聞いています。

全国ハイヤー・タクシー連合会の会長です。「タクシー会社が責任を負うのは負担感が大きいが、試行錯誤して進めていきたい」と話されています。
課題もあると思うのですが、こういう中でライドシェアの可能性、吉田さんはどうご覧になっていますか。

吉田さん:
すでに自家用有償運送の制度はあったわけですが、やはり都市部とか観光地、やろうと思えばできたのですが、なかなかやれなかった。そこの運転手不足を一時的に解消するというところでは効果はあるかなと思っています。
ただ、一方でアプリで予約をする、それから運賃を事前確定にする。いろいろな制約がありますので、すべての地域、事業者が参入できるとは限らない。ですから、抜本的な対策になるのかどうかというと、まだ未知数ではないかと思っています。

高井:
あくまで対処療法のような状況ということですよね。そうしますと4月からそういう取り組みも始まる一方で、この先の公共交通のあり方も議論を進めなくてはならないということですかね。

吉田さん:
はい、そうですね。日本では先進諸国の中では唯一、主に民間の交通事業者が広い範囲のネットワークやサービスを維持してきたという、そういう変わった特徴というものを持っているわけなんです。

高井:
民間企業なんですね。

吉田さん:
はい、そうなんです。公共交通は公共というふうにいわれながらも、民間企業に依存してる部分というものが大きい。でも、人口がこれから減っていくということが確実になってきますから、やはりそれで支えていくというシステムが限界に達してると思っています。

高井:
その民間が主体となって公共交通を支えてきた日本。それとは違う考え方で向き合っているのがフランスです。

仏のライドシェア 移動の自由「交通権」

フランス南東部の町、サン・タルバン・ド・ロシュ。人口2,000の田舎町です。

この町から35キロ離れた主要都市に通勤している、シルヴィアンヌさんです。

シルヴィアンヌ・グランジャンさん
「これから仕事に向かいます」

毎朝利用するのが、国と自治体が共同で整備したライドシェアです。

シルヴィアンヌ・グランジャンさん
「アプリでドライバーを探すの。ちょうど2分でドライバーが来るみたい」
シルヴィアンヌ・グランジャンさん
「メルモーズに行く?」
ドライバー
「どうぞ」

このライドシェアに登録するドライバーは近隣の住民700人に上ります。

ドライバーは通学や通勤など、そもそも移動の予定がある人です。サービスを利用したい人はアプリで目的地を指定すると、同じ行き先の車に相乗りできます。利用料金は無料。ドライバーへの報酬は行政が負担します。乗客1人につき2ユーロ(約320円)。ドライバーの中には、月に40ユーロを受け取る人もいます。

ドライバー
「これで高速料金が賄えます。結構、助かります」
ドライバー
「さあ、到着よ」
シルヴィアンヌ・グランジャンさん
「どうもありがとう」

交通の便が悪い田舎町でも移動手段を確保するために整備された、この仕組み。利用実績は、この6年で3万回に上っています。

行政が地域の移動手段を整える理由。それは1960年代ごろから始まった公共交通の問題にあります。

自家用車の普及が進み、路面電車やバスが相次いで廃止。公共交通が不便になった農村部から人口が流出しました。そこでフランスは、国民の移動の自由を守る交通権を法律で定めました。

交通政策に詳しいグスターヴエッフェル大学 アルノー・パサラッカ教授
「『交通権』の精神はそれぞれの人が置かれた状況や障害に関わらず、移動の自由を守ることにあります。行政は市民の『交通権』を守るために移動システムを整える責任があるのです」

この権利を守るために採用しているのは「公設民営」という方式です。

まず、地域の自治体が地元の企業から従業員に支払われる給料の0.5%から2%を交通税として徴収し、財源の確保を行います。

そして、地域のニーズに合わせた公共交通の将来像を設計し、運営は民間企業に任せます。

シルヴィアンヌさんが暮らす地域では、田舎町の発展なども目指して公共交通機関を整備。現在、人口は増加しています。

シルヴィアンヌ・グランジャンさん
「(どこに住んでいても)自由に通勤できることが魅力ね」
取材班
「時間は大丈夫ですか?」
シルヴィアンヌ・グランジャンさん
「遅刻はしていないわ」

「移動の権利」守るには? 公共交通がまちの未来に

<スタジオトーク>

高井 正智キャスター:
フランスでは住民の移動の自由というのが権利として守られていた。こういう考え方を取り入れようとすると、一方で税金の負担が増えるのではないか、こういう心配もありますよね。

吉田さん:
はい。実は日本でも移動権というのは議論されたことがあるんです。

高井:
いつごろですか。

吉田さん:
ちょうど2010年ごろ、交通基本法を策定するときの議論だったんです。やはり、その時の議論では民間のバス事業者、交通事業者などが多くを担う中で誰がその権利というものを擁護、守っていかなきゃいけないのかというところが難しいということで、時期尚早と判断されたのです。

高井:
早すぎると。

吉田さん:
ただ、今、VTRでも出てきていたフランスの例というのはいくつか私たちにヒントを与えてくれると思っています。というのは、公共交通を使っている皆さんからの運賃だけで維持をしていくということではなく、実は公共交通があることによって、例えば企業だったら従業員の方を雇い入れることができている。いろんなメリットというのがあるんです。そういうメリットを享受してる皆さんが広く薄く負担をする。いわば健康保険のような形で公共交通の改善に役立てていく。そういう発想というものも、実は日本、必要なのではないかと思っています。

高井:
日本の事例を見てみたいのですが、こちらです。

実は、日本の自治体でも例えば滋賀県で公共交通を整備するために交通税を導入することが全国で初めて検討されているという状況があります。こうした動きも出てきている中で、今後、大切になってくる視点、どういうことだと考えていますか。
吉田さん:
やはり多くの方が地方都市ですから、車をお使いになっていると思います。そういう方々に対しても、この取り組みに共感してもらえるかどうかということが重要になってくるのではないかと。

高井:
共感ですね。

吉田さん:
そうです。やはり公共交通、ふだん車をお使いの皆さんでも、例えばお酒を飲むですとか、けがをしてしまうと運転をすることができませんし、あるいは家族とかの送り迎えで結構な時間がかかってしまうこともありますよね。そういうところで公共交通が役立つのですが、そういう実感というものがなかなか得られていないし、そういう発信というのもできていないのだと思っています。
その中で行政に問われる視点ということですが、やはりどのような都市や地域、まちにしていきたいのか。そこをしっかり描いて、そこに共感を持っていただく。その共感を持っていただいたビジョンに対して、地域公共交通というのはどのように設計をしていけばいいのか、確保していけばいいのか、守っていけばいいのか。そこを作っていくということが必要になってくるのではないかと考えております。

高井:
目の前のバスやタクシーの課題について考えるということは、その先のまちをどうするか、地域をどうするかにつながっている。そういう意識で、この問題を捉えていきたいと思いました。吉田さん、ありがとうございました。

吉田さん:
どうもありがとうございました。

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