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鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

File231 「意地の焼き物 萩焼」

色は薄いオレンジや淡いベージュ。
豪華絢爛(けんらん)たる絵付けはほとんどありません。
特別な形もしていません。
一見強い個性がないのが萩焼の特徴です。

そんな萩焼だからこそ大ファン、というのが浜田陽子さん。
テレビや雑誌で人気の料理研究家です。

浜田「萩焼はシンプルで地味目な色が多いので、彩り豊かな物を入れるとどちらも引き立つ。萩焼のシンプルな良さも引き立つし、料理の鮮やかさもよりおいしそうに見える。」

萩焼のふるさとは、山口県の萩。
吉田松陰や高杉晋作などを生んだ長州藩、毛利家の城下町です。
萩焼は今から400年前関ヶ原の戦いで敗北し、領地を減らされた毛利輝元(てるもと)がはじめたもの。

「戦には敗れても、焼き物では誰にも負けたくない。」
そんな意地から長州藩は、茶の湯の世界でもてはやされた朝鮮半島の焼き物を研究。
茶人たちを唸(うな)らせる独自の焼き物を作り出しました。今日は玄人が愛してやまない萩焼の魅力に迫ります。

壱のツボ ひびから生まれる「萩の七化け」

陶器は、素焼きや乾燥させた土の器に釉薬(ゆうやく)をかけ焼き上げます。この時、釉薬は土よりも縮み方が大きいため、貫入(かんにゅう)とよばれるひびが入ります。
萩焼は特徴のある土を使うため、お茶を入れると、この貫入から時間と共に外に染み出し表情が変わります。このような変化は「萩の七化け(ななばけ)」と呼ばれています。

ひとつ目のツボ、
「ひびから生まれる『萩の七化け』」

萩から南へ60キロ。
瀬戸内海に面した地域、台道(大道 だいどう)。
400年来、萩焼に使われる土が掘り出されてきた場所です。
地名から、大道土(だいどうつち)と呼びます。

砂がふんだんに含まれ、粒子が荒いのが特徴の大道土。焼きあげる時、砂と土では収縮率が違うため、生地の中にも隙間が生まれます。
貫入に染みこんだお茶が、この隙間を通り外まで染み出し、器の肌に変化をもたらすのです。

この土には、乱世を生きた、一人の武将の意地が秘められていました。毛利輝元(てるもと)。
関ヶ原の戦いで敗れ領地を大幅に減らさた輝元は、救いを焼き物作りに見出します。この時代、茶人たちに愛でられた朝鮮半島で焼かれた茶わん。
輝元は、豊臣秀吉に仕えていたころ、その名品を数多く目にし、これに似た焼き物を作り出そうと考えたのです。

萩焼の陶工たちは七化けの魅力を生み出すため、大道土をベースに工夫を重ねてきました。
砂を含んだ土を丈夫に焼き上げるために藩内でとれるさまざまな土を調合する方法を編み出しました。時には大道土からこしとった砂を混ぜ込みます。
砂の分量を調節することで七化けが起きやすくなり、より多様な色の変化が生まれるのです。

長州の人々の焼き物作りにかけた意地。
それが時間の移ろいとともに変化していく器の表情に映し出されているかのようです。

弐のツボ 高台は萩焼の顔

器の底にある高台(こうだい)。
目立たないこの部分に切り込みが入っているのが萩焼の特徴です。
切り込みにはいろいろな形があり、萩焼に独特の風格を与えています。

ふたつ目のツボ、
「高台は萩焼の顔」。

陶芸研究家の黒田草臣(くさおみ)さんは、陶工の創意工夫がこの高台に現れているといいます。

黒田「個性が一番発揮できるのが高台だと思うんです。一発で切り込みを入れた時の勢いを感じさせるといいんです。いろんな種類の高台を作るわけです。それは楽しみながら作っていると思います。」

萩焼の特徴である高台は、朝鮮半島からもたらされました。萩焼のお手本となった高麗茶わんは伝統的な青銅器の形を継承したもの。
王族たちが先祖をまつる供え物を盛った祭器の形の名残が高台に残っているのです。


萩焼の陶工たちは、手本とした高麗茶わんの特徴的な部分だった高台に関心を持ち、自分なりのアレンジを加えます。やがていくつかのパターンが定着します。
こちらは高台を3箇所切り、へりを指で押して花びらのようなかたちにしたもの。
桜高台(さくらこうだい)と呼ばれています。


一方、こちらは、高台を十文字に割った「割高台(わりこうだい)」。
勢いあふれる陶工の手を感じさせます。


江戸時代、高台の工夫は茶の湯の発展と共に多くの人にめでられるようになります。
使い終わった茶わんを手に取り、ひっくり返して眺めるのが茶の湯のならわし。
萩焼の高台は茶席に花を添えました。


今も陶工にとって高台は工夫のしどころ。
高台を手で持って付いた指の跡。それを消さずにあえて残すことで、手作りの温かみを感じさせます。まるで作った陶工の息遣いまで聞こえてくるかのようです。
裏返して眺め、そこに秘められた遊び心まで味わえるのが、萩焼ならではの楽しみです。

参のツボ 窮地を救った雪の白


江戸時代、長州藩の御用窯で焼かれていた萩焼。しかし、明治維新で藩の後ろ盾を失います。
社会が西洋化する中、地味な萩焼は居場所をなくし、いくつもあった萩焼の窯は次々と閉鎖されます。


昭和初期、そのピンチを救ったものがあります。
白い萩焼。春の雪に例えられる柔らかな白が突如生み出され、あっという間に人々の心を掴(つか)みます。この白には、一人の陶工の意地をかけた戦いが秘められていました。

3つ目のツボ、
窮地を救った雪の白。


その陶工の名は、10代三輪休雪(きゅうせつ)。
毛利家から大きな窯を任されてきた三輪家の当主でした。神社の土産物を作って暮らしを立てる日々。
休雪は萩焼の復興に執念を燃やしていました。


そんな中、休雪が注目したものがこちら。
古い萩焼の表面に残っていた白のしずく。
白を魅力的に用いている焼き物が極めて少ないことに気付いたのです。
萩焼復活をかけ、休雪の白への探求が始まります


これまでの萩焼の白は、わらを灰色になるまで燃やした釉薬によって生み出されていました。
しかし休雪は灰色になるまで燃やさず、途中の黒い状態で火を止めた灰を使うと、より濁りのない白ができることを試行錯誤の末、発見しました。


現在の三輪家当主、12代三輪休雪さんは、あくなき執念に加え、時代の好みを見抜く目があったからこそ、萩焼の復活が果たされたと考えます。

12代休雪「昔の萩焼というイメージはみんなびわ色が中心でしたから。ところが10代休雪の研究でこうなってきたら、本当にあっという間に白で代表されるようになりましたね。やはり時代の感覚、世の中の人の感覚というものが明快なものの方に来た感じもします」


さらに10代休雪は、土見せという表現も編み出します。
白の隙間から、土の色をのぞかせるというもの。雪のような白と土の色が、見事にお互いを引き立て合っています。


1970年、10代休雪は廃れかけた伝統ある萩焼を継承し伝えたことが認められ、人間国宝に指定されました。そのときの言葉です。

10代休雪「とにかく田舎窯扱いされてきた萩焼が愛しゅうてのう。今度の指定で、萩も中央で認められたという感激でいっぱいで…」

逆境を跳ね返そうという一人の陶工の意地が、萩焼の新しい魅力を切り開いたのです。

磯野佑子アナウンサーの今週のコラム

デパートの食器売り場をのぞくことが好きなのですが、
つい「素敵だな~」と立ち止まってしまうのが、萩焼なんです。
どうして好きなんだろう?と考えていたら、子供の頃のことを思い出しました。
おばあちゃんの家にある、枇杷色の萩焼。
子供の頃から、家に遊びに行った時は決まってこの湯飲みでお茶を出してくれました。
柔らかくてあたたかく、どこか可愛らしい雰囲気が大好きだったんです。
高台の切れ目を指でなぞっては、「どうしてここは切れているのかな~?」
なんて、幼い頃に考えていました。
今回の美の壺で、その答えが見つかりました。
茶碗の表面は内側はもちろん、高台の部分にも作り手の創意工夫が込められているのですね!
シンプルながらも、意地の焼き物の真髄を知りました!

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名 使われた場所
(番組開始後)
Moanin' Art Blakey & The Jazz Messengers 0分2秒
Menuet (Menuet in G Major BWV Anh.114 from "Zweiter Notenbuch der Anna Magdalena") Ray Kennedy Trio 0分44秒
Retsim B Chet Baker 1分13秒
Stolen Moment One For All 2分55秒
Swan Lake Cyrus Chestnut Trio 4分16秒
Ding Dong Lester Young 5分37秒
City Sunrise Ninetymiles 6分31秒
ドルジの人生 市原ひかりグループ 8分30秒
George's Dilemma Clifford Brown 9分15秒
Estate Walter Lang Trio 10分50秒
I Had The Craziest Dream Joe Pass 13分19秒
Toccata And Fugue (in Dminor, BWV 565) Ray Kennedy Trio 14分56秒
Smooth Eric Alexander? 15分15秒
White Forest Trisonique 16分31秒
The Nearness Of You Harry Allen meets Trio Da Paz 17分53秒
Someone To Watch Over Me 松下美千代 20分8秒
マイナースイング ピラニアンズ 20分40秒
Indelible And Nocturnal Wynton Marsalis 21分12秒
Naima George Benson 22分13秒
Music For A While Paul Desmond 22分56秒
An Den Kleinen Radioapparat Marcin Wasilewski Trio 26分19秒
Menuet (Menuet in G Major BWV Anh.114 from "Zweiter Notenbuch der Anna Magdalena") Ray Kennedy Trio 28分34秒

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