再放送でお聴きいただいている「カフェあがすけ」も終盤です。
最初のころ、バタバタして失敗もあった効果音もこのころになるとスムーズになって、私自身のキャラクターもようやく(笑)、定まってきてたんだなあと思いながら聴いておりました。
ではどうぞ。
ラジオドラマ・なまら小劇場
Café あがすけ (8杯目)
『 Girls, be ambitious! 』
マスター 柴田 徹
客 岸田麻由美
D J ふかさわ
☆
脚本 あべ美佳
N「ここは『cafe・あがすけ』。カウンターしかない、小さな喫茶店です。……え? あがすけの意味ですか? 山形弁で“カッコつけで生意気な男”のことを言います。もちろん、私のことではありません。……最近、一段と寒くなってきましたね。今夜はどんなお客様がやってくるのでしょう。あったかい新メニューでも考えながら、ゆっくり待つとしますか──」
店内に流れる、ラジオ。DJの声。優しい音楽。
(キス・ミー/シックスペンス・ノン・ザ・リッチャー)
マスター、鼻歌を歌いながらカップを磨く。
カランコローンとドアベルが鳴る。
マスター「いらっしゃいませ」
岸 田「……あ、どうも」
マスター「どうぞ、お好きな席へ」
岸 田「……すみません、あったかいカフェオレください」
マスター「かしこまりました」
カップ類が、かちゃかちゃ。
N「そのお客さんは、二十歳ぐらいでしょうか。まだ学生さんなのかもしれません。コートの下は、紺色のリクルートスーツを着ていました。スーツはぱりっとしているのですが、背中がどうにも丸まっていて……」
岸 田「……はぁ(ため息)」
マスター「あの、大丈夫ですか?」
岸 田「……え? あたし今、何か言いました?」
マスター「でっかいため息ついてましたので」
岸 田「え? そうでした? そんなことないと思うけど」
マスター「すみません、おせっかいでしたね」
静かにラジオが流れている。
マスター「カフェオレ、お待たせいたしました」
カップを置いて
岸 田「……はぁ(ため息)……」
マスター「ほら」
岸 田「あ、ついてますね、ため息。……ごめんなさい」
マスター「いえいえ。気にしないで、ゆっくり考え事を続けてください。ここはそういう場所ですから」
岸 田「……ありがとうございます」
マスター「ラジオ、消しましょうね。気が散るでしょ」
岸 田「そんな、大丈夫ですよ」
マスター「いいから、いいから……よいしょっと」
ラジオを消す、マスター。
岸 田「うわ、そのラジオ年代物ですね。うちにも昔、そんなやつあったかも」
マスター「古いでしょ? 開店当初から、私とずっと一緒にいるんですよ」
岸 田「そうなんですか」
カフェオレをスプーンでかき回す、岸田。
岸 田「……なんか、静かですね。何も音がしない」
マスター「そうですか?」
岸 田「田舎って、駅前でも静かなんですね」
マスター「夜だからですかね。朝は結構にぎやかなんですよ。山形駅に向かう人たちとか、学生さんとか、前の通りをひっきりなしに歩いていますしね」
岸 田「そっか」
マスター「お客さんも、これから山形駅まで?」
岸 田「……はい。最終の新幹線で東京に戻ります」
マスター「そうですか」
岸 田「……わたし、今日就職試験だったんです」
マスター「あぁ、それでリクルートスーツなんですね。……試験、うまくいかなかったのかな」
岸 田「ばっちりでした」
マスター「え……じゃあ、どうしてそんなに……」
岸 田「なんですか?」
マスター「……落ち込んでるのかなぁ、って」
岸 田「わたし、落ち込んでるように見えます?」
マスター「うーん、少しね。就職試験とは関係ないことで悩んでいるのでしたら……恋の悩み、かな?」
岸 田「いいえ、就職のことです」
マスター「だって、就職試験はうまくいったって、さっき」
岸 田「はい、ばっちりでした」
マスター「……いけませんねえ……若いお嬢さんの会話にはついていけません」
岸 田「(くすくす)……ごめんなさい。わたし理論立てて説明するのとか苦手で……」
マスター「女の人は、大抵そういうものです」
岸 田「感情でだだだーっと話して、擬音ばっかり使って」
マスター「そうそう」
岸 田「うちのママみたい」
マスター「お母さん、そういう方なんですか?」
岸 田「ですね」
マスター「ふーん、そうですか」
柱時計の音。
岸 田「……マスター。……マスターが私ぐらいのころ、夢ってありました?」
マスター「はい、ありましたよ」
岸 田「どんな?」
マスター「ふふ、内緒です」
岸 田「んー、じゃあ、その夢は今、かなっていますか?」
マスター「かなっているような、いないような……」
岸 田「もー、それじゃあ、よくわかんないですよ」
マスター「でもね、これが正直な答えなんです」
岸 田「……わたしね……就職するの、やめようかと思って」
マスター「え? きょう試験受けたのに、ですか?」
岸 田「……はい。親が喜ぶから、なんか流れで地元の会社受けちゃったけど……もし入社できても長続きしないと思うんだ」
マスター「長続き、ですか」
岸 田「はい。やりたいことにチャレンジもしないで、逃げるように就職するんだもの、わたし」
マスター「やりたいことって、なんですか?」
岸 田「えー、そんなの、言えませんよ」
マスター「自分は聞いてきたのに?」
岸 田「あ、そっか」
くすくす笑う、岸田。
──停電。
岸 田「きゃっ」
マスター「おや、停電ですね」
岸 田「どうしよう」
がたがたっと動く音。
マスター「動かないで! 危ないですから、じっとしていてください。すぐにロウソクつけますから」
岸 田「……はい……」
マスター「えーと、ロウソク、ロウソク……あった、マッチは……このへんに……よし、ありましたよ」
マッチをする音。
マスター「……ふぅ。これで大丈夫」
岸 田「……よかった……」
マスター「珍しいなぁ、停電なんて」
岸 田「新幹線、ちゃんと動くかなぁ」
マスター「大丈夫ですよ。きっとすぐ戻ります」
岸 田「マスター、やっぱりさっきのラジオつけてもらってもいいですか?」
マスター「あぁ、そうですね。つけましょう」
ラジオの電源、オン。曲が流れてくる。
(イン・マイ・ライフ/ベッド・ミドラー)
岸 田「……あぁ……なんか、懐かしいかも」
マスター「懐かしい? この曲が?」
岸 田「この状況、です。子どものころ、台風とかで停電すると、家族みんなでラジオの前に集まって、じぃっとしてませんでした?」
マスター「あぁ、そうですね」
岸 田「外は嵐だし、どこもかしこも真っ暗だし、わたし、怖くて怖くて……」
マスター「はい」
岸 田「なんか、この世の果てに、自分たちだけ取り残されたような気がして」
マスター「少々オーバーですけど」
岸 田「そんなことないです! 子どものころは、ほんと、そんな風に思いました」
マスター「……はい」
岸 田「でもね、パパがラジオを探してきて、つけたんです。そしたら、小さな箱の中から、誰かの声がしたの! その声聴いていたら、あぁ、わたしたちはちゃんと地球のどこかとつながってるんだ、って思いました」
マスター「そうでしたか」
岸 田「すごく安心したんですよね」
マスター「はい、その気持ちは私もわかります。ラジオは私の青春であり、先生でした」
岸 田「先生? ラジオが?」
マスター「はい。耳にしたことば、流れてきた曲……どれだけ影響されたわかりません」
岸 田「……あ、そっか。そういうんだったら、わたしもです。わたしの夢も、ラジオとつながっているかも」
マスター「どういうことですか?」
岸 田「わたしね、その停電のとき、真っ暗な中で、流れてきた曲にあわせて歌ったんです。初めて家族の前で」
マスター「いつもは歌わなかったんですか?」
岸 田「こっそり自分の部屋で歌ってました。だって、恥ずかしいじゃないですか」
マスター「まぁね」
岸 田「歌い終わったら、家族が拍手してくれて、お前は歌がうまいなぁ、ってすごく褒められて」
マスター「それが夢の原点」
岸 田「……はい。……笑いますか?」
マスター「もちろん。……笑いません」
岸 田「……ふふ」
マスター「……ふふふ」
ラジオからDJの声。
D J「──時刻はまもなく9時**分になります。さぁ、今日のラストの曲です。(カーペンターズ)で(イエスタデイ・ワンス・モア)」
ラジオから、また別の曲が流れてくる。
岸 田「──あ、この曲知ってる」
マスター「え? これ、私が学生のころの歌ですよ?」
岸 田「(ラジオに合わせて少しハミングして)……ほら、これママがよく台所で歌ってるやつだ」
マスター「そっか、お母さん」
岸田、少し歌う。
マスター、拍手。
岸 田「やっぱり、歌っていいなぁ」
マスター「ですね」
岸 田「でもなぁ、こんな夢みたいな夢……人に言えませんよね。ママにも反対されるだろうし」
マスター「あなたのお母さんは、誰かの夢を応援するのが、得意な人ですよ、きっと」
岸 田「え? ママのこと、知ってるんですか?」
マスター「さぁ、どうでしょう?」
岸 田「えー、あやしー」
マスター「怪しくないですよ。ちょっと、そんな気がしただけです」
バチンと音がして、電源、戻る。
岸 田「あ、電気ついた!」
マスター「はい、もう大丈夫です」
岸 田「わたし、行かなくちゃ。マスター、おいくらですか?」
マスター「お代はいいです」
岸 田「え、でも……」
マスター「すてきな歌を聴かせてもらいましたから」
岸 田「ええー、んん、じゃあ、はい。甘えます」
マスター「がんばって」
岸 田「なにを?」
マスター「んん……いろいろ、ですかね」
岸 田「あはは……。卒業まであと半年。まずは、しっかり学生やります。さよなら!」
カランコロンと、ドアベルの音。
N「彼女はどんな選択をするのでしょうね。でも大丈夫。
Girls, be ambitious!」
渡辺美里『my love your love』流れて。
END
柴田徹 | 投稿時間:12:12