NHK山形放送局で継続して取材している「医療的ケア児」について、ことし(R3)6月に大きな動きがありました。国会で「医療的ケア児支援法」が成立したのです。
「医療的ケア児」の支援に関する法律ができるのはこれが初めてで、超党派の議員が共同で提案して全会一致の可決でした。
この法律は基本理念として、
▼住んでいる地域に関わらず適切な支援を受けられること
▼医療的ケア児でない子どもと共に教育を受けられるよう最大限配慮し、適切な教育支援が行われること
などを掲げています。
これまでと異なる1番のポイントは、「国や自治体に支援の責務がある」と明記されたことです。今まで支援は「努力義務」となっていたところ、より強い表現に変更されました。
その上で、
▼学校や幼稚園、保育所の設置者に対して、保護者の付き添いがなくても在籍する医療的ケア児のたんの吸引などのケアができる看護師や保育士を配置すること
▼家族からの相談に応じたり医療的ケアについての研修を行う「医療的ケア児支援センター」を各都道府県に設置したりすること
などを求めています。
山形県によりますと、法律が成立した令和3年6月時点で県内には医療的ケア児が少なくとも116人います。
法律成立の受け止めを当事者家族に取材して見えてきたのは、学びの場の選択肢が限られる現状でした。
保護者の仕事への影響も
ゆめ佳さんの学校への送り迎えは父親の亨さんが毎日行っていますが、運転には朝と夕方で合計およそ3時間かかるため、農家である亨さんが農作業できるのは早朝や日中の5、6時間程度に限られます。
このため、亨さんは昼食や休憩時間を削って仕事にあてているほか、送迎の時間との兼ね合いでこれまで冬場に行っていた除雪の仕事を辞めざるを得ませんでした。
母の明子さんも
「亨さんが農業以外の時間でアルバイトをしようと思ってもこの状況では無理です。送迎の時間は決まっているし、何かあったら学校から呼び出されるからです」
と話していました。
保護者の望む支援は
取材の中で亨さんや明子さんからは
「学校の中で訪問看護師の付き添いを受けられないか」
「『医療的ケア』の定義を緩和できないか」
といった意見が出ました。
まず訪問看護師については、現在、山形県では医療的ケア児の通院時に訪問看護師の付き添いを受けられるサービスは実施しています。
特別支援学校の看護師でさえも子どもたち1人1人の体調に応じたケアに慣れるのに時間を要するため、ふだんからその子の体調やケアの方法をよく知っている訪問看護師の付き添いが実現すれば理想的だと言えます。
一方で、原則、訪問看護師は自宅以外への同行は認められない上、人手不足などもあり課題が山積しています。
また、「医療的ケア」の定義については、ほかの当事者家族への取材でも、家族が日常的に行っていることにも関わらず、医療行為にあたるとして第三者になると誰でも行えるものではなくなるといったギャップを疑問視する声を聞いてきました。
法律で「支援の責務がある」と明記された自治体サイドは法律の成立をどのように受け止めているのか。
ゆめ佳さんの地元川西町の教育文化課は
「法律の詳細が市町村に示されてはいないので確認が必要だが、対応が必要となればガイドラインの見直しをしていきたい」
とコメントしています。
また、県の障がい福祉課は「国の動きを注視しながら法律の目的に沿ってセンターの設置を検討したい」とコメントしています。
ゆめ佳さんにとっての地元小の意義
ゆめ佳さんは就学に合わせた健診のため、1度地元の公立小学校を訪れたことがあります。健診の案内役は児童が担当していて、亨さんたちによりますと、ゆめ佳さんが同世代の子どもと会うのはその日が初めてのことでした。すると、その日を境にゆめ佳さんが手足を動かして意思を主張するようになるなど、行動が急に活発になったそうです。
亨さんたちも
「元気に動き回る同年代の子どもたちを見たことが本人の刺激になったのでは」「この変化は訪問看護師さんにも驚かれた」
と話していました。
ゆめ佳さんのこうした様子から、同世代の子どもたちとの交流がよい刺激となることがうかがえます。
法律は“スタートライン”
自治体には、国からどのような財政的支援があるのかといった内容は法律の施行1か月前となった今月(8月)に入っても、具体的に示されておらず、これからという状況です。
今回の法律成立は大きな動きですが、あくまでも「スタートライン」にすぎません。この法律を呼び水に医療的ケア児とその家族が望んだ生活を送れるよう、踏み込んだ支援に結びつくのか、引き続き取材をしていきたいと思います。
山形局記者 | 投稿時間:18:23