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file171 「刺繍(ししゅう)」

刺繍とは糸を縫いつけて布に装飾を施すこと。その技は千数百年前、
大陸から伝わってきたと考えられ、長い歴史の中で洗練され、精緻(せいち)であざやかな表現が生み出されてきました。

壱のツボ 刺繍の神髄は立体感にあり

こちらは江戸時代の刺繍の名品。四季の花々はすべて刺繍で表現されています。

花びらや葉が布地から浮き出ているように見えませんか。
この立体感。刺繍ならではの美です。

この作品に魅せられ用いられている技法を研究してきた刺繍職人、
山下善博さん。

山下 「単に下絵をなぞるだけではなく、野に咲く花を思い浮かべ、それに迫ろうという心意気を感じます。糸が生地の上にわたっているので、ふっくらしたふくらみが自然に出てくるそれが織物や染め物にはない大きな特徴です」

一つ目のツボは、
「刺繍の神髄は立体感にあり」

立体感を生み出すために編み出されてきた技とはどのようなものなのでしょうか?

もっとも基本的な技「ひらぬい」。糸で面を埋めるように縫っていくものです。より立体感を強調する縫い方が「さしぬい」です。糸が重なる部分を作りながら徐々に埋めていきます。細かく縫うことで花びらの質感や、自然な湾曲を写実的に表現することができるのです。

葉の部分には「肉入れ」という厚みを出すための技法が用いられています。

刺繍で巧みに立体感を表す技は、今から1300年前には確立していました。国宝「刺繍釈迦如来説法図」。奈良時代に中国から伝わったとされています。わずか二つの技法でこの大きな画面が見事に表現されています。

その一つが「鎖ぬい」。輪が連なり、鎖のような線になる技法です。
この丸みを帯びた線が柔らかさを感じさせます。

ふくよかな頬(ほお)の肉づき。
仏が発する光などに鎖ぬいが効果的に使われています。


もう一つの技法は「相良(さがら)ぬい」。布地にたくさんの結び玉を作り立体的な模様にしています。
このような立体感あふれる画像を前にした人々はお釈迦(しゃか)さまの姿が目の前に立ち現れるように感じたことでしょう。

弐のツボ 緻密(ちみつ)な色分けに妙技あり

これは刺繍で描かれた一頭の虎。
黄金色に輝くような毛並みは何種類もの異なる色の糸で表現されています。それによってリアルな描写が可能なのです。

二つ目のツボは、
「緻密な色分けに妙技あり」


京都で育まれた刺繍、京繍(きょうぬい)の伝統工芸士、長艸(ながくさ)敏明さんです。

長艸 「色糸は4000色くらい常にストックしておく。
同じ朱系のものでも少しずつ色が違う、たくさん用意しておかないと自分の好んだ配色にできない」

4000色でも足りないと考えた長艸さんはさらに新しい色を生み出そうと工夫を重ねています。


こちらは能面を表した作品。写実性を感じさせる微妙な陰影。
白系、灰色系の糸を20種類以上も使って生み出したものです。しかも白や灰色の色糸を縫い分けただけではありません。


白と灰色の糸をさまざまな配分でよって作ったまだらな糸を、陰の部分に少しずつ比率を変えて縫っていく。そうすることで自然な陰影を出したのです。


まるで絵の具を用いたような自由な色使いです。

参のツボ 一針一針、繍(ぬ)いに込められた愛

一針一針縫っていく刺繍は時に家族への思いがこもっています。東京の刺繍教室で作られる「リングピロー」。結婚式で「結婚指輪」をのせる小さなクッション。やがて赤ちゃんが生まれたら最初の枕にします。

刺繍作家の大塚あや子さん。

大塚 「最初の赤ちゃんの頭の下に敷いてあげて健やかに育つようにと。(この刺繍には)幸せになってほしい、という意味も入っていると思います」

心を込めて縫うからこそ刺繍はこんなに美しいのです。

三つ目のツボは、
「一針一針、繍いに込められた愛」

思いを込めて縫った糸には不思議な力が宿ると考えられてきました。
これは戦地に赴く兵士が身につけたさらしです。一枚の布に大勢の女性が一人一針、糸を縫いつけました。「千人針」と呼ばれ多くの女性が思いを込めて縫った布が弾よけになるとされたのです。

副島(そえじま)あい子さん、84歳。戦時中、女学生だった副島さんは地域や街頭で頼まれて千人針を何度も何度も縫いました。

副島 「やっぱり無事に帰るようにって思ってやってると思いますよねえ、頼まれてもね。家族の方は一生懸命ですからね」

江戸時代、青森の女性たちが家族のために生みだした刺繍、刺し子。
麻で織られた普段着にひし形の模様を縫いつけたものです。寒さが厳しい青森では木綿が栽培できず衣服はもっぱら麻でした。麻布を暖かくするためにわずかに手に入った木綿糸で刺繍を施しました。

南部菱刺し(ひしざし)作家の天羽(あもう)やよいさん。

天羽 「女たちは家族の命を守るために、少しでも暖かいものを着させなくてはいけなかった。それが命がけと言っても過言ではないほど重大な家事、仕事だったんじゃないかと思います」

大正時代に入ると毛糸を刺し子に使うようになりました。色鮮やかな毛糸で生まれた暖かみのある色合い。日々の暮らしを少しでも鮮やかに彩りたい。そんな思いがあふれ出ているようです。
家族を思う心、それが刺繍の美をより輝かせてきたのです。


古野晶子アナウンサーの今週のコラム

このところ手芸洋品店が続々とオープンしています。渋谷駅から放送局への通勤路にも新しいお店を発見。前を通ったとき、「とてもカラフルな売り場だなぁ」と思っていたら・・・。良くみると飾られていたのは、色とりどりの下着!実は“パンツ”だったのです。女性も男性もはけるタイプのもので、キラキラの石がついたシールや、ワッペン、リボンなどをつけてオリジナルパンツを作るというものでした。パンツデコレーションとはかなりざん新ですが、このちょっとだけ装飾する“プチデコレーション”が人気なのだそうです。自分で作ることで得られる達成感や、出来上がったものを眺めて悦に入る楽しさを知っているので、人気の理由は何となく理解できます。 手芸や工作が得意だった祖母の影響からか、私も昔から何かを“作る”ことが好きです。自宅にミシンがないので、ランチョンマットや大きなテーブルクロスなどでもチクチクと手縫いで作っています。いま構想中なのが、その手作りのテーブルクロスの四隅に「刺繍」を加えること。きれいな刺繍糸で“プチデコ”をしたいのですが、刺繍は未知の分野。直線縫いしかできない私に果たしてどこまで出来るのか・・・。手芸店に立ち寄って買い集めた色鮮やかな刺繍糸を前にしては、いつもふんぎりがつかないままでいます。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
 Vivre Pour Vivre Francis Lai
 The Middle Of Love Blossom Dearie
 Mon Oncle-Adios Mario F.Barcellini
 Waltz For Debby Joey Calderazzo
 Dear Old Stockholm Miles Davis
 Lush Life 菊地成孔/南博
 Confirmation Marcus Printup
 It Could Happen To You Oscar Perterson
 Prelude To A Kiss Marcus Roberts
 Fall 菊地成孔/南博
 Le Vieux Quartier F.Barcellini
 All The Things You Are Paul Desmond / Gerry Mulligan
 Sunset And The Mocking Bird 松本 茜
 Danny Boy Harry Connick Jr.
 Play Time F.Barcellini

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