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鑑賞マニュアル美の壺

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file175 「軽井沢」

清楚でおしゃれなイメージで知られる日本を代表する避暑地・軽井沢。
森の中に静かなたたずまいを見せる教会。

木立に囲まれた別荘。そこで営まれるあか抜けた避暑地の暮らし。 しかし、100年ほど前の軽井沢は、江戸時代に起きた浅間山の大噴火によって、木もまばらな荒地となっていました。

洗練された建築やインテリア。そして、緑豊かな景観。
これらは日本人が百年かけて荒野に築き上げた美の結晶だったのです。

壱のツボ ベランダは軽井沢の夏のリビング

軽井沢には14000以上の別荘があります。
軽井沢の別荘には、住む人の好みに合わせた個性的なベランダがあります。自然を満喫できる、とっておきの空間です。

一つ目のツボは、
「ベランダは軽井沢の夏のリビング」

軽井沢の別荘は明治時代、避暑のため外国人が建てたのがはじまりでした。
当時を代表する旧ライシャワー別荘です。 大きく張り出したベランダが印象的です。壁一面に杉の皮がはり付けられ、建物と自然を調和させるための工夫が施されています。

ベランダとは、建物のかたわらに屋根と床を張り出して設けた空間。もとはインドの民家で暑さをやり過ごすために考え出されたものが、欧米人により植民地建築に取り入れられました。

それがなぜ涼しい軽井沢で広まったのでしょうか?
建築史を研究されている内田青蔵さん。

内田「こういう自然の中にありますので、自然と一体化した暮らしをしたい。軽井沢は特に朝夕土砂降りの雨が降ったりしますので、そういうものを何とか防ぎながら居心地のいい空間を作ろうということで、こういうような屋根を付けて開放的にしてるんですね」

標高1000メートル。天気が変わりやすく、夏でも雨や霧が多い軽井沢。ベランダはそんな気候でも好きな時に、屋外で過ごすことができる空間なのです。

軽井沢の間取りにはひとつの特徴があります。
昭和6年に建てられた旧朝吹山荘。正面に大きなベランダがあり、そのままリビングへつながる構造で、玄関らしい玄関がないのが特徴です。

内田「ベランダと室内が完全に高さがそろってまして、一体的に繋がっているんですね。そこではある種格式的な玄関みたいなものをやめて、もっとリラックス出来るような空間。やはり気持ちも開放的な気持ちで尋ねて行けるってこともあるのではないでしょうか」

別荘のベランダは避暑を過ごす人々が集う社交の場でもありました。 内と外を区切る玄関を設けないことで、別荘はより開放的な空間になったのです。

ベランダは芸術家にとっても、かけがえのない場所でした。
作家・堀辰雄が使っていた別荘です
エル字型に張り出したベランダ。訪問者は直接ここへ通されました。
妻や友人たちと語らいながら、多くの時間を過ごしたといいます。妻が東京に帰ることがあっても、一人残りここで作品の構想を練りました。
軽井沢のベランダ。それは作家にとっても、なくてはならない自然の中のリビングだったのです。

弐のツボ インテリアが作り出す無国籍空間


明治27年創業の老舗(しにせ)ホテル。
アルプスの山荘を思わせる三角屋根が連なります。しかし中へ入ると、少し趣が変わります。

ダイニングルームの天井は、神社仏閣で見られる格天井(ごうてんじょう)です。そこに、モダンな形の電灯。和と洋のスタイルが交じり合っています。


長年当ホテルで働いておられる従業員の永井世治さん。

永井「お客さんが外から緑の中を風に吹かれて入ってくると建物自体が南ドイツの山荘風なんですが、いったん玄関に入ると日本古来の神社仏閣の作りで、そこで異空間ですか、その驚きというのがあると思いますよ」

軽井沢では、和洋折衷のインテリアがそこかしこに見られるのです。

二つ目のツボ、
「インテリアが作り出す無国籍空間」

国の重要文化財に指定されている旧三笠ホテル。ロビーにあるテーブルは、明治末の開業当時のものです。
テーブルの天板には、竹や笹など和風の絵柄が彫刻されています。「軽井沢彫」と呼ばれる家具で、地元の職人によって作られたものです。


軽井沢彫は特に外国人に好まれたものでした。
軽井沢が避暑地としてひらけたのは外国人が東京の暑さから逃れ滞在するようになったのが始まりでした。やがて、別荘で使う家具を、地元の職人に注文するようになります。
出来上がったのが、富士山や桜などいかにも日本という絵柄を彫った西洋家具。これらは、エキゾチックな雰囲気の中で夏を過ごしたいという、外国人の要望に応えたものでした。


職人たちは初めて作る西洋家具に、さまざまな工夫をします。釘を使わず、ほぞにはめて組み立てる日本伝統のつくり。自由に分解することができるため、外国人に歓迎されました。
軽井沢彫り職人の川崎巌さん。

川崎「軽井沢の避暑地に宣教師が多かったものですから、お土産にされる方が出来るだけコンパクトにしたいということも含めて始めたと言う話を聞いております」


軽井沢彫の要となるのが彫刻。日光彫りの職人を呼びよせ、日本的な図柄を彫る技が伝えられました。
「ひっかき」と呼ばれる技。微妙な刀さばきで、自在に線を刻みます。

先端が三つに分かれた手作りの道具で、一気にたくさんの点を刻みます。 点を多用し、情景を巧みに表現する技です。

やがて、日光から伝えられた技はこの地に根付き、エキゾチックな美を表現するようになります。

代表的なモチーフとなったのが桜。タンスいっぱいに彫り込まれています。透き間なく刻まれた点が、華やかな桜の姿を際立たせています。
異国の人に軽井沢ならではの夏を過ごして欲しい。そんな職人たちの心意気が伝わってくるかのようです。

参のツボ ユートピアへいざなう高原の小道

一直線に延びる木立ちが印象的な三笠通りのカラマツ並木。軽井沢では、緑豊かな並木道を至る所で見ることができます。
しかし100年前の軽井沢は、浅間山の火山灰ので荒れ果てた土地でした。緑豊かな景観は、100年の間に作り上げられたものでした。

軽井沢の歴史に詳しい中島松樹さん。

中島「カラマツっていうと何か軽井沢を代表するように思われるけど、何百万本、何百万本と一本残らず植えたものです。元々自生しているカラマツは一本もない。だから軽井沢の自然っていうのはみんなが大事に作ってきた。人の手によって作くられた自然です」

丹念に植えられた美しい木立ち。軽井沢の並木道は、町を開発した人々が思い描いた理想郷へと、私たちを案内してくれます。

三つ目のツボは、 「ユートピアへいざなう高原の小道」

江戸時代、軽井沢は中山道の宿場町でした。
明治になると、道路や鉄道の開通とともに多くの外国人が訪れ、かつての宿場町の周りに別荘を建てました。
外国人がひかれたのは、木がまばらで見通しの良い景色。火山灰の荒れ地が、開放的な草原に見えたのです。
大正に入ると、野澤(のざわ)源次郎(げんじろう)ら実業家たちは、外国人が住むエリアから離れた場所に実験的な街づくりを始めます。それは、当時の富裕層の欧米へのあこがれに注目したものでした。

まずは、パリの街のように広がる放射状の道路を整備。続いて、道の両側にモミやカラマツを植え、涼しげな高原のイメージを打ち出したのです。
さらに、湖を思わす池まで整備。ヨーロッパの風景を集めたような独自の景観が誕生します。
それは、ヨーロッパに憧れる人々の心をとらえました。

小説家・堀辰雄もそんな一人です。ヨーロッパの文学に傾倒しながらも、肺を病み渡航することがかなわなかった掘。 作品には、小道のある情景が登場します。

「私が散歩をしていたら(中略)別荘の中から誰かがピアノをけいこしているらしい音が聞こえて来た。(中略)しばらくそれに耳を傾けていた。バッハのト短調のフーガらしかった」(堀辰雄『美しい村』より)。

この小道は、フーガの径(みち)と呼ばれています。
今度、軽井沢を訪れることがあったら、いろいろな道を歩いて、人々の夢とあこがれに、思いをはせてみてはいかがですか?


古野晶子アナウンサーの今週のコラム

「軽井沢に行きたい!」今回の番組のナレーションを入れながら、ずっとずっと思っていました。初任地が長野県だったので、当時は仕事やプライベートでよく訪れていたものです。緑に囲まれたカフェやレストランのテラスで、夏でもやや肌寒いくらいの風を感じながら、温かいハーブティーを頂く・・・。ハーブがガラスポットの中でお湯にゆっくりと染み出すように、軽井沢の空気は身体中にたまった日々の疲れを少しずつ溶かし出してくれる感じです。鳥のさえずりを聞き、木漏れ日を浴び、ボーっとする。何もしないことが最高の贅沢だと気が付かされます。そうそう、軽井沢で通な大人の過ごし方と言えば、「散歩」に「読書」、そして「昼寝」なのだそうです。こんど軽井沢に行ったときには、駅の近くの公園にレジャーシートを敷いて、お昼寝でもしてみようかな。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Vivre Pour Vivre Francis Lai
Wandering Oscar Peterson
If I Only Had A Brain Earl Klugh
Chopin Joey Calderazzo
Triste Irio De Paula / Gianni Basso
Breakfast At Denny's Combustible Edison
Clair de lune Phil Woods
Cherokee Wynton Kelly
Last Train Home Pat Metheny
Lujon Henry Mancini
Invocation Combustible Edison
Young At Heart Brad Mehldau
Two's Company J.J.Johnson
Waltz For Debby John McLaughlin
Fugue In G Minor Ethel Bartlett

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