NHK

鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

file268 「卒業式の着物」


3月。全国の大学で卒業式が開かれます。
卒業式といえば、女性たちの袴(はかま)姿ですよね。
りりしい袴に、かわいらしい着物。
思い思いのコーディネートで、卒業の思い出を刻みます。


女子学生の袴姿がはじまったのは、明治の中頃。
女性が学校に通うようになり、制服として用いられました。
現在の卒業式ファッションは、ここにルーツがあったんですね。


なぜ、明治の女性たちの制服を、卒業式に着るようになったのでしょうか。
若々しい華やかさと清らかさが同居する袴姿。
「卒業式の着物」の美に迫ります。

壱のツボ 袴をまとって新しい時代へ


袴の女性といえば・・・大人気漫画「はいからさんが通る」。
時は大正。主人公の花村紅緒は、袴をはいて颯爽(さっそう)と自転車に乗り、男勝りに竹刀を振りまわします。
自由で快活な紅緒は、西洋気取りの「はいからさん」。
当世はやりの「女学生」でした。


明治維新とともに、女性にも進学の道が開かれますが、学校に通えるのはごく一部の裕福な女子でした。
清らかな女学生の袴姿は、人々の憧れの的となります。
制服研究家・難波知子さん

難波 「“ハイカラ” って西洋のものだけじゃなくて、「昔からあった日本のものに対して新しいイメージをふきこむ」。そういう意味でも袴が注目されて、徐々に普及していきました。」

今日1つ目のツボ、
「袴をまとって新しい時代へ」


卒業式ではくのは女性用の袴。
どのような特徴があるのでしょう?
中の着物は通常の場合より短く着付けます。
そのため、足を活発に動かす事ができます。
そして最大の特徴は、足が左右に分かれておらず、スカート状になっている事。
実は、この女袴の誕生には、意外な歴史物語がありました。

明治初期、女学生はなんと、男性用の袴を履いていたんです!
その姿は、「醜くあらあらしい」と、世間の批判を浴びました。
すぐに、男袴の着用は廃止されます。


しかし数年後、袴復活に、ある人物が立ち上がります。
明治の教育者・下田歌子です。
現在の現在の学習院女子中・高等科、華族女学校の教授をしていました。
せっかく女性が社会に出て行ったのに、ここで逆戻りしてはいけないと、女性のための袴作りに挑みます。

歌子は、宮内省で皇后に仕えていた経験を生かし、女学生のための「海老(えび)茶袴」を考案します。
宮中の袴を参考に、プリーツを入れてスカート状にし、より動きやすくしました。
色も、宮中の未婚女性が身につける色に基づき、「海老茶色」としました。
この袴は人々の支持を集め、全国へと広がっていきました。

袴を身につけ、新しい時代へと飛び立っていった明治の女性たち。
いま、卒業を迎える現代の女性たちも、そんな当時の女学生たちの思いを、袴に感じ取っているのかもしれませんね。

弐のツボ 絣が矢羽根を優しくする

卒業式の定番中の定番といえば、やっぱりこの矢絣(やがすり)。
「矢は、まっすぐ一直線に突き進む」、そんな旅立ちの日にふさわしい吉祥の意味も込められています。

もともとは、矢の模様は男性のモチーフでした。
それが「矢絣」になる事で、女性に愛される模様に変わっていったといいます。
着物スタイリスト・弓岡勝美さん

弓岡 「織物ですので、かすれていくわけですよね。そこが全体的に柔らかくて女性らしい。」

今日2つ目のツボ
「絣が矢羽根を優しくする」

福岡県・久留米市。明治時代から続く「絣」の工房を訪ねました。
30にもわたる生産工程をすべて手作業で行っています。


矢絣の優しさには、織りの手法が大きく関わっています。
まず、糸を染める前に、「括(くく)り」を行います。
矢絣の図案を元に、麻の皮で括っていきます

括った糸を「染め」ます。
括りをはずすと、その部分だけが染まらず、くっきりと白く残ります。
60~80本ほどの糸を束にして染めるので、1本1本の糸の染まり具合が微妙に異なります。
この濃淡が、独特の優しさにつながるのです。

いよいよ「織り」です。
織る過程で、独特のカスレが表れてきました。
じんわりと染みるような色のグラデーション。
たけだけしい矢の模様が、なんとも優雅に生まれ変わりました。
染織家・松枝小夜子さん

松枝 「矢という幾何学の鋭いものが、絣によって微妙にかすれて表情がでます。
絣によって、矢の形が決して男性的な鋭いものではなくなっていって、潔さの中に、温かみがあって愛情がある。
そこには日本人の美意識が流れているんではないでしょうか。」


男性的な勇ましさと、女性的なあたたかさ。
矢絣は、これから社会に旅立つ女性がまとうのに、最もふさわしい文様だったのです。

参のツボ 乙女心が生む大胆ファッション

3月の卒業式を前に、着こなしのヒントをひとつ。
「アンティーク着物」のファッションショーです。
注目を集めたのが、卒業式ファッション。
茶色の袴に合わせるのは、八重桜や小鳥が描かれた着物。
足元にはなんと、現代のロリータ靴!
アンティーク着物は、現代アイテムとも相性ぴったり!

モデル「古さを感じさせない所がすごく好きです。」



大正時代、「職業婦人」が登場するなど、女性の社会進出が進みます。
ファッションの世界でも、和洋折衷の独特の文化が生まれました。
海老茶の袴に、あふれんばかりの椿(つばき)模様の着物。
襟元の大胆な薔薇(ばら)や、西洋風の髪飾りの組み合わせが斬新です。

アンティーク着物店店主・大野らふさん

大野 「女学校に行くことで放課後が生まれる。本を読んだり、みんなでおしゃべりしたりお出かけしたり、っていう時間が増えていって、今の子たちと同じようにいろんな流行が生まれた。その中から「私はこれが着たい! 」っていう。今の洋服と同じだと思いますね」

卒業式の着物ファッションには、つかの間の青春を謳歌(おうか)した、少女たちの夢がつめこまれているのです。

今日3つ目のツボ
「乙女心が生む大胆ファッション」

女学生たちには、オシャレのバイブルがありました。
高畠華宵(たかばたけ・かしょう)や、蕗谷虹児(ふきや・こうじ)などの人気画家が表紙を飾る少女雑誌です。

高畠華宵が描く少女。
鈴蘭(すずらん)の着物に薔薇の羽織を大胆に組み合わせます。
華宵は特に、柄と柄、色と色を、あえてぶつけ合うのを得意としました。
華宵の世界を、卒業式風にアレンジしてみましょう。

鮮やかなピンクの着物に清楚(せいそ)な茶色の袴。
胸元には大きな薔薇。
袖には、日本の伝統的な梅や撫子(なでしこ)が咲き乱れます。
そして半襟にも、ポピーの花をあしらいました。
夢いっぱいの未来に向けて、思いっきりロマンチックにしてみました。

大正時代のハイカラファッション。
そのカギは、西洋アイテムとの大胆な組み合わせにあります。
当時大流行したビーズのバッグ。
女学生たちは、西洋への憧れを抱き、夢中になって着物との組み合わせを楽しんだのです。

女学生たちが、自分自身の目で選び取った「カワイイ」ファッション。
卒業式の袴姿には、大正時代の女性たちの、ロマンチックな遊び心が息づいていたのです。

磯野佑子アナウンサーの今週のコラム

卒業式シーズンですね~。
街中で袴姿の女性を見かけると、あの時感じた卒業式の晴れやかな気持ちとちょっぴり名残惜しい気持ちを思い出します。
私も大学の卒業式では、袴姿でした。
これが人生で初めてで一度きり(?)の袴です。
母親の薄黄色の着物とあわせて着たんです。
人生の節目の日でもあるし、慣れない袴姿ということもあり背筋がしゃんと伸びるような、そんな気持ちになったことを覚えています。
かつて、女性の袴姿は禁止されていたことに驚きました。
いろいろな時代の流れの中で、今日のようなスタイルが出来上がったのですね。
時代を切り開いてくれた女性達に感謝です♪
今では自由なコーディネートで楽しめる袴姿、せっかくですから自分らしく楽しんで下さい!!
ちなみに今回のスタッフ日記(WEB動画)では、担当した戸田ディレクターと私の卒業式の袴姿を見せあってしまいました~。
個性が出ていて面白いです。ぜひ見て下さいね。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名 使われた場所
(番組開始後)
Moanin' Art Blakey & The Jazz Messengers 0分2秒
Come Dance With Me Oscar Peterson 1分16秒
Auld Lang Syne Jazz At The Movies Band 2分12秒
Taproom Blues Joe Venuti 3分39秒
Blue Rondo A La Turk The Dave Brubeck Quartet 4分15秒
Blue Rondo A La Turk The Dave Brubeck Quartet 5分30秒
Bicyclette Stephane Grappelli 6分5秒
Ndugu Dre Barnes 7分49秒
No Mystery Turtle Island String Quartet 8分55秒
Baroque And Blue David Lamont 10分17秒
Misterioso J. J. Johnson 11分31秒
The Simple Waltz Clark Terry 12分19秒
Peck Time Lou Donaldson 13分18秒
Chriss Cross Avishai Cohen 14分35秒
Darn That Dream Martin Taylor 15分51秒
Double Rainbow Bill Charlap 17分24秒
Double Rainbow Bill Charlap 20分2秒
Getting Myself Ready for You janet klein and her parlor boys 21分9秒
Melodie au Crepuscule Bireli Lagrene Gypsy Project 23分33秒
My Ideal Chet Baker 26分4秒
Auld Lang Syne Duke Ellington 28分9秒

このページの一番上へ

トップページへ