<<2011年11月 | トップページ | 2012年1月>>
2011年12月
ピーターフランクルさんからコメントをいただきました。

(12月17日の放送について)
土曜日はどうもありがとうございました。有意義な番組に参加できて嬉しかったです。
旧ソビエトの「スタン」(トルコ語で国の意味)という言葉が付く構成国のなかで、
天然資源の有無にともなう経済格差があることは知っていましたが、ヨーロッパとの
関わりのなかで生まれている格差については知らず、とても勉強になりました。
旧ソビエトの崩壊によって生まれたこの格差をどうすれば是正できるのか、
打ち合わせの時からずっと考えていましたが、番組内の短い時間では説明できませんでした。
この場で紹介させてもらえるならば、出稼ぎした場合、出先の国だけでなく本国にも
税金が入ってくるような仕組みがあればいいと思います。出稼ぎでの所得や税率が低くても
本国にとっては効果があると思います。そういったお金が、医療費などの社会保障に
使われると人々の生活も向上して国の力につながり、ヨーロッパの発展にもつながるのだと思います。
これからも世界各地からの面白いかつ有意義なレポートを楽しみにしています。
投稿時間:17:15 | カテゴリ:ゲストトーク | 固定リンク
それぞれの道を歩む15カ国
12月17日の海外ネットワークは、2週に渡ってお伝えする「ソビエト崩壊から20年」特集の1回目。二村キャスターが、旧ソビエトのエストニアに行き、現地からの中継を交えて放送しました。バルト3国の1つエストニアは、大関・把瑠都のふるさとでもありますが、日本人にはなじみの薄い国かもしれません。しかし、ソビエト崩壊で誕生した15の国の中で1人あたりのGDPがトップ、15位タジキスタンの17倍もあります。ソビエト時代に培った科学技術を背景にIT産業の育成に力を入れ、EU・ヨーロッパ連合に加盟して経済を発展させたのです。ことし1月にはユーロも導入。首相が「この20年間の発展はまさに奇跡と言えるのではないか」と語るほど、ソビエト時代にはなかった豊かさと繁栄を手にしつつあります。

この日のゲストは、数学者で大道芸人でもあるピーター・フランクルさん。旧ソビエトの衛星国家、いわゆる東欧の社会主義体制下のハンガリーで生まれ育ち、20代の半ばだった1979年にフランスに亡命、その後来日されました。ピーターさんは、"ヨーロッパとして生きる"道を選び経済を発展させたエストニアについて、「自由にヨーロッパに行けなかったソビエト時代に溜め込んだエネルギーが一気に爆発したように感じます」と話していました。放送外でお話を伺うと、ピーターさんはソビエト時代から、エストニアの人がロシアと距離を置いているように感じていたとのことでした。80年代にピーターさんがエストニアを訪れた際、どこもレストランがいっぱいで困っていたところ、あそこなら空いていると案内されたのが、実はロシア人がよく出入りするレストランだったそうです。
一方で、ソビエト時代の安定を懐かしむ声が出ている国もあります。旧ソビエト圏とEUの境にあるモルドバです。超大国ソビエトの後ろ盾を失い、基幹産業の農業が衰退。多くの国民が外国での出稼ぎで生活を支えています。番組では両親がともにイタリアへ出稼ぎに行ってしまった2人の子どもたちを取材しました。親に会えるのは年に1回だけ。寂しさを感じながらも、イタリアから送られて来る食べ物やお金、おもちゃなどを支えに、おばあちゃんのもとで暮らしている2人の様子が胸を打ちました。若い世代が生活のために外に出なければならない、しかしそうなればさらに国内の活気は薄れてしまう・・・起業する人が多く、新しい"モノ"を生み出すことに若者が目を輝かせているエストニアとは非常に対照的なものを感じました。ハンガリー出身のピーターさんが注目したのは、モルドバの頼みの綱にも思えるワイン生産です。EUへの輸出を拡大したいと取り組んでいますが、EUにはすでに知名度の高いワイン産地が多いため難航しています。そこがハンガリーの状況と重なるというのです。その上でピーターさんは、ワインも農業もロシアの市場に力を入れる方が、モルドバにとっては現実的に思えるという意見を提示して下さいました。ソビエト崩壊から20年。ソビエト諸国それぞれが、どの道で自立して生きていくのか、その際にロシアとどう向き合い、EUとはどんな距離間で付き合っていくのかが問われています。
投稿時間:17:11 | カテゴリ:小林千恵のキャスター便り | 固定リンク
「テロとの戦い 10年」

ニューヨークの新しい名所として槌音が響き渡る「グラウンド・ゼロ」。アメリカ同時多発テロ事件から10年の追悼式典を控えた9月10日の海外ネットワークは、ここから中継でお伝えしました。
航空機に激突されて崩壊した世界貿易センタービルの跡地、グラウンド・ゼロでは、犠牲者を追悼する施設のほか、6つの高層ビルの建設が計画され、再来年にはアメリカ建国の年にちなんで"1776"フィート(541メートル)の全米最高層ビルが完成予定で、一帯はすっかり生まれ変わろうとしています。しかし、人々の心の傷、脳裏に刻まれた衝撃は決して消えることはありません。グラウンド・ゼロでは、およそ2700人の犠牲者のうち1100人もの遺体が最後まで見つかりませんでした。すぐそばの消防署前の道路では今も全米各地から訪れた市民が花を手向ける光景が毎日見られます。

マンハッタンのグランド・セントラル駅では武装した兵士が監視の目を光らせ、証券取引所などでも入り口では身分証明書の掲示とともに荷物チェックを行っていました。式典を前に警備が強化され、自由闊達なアメリカというよりテロに怯える姿が印象に残りました。

アメリカのイスラム教徒もテロの被害者です。9.11以降アメリカではイスラム教徒に対する偏見や嫌がらせが相次いでいます。犯罪とは無関係のイスラム教徒に対する行き過ぎた捜査も問題になっています。グラウンド・ゼロから2ブロック離れた場所にモスクを建設する計画が持ち上がったところ強い反対の声が上がり、今も計画は中断されたままです。世界の人々を受け入れてきた移民の国アメリカの変容、社会の亀裂は深刻です。

10年前、テロ事件が起きたとき、私はベルリン支局でテレビを見ていました。NHKの「ニュース10」でした。キャスターの後ろのモニターで、2機目の航空機が世界貿易センタービルに激突した瞬間、「とんでもないテロが起きた」と呆然としたことを今も鮮明に覚えています。直ちに空港に向かい、ほとんどの便がキャンセルになった中で唯一飛んでいた中東方面に向かうフライトに飛び乗りました。それからまもなく、アメリカの攻撃が始まりタリバンは首都カブールを追われました。
それから10年、アメリカはイラク、アフガニスタンの2つの戦争に莫大な予算を投入して財政が悪化。高い失業率と格差拡大に異議を唱える若者たちがウォールストリートを埋め尽くしています。米軍兵士の犠牲も6千人をこえました。アメリカは世界の警察官としての役割も放棄しようとしているかのようです。テロの首謀者であるオサマ・ビンラディンが殺害されたものの、アフガニスタンではタリバンが再び台頭。自爆テロ事件は今も続き、テロの脅威はなくなっていません。

9.11から10年という節目のことし、中東・北アフリカでは、民衆の蜂起によって長期独裁政権が相次いで崩壊しました。しかし、「アラブの春」の行く末はまだ見えてきません。むしろ不安定な状態がしばらく続きそうです。そしてヨーロッパではユーロ危機、アメリカでは財政危機と世界は不安定な時代に突入しました。中国やインドなどの台頭によって多極化する世界はこれからどこに向かうのでしょうか。太陽の光を浴びて輝くグラウンド・ゼロ一帯の高層ビル群はアメリカの輝かしい未来を象徴しているのか、様々な困難が待ち構えているとはいえ希望を感じました。日本も大震災からの復興に向けて元気を出して立ち上がらなくてはならないと、この景色を見ながら感じました。
投稿時間:21:39 | カテゴリ:二村伸のFRONTLINE | 固定リンク
ウェイウェイ・ウーさんからコメントをいただきました。
二胡奏者のウェイウェイ・ウーです。
(12月10日の放送について)
普段は「音楽番組」ばかりなので、ニュース番組の初出演はかなり緊張しました~~。
でも、テーマはとても分かりやすく、「シルクロード」も「中国の食の安全性」も私
にとってはとても「身近な話題」だったので、すぐに緊張感から脱出できました!
あっという間の32分で、エンディングの頃には「もっと中国のことを紹介したい!」と
いう気持ちでいっぱいでした。

来年は日中国交正常化40年。ぜひ、たくさん中国の話題を取り上げてください。
投稿時間:19:37 | カテゴリ:ゲストトーク | 固定リンク
サヘル・ローズさんからコメントをいただきました。
(11月26日放送について)

二村さんと2人のスタジオ。
小林さんのリポートで見えてきた
いまの台湾と若者たちの力。
今後の台湾と日本の
ビジネスを通しての関係に
注目していきたいと思います。
投稿時間:19:17 | カテゴリ:ゲストトーク | 固定リンク
美しい音色の中での放送でした
スタジオに響く伸びやかな音色。12月10日の海外ネットワークでは、ゲストにお招きした二胡奏者のウェイウェイ・ウーさんが、美しい旋律を奏でて下さいました。特集のテーマは"シルクロード"。およそ2000年前から1000年ほどの間、古代中国とヨーロッパの間で絹などの物資が運ばれた道です。その後、海上交通の発達などによって、陸上の道は廃れていきましたが、今、中国の著しい経済発展を機に、再び注目を集めているのです。スタジオのバーチャルセットにはラクダ行き交う草原を映し出しました。その大草原に二胡の音色が溶け込み、遥か遠くまで広がっていくようでした。ウェイウェイさんから、「二胡の原型となる楽器は中央アジアで生まれ、シルクロードを通って中国に渡り、二胡として発達した」と伺い、風景と音色の相性の良さに納得がいきました。ニュースのスタジオという、いつもとは違う環境での演奏をお願いしてしまいましたが、「ここは音の反響の仕方が良いです。もっと演奏したいです」とおっしゃっていただき、ほっとしました。私もすぐ間近で音色を聞くことができ、夢のようなひと時でした。

この日のもう1つのリポートも、上海ご出身のウェイウェイさんには縁の深いものでした。中国の人の「食の安全」への意識についてのリポートです。暮らしが豊かになるにつれて、野菜などの残留農薬が気になるという都市部の人たちの中に、ベランダ菜園を始めたり、上海近郊農家と提携し自ら農産物の宅配会社を作ったりする動きが出てきているのです。これにはウェイウェイさんも、リポートを見ながら、うんうんと頷いていらっしゃいました。「私の家でも、母が野菜を水に1~2時間浸けてから料理していました。ただの水ではなく、米のとぎ汁を使うんです。昔からの暮らしの知恵のようなものですね」とのこと。ささっと洗うだけではなく、1~2時間も浸けておくというのには驚きました。さらにリポートを見ると、中国のスーパーには野菜にも使える食器用洗剤が何種類も並んでいて、これにも生活習慣の違いを感じました。生活習慣と言えば・・・ウェイウェイさんに放送外でもお話を伺うと、「あそこのお店の野菜はおいしくて安心らしい」という情報は口コミのネットワークで入手するそうなのですが、その情報源の1つとして頼りになるのが、朝の太極拳会場だというのです!中国では朝、公園や広場などに人が集まって太極拳をするという光景が見られますが、そこが重要な情報交換の場になっているそうです。中国らしさが感じられるお話でした。経済効率優先で、食の安全は後回しにされてきた中国ですが、毎日口にする食べ物への関心が高まるのは当然のこと。自分たちの健康は自分たちで守る、という消費者の動きはますます大きくなっていきそうです。
投稿時間:19:13 | カテゴリ:小林千恵のキャスター便り | 固定リンク
草の根の取り組みが意識を変える
今、世界中で問題になっている気候変動。中でもアフリカは歴史的な干ばつに見舞われ、東部のソマリアで、深刻な食糧危機で75万人が餓死するおそれが指摘されるなど、その影響が顕著に表われています。12月3日の海外ネットワークでは、同じアフリカ東部のウガンダで動き始めた、地球規模の課題に立ち向かう草の根の取り組みを特集しました。ゲストはモデルの知花くららさん。WFP=国連世界食糧計画のオフィシャルサポーターを務めていらっしゃいます。これまでアフリカには2度行ったことがあるそうですが、初めて訪れたのが、ウガンダだったそうです。3年前に訪問された時の印象と比較し、「当時より発展が進んでいる気がします。車も増えているような・・・」とおっしゃりながらリポートをご覧になっていました。

ウガンダは、豊かな鉱物資源に恵まれていることもあり、今1年に10%近い経済成長を続けています。知花さんが受けた印象の通り、都市部では自動車が急速に普及し、同時に温暖化の原因とされる排気ガスも増えているのです。そのウガンダで、先月、1台の電気自動車が披露されました。温暖化への危機感を抱いた大学の研究グループが、苦労の末に3年がかりで開発したものです。印象的だったのはこの車を人々の笑顔や期待に満ちた表情です。「ウガンダでもやればできると示せました」「環境に優しい国産車を作るのが私たちの夢」。大学の研究グループの取り組みを、国内、そしてアフリカ全体の温暖化対策に発展させていきたいという期待にあふれた声に、1台の車が人々の意識にもたらした大きな効果を感じました。
市民自ら行動を起こそうという動きは、農村部にも見られました。首都カンパラからおよそ120キロ離れたミガンジャ村。炊事は薪を使って行い、日が暮れた後の照明は灯油ランプが頼りでした。そこに今、太陽光発電パネルが少しずつ普及しているのです。NGOの支援によるものですが、支えているのは地元の女性たちです。NGOの研修で、はんだづけの方法から電子回路の仕組みまでを勉強し、村を回って修理をこなしている姿は本当に頼もしいものでした。ゲストの知花さんも、この点に大変感心され、「これまで視察で訪れた国で、地元の人が使いこなすことができる、持続可能な支援が必要だということを教えられました。ウガンダの事例は、地元の女性が修理の方法を習得していて、支援が自立した形で機能しているのが素晴らしいです」と話しておられました。私は、修理に駆け回る女性の発した言葉が心に残っています。「私も環境を守るため地球温暖化と戦っている1人なんです」。国際的には、各国の立場や事情が交錯し対策の方向性を決めるのが難しい問題ですが、地球規模の課題に立ち向かうには、1人1人のこのような意識が大切なのだと感じる一言でした。
投稿時間:19:10 | カテゴリ:小林千恵のキャスター便り | 固定リンク
また会いたい人がいるということ
「こんばんは。海外ネットワーク、二村伸です。サヘル・ローズです」と始まった、11月26日の海外ネットワーク。そうです、私は東京のスタジオを飛び出して、台湾に行っていました。私が海外から出演するのは初めてのことです。いつもは東京のスタジオから、中継先の特派員や二村キャスターに呼びかける立場なので、中継での出演には緊張もありました。ですが、ゲストは海外ネットワークを良く知って下さっているサヘルさん。イヤホンから聞こえてくるサヘルさんの優しい声に、緊張した気持ちがだいぶ緩和されました。

中継場所は、台北のランドマークタワーとなっている「台北101」という高層ビルの近くでした。この辺りは最近、ショッピングセンターや映画館が次々とオープンし、新しい繁華街としてにぎわっています。放送は土曜日の夕方とあって、親子連れや観光客の姿も多く見られました。

そこから私が伝えたのは、東日本大震災の後、どのような人たちがどのような思いから日本への支援をして下さったのかということと、中国との経済的な結び付きが強まる中で本格化している、中国の巨大な女性市場をねらう台湾ビジネスについて。短い時間ではありましたが、その取材は出会いの喜びに満ちたものとなりました。

白い衣装に身を包んだこちらの2人は、結婚写真撮影のために香港から台湾にやって来たカップルです。台北の中心部には、通りの両側に結婚写真館が軒を連ねる「婚紗街」と呼ばれるエリアがあり、台湾ならではの演出と撮影技術で台湾以外からのお客さんも引きつけています。また、台北は海も山も中心部から近いため、短い時間で様々な景観をバックにロケ撮影をすることができるのも売りの1つです。今回その撮影に密着させてもらうと・・・お2人は撮影の合間も笑顔が絶えず、足場の悪いところでは、男性が女性をひょいと抱きかかえて移動することも!台湾で撮影したいと提案したのは女性だそう。「今日は忘れられない一日になりました。周りの視線がちょっと恥ずかしかったけど、愛が深まったわ」とおっしゃっていました。いつもとは違う"特別な自分"を感じることができる、女性心をくすぐるこのビジネス。結婚写真館の組合では、来年は中国のカップルを呼び込むためのツアーを企画して、大陸からの集客を拡大したいと考えています。
一方、「自転車が恋人よ」と語るのは、外資系の電子部品メーカーで部長を務める林秋妙さん。

撮影のために快く私たちスタッフを自宅に招き入れて下さいました。乗っているのは、台湾の大手自転車メーカーが女性専用に開発した自転車。ハンドルの幅やハンドルからサドルまでの距離が従来のものより短くなっています。このメーカーでは、女性向けのブランドを立ち上げ、自転車だけでなく、それぞれの車種に合わせ色使いを工夫した関連商品や、日焼け防止に配慮したウェアーなどを開発して売り上げを伸ばしています。取材をした林さんも、これまで自転車やウェアーなどに100万円近くつぎこんでいるとのこと。「これまで何をしてもあまり続かなかったけれど、自転車だけは3年続いているの。会社以外の友達ができて新しい世界が広がるのが本当に楽しい!」と熱く語って下さいました。ファッション性を重視し、自転車を通して新しいライフスタイルを提案する。この自転車メーカーでは、中国の女性に対してもこうした付加価値を強調して、事業を展開していくとのことです。帰り際に林さんから、「今度会った時は一緒にサイクリングをしましょう!」と誘われた私。それまでに運動不足を解消しておかなくてはと、心に誓いました。
さて、今回台湾を訪れるにあたって必ずお会いしたいと思っていたのが、大震災の被害を受けた日本に支援の手を差し伸べてくれた方でした。世界でも特に多い200億円近い義援金を寄せてくれた台湾。中には、特産品で支援してくれた人もいます。台北でお茶の販売店を営む湯齡娜さんを訪ねました。写真は湯さんご夫婦と写したものです。

湯さんは、「温かいお茶やその香りでほっと一息ついて欲しい」という願いを込め、2600箱のウーロン茶を用意し、仲間とともに被災地に送ったり、売り上げを寄付したりしました。湯さんは今、また寒い季節が訪れた被災地に思いをはせています。再びチャリティウーロン茶の準備をし、日本に送る計画です。「日本の皆さんに、私たちはいつも側にいます、友達ですと伝えたい」という湯さん。台湾からの大きな支援は、お一人お一人のこうした思いの集まりなのだと実感しました。
こうした支援の背景には、1999年の台湾大地震の際、日本の緊急支援隊がいち早く現地に入ったことへの「恩返し」の気持ちがある、と話して下さったのは、東日本大震災の直後から支援活動を続けている、台北の戴開成さんです。

子どもの頃日本に住んでいたことのある戴さんは、震災直後に、日本のニュースを翻訳して発信するサイトを立ち上げました。台湾の人たちに日本の状況を正確に知って欲しいと思ったからです。その後、宮城県や福島県の被災地を訪ねて泥かきのボランティアもし、現在は台湾の旅行会社に働きかけ、被災地を訪ねるツアー旅行を企画できないかと考えています。戴さんからは、とても印象に残る言葉をいただきました。「支援活動を通して、たくさんの日本人と知り合いました。日本のことを思うと、そこにいるたくさんの顔が浮かんで来るんです。また会いたい人がいる、そのことがお互いの絆を深めてくれるのだと思います」と。私も今回の台湾訪問で、多くの「また会いたい人」に出会いました。震災支援やその感謝のやりとりを通して、日本と台湾の人たちそれぞれが、同じ経験をしているのだと思います。その思いから生まれた深い絆を、今後も大切に育んでいければと感じます。
投稿時間:12:20 | カテゴリ:小林千恵のキャスター便り | 固定リンク
自分の夢を叶えるために
11月19日の海外ネットワークは、ゲストにマジシャンの前田知洋さんを迎えてお伝えしました。前田さんは、トランプなどを使って観客の目の前でマジックを行う「クロースアップマジック」の第一人者。世界の舞台で活躍されています。しかし驚くことに、学生時代にはマジシャンになろうとは思っていなかったそうです。その後、いよいよマジックの道を歩もうという時、役に立ったのが「英語」でした。当時、マジックについて多くのことを学ぶには英語で書かれた本を読むしかなかったからです。学生時代に身に付けた英語が、世界レベルのマジックを習得することにつながったのです。さらに前田さんは、世界の国々で、英語による進行でマジックを行っています。仕事に使おうと思って学んだわけではありませんでしたが、「語学が仕事の可能性を広げてくれた」ということです。

そんな前田さんとともにお伝えしたのが、パキスタンの中国語教育のリポート。パキスタンでは、政府主導のもと、公立の学校で中国語を必修科目にしようとする動きが出ています。その背景には、中国との関係をますます強化する必要に迫られている、パキスタンの事情があります。インドやバングラデシュが急成長する一方、パキスタンは、テロや不安定な政治の影響で経済発展が立ち遅れてきました。その上アメリカとは、ビンラディン容疑者がパキスタン国内の潜伏先で殺害されたことから、関係が悪化しているのです。こうした政府の意向について、歓迎の意を示す親もいました。電化製品の修理などで生計を立てるモハメッド・アシュファクさん。最近仕事で扱うほとんどが中国製品ということから、中国語を将来性のある言語として捉え、子どもの未来を中国の発展に託したいと考えているのです。これについて前田さんは、「語学というのは文学や美術など人文系の学習をするために学ぶというイメージがありましたが、リポートを見ていると、今はビジネスと直結しているのだなと感じますね」とおっしゃっていました。その後リポートでは、アシュファクさんの9歳になる娘さんがこう言います。「勉強を一生懸命頑張って、お父さんの夢を叶えたい」と。きらきらした目で女の子が発したこのセリフは、強く印象に残りました。純粋に親の夢を背負う健気さに胸を打たれたのと同時に、"させられる"という意識ではない純粋な学習意欲が表れていることがうれしくもあったからです。政府の方針や親の期待。どんな事情であっても、学ぶ機会を得たのであれば、それを自らの夢を叶えたり、可能性を広げたりするために役立てて欲しいと思います。いつか前田さんのように、「あの時、語学を身に付けておいてよかった」と思える日が来るといいですね。
投稿時間:18:49 | カテゴリ:小林千恵のキャスター便り | 固定リンク
▲このページの先頭へ