NHK

鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

file162 「昭和レトロの家」

昭和のはじめごろ、都市の近郊に新しいスタイルの家が次々と建てられました。
デザインは多様ですが、そこにはひとつの共通点がありました。
伝統的な日本の家と欧米から取り入れた住まいの形が、同居しているのです(画像は東京・杉並の斎藤邸)。

こちらもそんな家のひとつ。昭和9年に建てられた東京・練馬の佐々木邸です。
雨戸を開ける音とともに一日が始まり、茶の間を中心とする畳の上の生活が営まれていました。

しかし、玄関脇には洋間もあります。このころ広まった新しい家の形です。
この家を建てた佐々木喬さんは稲の研究で知られた科学者ですが、武家の末えいとして伝統的な暮らし方を重んじました。
佐々木さんの孫の能登路雅子さんです。

能登路 「家に帰ってきて、そこの広縁で和装に着替えるんですよね。今から考えると、洋の人が和の人に衣がえをするというような、そういう雰囲気が有りまして。モダンな部分と、武士っていいますか、そういう古風な部分が、完全に融合してたかなというふうに思い出します」

古さと新しさががとけ合っているのは、このころの住まいの特徴。客を迎えるのは洋風の応接間。しかし家族の日常生活の場は、昔ながらの和室です。
昭和初期に広まり、その後長らく日本の住まいの典型となった形。
それを、この番組では“昭和の家”と呼びます。

壱のツボ 新しい住み方が間取りを変えた

佐々木邸を調査した建築史家の内田青蔵さん。
昭和の家とそれ以前の家は、間取りに大きな違いがあると言います。
従来の家では部屋どうしが田の字型に接しており、ある部屋に行くには、ほかの部屋を通って行かなくてはなりません。

内田 「プライバシーがないとか、いろんな問題がわかってきた。それをどう解決するかということで、一番大きいのは、廊下というものが住宅の中で重要なものとしてはいってくる」

典型的な昭和の家の間取り図。家を貫く「中廊下」ができたことで、目指す部屋に直接行けるようになりました。
プライバシーを尊重する新しい生活感覚が、日本の家を変えて行ったのです。

一つ目のツボは、
「新しい住み方が間取りを変えた」

かつては座敷など接客のための空間が中心で、家族の居場所は日当りの悪い隅に追いやられていましたが、昭和になると、家族のための空間が広くなり、南に面した大部分を使うようになります。

内田 「住宅というものが、自分たち家族の生活する場であるという認識がはっきり出てきたんだと思いますね。居心地がよく、休息をきちんとできる、そういう住まい作りをしようというふうに、住まいの役割がかなり明確になったんだろうと思います」

住宅への関心がかつてなく高まった大正時代。近代的な暮らしに合った理想の住まいとはどのようなものか、議論が繰り広げられます。
その成果を取り入れた家が、大都市の近郊に開発された住宅地に建てられていきました。つまりそれが、“昭和の家”です。

建てたのは、当時成長をとげていたサラリーマン層でした。
昭和8年に完成した辻邸(東京・杉並)。この家を建てた辻太一(たいち)さんも、働きながら英語や法律を学んで大企業の支店長になったという人です。
転勤を繰り返したのち、50歳のときこの家を建てました。

太一さんの孫の辻寛さんです。

辻 「50歳で会社をリタイアして、自分と家族の生活を楽しむということで、この家を建てたということになりますね。わりと空間がゆったりしている。開口部が広くて、風通しがよいという……そういう意味では、自然と一体となった暮らしができるようにということが、あったと思います」


昭和の家で間取りに加えられた、もうひとつのもの。それは、ガラス越しに光が降り注ぐ広縁です。
光あふれる空間で、毎日の暮らしを快適なものに。昭和の家は、そんな思いを形にしています。

弐のツボ 異国の装いで世界にひとつだけの家

昭和の家ではしばしば見られる、玄関脇の小さな洋館。家ごとに思い思いの装飾をほどこし、異国を思わせる雰囲気を作り出しました。
昭和7年に建てられた田畑邸(横浜)の洋館の見どころは、珍しい斜めの桟をあしらった出窓。アクセントは結霜(けっそう)ガラスです。霜が張ったような繊細な模様で、昭和初期に流行しました。


施主の親族で現在の住人の塚原浩子さんです。

塚原 「洋館がついていると、普通の日本家屋にはない個性が加わるということでしょうか。出窓が私のお気に入りなんですけれども、外から戻ってきたときに小さな明かりがともっていると、おかえりなさいって言ってくれているようで、ほっとする瞬間です」

二つ目のツボは、
「異国の装いで世界にひとつだけの家」

大正から昭和にかけて、家の一部に洋風を取り入れることが流行します。モダンな生活への関心の高まりを、小さな洋館が表現していました。
和風住宅にしっくりとなじむ、落ち着いた味わいの洋館は、この時代を象徴する家の姿です(画像は横浜・押尾邸)。


洋館付き和風住宅の傑作をご紹介しましょう。
昭和5年に建てられた伊東邸(横浜)。洋館は、とびきり個性的な装いを凝らしています。


屋根は、スレートという石でふかれています(ヨーロッパの山あいなどに見られるスタイル)。
凝った木組みの装飾は、日本の寺院建築に由来するといわれます。


玄関周りの壁は、「洗い出し」と呼ばれる技法。セメントに混ぜた砂利を表面に露出させ、変化を生み出しています。

刃物で粗く打ったような木材の仕上げは、日本でも西洋でも、古くから見られます。
80年前に建てられた洋館は、地域の人々にとってもかけがけのないものとなりました。
主人の伊東亨さんは、この家が建ってまもなく生まれました。

伊東 「私で、この建物が出来てからまだ二代目なんですが。建物を見て、ほかのまわりの景色が全部変わっちゃったけど、ここの家だけは昔のままで非常に懐かしいとか、そういうような声はよく聞かされます」

参のツボ 実験住宅に和モダンの極致あり

昭和のはじめ、最先端の住宅は、建築家自身の家でした。
これは東京文化会館などで知られる前川國男が、昭和17年に建てた自邸。民家を思わせるおおらかな外観です。

前川は、近代建築の父と呼ばれるル・コルビュジエのもとで、モダニズム建築を学びました。吹き抜けを中心にすえたダイナミックな空間は、師から受け継いだもの。
しかし、建物の印象は和風そのものです。建築家たちは、みずからの住まいで新しい和風住宅の実験を繰り広げました。

三つ目のツボは、
「実験住宅に和モダンの極致あり」

京都・大山崎。新時代の和風を生み出そうとする実験は、ここで始まりました。
昭和3年に建てられた建築家・藤井厚二の自邸「聴竹居(ちょうちくきょ)」です。
客室は洋間ですが、天井は杉板を編んだ網代(あじろ)で、壁には和紙が張られています。客をもてなすソファーのかたわらに、床の間も。

居間を中心においた、現代に通じる間取りです。直線と曲線を組み合わせた幾何学的なデザイン。
その一画に、畳敷きの席を設けています。いすに座った人と畳に座った人の目の高さが合うように設計しました。和と洋が違和感なく解け合う空間です。

建築家の松隈章さんです。

松隈 「日本人に合った住宅建築の様式を作ってしまうんだと。当時近代化されつつあった欧米の技術とかデザインを知りつつ、日本のものをきちっと、日本人に合うようにデザインしたということだと思います。将来的にはいすに移って行くだろうが、靴を脱ぐということは変わらないだろうというふうにも言っていまして、ですから畳の部屋といすの部屋が併存していくというのは、かなり先まで見通していたんじゃないかと」

藤井厚二は、日ざしや気温の変化を研究し、日本の風土に適した住宅を追い求めます。丘の斜面から、土管を通して室内に風を取り入れる仕掛けも考案しました。室内で暖まった空気は天井の排気口へと導かれ(左の画像)、屋根裏から外へ出ます。

松隈 「当時、やっぱり日本の住宅って違うんじゃないのと、もう一回考え直そうじゃないかというのが、ムーブメントとなっていて、かなりの建築家が参加してるんですね。昭和のはじめの時代というのは、一生懸命日本人の住宅を考えた時代だと思うんですね」

日本人にふさわしい住まいを探求した建築家たちの試み。それは戦後、そして現代にいたる家づくりに、大きな影響を与えました。


古野晶子アナウンサーの今週のコラム

子どもの頃に住んでいた家は“昭和レトロの家”そのものでした。 父が勤めていた会社の社宅で、戦前に建てられた木造二階建ての一軒家。はじめは会社の社長一家が住んでいたそうで、出窓のついた応接間や、どっしりとした大きな柱や床の間にこだわりが感じられる家でした。ですが、人が住んでいない時期があったためにあまり補修されていなかったのです。私たちが住む頃にはかなりがたが来ていました。家の基礎の部分がゆがんでいたのか、テーブルに置いたおはしがコロコロ転がったり、冬は透き間風が入ってきて、ストーブを使ってもなかなか暖かくならなかったり・・・。そんな家でしたがここでの生活はおもしろいものでした。転がるおはしのおかげで食卓はいつも笑いが絶えませんでしたし、足に毛布をかけて寒い夜はみなでくっついて映画を見たりして過ごしました。その後、何度か引越しを経験してさまざまな家に住みましたが、今はもう壊された、あの“昭和レトロの家”がいまだに思い出されます。メンテナンスはとても大変だと思うのですが、いつかまたあのような古い家に住みたいと思っています。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Twilight Time The  Three Sounds
Everything Happens To Me Stan Getz
Tomorrow Is My Friend Henry Mancini
Penthouse Serenade The  Three Sounds
Cleopha Arnold S.Caplin
All The Things You Are Bob Thompson
There's Yoo-Hoo In Your Eyes Joe Loss & His Band
Loose Duck Wynton Marsalis
How Are Thinga In Glocca Morra ? Wynton Marsalis
Glow Warm The  Three Sounds
Dinner For One,Please,James J.J.Johnson
Jazz Samba Bill Evans & Jim Hall
Tenderly Nat King Cole
Milestones Turtle Island String Quartet
Mother Nature's Son Joel Frahm with Brad Mehldau
Don't Miss You At All Norah Jones
Up Jumped Love The  Three Sounds

このページの一番上へ

トップページへ