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2023年11月14日(火)

マグロが捨てられる!?海の恵みをどう守るか

マグロが捨てられる!?海の恵みをどう守るか

なぜ食卓で人気のクロマグロが海の“やっかい者”になったのか?そこには、クロマグロの水揚げ量が深く関わっていました。全国的に漁獲量が減少するなか、5年前に“漁業法”が改正。水産資源の管理が強化され、クロマグロ、サンマ、スルメイカなど8魚種で漁獲量が制限されました。そのため、マグロを捕りすぎないようにする漁師が出始めているのです。いま求められている“持続可能な漁業”。豊かな海の恵みをどうすれば守れるか考えました。

出演者

  • 濱田 武士さん (北海学園大学経済学部 教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

6割が“少ない”! 日本の水産資源

桑子 真帆キャスター:
マグロが今捨てられているのは、漁業者が取ってもいい漁獲量に枠が定められているからです。この枠、日本ではマグロのほかにも7つの魚種に定められています。

なぜ枠があるのかといいますと、日本周辺で取れる主な水産資源のうち、6割の魚は資源量が少ない状況にあるため、保護・管理しようとしているからです。この中にはサバやアジなど、私たちの食卓に身近な魚も多く含まれています。しかし海の資源を守るためにある規制が、現場に混乱を起こしています。

マグロを逃がす!?いったいなぜ?

漁獲量の規制によって、思うように漁ができなくなっているという泉澤宏さん。宮城や岩手県沖などで定置網漁を行っています。

日本の伝統的な漁法である定置網。陸から数キロの沖合いに網を固定し、そこに泳いでくる魚を誘い込みます。マグロやブリ、イワシやイカなど、大小さまざまな魚が取れるのが特徴です。

泉澤さんが、この日、期待していたのは秋口から価格が上がるサバ。網を引き揚げると入っていたのは大量のクロマグロでした。水揚げすれば少なくとも700万円以上の利益になります。ところが網を下ろし、入っていた魚をすべて逃がしてしまいました。

水産会社 社長 泉澤宏さん
「下にはサバがいたんだけど、もう少し(網を)絞ってくるとメジ(クロマグロ)が多かったから。そういう時は逃がすしかない。きょうは、ここは水揚げゼロ」

なぜ泉澤さんは魚を逃がしたのか。その理由は、クロマグロに漁獲が可能な量「漁獲可能量=TAC(タック)」という枠が定められているからです。

クロマグロの漁獲枠は、2023年度、日本全体でおよそ1万1,000トン。その枠が各都道府県に振り分けられ、そこからさらに漁法ごとに取っていい枠が決められます。漁業者は、この枠を超えないように操業。もし超えてしまうと、水産庁によって来年度の枠が減らされる可能性があります。

実は、クロマグロは国際的に管理されてきたこともあり、一時激減した資源量が2010年以降、回復傾向にあります。

泉澤さんの定置網にも近年、多くのクロマグロが入るようになっています。ただ、本来取りたいのは価格が倍近くになるという年末年始。それまでは出来るだけマグロを取らず、漁獲枠を残しておきたいといいます。

泉澤宏さん
「やっかい者だよね、今入ると。マグロが入るってことは、やっかいなことなんです。本来であれば、うれしいかぎりなんだけど。マグロが入る漁場のほうが経営的にも困難だよね」

別の地域では、漁獲規制のルールに反した行動に出る漁師も出てきています。今回、定置網漁の実情を知って欲しいと、ある漁師が取材に応じました。

この日も網には大量のマグロ。しかし、この漁師の漁獲枠はすでにいっぱいです。生きたまま放流しようとしますが、網を上げるとマグロはすぐに死んでしまいます。その結果、マグロを海に投棄することに。

取材班
「漁獲報告はしている?」
漁師
「していない。ここのメジ(クロマグロ)の枠は取りきってしまったから」

漁獲枠を超えると連帯責任を問われ、同じ地域の漁師がマグロを取れなくなる可能性もあります。かといってマグロのためだけに網に入った魚を全て逃がしていると、生活が成り立たなくなるといいます。

漁師
「(我々の)生活がかかっているから、メジ(クロマグロ)を犠牲にしてでも水揚げしないと。それが現実」

取れないスルメイカ それなのに漁獲枠が…

海の資源を守るために導入されたはずの漁獲量の規制。それが機能していないのではと訴える人もいます。

青森県三沢市の漁師、柿本芳秀さんです。

漁師 柿本芳秀さん
「きょうは厳しい。探すのが大変。幻になってきましたよ、イカも」

三沢の海は、かつて10億円を超える水揚げを誇った全国屈指のスルメイカの漁場でした。この日、6時間海に出て漁を行った柿本さん。釣り上げたスルメイカは、わずか6匹。三沢港のスルメイカの水揚げは最盛期の8分1以下に減少しています。

柿本芳秀さん
「昔はここは世界一の漁場でイカでも何でも取れたんですけど(今は)全くダメですね。イカがいません」

スルメイカも国によって漁獲できる枠が決められています。

2022年度の上限はおよそ8万トン。しかし漁獲量は2万4,000トン。実際に取れた量の3倍以上の枠が設定されているのです。柿本さんは、このままではスルメイカの資源を守ることにつながらないと危機感を強めています。

柿本芳秀さん
「本来(資源を)増やすのが目的の漁獲管理のはずなんですけど、われわれが感じるのは、もう減っていく一方。国のほうに、資源が減っているのが見えないのか。若い人に跡を継いでもらえるような魅力ある漁になってほしい」

漁獲量を厳しく制限 なぜなのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、漁業政策に詳しい濱田武士さんです。

海の資源を守るためにある規制なのに、スルメイカに関しては取れる量を大幅に上回る漁獲の枠が設けられている。どうしてでしょうか。

スタジオゲスト
濱田 武士さん (北海学園大学経済学部 教授)
漁業政策に詳しい

濱田さん:
スルメイカだけではなく、他の魚種でもこういうことが起こっています。まず1つは、地球環境の変動が激しい中で生態系というのは常に変わってきますから、これを予想するのは非常に難しいわけです。そういった中で枠が決められている。

それと、日本の周辺水域には外国漁船がたくさん出ておりまして、そういった漁船が例えばスルメイカのようなものを取ると。国際関係の中で協調を取れていませんから、どんどん外国船は取ってしまうということが起こってしまっているんです。

桑子:
それで日本だけが厳しい漁獲枠を設けるとなると…

濱田さん:
漁獲枠を日本だけ厳しくすると外国船がたくさん取れて、日本だけが国益を失う。こんな感じになるわけです。

桑子:
漁獲枠の設定が実際の漁獲量を大きく上回っていることについて、私たちは水産庁に見解を求めました。

「漁獲管理」に関しては、資源の持続的な利用に貢献できる方法だとしています。そして「漁獲枠」については、実際の漁獲量をもとに考慮している枠ではなく、完璧ではないけれども毎年行う資源評価をもとに科学的根拠を持って設定している、という回答でした。

そして一方のクロマグロですが、あんなに捨てなければならないくらい厳しく漁獲枠が制限されていると。これはどうしてなのでしょうか。

濱田さん:
1つは、日本で漁獲枠を決めているわけではなく、関係各国で決めていますから、日本としてはできるだけ資源が増えていく実態に合わせて漁獲枠を上げていきたいということなんです。ですが、やはりそれは諸外国も「そう簡単には上げさせないよ」ということにもなって今のような状況になっている。

もう一つは、日本の沿岸域には「定置網」という漁法がものすごくたくさんあって、これは漁村の経済の非常に基盤になっているものですが、一方で海外の漁法は「巻き網」とか単一の魚を追っかけて取る漁法。
定置網というのは「待ちの漁業」と言われ、入ってくる魚を取るという漁業で、クロマグロだけ取らないようにするというのは非常に難しいんです。だから逃がしたりもするのですが、クロマグロだけ取らないようにすると他の魚も逃がさなくてはいけないという事態まで起こってしまうわけです。

桑子:
ただ、日本の漁業にとっては基盤であるということですよね。そうした中、国はマグロを巡る混乱について対応策を取っています。

例えば「資源管理によって減収した分の95%を補償する」というものですとか「放流作業に必要な人件費を補助」する。さらには「マグロを逃がす漁具の導入を支援する」などの対策を講じています。こうした制度、現場の漁業者の皆さんはどう受け止めているのでしょうか。

濱田さん:
補償制度は漁業経営を補償するので、これは非常に役には立っているのですが、やはりクロマグロを取ったのを逃がしたりしなくてはいけませんから、取っている漁業者にとっては、取って市場に出して値段がついて初めて価値が決まる。そこで漁業者のボルテージが上がって次の操業意欲につながるのですが、これを壊してしまう。メンタル面に非常に悪いと。それと、マグロだけ取らないようにして他のものまで取らないということは地元に流通する魚がすごく少なくなるということで、地元の経済に影響を与えてしまうわけなんです。

桑子:
今、漁獲枠が定められているのは8魚種ですが、今後、水産庁はブリやキンメダイ、ホッケ、ヒラメなどを加えて23魚種まで拡大する方針を示しています。どう魚種に合わせて適切に資源を守っていくのか。漁師たち自身が現場の実態に合わせて模索している取り組みがあります。

“高級魚”キンメダイ 漁と保護の両立

資源を守るため、漁師みずからルールを設けているのが千葉県勝浦沖のキンメダイ漁。

漁協のキンメダイ部会の部会長、吉野文仁さんです。

千葉県沿岸小型漁船 漁業協同組合 吉野文仁さん
「いちばん気にしているのは時間。操業時間が決められているので」

漁師たちは、魚を取りすぎないためのさまざまなルールを設けています。まず操業時間は、日の出から4時間のみ。漁で使う糸は、1人1本。糸につける針も1投目は150本まで、2投目以降は50本までと細かく決められています。キンメダイの産卵時期の7月から9月は禁漁期間。さらに、25センチ以下の小さな魚は放流するなど資源の保護に努めてきました。

千葉県沿岸小型漁船 漁業協同組合 吉野文仁さん
「次の世代に魚を残すために、50年ほど前からこの操業規約を作ってルールを守ってきてくれた。すごくありがたいことだと思います」

こうしたルールは、この地域の漁師340人が参加する漁業協同組合で決められてきました。

多数決ではなく、一人一人が納得するまで時間をかけて議論。もし違反者が出れば違反者が所属する地区の漁師全員が1日操業停止を行い、ルールを守ってきたといいます。

漁師
「今、キンメしかいないから危機感をすごく持っている。これがいなくなったら漁師やめなきゃいけない。みんなそう思っている」
吉野文仁さん
「押しつけられたルールと、自分たちで決めたルールでは思いが違う。自分たちが守っていこうという感覚で魚を守っているので」

この漁協では、地域の研究機関と協力してキンメダイの生態調査も行っています。これまで4万匹以上のキンメダイに標識を付けて放流。生態や生息域が少しずつ明らかになり、資源管理のヒントにつながりました。

千葉県水産総合研究センター 資源研究室 室長 尾崎真澄さん
「遠くに行った魚は遠くの海で、その後、10年15年と長生きするので、その中でたくさんの卵を産んで、次の世代を残してくれる。千葉県の漁業者だけがこういった資源管理の取り組みをするのではなくて、キンメダイを利用しているみんなでやっていけば、よりよい資源管理につながる」

こうした取り組みの結果、漁獲が減る地域もある中、千葉県はこの10年、安定した高い漁獲量を誇っています。2023年8月に公表された国の調査で、今のとり方を続けていれば将来も資源量は維持できると初めて評価されました。

千葉県沿岸小型漁船 漁業協同組合 組合長 酒井光弘さん
「“太平洋銀行”、私たちはそこに魚を貯蓄しているんですよ。私たちの子ども、孫までずっとキンメダイがこの海にいることを願って、それで資源を保護している」

北海道サケ漁 競争から協力へ

漁師が競争するのではなく、協力することで資源保護につながった地域もあります。北海道網走沿岸のサケ漁です。かつて、ここでは限られた資源を漁師が競い合うように取っていたといいます。それを29年前、およそ180人の漁師が一緒に定置網漁を運営する協業化に転換しました。

40か所以上設置されていた定置網を13か所に削減。さらに船を5隻に減らし、取れたサケの利益を役割に応じて分配することで競争を抑えました。

網走合同定置漁業 代表理事 元角文雄さん
「たとえ自分たちの収入が減ったとしても、網をひきあげて(産卵のため)サケが川に上がれるようにする。その意思決定と行動が素早くできるのが(協業化の)大きなメリット」

その結果、北海道全体でサケの漁獲量が減る中、網走のあるオホーツク東部では2023年も2022年と変わらぬ量を維持しています。

協業化をしたことで経営の効率化にもつながりました。経理作業などを行う事務所や漁師が食事をとる番屋を統合。網などの漁具も一括購入して使い回すなど経費が削減でき、収益を大きく改善することができました。

漁師の所得は、上場企業の平均給与を超える額を実現。人材も集まり、乗組員の平均年齢は41歳という若さです。

祖父・父も漁師(19歳・2年目)
「小さい頃からお父さんと、おじいちゃんの仕事を見てきて憧れを持っていたので」
国立大学を卒業(29歳・6年目)
「(給料は)もらっていると思います。厳しいときもあるんですけど、たくさん取れたときの達成感があって楽しくやっています」

協業化が資源を守るだけでなく、持続可能な漁業につながっています。

元角文雄さん
「大事なのは全体を考えるというか、どうすればみんなが生き残っていけるか。どうすれば後継者が安心して帰ってこられるか。そういう経営方法を考えるべきだと思います」

“海の恵み”どう守る 私たちにできること

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:

漁獲量を規制する「出口管理」ではなく、魚を取る前です。漁の期間や漁具を制限する「技術管理」ですとか、船の数や操業時間を制限する「入口管理」を自分たちでやっていこうというような取り組みでした。

濱田さん、ただこれは国の統一的なルールではなく、地域ごとにばらばらの取り組みで本当に効果があるといえるのでしょうか。

濱田さん:
それぞれの地域でこういった尊い取り組みがあって資源を守られているというのもあるのですが、1つは広域的に管理しなくてはいけない。特に国際協調で各国と資源を管理する場合、やはり配分、漁獲量を配分して規制しなくてはいけないということになると、そういった魚種については出口管理についても重要な管理方法になってくると。

桑子:
一方で、こういった取り組みに関してはどう評価されていますか。

濱田さん:
これについては、やはり漁業者がそれぞれみんなで決めて時間をかけて決めたことだから、国が管理しなくても監視しなくてもしっかり守ってもらえるという大事な制度がワークするような状況になるんです。ただ、国がそのことを無視して出口管理だけ強めるというと、これは反発が起こりますよね。やはり、リスペクトが大事。現場に対するリスペクトがあって、ベストミックスに持っていくのが大事かと思います。

桑子:
今後、規制される魚種も拡大することになりますよね。どういった資源管理のあり方というのが求められるでしょうか。

濱田さん:
資源管理の国のあり方としては、やはりしっかりと漁業者に十分に理解を得ていくということがまず大事なんです。今までは出口管理を強めるということで過去5年の中でかなり上から規制をかけるという状態が続いてきたのですが、漁業者が受け入れられないという状況を水産庁も分かって、まずはウルメイワシ、カタクチイワシ、2魚種から始め、緩やかに規制をかけていこうと。いきなり出口管理をかけないという方向になったんです。

桑子:
今後、懸念されることがあるとすると。

濱田さん:
今度はブリがそ上に上がってくるんですが、ブリもクロマグロと同じような定置網で取る魚ですから、ブリだけ取らないということはできない。また「捨てる」という問題が生じるかもしれないので、十分に現場の意見を聞いて、漁業者の理解と協力を得ながらゆっくりと慎重に進めていくことが重要になります。

桑子:
そして漁業者の側に求められることがあるとすると、どういうことでしょうか。

濱田さん:
漁業者の側は、もちろん魚を取って初めて生計を立てていますので、それで資源を保護していくということになると、やはり経営的に余裕がないとできない。でも、魚を取れる量は変動します。そうすると、漁業者ができることは「コストを下げること」です。個別に下げるということもありますが、みんなで下げていく。網走のような協業化方式というのはなかなか難しいのですが、それ以外にもいろんな方法があるので、浜でみんなで下げていくということが大事かと思います。

桑子:
そして私たちもできることがありますか。

濱田さん:
食べて食文化を守ることです。これによって今、日本にしかない高鮮度な魚が流通するシステムも守れますし、漁業者もしっかりと資源を守ろうということになるかと思います。

桑子:
日本の豊かな食文化というのは当たり前ではないと考えてもいいですよね。

濱田さん:
そうですね。資源を保護していくということは地元の経済を守るということですよね。地元でできることをしっかりやっていく。それを尊重する。そして地域を守る。だから漁業者以外の人たちも一生懸命、資源のことを考えるということが重要かと思います。

桑子:
ありがとうございます。海の恵みをどう守っていくか。海から離れた場所も実は無関係ではないんです。

サケが戻ってきた!海と陸の環境整備

網走漁協の組合長が訪れたのは、大雨で畑の土砂が流れ出した農地崩落の現場です。

過去には大量の土砂が川に流れ込み、水産資源に大きなダメージを与えたことがありました。漁協は農家や建設業者など地域の人たちに呼びかけ、川の整備に取り組んできました。

そして、2023年もたくさんのサケがやってきました。

網走漁業協同組合 組合長 新谷哲也さん
「最も大事なのは漁業が成立できるような環境を漁業者だけじゃなくて、地域の皆さんと一緒に守っていく」
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