これまでの放送

2009年 7月11日 土曜 午後8時〜8時43分

脳の秘密 未来はどう変わる?

これまでの放送一覧

ちまたにあふれる脳の鍛錬。それは本当に可能なのか。そんな好奇心をくすぐるひとつの研究プロジェクトに密着した。天才の脳の秘密に迫るという、理化学研究所(埼玉県和光市)の取り組みだ。

撮影の日、研究所に颯爽と現れたのは、将棋界の天才・羽生善治名人。羽生の頭脳に注目したのは、田中啓治博士だ。画期的な発想を生み出す「直感力」こそが天才の条件のひとつだと考えたのだ。羽生名人が直感を発揮するとき、一体脳のどこが活動するのだろうか。

MRIと言われる脳活動を測る機械の中で、詰め将棋などの問題に答える、その瞬間の棋士たちの脳活動を捉えようというのだ。問題が提示されるのはなんと1秒。ところが、羽生名人はすさまじい直感で、難なく正解を連発する。度肝を抜く正答率。

問題は、その時、脳のどこが活動しているか、だ。

活発な活動を示したのは、大脳基底核の尾状核といわれる場所。手や足を動かすなど、行動の習慣化に関連する場所だといわれてきた。ところが、今回の実験では、思考に関しても尾状核が関連していることが、初めて示唆された。興味深いことに、この実験に参加したプロ棋士は、概ね同じように尾状核が活動したが、アマチュアではこの傾向は見られなかった。

「習慣になるほどに繰り返し訓練したことが、尾状核に記憶されている。
そして直感が必要な時に発動する。これは努力の賜物なんです」

と田中さんは語った。
羽生名人にだけしか見られない場所もみつかった。嗅周皮質と網様体の2ヵ所。いずれも、脳全体のネットワークを司る要だ。それこそが、天才の源なのか――。残念ながら、今の脳科学には1人だけの脳活動についてコメントできる精度は無いのが現状だ。
去年の暮れ、世界で初めて脳画像から「心の中の映像」を読み解く実験に日本の研究者が成功したというニュースが駆けめぐった。チームリーダーはATR(京都府精華町)の神谷之康さん。研究の内容はこうだ。

目で見た情報は、脳の視覚野と言われる場所に入力される。視覚野の活動を計測しただけで、その人が何を見たのかが分かるという。私たちは、実験の再現をお願いした。その結果、確かにおぼろげではあるが、アルファベットの画像が浮かび上がったのだ。
この研究には大きな意味がある。目でアルファベットを見るのではなく、アルファベットを心に思い浮かべるだけでも視覚野は活動していると考えられているからだ。人が見ている夢を映像化することも可能になるかもしれない。
一方、熊本大学の友田明美さんがMRIで計測したのは、虐待を受けた経験のある人達の脳だ。
長期にわたって体罰を受けた人たちは、思考に関係する前頭連合野といわれる場所の一部で普通の人よりも、およそ19%体積が少ない場所が見つかった。強い口調で叱り続ける言葉の暴力を受けた人は、音を聞く聴覚野の体積が。また、性的虐待を受けた人は、まるで「もうあなたの顔を見たくはない」というかのように視覚野の体積が減少していた。

友田さんは、過酷な経験がトラウマや心の病と関係しているのではないかと考えている。
そしてまた、脳は何歳になっても変化させていくことができるものであるゆえに、
効果的な治療をしていくことができるのだと信じている。

脳科学が進化するにつれ、それを社会に生かしたいという欲求は強くなる。経済活動や法律の分野に脳科学を利用しようという動きだ。
私たちはいち早く、テレビコマーシャル制作に脳科学を取り入れたオーストラリアの会社を訪ねた。オフィスには、コマーシャルの善し悪しを判断するモニターの人が集められ、脳波を応用した計測機器を装着していた。制作中のテレビコマーシャルを見てもらい、その時の脳活動を計測する。そして記憶に残っているか判断するというのだ。 コマーシャルの善し悪しを決めるのは、脳の活動そのものだ。この会社には、日本を含め、多くの企業からオファーが殺到していた。ブランドイメージを広めたい大手銀行や、効率的なコマーシャル編成を行いたいテレビ局など、脳科学が実際に社会で活用されている様を私たちは目のあたりにした。
もうひとつ、度重なる交渉の末、取材にこぎ着けた現場があった。大型トラックに搭載された移動式MRI。向かった先は、アメリカ、ニューメキシコ州の刑務所だ。繰り返し犯罪を犯す人の脳を調べようというのだ。研究を行なうケント・キール博士は、

「最終的な目的は、犯罪の防止に役立つ薬を開発することです」と語る。

脳画像が、研究者の思惑を超えて、社会で使われることはないのか。利用が広がっていった時、待っているのはどんな未来なのかと考えずにはいられなかった。
世の脳ブームに踊らされることなく、いかに冷静に脳科学の進展を見つめていくか。本当に世のために役に立つ脳科学をどうすれば構築していけるか。今後も、脳科学には目が離せない。

キャスター日記