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鑑賞マニュアル美の壺

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file149 「鎌倉 前編」

壱のツボ 仏像に中国モードを探せ

三方山に囲まれた古都、鎌倉。
鎌倉時代、この町の西の端に建てられたのが鎌倉大仏です。
ここは京都から来た旅人にとって鎌倉の玄関口。彼らは大仏の大きさだけでなく、この風ぼうに驚いたといいます。

こちらは当時の標準的な仏像。

ふっくらとした顔立ちでまっすぐ前を見据えています。

 

一方、鎌倉大仏はのっぺりした平坦なほおと下向きの目線。
前かがみの姿勢も、大きく異なります。
でもこれこそ、鎌倉の仏像の特徴なのです。

鎌倉の仏像に詳しい浅見龍介さんです。

浅見 「他の地域のお像と際立って違うところは、非常に中国的な色彩が強いというところです。他の地域では見られないような種類のお像、あるいは姿をしているお像がたくさん鎌倉には残っているということがいえます」

鎌倉の仏様が中国風なのには、深いわけがあるのです。

鎌倉の美鑑賞、一つ目のツボは、
「仏像に中国モードを探せ」

こちらは「鎌倉の美女」と称される東慶寺・水月観音。実はこの仏像には、鎌倉周辺にしか見られない特色があります。
それは、足を崩し腰掛けた姿。
実はこのくつろいだポーズは、中国で流行したものなのです。
中国では宋の時代、観音信仰と中国土着の仙人の思想が交じり合い、新しい形の仏像が広まっていました。
鎌倉では、こうした像をモデルに足を組んだ姿の観音様が積極的に作られたのです。

こちらも中国の影響が強い仏像。
そのポイントは衣装。
『土紋(どもん)』と呼ばれ、土を型抜きしはり付けた文様です。
衣装の文様を立体的に見せるため、中国で考えられたやり方を真似したのです。

当時、鎌倉を覆っていた中国ブーム。
それは仏像だけではありませんでした。鎌倉の沖合いには人工の港が作られ、周辺の地層から、陶磁器や宋銭など、一般の人々が使うものが多く出土しています。鎌倉は町全体が中国風だったと考えられているのです。

この鎌倉の中国ブームには、立役者がいました。鎌倉幕府五代執権・北条時頼です。時頼は日本初の本格的な禅寺・建長寺を開き、禅を導入します。中国から伝わった禅は、精神修養を重んじる教え。時頼は、禅を武士の精神的支柱としたのです。

禅寺の守り神、伽藍神像(がらんじんぞう)です。エキゾチックな風ぼうや衣装、中国土着の神の姿です。 当時の日本人には新鮮なものだった、禅の教えや造形。時頼にとって、それが武士の時代にふさわしいものだったのです。

浅見 「武家の政権が安定してくると、京都とは違う文化を作りたいという意欲も出てきたのだと思います。独自の文化を作るという意図のもとに、中国風を積極的に取り入れたのでしょう」

中国風の風ぼうをした大仏を、鎌倉の西の玄関口に建てたのも、京都への対抗心によると考えられています。 鎌倉の仏像の中国モード。ここには、新しい時代を作り出そうとした武士たちの心意気が刻まれているのです。

弐のツボ カーブの先に懐かしい風景あり


鎌倉時代が終わると共にすたれていった鎌倉が、再び脚光を浴びたのは、江戸時代末のことです。
庶民の間で旅が流行し、江ノ島・鎌倉を巡るコースが江戸の人々の人気を呼んだのです。
明治に入り、同じルートを結ぶ観光用の線路が開通。
それが江ノ電です。

鎌倉と藤沢の間、わずか十キロを結ぶ江ノ電。渡辺英徳さんは、沿線に広がる起伏に富んだ風景に魅せられ、ジオラマづくりに取り組んでいます。

渡辺 「江ノ電には、海があって山があってトンネルがあって鉄橋もあって、自分の好きな景色が全部まとまっているので、江ノ電のジオラマを作り始めました。一番好きな場所は、藤沢から乗っていって、腰越を過ぎたあたりから狭い街並みを抜けていって、最初に海が見える景色が一番好きですね」


山あり海あり、人の暮らしあり。変化に富んだ鎌倉の景色を体感できる江ノ電。
その魅力を更に効果的にしているものがあります。カーブです。

鎌倉の美鑑賞二つ目のツボは、
「カーブの先に懐かしい風景あり」

江ノ電は全線ほとんどカーブ。急カーブが多いのも特徴です。その理由を、元江ノ電取締役の代田良春さんに聞きました。

代田 「最初は路面電車として道路に敷く予定だったんです。それが人力車夫の反対にあって、自前で土地を買って走ることになった。そのことが線路の形が変わった大きな原因だと思います」

明治31年。江ノ電敷設が決まりますが、土地の確保は困難をきわめました。
ようやく買収できた土地をつないでいった結果、住宅街の間を縫うように走る、カーブの多いルートとなったのです。


カーブの多さに対応するため、車体にもくふうが凝らされました。車輪が、車両と車両を繋ぐ部分の真下に取り付けられています。各車両の最も先端に車輪を配置することで、カーブの時の横揺れが小さくなり、スムーズに通過することができるのです。


江ノ電の魅力のとりこになった熱烈なファンも数多くいます。埼玉に住む落合宏隆さんは、週末になると江ノ電に乗るため鎌倉を訪れます。

落合 「鉄橋もあれば、トンネルもあり、海もあります。いま冷房きいちゃって窓とか開かないんだけれども、窓が開いていれば潮風の香りが感じ取られたりして、これが江ノ島電鉄のいいところなんじゃないでしょうか」

潮の香りに、木々のにおい。鳥の声や人々のざわめき。
34分の行程、カーブを曲がるごとにさまざまな懐かしい景色にめぐり合える。それが江ノ電の魅力なのです。

参のツボ 自然と溶け込む洋館の窓


明治に入り、鎌倉には古都の風情を求め、東京の文化人たちが、邸宅を構えるようになりました。鎌倉の洋館建築では最先端の技術が取り入れられます。
こちらは法学者として名高い、松本烝治(じょうじ)が建てた洋館です。白と茶で統一された内装。市松模様を、木組みの凹凸で見事に表現しています。

しかし鎌倉の洋館ならではの見どころは、壁一面に設えられた窓です。当時大きな一枚ガラスがなかったため、ガラスを繋ぎ合わせ、巨大な窓をしたてあげました。

鎌倉の洋館に詳しい赤松加寿江さんです。

赤松 「鎌倉の洋館には、本当にさまざまなものがあります。その中でも特に建物の個性が出てくるのが“窓”なんじゃないでしょうか。海を楽しみたいとか、あるいは山を楽しみたいとか。その建物を通してみる昔の人たちのライフスタイル、生き方が読み解けるのがおもしろいなあと私は思っています」

鎌倉を愛したさまざまな人々が、こだわりの窓を生み出しました。

鎌倉の美鑑賞三つ目のツボは、 「自然と溶け込む洋館の窓」

しかし鎌倉の洋館ならではの見どころは、壁一面に設えられた窓です。当時大きな一枚ガラスがなかったため、ガラスを繋ぎ合わせ、巨大な窓をしたてあげました。

中に入ってみると、数多くの窓から差し込むまばゆい光の向こうに、湘南の海を遠望することができます。鎌倉に文化人や実業家が居を構えた理由、それがこの海でした。
東京に程近い湘南の海は、日本最初の海水浴場。西洋のリゾートという思想が鎌倉にいち早く持ち込まれ、海辺に洋館を次々と建てます。海をより身近に感じるため、洋館の窓には格別なくふうが凝らされたのです。

こちらは大正15年、小説家・里見弴が建てた洋館です。関東大震災直後の時代、家族のために、震災でも崩れなかった帝国ホテルを真似て、頑丈な洋館を作りました。

里見がもっともこだわったのは、執筆のために閉じこもった離れの窓。 家族の暮らす本館から廊下でつながっており、一人で思索をめぐらすのに最適な場所でした。まるで洋館の出窓のように、ガラス戸が張り巡らされています。

柱がむき出しになった高床式の建物。この高さには、ある理由があると、建築家の久恒利之さんは言います。

久恒 「当時のことを想像してみるとですね、この辺には家が一軒もありませんでした。ここに座って窓の外を眺めると、本当に谷戸の全体の感じがよく見えて、すてきなんですよね。この軒の水平線と向こうの山の稜線がとてもよく合っている。ですからこの高さを相当考えたんだろうと思いますね」

里見はよくここで酒を飲みながら、一人窓を眺めていたといいます。
それぞれの人が贅をこらした窓。それは豊かな鎌倉の自然と一体になる時を味わいたかったからなのです。

古野晶子アナウンサーの今週のコラム

散策をするのに気持ちが良い季節になりました!紅葉などの自然の美が見られ、食べ物も美味しいので四季の中でも“秋”は特に好きです。この時期はどこかにふらっと出かけたくなります。と言っても遠出は疲れてしまうので、行き先はかなり限られてきますが・・・。私が散策先を決めるときの条件はいくつかあります。1.電車で気軽に行くことができる場所であること 2.ゆっくり休憩できるカフェやお茶屋さんがあること。そして最近は友人の影響で、“お寺や神社があること”も新たに加わりました。このところ仏像好きな女性たちが増えているようですが、仏像を眺めたり、神社の鈴を鳴らしたりしていると、何だかスッキリするような気がします。これまでは上野や浅草などをブラブラ散策しましたが、“鎌倉”はじっくり訪れたことがありません。学生時代に有名な観光地を回っただけだったので、その奥深さは知らないまま。番組で鎌倉を楽しむ壺を知ったので、今度のお休みに出かけてみようと思っています。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Vivre pour Vivre Francis Lay
L-O-V-E Nat King Cole
Nothern Lights Duke Ellington
Acknowledgement John Coltrane
The Baghdad Blues Horace Silver
Naima Tommy Flanagan
Goutelas Duke Ellington
I'm An Old Cowhand Sonny Rollins
Last Train Home Pat Metheny
NOS.5 Chick Corea
Take The "A" Train Ray Bryant
My Song Keith Jarrett
Theme De Candice Francis Lay
Zoom Francis Lay
Wave Oscar Peterson
Tenderly Jimmy Smith
Satin Doll The Three Sounds
Unforgettable Nat King Cole
Theme De Robert Francis Lay
Charade Henry Mancini

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