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鑑賞マニュアル美の壺

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file158 「百貨店」

平成21年、国の重要文化財に指定された髙島屋東京店。
建築作品としての完成度の高さが評価されてのことでした。
今も昭和8年に建てられた時のままです。

天井にはしっくいが塗りこめられ、柱をイタリア産の大理石で覆い尽くしたぜいたくなものです。
西洋のデパートにならって登場した百貨店には、流行の品々が並び、大正から昭和初期にかけて都市生活の象徴となりました。

壱のツボ 玄関はモダン都市の顔

東京・新宿にある伊勢丹。
昭和11年に完成した外観を今に伝えています。
近代建築に詳しい米山勇さんは、まず少し離れて見るのがコツだと言います。

米山 「最初に全体像を見たいです。近くに寄っていくと細部が見えてきますが、その前に離れた位置から建物の全体のプロポーションを楽しみたいです。基本的にゴシック様式で、具体的には縦のラインをものすごく強調する。それがすごく効いていることによって、視点が上に伸びてゆくような特徴があります」

鉄筋コンクリート造りの重厚な建物も、空へと視線を導くことで軽やかに見せています。

石の壁と金属の外灯。異質な要素のぶつかり合いが、緊張感あふれる造形美を生み出しています。
昭和初期に流行した、アール・デコ様式。近代的な都市が確立した大正から昭和初期、華やかに飾られた百貨店の玄関は新しい時代を象徴する街の顔でした。
一つ目のツボは、
「玄関はモダン都市の顔」

日本で最初にできた百貨店、東京・日本橋の三越です。
西洋の古典様式を基調とした玄関。
モダン都市の象徴、百貨店への期待が込められていました。

三越は、江戸時代から続く老舗(しにせ)の呉服店でした。
明治時代、経営に行き詰まり、イギリスの百貨店をモデルに再出発を図ります。大正3年には、土蔵造りの店舗を取り壊し、西洋建築へ建て直しました。
ライオン像は、ロンドンのトラファルガー広場の像をモデルにしたもの。モダンに生まれ変わった三越の顔として、玄関を守り続けてきました。

三越の永森昭紀さんです。

永森 「玄関は震災と戦災と二度焼けました。ただなるべくもとの形ということで、そのつど復元をしています。日本橋は歴史のある町ですから、街の人が『おまえ三越は変わっちゃダメだろ』という部分がかなり強いんです」

三越が百貨店として成功を収めたことで、町もともに繁栄するようになり、ライオンは、日本橋の顔として愛され続けてきました。

こちらは大阪の街の顔。
心斎橋にある老舗百貨店、大丸。
商店街に臨む玄関に取り付けられた店のシンボル、孔雀(くじゃく)です。あでやかな緑の姿が親しまれてきました。

江戸時代から商業地域だった心斎橋は、百貨店の登場で、さらに活気づきました。
89歳になる今井トモ子さんは、当時の様子を覚えています。

今井 「私、子どもでしたけど、心斎橋は銀座に次いで日本に誇れる商店街だと思っていました。手前のほうの店から、大丸へ入って行くのに『ごめんなさい、ごめんなさい』と行ったものです。商店街の顔です。大変にモダンになりました。いわゆるハイカラ」

モダンでハイカラ。そんな時代のにおいを伝える百貨店の玄関は、昔も今も街の顔です。

弐のツボ ワンダーランドへいざなう多国籍装飾


国の重要文化財、東京・日本橋の髙島屋。
天井の高い吹き抜けと、それを支える大理石の柱が、まるで西洋の宮殿のような空間を作り出しています。
日本のお寺などに用いられてきた格天井(ごうてんじょう)。

柱頭には、寺院建築に用いる肘木(ひじき)の形に作られています。
表面を飾るのは、中国伝統のデザイン、雷文(らいもん)。その隣には、西洋建築の代表的な文様、アカンサス。
さまざまな国の様式が一つの柱を飾ります。


建物の美術品としての魅力を鑑賞するツアーも行われています。
コンシェルジュの敷田正法さんが鑑賞のポイントを教えてくれます。

敷田 「昭和8年の当時、日本の中でもたぶん一番の百貨店を作ろうと先人が思ってらっしゃったと思います。世界の文化が集まったと言いますか、外から入ってみえたお客様が、非現実的な夢のような建物の中へ入ってすばらしいなと感じていただくたたずまい。ゆったりした時間を感じさせる空間を提供しようと思います」

二つ目のツボは、
「ワンダーランドへいざなう多国籍装飾」

きらびやかな百貨店の内装の中でも、極めつけとされるのが、大阪・心斎橋の大丸の装飾です。
黒塗りの重い扉をくぐると、世界は一転。天井には原色に彩られた不思議な星。
訪れた人を異空間へといざないます。


扉の上のステンドグラスに描かれているのはイソップのぐう話。
物語性のある表現は、アメリカで流行したスタイルです。


店内を埋め尽くす幾何学模様。
雪の結晶のようなモチーフがさまざまに変化しながら、柱や照明を飾ります。


多国籍的な装飾は、昭和の初期、建築家・ヴォーリズの手によって生まれました。
ヴォーリズの建築に詳しい芹野与幸さんは、この多様さこそが百貨店ならではの美だといいます。

芹野 「ごちゃ混ぜのように見えて、その空間の中が楽しいということがこの建物の特徴です。ヴォーリズが言ってらっしゃるのが、例えば絵画や彫刻は一つのポリシーに基づいた一つのデザインに懲りますね?それを独占することが、本当の美の追求かと。来る人にあらゆる美を提供し見せるのも一つのサービスです」

1階のエレベーターホールは、西洋風とイスラムのアラベスクが混ざり合った様なデザインで、遊び心が感じられます。
2階はアール・デコ調にデザインされた数字と、黒と白を基調にした表示盤が都会的な雰囲気を生み出しています。
多国籍の装飾が生み出した万華鏡のような空間です。

参のツボ 窓越しに楽しむ季節の物語

百貨店が一日で最も美しい、夕闇迫るころ。
ショーウインドーのまばゆいばかりの光が道行く人を照らします。

日本に百貨店が誕生した時からあったショーウインドー。
窓の向こうに並ぶ最先端のモードに人々の目はくぎづけになりました。
季節感あふれる展示を通じて、その店が提案するライフスタイルを消費者に印象づけてきたのです。
三つ目のツボは、
「窓越しに楽しむ季節の物語」

12月中旬、日本橋三越では正月のショーウインドーの最終確認が行われました。
一年の中でも大がかりな仕掛けが続く正念場です。
さまざまな意見をディレクターの大野さんがまとめます。

大野 「ウインドーは、ただガラス越しに商品を見るのではなく、世界観や季節感を歩きながらずっと見ていくことによって、こういうシーンだなっとか、こういう季節が来たんだなとか、日本のお正月っていうか新年を迎えるということは、とても大事なひとつの季節感だと思います」

クリスマスの夜、店が終ると同時に展示の入れ替えが始まりました。
作業は、二晩を費やして進められます。

奥行き1メートル程の空間に運び込まれる正月用のオブジェ。
デザイナーは、街を歩く人の視点で飾りつけを指示します。
歩行者はウインドーをあらゆる方向から眺めるため、さまざまな角度から検討を重ねて最も効果的な配置を見つけ出していきます。
数センチ単位で、右に左に手前に奥にと飾りを動かしながら試行錯誤を重ねます。

完成したのは、松竹梅の生花を用いた和の空間。
華やいだめでたさとともに、和の静けさを強調したのが今回の特色でした。
クリスマスのおとぎの世界は、伝統美の世界へ様変わりしました。
ショーウインドーは、窓越しにほんの少し未来の夢を私たちに見させてくれます。


古野晶子アナウンサーの今週のコラム

みなさんにとって「百貨店」とはどんなところですか?私にとっては意外なものがみつかるところ。というのも幼いころ、百貨店で“あるもの”を拾ったからなのです。
お盆のころ、母方の祖父母を訪ねて鹿児島へ里帰りし、百貨店へ買い物に行ったときのこと。大人たちが商品を選んでいる間、私は店内のお気に入りの場所で妹と遊んでいました。そこは美しい曲線からなる柱や梁(はり)に囲まれた、お城の中にあるような踊り場。自分がお姫さまになったような気分に浸っていたとき、目に止まったのが、黒く光る小さな物体。柱の隅で動かないそれをよく見てみると・・・、そこにいたのは、なんと小さな“オスのコクワガタ”でした!!どこからか入ってきて出られなくなっていたようです。私はその虫を持ち帰り、飼うことにしました。母と飼いかたを調べ、マメに面倒をみたことを今でも覚えています。百貨店で出合ったそのコクワガタは私の虫嫌いを克服させ、貴重な思い出も残してくれたのでした。

このコクワガタにはもうひとつエピソードがあります。連れ帰った自宅で、一度、失踪事件を起こしたことがあるのです。虫かごの扉が少し開いていて、そこから逃げてしまったのでした。家の周りは木々に囲まれていたため、外の方が幸せになれるという母の言葉になだめられ、泣きじゃくるのをやめた、一か月後・・・。なんとメスを連れて二匹で家へ戻ってきたのです!家族みなで驚いたことは言うまでもありません。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
 Rhapsody in blue プレヴィン指揮ロンドン交響楽団
 sing sing sing Benny Goodman Orchestra
 Overture Windmill Theatre Band
 Overture (from Chicago) Derrick Watkins
 On the trail Itzhak Perlman , Oscar Peterson
 Boogablues Gerald Clayton 
 Black and Tan Fantasy Duke Ellington and His Orchestra
 Letting in the sunshine Will Young
 Unzulänglichkeit ~from “ThreePenny Opera” André Previn & J.J.Johnson
 Oh, lady be good Zubin Metha (cond) Gary Graffman (Apf) New York Philharmonic
 As time goes by Claude Williamson
 When day is done Coleman Hawkins
 Yo vivo enamorao Jan Lundgren trio
 Oh, Kay! Michael Tilson Thomas (cond) Buffalo Philharmonic
 Moon River Henry Mancini
 Just Friends Charlie Parker with strings
 Night and day Steve Tyrell

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