紀伊神谷駅(高野町) 
旅人:わんだーらんど 2014年9月29日(月)放送

どうも! わんだーらんど谷坂です!

紀伊神谷駅

紀伊神谷駅は山あいの駅で、駅前は秘境!?と言うてもおかしくない駅でした。

紀伊神谷駅

出てみると、家がない。

紀伊神谷駅

人を探すために上り坂を歩くこと約10分。

紀伊神谷駅

猫に会いました。笑

猫に出会いました

紀伊神谷駅は標高473m。涼しいなと感じたのはつかの間、汗だくになりました。笑

汗だくになりました

駅からだいぶ上った所に集落がありました。

そこには赤いトタン屋根の大きい家が!

集落がありました

近くにいた刀祢(とね)さん、菊井さんに話を伺うと、あの大きい家は旅館なんだとか。

高野山への電車が開通するのは昭和初期。

それまで、歩いて高野山へと向かう人たちが、神谷で最後の宿をとったそう。

なんと、大正時代には、集落に16軒もの宿があったようです。

『紀伊国名所図会』より

元旅館だった建物の、中を見せていただけることに!

中を見せていただけることに

台所には、かまどが7つ!

台所にはかまどが7つ

70〜80人ほどのお客さんを泊めるため、当時は、神谷のおばちゃんたちが給料をもらって、この調理場で働いていたらしい。

当時は神谷のおばちゃんたちがこの調理場で働いていたらしい

次に案内してもらったのは、部屋。昔は畳1枚に1人の雑魚(ざこ)寝だったそう。

昔は1人に対して畳1枚で雑魚寝だったそう

僕はちょうど畳1枚でぴったりかと思いきや…

ちょうど畳1枚でぴったりかと思いきや…

誠「頭出てるから、その分お金払わな!笑」

刀祢さん「昔は1cmいくらでお金をもらってたみたいやから、払ってもらわないと。笑」

畳からはみ出た

…いや膝曲げて寝るから!

でも、もしかしたら昔は背高いと不便やったんかもしれやんなぁー。笑

そして、ここからはこぼれ話、大きな屋根の謎を探るべく、案内されたのは天井裏でした。

案内されたのは天井裏

見てください。この天井の高さ!

高い天井

屋根はすべてかやぶき。近づくと、麦のわらが使われていることがわかりました。

屋根はすべてかやぶき

この建物、「おそらく150~200年以上経っているのではないか?」と。貴重な建物。

トタン張りにしているんだそうです

かやぶきのままだと、手入れが大変なため、トタン張りにしているんだそうです。

建物について話をうかがう

「ふき替えできる人って、もういらっしゃらないんですか?」

「俺はできるけど、オレがやったところから穴あいていく」と。

建物について話をうかがう

刀祢さん、とてもお達者な方でした。笑

続いて番組でも紹介した内容。街道筋には、彼岸花が咲いていました。

彼岸花が咲いていました

集会所には、おばちゃんたちが集まっていたので、お話を伺うことに。

集会所にはおばちゃんたちが集まっていた

『大師講』という弘法大師の掛け軸をかけて拝む習慣が3月、9月にあるのだとか。

弘法大師の掛け軸をかけて拝む習慣がある

その後、みんなで食事会をするということで僕たちもいただくことに♫

食事をいただく

皆さんが作った野菜をふんだんに使った、まぜご飯、お味噌汁、てんぷらなど!

美味しかった〜!

食事をいただく

宿場町だったから”おもてなし”に慣れているんかな?とおばちゃんたち(^-^)

食事をいただく

神谷は、どんなところ?との質問に『仇(あだ)討ち』と。

神谷は「仇討ち」

何とも物騒なワードが出てきたと思ったら、集会所の壁に、その仇討ちの絵が!

仇討の絵が

仇討ちの話に詳しい、岡田さんに、現場を案内してもらいました。

現場を案内してもらう

江戸末期、赤穂藩の村上真輔が思想の違いや権力闘争などにより、同じ赤穂藩の西川邦次らによって殺されたのですが、明治4年、その村上真輔の子らが親の仇を9年越しで討った、という事件だそうです。

仇討の話を聞く

村上真輔の子らが、黒岩(くろいし)という岩に隠れて、高野山へ向かおうとする西川家の人たちを討ったということ。

仇討の話を聞く

討った後、首を黒岩の上に並べたんだとか…

仇討の話を聞く

岡田さん監修のもと、わんだーらんどで再現。笑

仇討ちをわんだーらんどが再現

何度討たれても襲い掛かってくる、というお約束のボケをしたところで、岡田さんを見ると、こっちを全く見ていない!笑

仇討ちをわんだーらんどが再現

『とにかく仇討ち禁止令が出て、平和になって良かった。』という岡田さんは、討たれた7人のお墓を管理されています。

岡田さんが7人の墓を管理している

この事件がきっかけで、仇討ちが御法度になったとも言われていて、そんな場所が紀伊神谷にあったとは。勉強になりました!

この事件がきっかけで仇討ちが法律で禁止されるようになったとも言われている

道ばたで作業中の皆さんに遭遇。

道ばたで作業中の皆さんに遭遇

『この町にハイキングなどで来られる方のために看板を作って行こうとしてるんよ。』

という竹内さん。

看板を作成中

作った看板には【白藤の里】の文字。

「白藤の里」の看板

10年以上前に休校になった、白藤小学校の名前をもらったんだとか。

地域のみなさんが巣立った、思い出の場所なんですね。

白藤小学校

立派な小学校!

白藤小学校

最近では、カメラマンがこの小学校を撮影しているんだとか。

白藤小学校

竹内さんのおすすめは、弘法大師が作ったとされるお地蔵さん。

『紀伊続風土記』という本にも載っているそうです。

お地蔵さん

小さいけど立派なお堂を開けると、色鮮やかなお地蔵さんが!

色鮮やかなお地蔵さんが

色は50年ほど前に塗り直したらしいのですが、何とも弘法大師さんが作ったというようなご利益のありそうなお地蔵さんやなぁ〜。

ご利益のありそうなお地蔵さん

『あれではなく、その横の…』と竹内さん。

その横の…

え?

あっち?

弘法大師が作ったとされるお地蔵さん

何かモアイ像みたい。笑 (ごめんなさい、弘法大師さん。)

弘法大師が作ったとされるお地蔵さん

興味深い歴史がたくさんの紀伊神谷駅の旅でしたー!

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旅人

わんだーらんど

わんだーらんど

和歌山住みます芸人として、県内のメディアやイベントで活動中。

2人とも和歌山生まれの和歌山育ち。
谷坂俊輔(右)は紀美野町出身、東岸誠(左)は美浜町出身。

県立向陽高校で、同級生だったことがきっかけでコンビを結成する。
和歌山県を、明るく楽しく元気に盛り上げるため奮闘中!

【コメント】

187cmのダテメガネです(谷坂)
ギャグや漫才、モノマネよりも釣りが得意です!(東岸)

Shino

Shino

和歌山をこよなく愛し、歌い続けるポップロックバンド「Shino+」のボーカルとして活動中

生まれも育ちも和歌山県印南町…かえるの国

明るい性格で、おばあちゃんおじいちゃん好き

時には、子どもの歌のお姉さんとして愛され、アニソンや童謡なども歌っています。

【コメント】

情熱の薔薇の色、赤が好きです
Shinoを町で見かけたら気軽に声をかけてくださいね