山口県と太平洋戦争
本州最西端に位置する山口県は、瀬戸内海と関門海峡、日本海に面し、海運による物流の一大拠点でした。また、柱島近海が連合艦隊の泊地に、岩国市には海軍航空隊がおかれ、さらに旧徳山市、光市といった地域には大規模な軍需関連の工場がありました。
陸軍部隊は、歩兵42連隊が山口市で編成され、中国の広東作戦や、仏印進駐、シンガポール攻略戦に参加。激戦で多くの死傷者を出しています。
終戦間際には、関門海峡が機雷で封鎖された上に、岩国基地や工場地帯は激しい空襲にさらされるようになり、昭和20年の5月と7月には、海軍の燃料廠のあった徳山市が、B29の大編隊に襲われ壊滅的な被害を受けました。終戦前日の8月14日には、光市の海軍工廠が襲われ、勤労動員の若者を含む700人余りが犠牲になっています。
さらに、大津島には特攻兵器である人間魚雷「回天」の訓練基地がおかれ、多くの若者が訓練を受けました。このサイトでは、回天の訓練を受け、その後各地に配備され戦争を生き抜いた人々の証言などを、山口県に関わる当時のニュース映画、番組とともにご覧いただけます。地域の戦争の記憶を次の世代に伝えていくためにこのサイトをご活用ください。

B29の空襲を受ける光市の工場地帯 昭和20年8月14日

