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file253 「カントリー・アンティーク」

かつて、欧米の田舎で使われていた家具や道具。通称、カントリー・アンティークと呼ばれます。
手作りならではの温かみに加え、長年使い込まれたもの特有の味わいが魅力です。

そんなカントリー・アンティークを都会の暮らしに取り入れるスタイル。
ノスタルジックな趣きが、多くの人を虜(とりこ)にしています。

西洋の人々には、古くから田舎への憧れがありました。

特に産業革命以降、ロンドンやパリの人々は、週末ごとに都会を抜け出して、田舎暮らしを楽しみました。

同時に、名もない人の手で生み出された品々を愛(め)でる美意識が生まれます。
素朴な家具や道具が、伸び伸びとした健康的な田舎暮らしをイメージさせました。
そんなカントリー・アンティークが戦後の欧米で再びブームとなりました。

日本にカントリー・アンティークが紹介されたのは、1980年代。
アメリカやヨーロッパ、各国で買い付けられたアンティークを自由にとり混ぜて楽しみました。住む人がそれぞれに持つ欧米の田舎のイメージを実現したインテリア上級者たちのカントリー・アンティーク使いをご覧ください。

壱のツボ たくましい手が生んだささやかな飾りを愛でる

元雑貨店オーナーの天沼寿子さん。日本に初めてカントリースタイルを紹介した立役者です。

そんな天沼さんがとりわけ魅力を感じているのが、家具です。
18世紀にイギリスでつくられた食器棚。材料は松の一種です。
松の家具は、節が目立つために値段が安く多くの家庭に普及していました。
質実剛健な英国製、と言いたいところですが、引き出しが完全に閉まらず全体のプロポーションも頭でっかちです。
実はこの食器棚は素人造り。おそらく農家の主人が、畑仕事の合間に作ったもの。扉の表面に付けられたパネルは純粋な装飾。素人が背伸びをした、こんなディテールに微笑ましさを感じます。

ひとつ目のツボ、
「たくましい手が生んだ ささやかな飾りを愛でる」

カントリー・アンティークの家具の多くは、素人や名も無い職人が作ったものです。
18世紀末イギリスのテーブル。
当時、ジョージアン様式とよばれる優美な家具が流行していました。これは四角い木材を使ってそうしたシルエットだけを真似ています。
少しでも高級感を出そうという心意気でしょうか。作り手の顔が目に浮かぶような素人らしい工夫が、かえって温かな魅力を与えます。

扉のない食器棚は入口の脇に置かれていました。畑から戻ってすぐにお茶を準備するためです。

そんな実用的な家具にもシンプルな曲線模様の飾りを入れるのを忘れていません。

天沼さんが特別大事にしているという家具。19世紀に作られたスツール。屋外でお茶を飲むときなどに使われました。
この穴は、手を差し込んで持ち運ぶ為のものです。柳の葉を思わせる絶妙なデザイン。これはもう、立派なアートです。
名も無い作り手のささやかな美意識。それを見つけて愛でるのが、カントリー・アンティークの醍醐味です。

弐のツボ 過去の使い手に思いをはせる


埼玉県に住む人形作家、毛塚千代さん。大好きなカントリー・アンティークに囲まれた暮らしです。
とりわけ目立つのがホーローの台所用品。安くて丈夫なホーロー製品は19世紀頃から欧米の家庭に普及していました。


ホーローは鉄などの金属にガラスを焼き付けて作ります。そのため表面が欠けやすくそこから錆(さ)びてしまいます。
アンティークのホーロー製品のほとんどは、使ううちにできた傷やサビが目立ちます。この傷、気にならないんでしょうか?


毛塚 「傷も味のうちで、 つるつるより少し使った形跡があった方が、より一層いとおしい。どこのお母さんがどうやって使っていたんだろうとか思うとなんかずっと楽しくなる。」

ふたつ目のツボ、
「過去の使い手に思いをはせる」


毛塚さんの、アンティークとのつきあいには哲学があります。
台所用品は、実際に使ってこそ、価値があると考えています。
時に使いづらいこともあるアンティーク。しかしその不便さを通して、かつての持ち主と同じ体験ができます。


毛塚さんが生まれ育ったのは地方の農家。西洋の文化にはあまり馴染(なじ)みがありませんでした。しかし、大人になって出会ったカントリー・アンティークは、意外なほど親しみやすいものでした。

毛塚 「こういう使い込まれたような物って温かいじゃないですか。同じ匂いというか空気感というか、昔の子どもの頃に育った家にも流れていたのと同じような気がする。西洋と日本の違いなんだけど、だから好きなんだと思う。」


素朴な道具を使うことで遠い国や時代の人々とつながる喜び。カントリー・アンティークのもう一つの楽しみ方です。

参のツボ 古材で作る世界で一つのカントリー


とあるアンティークショップ。の一角に木材だけを集めたスペースがあります。実はこれも立派なアンティーク。
これらはアメリカやヨーロッパで古い農家などを解体した時に出た建築材料です。柱や梁(はり)、ドアまで多くの種類があります。
特に人気があるのが納屋の梁や牧場の柵などに使われていた木材。愛好者は「古材」と呼びます。長年雨風や日の光に晒(さら)されてきた古材の質感。新しい木材にはない風格があります。
そうした建築材料を使ったインテリア。現代のマンションに落ち着いた趣きを与えます。


日本の家が自分だけのカントリーの世界に生まれ変わりました。

3つ目のツボ、
「古材で作る、世界で一つのカントリー」


カントリー・アンティーク愛好家の、究極の夢をかなえた住まいです。
ここは光あふれる南フランス…と思いきや、実は東京のマンション。南仏プロヴァンス地方をイメージして作られた住まいです。


インテリアに関する著作で知られる青柳啓子さん。古材使いの達人です。
青柳さんは、実際にプロヴァンスを訪れたことはありません。
本や映画を通して憧れをを抱くようになりました。
そしてついに、我が家に自分だけのプロヴァンスを作ろうと決意します。そこで選んだのが、古材でした。


古材の一つ一つは青柳さんが各地の店に足を運んで探しました。そうした古材に、自分で手を加えることもあります。
すべては自分のイメージ通りの空間を作り上げるため。ご自慢のこのスペース。農家の水場です。


台は古材に自分で漆喰(しっくい)を塗りさらに古びた感じを出しました。大理石のシンクはギリシャのもの。

青柳 「本当に憧れているから、そういう空間にするにはどうしたらいいかということを考えて一つ一つこだわって探して作り上げましたね。私のイメージするプロヴァンスですね。」


現代の日本にいるという現実を超える住まい。カギは、住む人の想像力なのです。

磯野佑子アナウンサーの今週のコラム

ぬくもりや、温かさ…。
名もない人の手で作られた素朴な家具が、本当に愛おしく感じました。
少しくらいゆがんでいてもそれが味わいになり、個性になるんですね。
優しさやゆとりを大切にする暮らし、すてきだなぁ♪

それにしても、出会いって不思議なものですね!
何十年も前に遠い国で使われていた家具や古材が、今こうして自分の目の前にある…。大切にしてくれる人のもとへ、物もやってくるのかなと考えてしまいました。人と人、人と物。どんな出会いも大事にしたいなと思う今日この頃です。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名 使われた場所
(番組開始後)
Moanin' Art Blakey & The Jazz Messengers 0分2秒
The Middle of Love Blossom Dearie 2分24秒
Wandering Oscar Peterson 3分48秒
Mother Nature's Son Joel Frahm & Brad Mehldau 6分58秒
Humoresque Art Tatum 9分56秒
That's Old Feeling Paul Desmond 11分52秒
I'll Take Romance Bud Shank with Len Mercer Strings 14分4秒
A Nice Day Chico Hamilton Quintet 16分11秒
St.Thomas Jim Hall & Ron Carter 17分20秒
 Li'l Darlin' Turtle Island String Quartet 18分25秒
Candy Lee Morgan 21分48秒
Claire De Lune Phil Woods & Michel Legrand 24分13秒
Shoot The Moon Norah Jones 26分6秒

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