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2011年12月22日 (木)「テロとの戦い 10年」

ニューヨークの新しい名所として槌音が響き渡る「グラウンド・ゼロ」。アメリカ同時多発テロ事件から10年の追悼式典を控えた9月10日の海外ネットワークは、ここから中継でお伝えしました。
航空機に激突されて崩壊した世界貿易センタービルの跡地、グラウンド・ゼロでは、犠牲者を追悼する施設のほか、6つの高層ビルの建設が計画され、再来年にはアメリカ建国の年にちなんで"1776"フィート(541メートル)の全米最高層ビルが完成予定で、一帯はすっかり生まれ変わろうとしています。しかし、人々の心の傷、脳裏に刻まれた衝撃は決して消えることはありません。グラウンド・ゼロでは、およそ2700人の犠牲者のうち1100人もの遺体が最後まで見つかりませんでした。すぐそばの消防署前の道路では今も全米各地から訪れた市民が花を手向ける光景が毎日見られます。

マンハッタンのグランド・セントラル駅では武装した兵士が監視の目を光らせ、証券取引所などでも入り口では身分証明書の掲示とともに荷物チェックを行っていました。式典を前に警備が強化され、自由闊達なアメリカというよりテロに怯える姿が印象に残りました。

アメリカのイスラム教徒もテロの被害者です。9.11以降アメリカではイスラム教徒に対する偏見や嫌がらせが相次いでいます。犯罪とは無関係のイスラム教徒に対する行き過ぎた捜査も問題になっています。グラウンド・ゼロから2ブロック離れた場所にモスクを建設する計画が持ち上がったところ強い反対の声が上がり、今も計画は中断されたままです。世界の人々を受け入れてきた移民の国アメリカの変容、社会の亀裂は深刻です。

10年前、テロ事件が起きたとき、私はベルリン支局でテレビを見ていました。NHKの「ニュース10」でした。キャスターの後ろのモニターで、2機目の航空機が世界貿易センタービルに激突した瞬間、「とんでもないテロが起きた」と呆然としたことを今も鮮明に覚えています。直ちに空港に向かい、ほとんどの便がキャンセルになった中で唯一飛んでいた中東方面に向かうフライトに飛び乗りました。それからまもなく、アメリカの攻撃が始まりタリバンは首都カブールを追われました。
それから10年、アメリカはイラク、アフガニスタンの2つの戦争に莫大な予算を投入して財政が悪化。高い失業率と格差拡大に異議を唱える若者たちがウォールストリートを埋め尽くしています。米軍兵士の犠牲も6千人をこえました。アメリカは世界の警察官としての役割も放棄しようとしているかのようです。テロの首謀者であるオサマ・ビンラディンが殺害されたものの、アフガニスタンではタリバンが再び台頭。自爆テロ事件は今も続き、テロの脅威はなくなっていません。

9.11から10年という節目のことし、中東・北アフリカでは、民衆の蜂起によって長期独裁政権が相次いで崩壊しました。しかし、「アラブの春」の行く末はまだ見えてきません。むしろ不安定な状態がしばらく続きそうです。そしてヨーロッパではユーロ危機、アメリカでは財政危機と世界は不安定な時代に突入しました。中国やインドなどの台頭によって多極化する世界はこれからどこに向かうのでしょうか。太陽の光を浴びて輝くグラウンド・ゼロ一帯の高層ビル群はアメリカの輝かしい未来を象徴しているのか、様々な困難が待ち構えているとはいえ希望を感じました。日本も大震災からの復興に向けて元気を出して立ち上がらなくてはならないと、この景色を見ながら感じました。
投稿時間:21:39