かながわ鉄道さんぽ

京急大師線編 7月13日(水)~15日(金)放送

京急川崎 小島新田 産業道路 川崎大師

京急大師線とは?

大師線は明治32年(1899)京浜急行電鉄の前身である大師電気鉄道株式会社が六郷橋(※1)~大師間(2㎞)で電車を走らせたのが始まりです。日本で3番目、関東でははじめての電気鉄道でした。その後、時代とともに路線が変わり、現在は多摩川の南側を大師道(国道409号線)に沿うように東西に走っています。

京急川崎駅から終点の小島新田駅まで全7駅、4.5kmの区間を結ぶ時間は10分弱。駅と駅との間隔が短いので、ゆっくりとした速度で進むのも特徴です。現在は全線、地上を走っていますが、将来は駅や路線を地下化して踏切をなくす連続立体交差事業の構想もあり、すでに一部の区間で工事がはじまっています。

(※1)六郷橋・・・明治~昭和期まであった駅。現在の六郷橋の下に、ホームやレンガ壁などの跡が残る。

『駅長さんと行く! 大師線ツアー&製造業を支えるヒトづくり 京急川崎駅~小島新田駅』

京浜急行大師線
京急川崎~小島新田

1日目

7月13日 水曜日

出演者

キャスター
坂井芳江 ( さかいよしえ )
京急川崎駅案内
京浜急行電鉄株式会社 京急川崎駅 駅長  佐藤正志 ( さとうまさし ) さん
京急大師線案内
京浜急行電鉄株式会社 川崎大師駅 駅長  蘆屋和行 ( あしやかずゆき   ) さん
株式会社きらり案内
株式会社きらり  宇土俊之 ( うどとしゆき   ) さん
 
株式会社きらり 研修生  佐藤秀之 ( さとうひでゆき   ) さん

大師線の始発駅、京急川崎駅にやってきました。
明治35年開業で、現在の駅舎は昭和41年(1966)から使用。京急本線は高架駅、大師線は地上駅です

ここが京急川崎駅、大師線ホーム。
大師線は基本複線ですが、産業道路駅~終点の小島新田駅までの一駅区間のみ単線になります

坂井キャスターをはさみ、左が京急川崎駅長の佐籐さん、右が川崎大師駅長の蘆屋さん。
大師線を管轄されている駅長さんお二人そろってご出演いただきました。帽子に入った金の二本線は駅長さんの証です

中継では、まずは京急川崎駅にて佐籐駅長が登場。
一般からの公募により京急川崎駅本線の駅メロに決まった「上を向いて歩こう」(坂本九)の曲紹介もしていただきました

佐籐さんと別れ、いよいよ大師線に乗って出発。同行してくださるのは川崎大師駅の蘆屋駅長。
午後6時11分発、京急川崎駅発小島新田行き電車の中から生中継開始です。
さぁ出発進行~!

乗車したのは進行方向一番前の車両、運転手さんの背中が見える位置。電車がゆっくり動き出し、いよいよ大師線全7駅をたどる小さな旅が始まりました

この大師線、実は蘆屋さんが入社してはじめて勤務した思い出の路線。「当時は沿線工場に勤める人の利用が多く、通勤時は大変な混雑でした。
ラッシュ時はホームに出て、車両に人を押し込んだんですよ」と話してくれました

終点まで7駅、およそ10分の旅。窓からゆっくり流れる風景を見ながら大師線の面白雑学を次々と披露してくれる蘆屋さんに坂井キャスターの笑顔もこぼれます

始発の京急川崎駅を出て、次の港町駅に向かう間に紹介いただいたのが「六郷橋駅跡」。写真の段差の部分は、かつての駅ホーム跡だそうです。
六郷橋駅は、軌道の変更により昭和24年に廃止(1949年)されました

港町駅から鈴木町駅に向かう間、車窓から見えたのは、運河と多摩川を仕切る「川崎河港水門」。鉄筋コンクリート造りで高さ20m、幅10mもあります。
昭和3年(1928)に完成したこの水門は歴史的に貴重なもの。昭和63年(1998)に国の登録有形文化財に指定されています

大師線の中でも最も古い駅、川崎大師駅。
ここの駅ホームの屋根をY字型に支える柱がレールを加工して作られていると聞いてびっくり。これはよくよく見ないとわかりません。戦時中、資材不足のためとられた苦肉の策ではないかというお話でした

終点の小島新田駅で下車。
江戸時代、この辺りを小島六郎左衛門という人が新田開発したことから小島新田という地名になり、その地名が駅名となったそう。
ここから海側は工場が立ち並び、最近は工場夜景の名所としても知られます

小島新田駅で蘆屋さんと別れ、向かったのは創業4年目、社員7名の「株式会社きらり」。一見、何の変哲もない金属加工工場のように見えますが、実は国の補助を受け、若者が製造業に就労できるようサポートしている会社です

株式会社きらりでは、横浜や川崎で定期的に就労セミナーを開催し、製造業に興味を持つ人材を発掘。やる気のある若者を研修生として迎え入れています。
インタビューに応えていただいた研修生の佐藤さんもセミナーを受講して異業種から製造業の世界に足を踏み入れたひとり。こうして基本を身につけた研修生を中小の製造業に派遣し、その上で雇用につなげるマッチングに力をいれています

「技術はもちろんですけど、それだけではなく礼儀や心構えも大事。仕事に対する甘い考えを捨て、自発的に関わるようになると顔つきも変わってきます」と話してくれたのは人材育成担当の宇土さん。
いったん仕事についても辞めてしまう若者が少なくない中で、仕事に向き合う覚悟と意欲を身につけさせることも研修の目的だといいます。ここで研修を経て就職していった若者はすでに100人以上になりました

若者の就労問題と製造業の人材不足とに着目し、“モノづくり”を支える“ヒトづくり”という画期的な取り組みをしているみなさん。産業都市・川崎ならではの出会いでした

中継最後は小島新田駅そばの踏切から。
辺りは薄暗くなり、ホームの電気も点灯しています。
駅の向こうには羽田空港から飛び立った飛行機も見えましたよ

写真と文章 : 小林孝子(鉄道沿線さんぽコーディネーター)



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