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鑑賞マニュアル美の壺

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file212 「京焼」

京都・東山の清水寺(きよみずでら)。その門前には、江戸時代から窯元が軒を連ね、そこで作られる焼き物は、清水(きよみず)焼きと呼ばれていました。昭和四十年代、窯から出る煙が問題となり、窯は郊外に引っ越します。その頃から広く京焼の名が使われるようになりました。10軒以上の窯が移転した炭山(すみやま)地区を拠点に活動をしている陶芸家の小峠丹山(ことうげたんざん)さんです。多種多様な焼物を手がけています。金の地に鮮やかな花をあしらった水入れ…。釉薬(ゆうやく)の流れが枯れた風合いの茶わん…。 青がまぶしいツボ、皆小峠さんの京焼です。

小峠  「道具屋さんとかお客さんからいろんなご注文を頂いて作ってきたので、レパートリーが段々広くなってきました。備前やったら備前なりの作風、焼き方があるし、唐津だったら唐津、萩だったら萩、そういうパターンがありますけども、そうではなくて京都の場合は何でもこなして何でもやってやろうという方が多いと僕は思います。」

目の肥えた客の注文に応えるため、京焼は各地の焼物の技法を取り入れてきました。一見ばらばらに見えますが、そこには、京都ならではの共通する美学が秘められています。

壱のツボ ぶつかり合う色の競演に酔う

まずは色彩に注目。
華やかな色が息づく街、京都。料理にも、色を楽しむ工夫が凝らされています。欠かす事が出来ないのが、京焼の器。お皿の緑とたけのこと田楽の淡い色がみずみずしいコントラストを生み出しています。料理を取ると現れる、白に黄色。巧みな色使いが京焼の特徴です。

古美術鑑定士の中島誠之助さん、若い頃から、京焼の色の取り合わせに心ひかれてきました。

中島 「色と色がごちゃごちゃと乱れ飛んでも行けないのです。例えば人間の感性で一番派手なものは、朱と金。これが交じり合ってなんて洗練しているのでしょう。これはやっぱり王朝文化の雅(みやび)なのです。と思うと、こっち側は染め付け。これは景徳鎮の明時代の染め付けを写しています。そしてそれがなんて奥ゆかしいのでしょう。これはやっぱり京都の町人文化の特徴なのでしょうね。」

朱と金、そして染め付けの青。強い色が同居しながら、雅が失われない色使い…。それが京焼の魅力なのです。

京焼鑑賞 一つ目のツボ、
「ぶつかり合う色の競演に酔う」

黒く重々しい茶わん。江戸時代の初めまで、京の焼物と言えば、茶道に使うこんな渋い茶わんが主流でした。
そんな中、仁和寺(にんなじ)の門前で、一人の人物が、全く新しい焼物を作り出します。野々村仁清(ののむらにんせい)。侘(わ)び寂(さ)びの対極にある大胆な配色を、はじめて試みた人物です。それは注文主の意向に応える創意工夫から生まれたものでした。 四国・丸亀(まるがめ)藩主、京極高豊(きょうごくたかとよ)。京都を訪れた事が無かった高豊は、一目で京をイメージさせる焼物が欲しいと仁清に注文します。
京都らしさとは何か?仁清は、京都の漆工芸に施された金や銀によるデザイン。そして友禅の着物などに見られた、現実の色とは異なる奔放な色使い、…。これらを焼物に表現しようと考えたのです。

仁清の傑作、色絵芥子文茶壷(いろえけしもんちゃつぼ)。
真っ赤なケシの花の横には、金色のケシの花。銀を用いたねずみ色の花もあります。

焼物研究家の河原正彦さん。

河原 「じっくりと見ていただくと決して本物の色ではないのです。本物に近い色ではないのです。でもイメージとしてそこに生まれてくるのは、ある意味では虚構の世界、仮の世界。そこには随分無理があります。しかしその無理の中からやっぱり我々現在の人間が見て感じられる色彩感覚に近づけようとしているのが、京焼の色絵使いのマジックではないかと思います。」

自然に咲くケシの花は、ピンクや薄紫。それとは似ても似つかない色を使いながら、見るものを納得させる巧みな取り合わせ。仁清以降、大胆な色のぶつかり合いが、京都の焼物の大きな魅力となったのです。

陶芸家・山岡善昇さんです。
京焼伝統の色彩感覚を身につけた、絵付けの第一人者として知られています。

宝珠模様抹茶茶わん。
モチーフは、仏教で願い事を叶えてくれる宝の珠です。金の粉を溶いた絵の具で<模様の輪郭>に塗っています。力強い金が、多彩な色を一つにまとめ、さらに京都らしい華やかさも生み出しています。

山岡 「いろいろな色を金によって引き立てていく。そういう特色が京焼にはあるのではないかなと思います。」

実は金で輪郭を描く技法は、仁清が試みた技の一つ。伝統は受け継がれていました。その中から、現代の職人たちが新たな色のぶつかり合いを模索する…
京焼の色使いは、これからも広がって行くのです。

弐のツボ 薄さに込めた、心意気

清水寺参道。百五十年続く普段(ふだん)使いの京焼の専門店です。ここに並ぶのは普段使いの器。持ってみるとふわりとした軽さ。眺めてみると薄さに驚かされます。
谷口茂盛さん。

谷口 「昔から京都の焼物は、特にご飯茶わんは薄さが身上なんです。京焼きの場合は、職人がそれを作ることが僕は大したものだと思います。やっぱり若い時に苦労して、技術を覚えた人はいくつになっても薄い器を作れるということは、しばらくはこの薄さは安泰だと思います。」

腕自慢の職人が作ったおちょこは、実際どれくらいの薄さなのか?超音波で測定してみると、わずか1.3ミリ。更に違う箇所を測ってみても、全く同じ1.3ミリ。驚きの精度です。薄さを生み出す超絶技巧。ここにも京焼ならではの美学があるのです。

京焼鑑賞 二のツボ、
「薄さに込めた、心意気」

薄さを生み出す高いロクロ技術で、知られる藤田義孝さん。京焼の極端な薄さには、次のような理由があると考えています。

藤田 「京都は公家さんの文化が非常に盛んで、我々職人は、お公家さんに助けられて仕事をしてきたと言う面があるのです。そういう事を考えるとお公家さんの女の人が、軽い薄い器が欲しいといえば、お公家さんってやっぱり力仕事をあんまりなさらないですよね。だから手の中ではんなり納まるようなそういう器が求められたのではないかなと。まあ私の持論ですけどね。」

では藤田さんの技を見せてもらいましょう。高温で硬く焼き締める直前の工程です。器の形にした土を十分乾かした後、逆さにしてロクロに乗せ、カンナと呼ばれる鉄の器具で、削っていきます。
親指でカンナがぶれないよう固定し、場所を動かしながら強度を保てるぎりぎりまで薄くしていきます。大切なのは刃が生地を削る音。薄さが極限に近づくと、音が微妙に変化すると言います。聞き耳を立て、その瞬間まで削り続けるのです。
一般人には聞き分けられませんが数千回ロクロを回せば出来るようになると藤田さんは言います。職人たちと切磋琢磨(せっさたくま)しながら技を磨いてきました。

藤田 「あいつよりもっといいものを作ろう。あいつより技術を上げよう。あいつよりもっと薄い品物を作ろう…それの繰り返しが今につながっていると思います」


京焼の「薄さ」の魅力を引き出すのが、「絵付け」です。
彩色を専門とする陶芸家の小野多美枝さん。薄い生地には、細密な絵付けが似合うと考え、試行錯誤を続けてきました。


透き通るほど薄い盃(さかずき)に、極細の線で描かれた桜がはかない美しさを感じさせます。
更にこんな工夫もあります。


光にかざすと、裏側の模様が透けて見える仕掛け。霞(かすみ)がかかったようなおぼろげな風景が、浮かび上がります。京の雅が形になった、繊細極まりないたたずまいです。

参のツボ 伊達(だて)道具で風流を楽しむ

ユニークなデザインに、京都ならではの美意識が込められています。
京都にある老舗の古美術商。個性的なデザインの京焼が並びます。伊達道具と呼ばれるタイプの焼物。何に使うのか一見しただけではわからないのが特徴です。

東京世田谷の美術館にこうした伊達道具、初期の名品がありました。作者は京焼の美学を確立したあの野々村仁清(ののむらにんせい)。
ほら貝を模したデザイン、一体何に使うのでしょうか?
実はお香をたく香炉なんです。

奇抜な形には理由がありました。
美術史が専門の荒川正明さん。

荒川 「古来京都の富裕層の中で、風流という精神がありました。人々を集めて宴(うたげ)を催したり、宴会をしたりする時に神様も一緒に楽しんでもらうということで、そこで神様をもてなす時に、神様を驚かすとか、楽しませるということが、宴会の器には求められていったのです。そこで、こういうほら貝のような、ちょっと見れば本物に見えるけども、近づいてみると全然本物と違う、焼物だと。どこかに新鮮な驚きとかあっと言わせるような工夫を凝らす、こういうのが伊達道具っていわれると思います」

富の象徴で縁起の良いものとされたほら貝。仁清はそれを陶器で作り、宴席をわかせました。

京焼鑑賞 三のツボ、
「伊達道具で風流を楽しむ」

さて、この伊達道具、何に使うかわかりますか?

正解は、ウサギのフタを取ると、こちらも香炉。

更にこんな驚かせ方もありました。
透かし彫りが施された同じ形の焼物が三段。何かわかりますか?
実は、お花見などで使う重箱なのです。本来なら漆塗りの木製品を、陶器で作り人々を驚かせる趣向でした。江戸時代の初め、ハレの場を彩る伊達道具を好んで使ったのは、力を蓄えつつあった商人たちでした。

こちらは江戸時代中期に作られた焼物、ある楽器を模しています。
宮中の儀式の時に、吹き鳴らされた「笙(しょう)」です。商人たちにとって、古い伝統を誇る王朝文化は憧れの的でした。用途は茶室で使う花生け。雅な世界への思いを形にしながら、意外な使い道で人々を驚かせる風流の心も、忘れませんでした。

こちらも商人たちの心意気を感じさせる伊達道具。
平安時代に書かれた歴史文学、「栄花物語(えいがものがたり)を模した焼物です。綴(と)じ糸まで表現した精緻さに、王朝文化への憧れがうかがわれえます。

さて中身はというとすずり箱。商人たちが常に傍らに置いた商売道具です。江戸時代、公家に代わり京の文化の担い手となった商人たち。 王朝の雅をも自らの世界に取り込んだという、自負と余裕を感じさせます。

人をあっと言わせる風流の心は、現代にも受け継がれていました。世界的に知られる京焼作家、坪井明日香さんのノースリーブのワンピースをかたどった作品。毛糸の房まで焼物で表現しています。
木や花を入れる花瓶に。あるいは香炉にしたり、照明を仕込み、オブジェにしたり。自由に使って欲しいと、坪井さんはいいます。

坪井 「たくさん見なれた方とか、扱いなれた人から見ると、そういうお遊びに面白みを感じてくださる人が京都にはいらっしゃるのですね。仁清だって別に人をビックリさせるだけじゃなくて、どんどんど追及していくうちにあんな風になって、そしてそれを面白がって鑑賞する環境があったということでしょうね。それは現代にも根付いていると思います」

伝統を大切にしながら、常に新しさと驚きを忘れない。それが脈々と受け継がれてきた京焼の心なのです。


磯野佑子アナウンサーの今週のコラム

京焼が各地の焼き物の良いところを取り入れ、京都という土地の「誂え(あつらえ)」の文化が生み出したものだということに深く納得しました。さまざまな技術を取り入れる柔軟さを持ち、新しい色や、薄さに挑戦する職人たち。注文主を満足させて、さらに驚かせようという心意気が伝わってきます。
法螺貝(ほら貝)の形をしたものや、本の形を模したもの、驚きですよね!
それから最後に登場した、現代の京焼。花を生けて部屋に飾ったら素敵だろうな~。オブジェとしても使えるということで、使う人自身が自由に発想できることが、現代の生活スタイルになじむのでしょうね。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Milou Stephane Grappelli
Nica's Dream Kenny Burrell
Oh Lady Be Good Turtle Island String Quartet
Billy Boy Miles Davis
A Night In Tunisia Art Blakey And The Jazz Messengers
Brick Busters 山下洋輔
Waltz For Debby Kronos Quartet
St.Thomas Jim Hall & Ron Carter
Milestones Walter Bishop Jr.
Waltz For Debby John McLaughlin
Thelonious Wynton Marsalis
Loose Duck Wynton Marsalis
孤軍 秋吉 敏子
Waltz For Debby Cannonball Adderley
Tiger Rag Stephane Grappelli

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