小林千恵のキャスター便り
2012年03月31日 (土)2年間ありがとうございました
つい先ほど、私にとって最後となる海外ネットワークの放送が終わりました。2年間キャスターを務めてきた番組を離れるのだと、ようやく実感がわいてきたような気がします。
2010年4月からこの番組を担当すると聞いた時は、それまで国際報道に携わった経験もなく、外国語が堪能なわけでもなかったので、とても驚いたのを覚えています。しかも一緒にキャスターを務めるのは、長く海外赴任をし、取材経験も豊富な二村さん。日本で生まれ育った私にできることは、日々勉強すること、そしてとことん「日本」に軸足を置き、日本の皆様に世界を引き寄せるような報道をすることしかない!と覚悟を決めました。「日本にはどう関わる?」、「日本には同じような状況がある?」、「日本と比較するとどう?」という視点をいつも忘れないように心がけました。そこから見えてきた、遠くなじみの薄いと思われた国の日本との意外なつながりや、お隣の国のこれまで知らなかった一面は、私自身にとっても目から鱗の発見であることが多かったですし、それを「早く放送で皆様にお伝えしたい!」と大きなやりがいを感じながら臨んでいました。
しかし、番組開始からもうすぐ1年という時、国際ニュースを扱う番組にどのようなスタンスで臨むかを見つめ直すことになりました。東日本大震災です。日本でも世界でも、日本のことが大きなニュースとして扱われる中、海外のニュースをどうお伝えするのかはとても難しいことに感じました。まずは世界から日本に送られる励ましのメッセージや支援の内容をしっかりと伝えること。そして日本のこれからを考えるヒントを見つけてもらえるような情報を、世界の動向からお届けしたい、そう考え番組に臨みました。日本から世界へ、世界から日本へ、海外ネットワークで培ったこの視点はこれからも大切に持ち続けていきたいと思います。
番組では、スタジオにお迎えするゲストからどのようなお話を伺うことができるかも、楽しみの1つでした。私にとって最終回となる3月31日の放送でも、初めての出会いをさせていただきました。女優の原沙知絵さんです。エンディングでは、以前ガーナのスラム街を訪れたご経験から、子どもたちがしっかりと教育を受け、自分の夢を叶えられるような国になるよう支援活動ができたらと、強い意志を語って下さいました。国際的な活動を行っていらっしゃるゲストの方のお話は本当に刺激になりました。人任せにせず自分で動く、まず一歩を踏み出す、そうしたことを教えていただきました。これまでご出演下さった方々に感謝申し上げます。
そして、これまで2年間ご覧下さった視聴者の皆様も、本当にありがとうございました。またNHKの他の番組でお目にかかれればと思います。海外ネットワークは4月から、二村キャスターと、ニューヨークから帰国したばかりの島津キャスターの2人でお伝えしていきます。さらにパワーアップすること間違いなしです。
どうぞご期待下さい!
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2012年03月30日 (金)映画の原点を辿りました
最近の映画はCGや3Dなどの高度な技術を駆使して、観る人を新しい映像世界に誘ってくれています。その映画界を驚かせたのが、今年のアカデミー賞。作品賞や監督賞など5部門に輝いたのは、白黒のサイレント映画だったのです。3月24日放送の海外ネットワークでは、受賞作『アーティスト』からサイレント映画が持つ独特の魅力を紐解いていったのですが・・・、こちらもスタッフが力を合わせ、映像に工夫を凝らしました!いつものようにバーチャル画像にも力を入れましたし、それに加え、なんと画面を味わいのある白黒映画風に変化させたのです。生放送の中でカラーから白黒に色を変えるという、NHK史上でもおそらくほとんど前例がないであろう、大挑戦でした。その世界にお迎えしたのはサヘル・ローズさん。さすが女優さんです、「あらここはカサブランカのカフェじゃないですか!」とすぐに役に入って下さいました。応対したのは、二村キャスターです。蝶ネクタイを着け、カフェのマスターに扮した(?)二村さん、「ようこそ、ニムラズカフェネットワークへ」と、普段の解説とは一味違う言い回しで雰囲気を盛り上げました。(本番前、何度も練習をした成果が出ていたと思うのですが、いかがでしたでしょうか!)

さて、サイレント映画がアカデミー賞を受賞したのは、1929年の第1回以来、実に83年ぶりのことでした。なぜこの現代に、サイレント映画だったのでしょうか。来日したミシェル・アザナヴィシウス監督にお話を伺うことができました。「映像、俳優の演技、古典的なストーリーという、映画の一番根源的なものを追求することで、観客を感動させたかった」、フランス人のアザナヴィシウス監督は、熱い眼差しでそう語られました。複雑な撮影技術を使わず、セリフのない映画でどのようにストーリーを伝えるのか、これまで世に出ている数々のサイレント映画を見て研究を重ねたそうです。今回の映画には、その研究成果とサイレント映画への敬愛の念が詰まっています。例えば、洋服の色。映画では主人公の男性が、サイレント映画スターの座から転落していく様が描かれますが、スターとして輝いている時は、黒のタキシードに真っ白なシャツを合わせコントラストをはっきりさせたと言います。存在感を高めるためです。その後、落ち目になってくると、背景もグレー、主人公の服もグレーにし、背景に埋没しているように表現したそうです。これがサイレントの手法の1つなのです!これだけでも目から鱗が落ちていた私ですが、さらに、国内外の様々な映画資料が収蔵されている東京国立近代美術館フィルムセンターで、サイレント映画の手法にお詳しい主任研究員の方にお話を伺うと・・・「クライマックスシーンには"ラスト・ミニッツ・レスキュー(最後の救出劇)"というサイレントの手法が使われている」とのこと!カットが素早く切り替わる編集のリズムで、観客をハラハラさせながら引きつけ、サスペンスの要素を盛り上げるのだそうです。言葉で説明をしないからこそサイレント映画からは様々な表現技法が生み出され、現代の映画づくりはその遺産の上に成り立っていると聞き、奥の深さに驚きました。ゲストのサヘルさんも、「セリフに頼らず、表情や仕草で表現をするというのは演じ手としても刺激的。ぜひ一度挑戦してみたい」と魅力に引き込まれていました。そして「いつかアカデミー賞を!」という夢もさらに大きくなったようです。映画の原点とも言えるサイレント。現代の監督の挑戦から、新たな映画の楽しみを教えてもらいました。
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2012年03月30日 (金)強みを生かしてビジネスチャンスを!
様々な分野で中国市場への進出が活発になっていますが、3月17日の海外ネットワークでは、日本の出版社の中で動きが加速している、"漫画"での中国進出をリポートしました。今、中国では漫画の人気が高まっており、民間の調査機関によりますと、漫画・アニメの市場規模は100億円。急速に伸びています。中でも日本の漫画は、その高いストーリー性で若者の心をつかんでいるそうです。このことに大きくうなずいていらしたのが、この日のゲスト、ダニエル・カールさんです。

実はダニエルさん、以前、日本のとても有名な漫画(ダニエルさんの言葉を借りれば、"国籍不明のスナイパーが活躍する"漫画)を英訳していた経験があるそうなのです。それまであまり日本の漫画に触れたことがなかったダニエルさんですが、仕事で向き合ううちに、その巧みなストーリー展開に魅了されてしまったと言います。「アメリカのコミックは文字がたくさんあり、言葉で説明されている。しかし日本の漫画は、セリフのないところがとても重要。そこでストーリーを語っている!翻訳でどう説明するのかとても頭を悩ませたが、そこに大人も引き込まれる面白さがある!」と熱く語って下さいました。日本のある大手出版社は、この高いストーリー性と日本流の漫画作りのノウハウを武器に中国へ乗り込み、今年5月の漫画雑誌創刊を目指しています。日本流の漫画づくりとは、漫画家と編集者が綿密にやりとりをし、二人三脚で制作していくというもの。発売を目指す雑誌では、全て中国人の漫画家が絵を描き、日本から来た経験豊富な編集者とタッグを組んで、中国発の魅力ある漫画を世に出そうとしています。その制作風景に目を向けると・・・日本の編集者が「ここはない方がいい」と、セリフをなくし、絵だけで見せることを提案していました。まさにダニエルさんのご指摘通り。言葉で全てを表現するのではなく、あえて言葉を抜くことで、情感を出し、迫力を高める。この表現手法は日本漫画の強みと言えると思います。日本の出版社には、この部分を大切に守りながら、ノウハウを提供するにとどまらない中国進出を果たして欲しいと思います。一方で中国には、漫画家を目指す学生を育成する国立の専門学校も設立されています。これから先、日本で中国マンガを目にする機会が増えるのかもしれません。どんな漫画がもたらされるのか、中国ならではの表現手法はどんなものなのか、関心が高まります。
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2012年03月17日 (土)震災1年、今の思いは・・・
3月10日の海外ネットワークは、"東日本大震災1年"を特集しました。震災後、番組では、世界各地から寄せられた支援の様子や、被災地で日本と外国の人たちが支え合う姿、世界が原子力発電とどのように向き合おうとしているのか、などをお伝えしてきました。今回も"海外とのつながり"という国際ニュース報道番組の視点から、震災1年を考えました。ゲストは書道家の紫舟さん。国内外で、書を通じて、被災地を支援したり、海外からの支援に感謝を伝えたりする活動をなさって来た方です。紫舟さんが震災直後に書かれた言葉は「日本一心」。日本に住む人と、日本を思う世界の人々が心をひとつにして、日本を復活させようという思いが込められています。この言葉は、被災地で活動する自衛隊の服に印字されるなど、ご本人が想像していた以上の広がりを見せ、責任の大きさに身が引き締まる思いだとおっしゃっていました。

その紫舟さんが、震災1年にあたり書で表現されたのは「青陽普光」という言葉。「せいようふこう」と読みます。どのような思いから考えられた言葉なのか、それは、紫舟さんがこれまで何度か足を運んでいる宮城県石巻市の中学生に向けて語られました。「皆さんいろいろな状況に置かれていると思いますが、全ての人の足元や将来を、あまねく平等に春のような温かい光が照らしてくれますように」と。"春の光"を表す「青陽」と、"あまねく照らす"の「普光」という熟語を紫舟さんが組み合わせたそうです。訪問した中学校では、その言葉と思いを伝えただけでなく、生徒たちに、将来の自分をイメージした字体で名前を書いてもらうことも行いました。目の前の想像を絶するような状況を皆が心をひとつにして何とかしようという「日本一心」から、1年が経つにあたり、「未来に目を向け、前に進んで行こう」という新たな思いが示されたのです。紫舟さんご自身もこの1年、自分に何ができるか、何をすべきか、常に悩みながらの日々だったと言います。集めたお金をどのように届けるのか、自分はあまりにも無力なのではないか・・・と。番組でインタビューをさせていただいた、石巻市の女子中学生も悩んでいました。大好きだった、アメリカ人英語指導助手、テイラー・アンダーソンさんを津波で失ったのです。「災害情報は外国人に十分伝わっていたのだろうか。周りに英語を話せる人がいて、それを伝えていたら、先生はまだ生きていたかもしれない」と作文につづりました。しかし今、その思いは前に向かっています。「(自分が)英語で伝えられるようにがんばりたい」。春からは高校生だそうです。この目標を胸に、テイラーさんと共に学んだ英語の勉強に取り組んでいって欲しいと思います。一方ゲストの紫舟さんは、"これから"について番組最後にこのような決意を残して下さいました。「1人の力は無力に思えるかもしれない。でも何かができる"可能性"があるかもしれない。その可能性を信じ、できることを積み重ねていきたい」。10日の海外ネットワークでは、パリの大聖堂に響いた追悼の音楽や、日本の食材を心待ちにする香港の人たちの声もお届けしました。引き続き、世界と心をひとつにしながら、春の光に導かれるように前進していけますように・・・。
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2012年03月02日 (金)来日から1年 その暮らしぶりは?
「第三国定住」。以前、海外ネットワークでもお伝えしたこの言葉、覚えていますでしょうか?紛争や迫害によって、母国に戻ることも避難先の外国での滞在も困難な難民を第三国が受け入れて定住を認める制度です。日本政府はおととしアジアで初めてこの制度を試験的に導入しました。軍事政権による迫害が続いていたミャンマーから隣国の体に逃れ、難民生活を送っていた、少数民族カレンの人たちを受け入れたのです。2月25日の海外ネットワークでは、日本に来て1年となる難民たちの今を、三重県鈴鹿市で取材しました。ゲストにお迎えしたのは、オリンピック女子マラソンの銀メダリスト、有森裕子さん。スポーツを通しての国際支援活動をなさっている有森さんは、各地を訪ねる中で、第三国定住の方ではありませんが、母国を離れて生活する難民の姿もご覧になっているということでした。

最初のリポートは、二村キャスターの日本語教室への訪問。来日した家族の父親たちが、「銀行へ行きますか?」などすぐに生活に役立ちそうな会話を学んでいました。しかし来日1年、まだまだ日本語の習得には長い道のりだといった印象でした。この映像を見ていたゲストの有森さんは「絵を使うと分かりやすいかもしれませんね」と一言。海外での支援活動では、体育の指導プログラム作りにも携わっていらっしゃるため、教室での指導には高い関心を示しておられました。次のリポートでは、職場や家での様子が伝えられました。働く場として難民を受け入れたのは、きのこ農園。言葉が通じない中、どのぐらいの大きさのきのこなら収穫して良いのか、専務の男性が指差しやジェスチャーで伝えてきました。さらに専務の男性は、難民の1家族に自らの家の離れも提供しています。そこでは専務の妻の女性が、細かいところまで生活の面倒を見ていました。例えば、子どもの保育園から来る「お知らせ」の紙。すでに保育園側が全ての漢字にふりがなをふってくれていましたが、さらにその内容を丁寧に説明してあげるのです。また、保育園の送り迎えの時間や持たせる物の一覧なども、忘れたり間違えたりしないように書き出してありました。この地元の方たちの献身的な支えに、有森さんは、「今は周りの人の大変なサポートがなければ立ち行かない状況。受け入れを決めたのだから、政府はきちんとした受け入れ態勢を整えないといけないですね。ノウハウを持っているNPOなどとも協力して、いくつかの組織が連携してプログラムを作っていけばいいと思います」とおっしゃっていました。今年日本行きを希望している家族は2家族にとどまり、予定の3割しか人が集まっていないのが現状だといいます。一方、世界全体では、第三国定住制度で年に10万人以上の難民を受け入れているとのこと。日本は難民受け入れの面で、国際社会からさらなる貢献を求められているのです。日本行きを決めた女性のインビューが心に残ります。「難民キャンプには将来がない。子どものために日本に行きたい」。自分の国を離れざるを得なかった難民、特に子どもたちに、日本はどんな未来を見せてあげられるのでしょうか。今後も、日本に来た人たちの暮らしをしっかり見つめ、考えていかなければいけません。
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2012年03月02日 (金)グラミー賞歌手の新たな挑戦
1月の海外ネットワークで短くお伝えしたニュースの中に、特に私の記憶に残っているものがありました。それは2005年に世界最高の音楽賞・グラミー賞を受賞したセネガルの歌手、ユッスー・ンドゥールさんが、セネガルの大統領選挙に立候補する意向を表明したというニュースでした。「やらなくてはならないことがたくさんあります。国のため、われわれや子どもたちの未来のために一緒に頑張りましょう」と決意を語ったンドゥールさん。2月18日の海外ネットワークで詳しくリポートしました。スタジオにお招きしたゲストは、俳優の柴俊夫さん。学生時代から、反戦のメッセージを伝えるボブ・ディランの歌など、社会的メッセージを込めた歌の力を感じて来たといいます。

ンドゥールさんは、伝統的なアフリカ音楽を西洋音楽と融合させ、セネガルの人たちから"音楽の神様"として慕われています。1986年、人種隔離政策を痛烈に批判する歌で世界から注目されました。その後も、貧困や環境問題など、いまのアフリカが抱える問題をテーマに歌い続けています。ある音楽ジャーナリストは「彼はいわば歌うジャーナリストです」と表現しましたが、ンドゥールさんはまさに、幼い頃から歌の持つ特別な役割を強く感じて育っていたのです。そのルーツは「グリオ」と呼ばれるセネガルの"語り部"にありました。母親と祖母がともに、祝いの場でアフリカの歴史や生活文化などを歌で皆に伝えるグリオなのです。「テレビもラジオも無かった時代に、グリオは全てのことを記憶し人々に語った。私はこのグリオの家系に生まれ育ち、現代風のグリオになった」と語っています。大統領選挙への立候補表明は、これまで歌に込めてきたメッセージを、今度は政治の世界で、セネガルのリーダーとして伝えていこうというものだったのです。ゲストの柴俊夫さんは「彼が立候補の意思を示したことには、世界にセネガルの現状を伝えるという意図があったのではないでしょうか」と感想を述べられました。確かに、世界的な歌手の新たな挑戦は、国外からの注目も大きくなるかもしれません。またそのことは、国内の人々が自分たちの国の状況を認識したり、政治への関心を高めたりすることにも繋がるとも思います。
しかし・・・セネガルの憲法評議会は、支持者の署名の数が足りないという理由で、ンドゥールさんの立候補を認めませんでした。それでもなおンドゥールさんは、野党の候補者たちとともに自らの訴えを続けています。今回のリポートで印象に残るインタビューがありました。「私の音楽はセネガルで生まれました。私にとってこの国は音楽より大事です。セネガルのために働いていきたいです」。"音楽より大事"、この部分には、政治の世界へ踏み出す意志の強さが感じられます。子どもたちが皆教育を受けられるように。必要としている人が皆ちゃんと病院へ行って治療を受けられるように。ンドゥールさんの思いは、これまで歌で伝えてきたメッセージのように、多くの人の心を動かすことができるのでしょうか。グラミー賞歌手の次なる挑戦に注目です。
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2012年03月02日 (金)かぐや姫もびっくり?!
地球から離れること、およそ38万5000キロ。1969年に人類が初めて降り立った場所、「月」。今再び、世界の注目が集まっています。2月11日の海外ネットワークでは、月を巡る新たな動きについて特集でお伝えしました。

スタジオには、バーチャル画像で表現した、月面基地が!そこにお迎えしたゲストは、女優の遠藤久美子さんです。宇宙船に乗り、「こんばんは~」と手を振りながらご登場下さった遠藤さん。「まさか月に来られるとは思ってもみませんでした。一度来たいと思っていたんです!」と嬉しそうに感想を述べられました。皆さんの中にも「1度は行ってみたい」と憧れを抱いている方も多いと思います。しかし、そこはもう行くことだけで満足することができない、より高度な国際競争の舞台になろうとしています。狙いは「資源」。月の表面の石には、地球と比べてもより多くの金属などが化合物の形で含まれていることが、最新の研究で分かってきたのです。アメリカでは民間による宇宙開発の流れが加速し、ベンチャー企業などがムーンラッシュの先鞭をつけるべく、月面探査のための研究を進めています。国を挙げて取り組んでいるのは新興国。中国はすでに月探査衛星の打ち上げに成功し、来年には無人の探査車両の月面着陸を目指しています。インドも2008年に月探査衛星を打ち上げ、資源の分布を調査しています。アメリカはこうした動きに危機感を募らせ、これまでアポロ計画で探査した月面の区域はアメリカの"歴史遺産"であり、その利用権はアメリカにあると既得権益を主張しました。企業と国家が入り乱れた、この「月の資源の獲得競争」。これからさらに激しさが増しそうな状況に、ゲストの遠藤さんからは、「夢のある場所、誰のものでもないはずの月なのに、一体どうなってしまうのでしょうか」と今後を心配する声が上がりました。現在のところ、月の資源の所有を規制する国際的なルールは事実上ないのです。今の技術では、月の資源を地球に持ち帰るのは難しく、コストも莫大で現実的ではありませんが、月の資源を巡る問題が深刻になる前に、きちんとした国際ルールを作ることが求められているのかもしれません。この特集には、月もここまで来たのか、地球上で起きているようなことが月でも起こるのだろうか、と私も深く考えさせられました。ちなみに、遠藤さんから寄せられた「私たちは月旅行できるようになるのでしょうか?」という質問の答えは・・・、アメリカの宇宙旅行会社がロシアの宇宙船を使って月を周回する旅行を計画しており、その代金は1人、115億円!!というもの。うーん、私たちと月の距離はどれだけ縮まっているのでしょうか??
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2012年02月11日 (土)あれから1年
あの日、あの時・・・。カイロのタハリール広場は、大統領の辞任を求める人々で溢れ返っていました。海外ネットワークのスタッフルームでは、カイロからの中継映像を注意深く見守りながら、翌日の放送に向け佳境に入った準備を進めていました。そこに飛び込んで来た、ムバラク大統領辞任の速報。一瞬耳を疑いましたが、中継映像から聞こえてきた、地鳴りのような群衆の歓喜の声が現実を伝えていました。あれから1年。今エジプトはどのような状況なのか、2月4日の海外ネットワークで特集しました。

ゲストは東京大学大学院教授のロバート キャンベルさんです。キャンベルさんはまず、去年議会選挙が行われたことを、新しい国づくりの第一歩として評価しました。この選挙の結果、長い間、政府の転覆を狙う危険勢力として非合法化されてきたイスラム主義組織「ムスリム同胞団」を母体とする政党が、全508議席のうち235議席を獲得し第一党になりました。「イスラム教が全てを解決する」と強く訴えたことが、イスラム教徒が多数を占めるエジプト国民の心を捉えたのです。これについてキャンベルさんは、「市民が安定を求めたことの表れかもしれませんね」と感想を述べられました。
議会の中でイスラム勢力が台頭した一方で、民主化運動の中心となった若者たちの中には、民主主義の大切さを伝える新たな取り組みを始めた人たちもいます。「フリーダム・バス」と名付けたバスに乗って国中を回り、国民の権利や議会の役割、選挙の仕組みなどを丁寧に分かりやすく説いていく活動です。この活動に密着したリポートからは、エジプトの一般市民たちが、これまで縁のなかった"民主主義"という概念に戸惑いながらも、「自由」を実感している様子が伝わって来ました。「前はこんな話をしたら秘密警察が来た」「事実を伝えるようになったから今はニュースを懸命に聞いている」「私個人の意見が国のために大事なのだということが分かった」、こうした声が聞かれました。ゲストのキャンベルさんはここでも「安定」というキーワードに注目されました。フリーダム・バスの活動に参加している若者の1人が言った、「若者が仕事に就いたり、結婚して家庭を築いたりするためには、国の状態が安定していなければならない。だからこそ、私たちは政治のことを自分自身のために考えないといけない」という言葉に強く共感され、「未来を切り拓こうとする若者のエネルギーを国づくりに生かすためにも、政治や社会の安定が欠かせない。そのためにはしっかりとしたロードマップを描かなければいけないし、国際社会は経済的なパートナーとしてそれを支援していくことが大切」とご意見を述べられました。群衆が歓喜に沸いたあの日、中継映像を見ながら、「この喜びがゴールではない。本当の意味で喜べるような生活が実現すると良い」と思いましたが、まさに今「どこに向かうべきか」という、国づくりの方向性が求められているのだと思います。二村キャスターからは、民主化といっても欧米が思い描くようなものではなく、独自の体制、独自の国づくりが求められるという指摘がありました。エジプトがどのような形で民主化を進めていくのか、引き続き注目していきたいと思います。
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2012年02月04日 (土)思いを胸に大舞台へ
1月28日の海外ネットワーク。スタジオにボクシングのリングが現れ、ゴングが鳴ると・・・ゲストのサヘル・ローズさんと私の対戦の始まりです!!途端にサヘルさんの強烈なパンチが決まり、試合終了!!・・・・・・という演出でスタートしたのは、アフガニスタンの女性アスリートのリポートです。(リングはバーチャル画像で出しました。)戦争やテロとの戦いが続いたため女性の社会進出が遅れ、女性のスポーツが制約されてきたアフガニスタン。しかし、ロンドンオリンピックまであと半年を切り、今回から新しく採用された女子ボクシングでのオリンピック出場を目指し、練習に励んでいる女性たちがいるのです。練習場になっているのは、タリバン政権時代に公開処刑場として使われた競技場の一角。体の動きを確認する鏡にはひびが入り、サンドバッグの数も足りません。決して恵まれた環境ではありませんが、かつてボクシングのアフガニスタン代表として活躍した男性を指導者に、30人の女性が代表チームとして汗を流しています。

アフガニスタンのお隣、イランのご出身であるゲストのサヘルさんは、この練習風景を見て、「髪の毛を覆うスカーフはかぶっていますが、身内でない男性の前で、体のラインが分かるような服装(Tシャツなど)で練習をしているというのに驚きました。普通アフガニスタンでは見られない光景だと思います」と目を丸くされていました。実際、国内には女性がボクシングをすることに対して根強い偏見があるようで、コーチの男性のもとには、見知らぬ番号から脅迫の電話が頻繁にかかってくるとのことです。そこで、選手に危険が及んではいけないと、必ず車で送り迎えをしています。まさに命がけとも言えるボクシングの練習ですが、女性選手から聞こえてくるのは、逆境を跳ね返すオリンピックへの強い思いです。「アフガニスタンの女性は決してかわいそうな存在ではなく、平和の大使として祖国に誇りをもたらせるとアピールしたいです」、代表チームの中でも特に有望視されているラヒミさんはキラキラした瞳でそう語りました。これを聞いたサヘルさんは、「危険を冒してまで練習に励み、世界の舞台でメッセージを伝えようとしている姿は、アフガニスタンだけでなく中東の女性全体に勇気を与えることです。こうした女性がオリンピックに参加することには、本当に大きな意味があると思います」と感想を述べられました。リポートでご紹介したラヒミさん、そしてもう1人、柔道で世界を目指すためアフガニスタンから来日したレザイーさん、2人はともに、スポーツがあまり盛んではない国に割り当てられる"特別推薦"という枠でオリンピック出場のチャンスがあるということです。その枠で、アフガニスタンからはこれまで3人の女性がオリンピックに出場していますが、まだメダルを獲得したことはないそうです。メダルの期待もふくらむところですが、まずは、世界にメッセージを発信するためロンドンの舞台に立つという夢を叶えて欲しいですね。私自身も今回アフガニスタンの女性の思いを知ることができたので、そうした点にも注目しながらオリンピックの模様をテレビ観戦したいと思います。
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2012年02月04日 (土)"イクメン"が増えるとともに
1月21日の海外ネットワークでは、アメリカで社会問題となりつつある"父親の産後うつ"について取り上げました。"産後"という言葉がついているように、日本では、出産した後の母親に見られる症状として知られ対策が進められていますが、アメリカでは育児に熱心な"父親"の間でも広がっているというのです。
ゲストは、ご自身も育児をなさっている、モデルの冨永愛さん。アメリカに行った際には、ベビーカーを押すお父さんの姿をよく見かけ、日本よりも育児に関わる男性が多いなという印象を持っていたそうです。確かに、アメリカでは父親が育児などに費やす時間が、日本の3倍にのぼるというデータがあります。しかしその一方で、おととしには、「父親になったばかりの男性の10%が産後うつとなり、睡眠障害や孤独感に襲われている」という専門機関の調査結果も発表されました。これに対し、冨永さんからは「もしかしたら、男性の方が多くの時間を家の中で過ごすということに慣れておらず、ストレスがたまりやすいのかもしれませんね」とのご意見が出ました。リポートの中では、カリフォルニア州で産後うつの男性を診察している精神科医が、「男性は周りに相談せず、精神的に追い詰められてしまう傾向が強い」と指摘。「男性は産後うつにはならないものだ、なってもそれを隠さないといけない」と考えてしまうというのです。専門家は、育児の不安や悩みを周りの人に打ち明けることが大事だと呼びかけていました。

冨永さんの場合は、お子さんが2~3才頃、何かを伝えたそうなのにうまく表現できず、冨永さんの言葉も良く理解できない時期が、コミュニケーションが難しく最も大変だったそうです。男性の育児参加が進むにつれ、新たな問題として浮かび上がってきた"父親の産後うつ"。日本では実態についてのデータはまだないということですが、事例は出始めているということです。"イクメン"が増えることを歓迎するとともに、日本でも、そうした症状への対処や予防の取り組みの充実が求められています。冨永さんは「女性だから、男性だからというのではなく、育児に携わる人に向けて同じように、カウンセリングなどのサポート体制を整えて欲しい」とおっしゃいました。その通りだと思います。日本の専門家によると、今は高齢出産が増え、その親もすでに高齢となっていることから、自分たちだけで子育てを頑張ろうという人たちが多くなっているということです。頑張り過ぎてもうやりきれなくなってしまう、周りに相談できずにストレスをためてしまう、そんなパパやママが増えないよう、時代背景も踏まえながら、周囲の理解や環境の整備を進めていかなければいけないと感じました。
投稿時間:19:41 | 固定リンク
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