【記者特集】災害で"命綱"使えなくなったら...

 

災害で停電が起きたら、皆さんの生活にどのような影響が出るでしょうか?

電気がつかない、携帯の充電ができないなど本当に不便ですよね。

 

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私たちの暮らしに影響する停電が命に関わるという人たちもいます。「医療的ケア児者」です。医療的ケア児者の多くは、生きるために「人工呼吸器」やたんを吸い取る「吸引器」などの医療機器が欠かせないからです。

 

山形県内では、これまで災害が起きたときに医療的ケア児者を支援する体制が整ってきませんでしたが、ことし山辺町で初めてとなる避難訓練が行われました。医療的ケア児者の命を守るためには、何が大切になってくるのでしょうか。

 

リポートの映像はこちらから。

 

 

 

“命綱使えなくなったら”

 

ことし10月に山辺町で行われた「医療的ケア児者」のための避難訓練。山形県や村山保健所、それに、山辺町が初めて企画しました。

豪雨で川の水位が上がり、高齢者や体の不自由な人などに避難を呼びかける「高齢者等避難」の情報が出されたという想定です。

 

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訓練に参加したのは海保俊輔さん(19)と母親の智美さんです。

俊輔さんは、自力で呼吸するのが難しいため、常に人工呼吸器を装着しています。そのほかにも、チューブを通して胃に直接、栄養を送る「胃ろう」やたんの吸引が必要です。

 

2人が住む地区の近くには大きな川があり、去年7月の大雨のときには避難指示が出されています。いつどこにいても避難できるよう、智美さんは車の中に、俊輔さんのケアに必要な物を3日分用意するなど準備を進めてきました。

 

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一方、自分ではどうしようもできないのが「人工呼吸器」です。

バッテリーは常に充電していますが、持ち時間は最大9時間。

停電が長引いて、人工呼吸器が使えなくなれば命に関わります。

 

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(海保智美さん)

「これがなくては命を保てない…命綱ですよね。それが充電できなくなってしまうのが1番怖いし、常に不安に思っています」。

 

 

必要な支援が見える“個別避難計画”

 

そんな智美さんのところにことし2月、主治医からの提案で、俊輔さんの「個別避難計画」を作成しないかという話が舞い込んできました。

 

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「個別避難計画」は、1人では避難できない高齢者や体の不自由な人など「要支援者」のために市区町村が作成するもので、文字どおり1人1人の状況に応じた避難の計画です。避難を手伝う人や避難先などをあらかじめ具体的に決めておくことで、手助けが必要な人たちを安全に避難させることが目的です。

 

俊輔さんの「個別避難計画」には、停電が長引きそうなときに、どのように電源を確保するかなど必要な対応が事細かに書かれているんです。

今回の避難訓練は、計画が実際にうまくいくのか検証するために行われました。

 

 

訓練の成果は…

 

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訓練当日。午後2時半すぎに智美さんの携帯に「高齢者等避難」が

発令されたことを知らせるメールが届きました。これで避難開始です。

 

避難所に指定されている公民館へと向かいますが、途中で、「町内全域で停電が発生した」という情報が。

 

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そこで、町の職員が「個別避難計画」にしたがって、町で所有する非常用発電機を公民館に持ち込みました。すぐに人工呼吸器をつなげると、呼吸器は無事、作動しました。緊張した面持ちで見守っていた医師や保健師、それに町の職員も安どの表情です。

 

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智美さんは、

「発電機が持ち込まれて呼吸器がうまく充電できることがわかったので、とても助かりました。地域ごとに今回のように訓練なんかできたらみんな安心なんじゃないかなと思います」
と話していました。

 

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また、訓練を企画した山辺町防災対策課の武田忍係長も

「電源の大切さを改めて感じました。どういった方が地域にいらっしゃるのか、まず把握することが大切だと思いますので今後も情報を集めて個別避難計画の作成を進めていきたい」

と意気込みを語っていました。

 

 

“チーム結成”がポイント

 

実は要支援者の「個別避難計画」は、ことし(令和3年)5月に改正された「災害対策基本法」で市区町村が作成することが「努力義務」とされました。

 

しかし、医療的ケア児者の個別避難計画の作成は、山形県内ではまだ山辺町しか終わっていません(11月30日現在)。

県によりますと、これまで、医療的ケア児者の個別避難計画が作成された前例がないということや、市町村にはまだノウハウがないということが大きな理由だということです。

 

多くの医療的ケア児者の主治医で、山辺町の個別避難計画の作成に携わった山形大学医学部小児科の中村和幸助教は、計画の作成を進めていくためには、行政・医療・福祉の連携が欠かせないと指摘します。

 

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(山形大学医学部小児科 中村和幸 助教)

「個別避難計画は行政だけでも、病院だけでも作れないと思います。医師だけでなく、日頃の様子をよくわかる訪問看護師など、関わる方みんなで相談しながら作る。そういう連携をしっかり作っていくのが大事だと思います」。

 

山辺町のケースでは、家族と主治医、村山保健所、山辺町の担当者、それに、訪問看護ステーションの看護師を中心にチームを結成。

ことし2月から対面やオンラインで何度も話合いを重ね、およそ半年間かけて作成したということです。まさに「連携」があったからこそ計画作りが進んだのだと思いますし、今でも、必要な場合には情報の更新を行っているということです。

 

また、中村助教は、チームを結成し、当事者がどのようなケアを必要としているのか把握すると、避難所の環境や備蓄された物資を見直すきっかけにもなるかもしれないと話していました。

 

さらに、計画作りをきっかけに、俊輔さんが日中通っている通所事業所とも、停電が起きたときの対応について話し合ったということで、事業所の中には、非常用発電機を購入したり、発電機がどこにあるか確認したりするなど、災害が起きたときの対応を確認するきっかけになったということです。

 

こうした個別避難計画の作成を通じて、地域や関係機関でどのような物資が不足しているのか、体制でも何が不十分なのか、などが、“見える化”されるということも大切なことだと今回取材して感じました。

 

山形県でも今後、医療的ケア児者のうち、人工呼吸器を使用している子どもたちから優先的に個別避難計画の作成を進めてもらえるよう、市町村に働きかけていきたいとしています。

 

大きな災害はいつ、どこで起きるかわかりません。

いざというときに医療的ケア児者の命を守ることができるよう、いまから計画作りを進めて、備えていくことが求められていると思います。

 



医療的ケア児    

山形局記者 | 投稿時間:16:13