NHK

鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

file238 「サキュレント 魅惑の多肉植物」

多肉植物を暮らしの空間に取り入れることを『多肉ライフ』と呼び、今、女性たちの間で人気があります。
柚木智恵子さんもそんな一人。
多肉植物の特徴は、ぷっくりして、肉厚な葉や茎。そのかわいらしい姿が多くの女性たちの心をとらえています。

柚木 「あまり目立たないんですけど、ちょっとほっとするっていうか、こんな所にあったのかっていう感じで、さりげなく置いているところがすごく魅力です。」

さらに、いろんな器で育てて、インテリアとして楽しむこともできます。

シックな色合いも魅力の一つ。
落ち着いた中間色が、大人の女性の心もつかんできました。
多肉植物は、10年ほど前から、雑貨店やインテリアショップでも取り扱われるようになりました。
多肉植物は、英語でいうと「サキュレント」。
「水分が多い」という意味です。乾燥に耐えるため、葉や茎などに水分を蓄える植物のことです。
だから、水やりが少なくて済み手間いらず。
それが人気に拍車をかけています。
私たちの暮らしを華やかに彩ってくれる生きたオブジェ、多肉植物。生命の神秘が宿る美の小宇宙にご案内します。

壱のツボ 環境が生んだ不思議な造形

13年前、フラワーアレンジメントの世界で多肉植物を知った松山美紗さん。それ以来、多肉植物、一筋。
松山さんが虜(とりこ)になった理由は、その不思議な形。
例えばこの通称『姫星美人』(ひめせいびじん)。一つの葉が、わずか2ミリ。よく見ると一つ一つが花のような形をしています。

こちらは『乙女心』。
細い茎にゼリービーンズのような葉をつけたかわいい造形。

『アドロミスクス』。なんだか爬虫(はちゅう)類のように見えませんか?

松山 「良く見るとすごくグロテスクなんですけど、何でこういう風な模様がついたのかなって思うとこれも何かちょっとおもしろく愛おしくなるかなって思いますね。」

こちらも何とも奇妙な形のコノフィツム。実は、こうした形は環境に適応して進化したものだといいます。

松山 「これなんかは食害から身を守るために石のように変化して擬態植物って言われているんですけど、砂利のところに生えているので石のようなまねをして 動物から見つけられないように形が変化していたり。ただ見た目だけじゃなくて、環境に生きるために変化したっていうところがまた美しさを増しているんじゃないかと思います。」

コノフィツムが自生するのは、南アフリカの乾燥地帯。
野うさぎなど目に見つかりにくい石ころのような形に進化したと考えられています。
多肉植物は原種だけで世界に1万種以上あります。さまざまな環境がユニークな造形を生み出してきました。

1つ目のツボは、
「環境が生んだ不思議な造形」

まるでSF映画ででてきそうなフェネストラリア。ニョロニョロしているのは葉です。茎はほとんど退化してありません。
葉のてっぺんをご覧下さい。透明な部分があります。「窓」や「レンズ」と言われる部分です。
なぜ、透明なのでしょうか?

農学博士の湯浅浩史さん。

湯浅 「上が透明ですと、縦に筒状になって光が下の方まで届きやすいんですね。つまり、これは葉っぱですけども、葉っぱ上がレンズ状ですと、それを通して内部まで光がきますので、光合成の効率がいいということですね。」

レンズから光を取り入れなければならない環境とは、どのようなものなのでしょうか?
フェネストラリアの原産地、南アフリカの乾燥地帯は、一面の砂であるため、葉の大部分は風に吹かれた砂で埋もれてしまいそのためてっぺんから光を取り込んで土の中で光合成を行っているのです。

こちらはアローディア。これも多肉植物。幹に大量の水分を含んでいます。
葉に注目してください。しかも葉が幹から直接、垂直になっています。
原産地は、夏45度にもなるマダガスカル島。
水平だと強烈な日差しを直に受け水分が蒸発してしまうため、それを避ける形です。しかし、朝夕の斜めからの穏やかな日差しはたくさん取り入れることが出来るのです。
多肉植物の不思議な形。それは過酷な環境を生きるためたどりついたものなのです。

原産地に近い環境で作ると、多肉植物はより美しく育つといいます。
多肉植物のコレクター、萩原文男さん。
ハオルシアのコレクションで知られています。
ハオルシアの特徴は、葉の上の面全体が半透明の窓状になっていること。
ハルオシアが自生するのは南アフリカ。ハルオシアは強烈な日差しを避けるため茂みの影で育ちます。わずかな光を効率的に取り入れるため葉全体が窓状になっているのです。

萩原さんの温室。黒いネットがかけてあります。これがポイント。

萩原 「この黒いのが遮光ネットです。これは50パーセントの遮光率です。遮光しないで栽培してますと、萎縮してしまって、成長しなくなってしまう。いろいろ経験しながら試行錯誤でやってました。」

萩原さんが手塩にかけて育てたハオルシア。こちらはオブツーサという種類。まるで水晶のような窓をもっています。
葉が隙間なく整い、見事な造形美を宿しています。
多肉植物を鑑賞するときは苛酷な環境に想い起してみてください。不思議な形がよりいとおしく見えてくるかもしれません。

弐のツボ 無限の色を育てる

小雪舞う3月。長野県、小諸市。
ハウスの中に驚きの色彩美が広がっています。
これ、花ではありません。
多肉植物の葉が織りなす鮮やかな色の世界です。
緑、赤、黒、白、ピンク、黄色…
言葉で表現できない複雑な色合いのものまで。

エケベリアの葉。淡いグラデーションをなしています。
緑色から黄色、オレンジ色へ・・・微妙に色の移ろう様が魅力です。
美しい色を生み出すには環境作りが大切だと言います。
多肉植物の色を育む達人と言われる、児玉賢一さんです。

児玉 「私ども、冬でもハウスを開けて風通しをよくしてあげて、中の湿気をとってあげていますね。暑くさせない、寒くさせない、かといってぬくぬく育つような環境には置かないってことと、一番はよく日の当たるっていうのが条件ですよね。その3つが完全に備えられれば、これだけの色が出せると思いますね。」

温度と湿気に気を配り、かといって甘やかしすぎず子どもを育てるように大切に栽培すると、多肉植物は見事な色に育ってくれます。

2つめのツボは、
「無限の色を育てる」

児玉さんの農園があるのは、標高1000メートル。強い紫外線が美しい色をもたらします。
この地に農園を作ったのは22年前。それまで、よりよい環境を求め引っ越しを繰り返してきました。
最初のハウスをたてた場所は日当たりが悪く、色が思うように発色しませんでした。
次の引っ越し先は盆地。夏、高温多湿で、植物が腐るという大失敗。
今の農園は避暑地にあり、多肉植物、最大の敵である夏の高温多湿は避けられます。冬の寒さは暖房で解決しました。

細やかな温度管理の元、たっぷり紫外線を浴びせ育てると、秋から春にかけてこんな楽しみが待っています。
「紅葉」を思わせる、色の変化です。例えばこの『虹の玉』。
夏は、緑色をしています。
10月ごろからこんなに真っ赤に色づくのです。

姫黄金花月。通称「金のなる木」。こちらも葉がみごとに色づいています。
四季を通じた寒暖差と、秋から春までの一日の寒暖差が、このあざやかな色を生みだします。

まったく新しい色を作る、試みもあります。
原産地では見られない色を作りあげる、島田典彦さん。
島田さんが専門とするのがこちら、『リトープス』。「生きる宝石」の異名をとる植物です。
工夫次第で12か月の誕生石の色をそろえることが出来るほど発色の可能性を秘めた植物です。
中でも、珍重されているのが鮮やかな黄緑。
原産地では見られない色です。
原産地では、バッタなどの天敵から身を守るため周りの環境と似た色をしているリトープス。
しかし、ハウスには無数の色があります。
一体、どのように作らるのでしょうか?

5カ月前に発芽した幼いリトープス。一度に20万もの種を播きました。
赤茶色の親から、黄緑色の個体が偶然、一つ生まれました。

島田 「これだけたくさん播(ま)いてなかなかでないのですよね、変わった色っていうのは。普通に装っていますけど、飛び跳ねたいぐらいの気持ちぐらいの気持ちですよね、本当は。」

この一粒を4年かけて繁殖可能な成体に育てます。

こちらは、黄緑の個体から生まれた2世代目。偶然みつかる黄緑とその兄弟に赤茶色を交配すると10パーセントの割合で黄緑が出現するといいます。
その黄緑同士を交配さていくことで、より鮮やかな黄緑となっていくのです。

こちらは2年前、赤茶色の親から偶然、産まれた紫の子ども。この紫も長い時間をかけて交配を重ね、美しい紫に育てていきます。
島田さんが育てあげた色とりどりの生きた宝石たち。
それは、偶然とたゆまぬ努力が結びつき生み出された神秘の色です。

参のツボ 不可能を可能にする『生きた絵の具

色とりどりのリース。
使われているのはすべて多肉植物。ドーナツ状の型に挿して作っています。
多肉植物は葉や茎を切りとってもその部分が根を出し、育つため、大胆な飾り方が可能です。
このリースを作ったのは園芸家の柳生真吾さん。いろんな植物の中で多肉植物が最も好きだと言います。それは、自由なアレンジができるから。
柳生さんはハンバーグと呼ばれる、ネットの上に水苔(みずごけ)と土を入れて多肉植物を挿す台に多肉植物を挿すことでさまざまな場所に多肉植物を寄せ植えしています。


ハンバーグを側面につけた巣箱。

柳生「多肉植物の最大の魅力は、不可能を可能にしてくれることです。多肉植物は、まず絵の具のようにたくさんの色があります。白が欲しいなって思った時に、白があるんです。で、わずかな土でも育つというすごく強じんな、強い性質もあり、その二つが重なると、リースが可能だったり、何年も何年も生き続けたり、それがむしろ機嫌がよかったりするからすごいことですよね。多肉植物って。」

こんな楽しい遊びも。丸太をくりぬいた中に土を入れ挿しています。
少しの土と水があれば生きられる多肉植物。楽しみ方に無限の可能性を秘めています。

3つめのツボは、
「不可能を可能にする『生きた絵の具』」

園芸研究家の奥峰子さん。ガーデニングの本場イギリスで学び、多肉植物を使った園芸を得意とします。

奥 「タペストリーガーデンとかあるいはカーペットベェディングっていう言い方をするのですけれども、ペルシャ絨毯(じゅうたん)のように、複雑な模様の絨毯のように多肉植物を使って地面に模様を描いていっているのですね。」

イギリスでは、19世紀から、キャンバスに絵を描くような多肉植物の寄せ植えが発展しました。
多肉植物は一つ一つが小さいため、数字やアルファベットなど細かなものも表現します。

ささやかなスペースも活用できます。
あらかじめ作った、設計図にしたがって、13種類の多肉植物を挿していきます。
ポイントは色の使い方。
例えば、目立たせたい緑の縁の隣りに、反対色の赤を配置します。
一番、外の縁には、最もくっきりした赤。
完成した作品。反対色を隣り合わせ、線を際立たせる一方で、それ以外のところはやさしいグラデーションに配色。60センチ四方、春のこもれびのような作品となりました。

誕生日や特別な記念日などに、部屋の中を華やかに飾ることもできます。
こちらは、ベールとドレスで装った花嫁をイメージした寄せ植え。
多肉植物には、いつもの空間をおとぎの国に変えてくれる不思議な力があるのです。


磯野佑子アナウンサーの今週のコラム

「多肉ライフ」、ですか。
今回初めて知った言葉なのですが、面白い言葉の響きですよね~。
初め、お肉をたくさん食べる生活のことかと思ってしまいましたが・・。
最近インテリアショップやカフェで本当によく見かけるようになりましたね。
お花とは違って一見地味ですが、何ともいえない独特の魅力があります。
形自体が不思議でじーっと見ていても飽きませんし、
たたずまいが何とも魅力でほっとするといいますか。
そしてやはり、ぷにゅぷにゅした感触。
ディレクターが買った物を実際に触らせてもらったのですが、
一度触ると、指が離せない~!指先から癒される~。
はるばる遠い異国からやって来て、今ここで私を癒してくれていると思うと
さらに愛おしくなります。
今回驚いたのは、色のバリエーション!
微妙な中間色から鮮やかなグリーン、ずらりと色とりどりに並ぶ様子は
まるでカップケーキのように美しく見えました。すごい技術ですね!
植物はお手入れに気を使いますが、水やりも少なくて世話もラク、
というのが私にとっては一番の魅力かもしれません。
ささやかながら、多肉ライフ始めてみようかなと思っているところです。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名 使われた場所
(番組開始後)
Moanin' Art Blakey & The Jazz Messengers 0分2秒
Tout Doucement Blossom Dearlie 1分32秒
Jubilation Bud Shank 3分5秒
Forgive Me If I'm Late Sadao Watanabe 4分13秒
Love For Sale Jacky Terrasson 6分20秒
The Drum Thing John Coltrane 7分57秒
即興の花と水(ニ) 菊地成孔 /南博 10分25秒
Improvisation On “Bolero” Larry Coryell 11分30秒
Claire De Lune Phil Woods & Michael Legrand 13分30秒
My Song Keith Jarrett 15分13秒
The French Fiddler Oscar Perterson 17分58秒
In The Wee Small Hours Of The Morning Wynton Marsalis 19分47秒
Have You met Miss Jones? Paul Smith 21分57秒
Anythibg Goes Stephan Grappelli & Yo-Yo Ma 24分12秒
Dear Prudence Brad Meldah 25分22秒
Stardust Pied Pipers With Frank Sinatra 26分38秒

このページの一番上へ

トップページへ