NHK

鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

File143 「クラシックカメラ」

東京渋谷にある美容院。クラシックカメラが、暖かみのある雰囲気を醸し出し、店を訪れる若い女性にも人気です。

クラシックカメラの定義はさまざまですが、一般的に1960年代ころまでに製造された機械式のカメラのことを言います。
デジタルカメラ全盛のいま、若い人を中心に改めてその良さが見直され始めています。

壱のツボ 手と一体化するかたち

丸みのあるボディの上に丸い操作ダイヤル並ぶ、私たちに一番なじみの深いカメラの形。
これは1925年に誕生した一台の名機に始まりました。
バルナック型ライカと呼ばれるカメラです。

田中 「良いですね。元祖コンパクトカメラ。つり下げるための金属がないでしょ。ですから必ず手にホールドする物なんです。手にホールドする物というのは逆に肩から提げる物じゃないから、常に人間の手とバルナックライカが接近しているというか、手の中で転がしているというか。それが別の言い方するとライカとのスキンシップができるという。」

あたかも手の一部であるかのように使いこなせる、考え抜かれた見事な形が、現在のカメラの原型になりました。

最初のツボは、
「手と一体化するかたち」

カメラが誕生したのは、今から170年前のこと。
高さ20センチ、長さおよそ50センチ。
大きな木箱がボディーでした。
その後、より使いやすい形を求めて試行錯誤が繰り返されました。

そんな中一人の技術者がカメラの歴史に革命を起こします。
ドイツの工学メーカーに勤めていたオスカー・バルナックです。
みずからも写真の愛好家で、特に山岳写真の撮影に熱中していたバルナックは、持ち運びやすいカメラを開発したいと考えました。

そこでバルナックが着目したのが映画に用いるセルロイド製のフィルムでした。 ガラス乾板が主流だった当時のカメラにセルロイド製フィルムを効果的に用いる方法を確立し、カメラを小型化しました。

しかもバルナックは、今で言う人間工学に近い発想で人の指が操作しやすい形を実現していました。

田中 「それぞれの操作部分というのはそれぞれの場所になきゃいけないわけですよね。まずボディの両端にフィルムを支えるところと巻くところがあって、それで真ん中にシャッタースピードを操作するところがある。それと右手の人差し指というのはシャッターを切るのに必要ですから。ですからバルナックの天才たるところは人間工学的な範ちゅうの中で天才を発揮させたという。そこじゃないかと思いますね」

ライカのクラシックカメラには、もう一つ愛好家をひきつけてやまない魅力、頑丈があります。
これまでに5千種類を超えるカメラを修理してきた早田清さんは、こう教えてくれました。

早田 「やっぱりこういう商売してると、写して具合が悪くてクレームで返ってきたときに、お宅で修理したんだからって言われるのが一番嫌なわけ。それが少ない物の順番に好き、なわけ。だからライカなんて一回オーバーホールすると最低20年くらいは何にも言ってこないね。もともと50年くらいずっと何にもなく動いていたんだから」

曲線が生む優雅なかたち。
ここには使いやすさを探求した、設計者の精神が込められています。

弐のツボ 名玉レンズに豊かな個性あり


カメラのレンズには、被写体に応じたさまざまな種類のものがあります。
特に1960年ころまでに誕生したレンズは、クラシックレンズと呼ばれます。 独特の癖を持つものも多く、これらを愛好家は名玉と呼んで大切にしてきました。

飯田 「適材適所言うこともありますけどね。どんなところでも無難にこなす人ばっかしでは困ると思うんですね。レンズもそうだと思います。ですからちゃんと写ることは当然良いことなんですけど、ちょっとおもしろい癖を持ってたりするレンズって言うのはやっぱり使いたくなるかなと思いますね」

まるで人間のように一枚一枚が違うクラシックレンズ。

二つ目のツボは、
「名玉レンズに豊かな個性あり」


クラシックレンズの個性とはどのようなものなのでしょうか。
ピントのぼやけ具合に特徴があるレンズで検証しました。
外側に行くほどにじむようにぼやけています。 レンズの個性が、背景を幻想的に見せているのです。

明るさのバランスに特徴があるレンズでは周辺にいくほど暗くなり、視線を花へと導きます。


レンズ研磨職人の山崎さんは、傷や汚れが付いたレンズを磨き、今も名玉レンズの個性を大切に守り続けています。

山崎 「レンズはただシャープネスだけを追っかけるんじゃなくて、もっと個性と言いますか、自己主張的な物があって良いと思ってるんですよ、私は。そういう物は現行機には感じられないけど、クラシック系のレンズにはすごくそういう物がたくさんあります。それがクラシックレンズの魅力ですね」


レンズの個性が生む深い味わい。
クラシックレンズは写真を撮影する楽しさを教えてくれます。

参のツボ ボディに纏(まと)った先端モードを楽しむ


クラシックカメラのデザインには最先端の流行が取り入れられています。
1933年のドイツ製カメラ、通称金ぴかコードです。
この時代に流行した、アール・デコの様式を取り入れた“デザイン”。
アール・デコは、1925年にヨーロッパで生まれた装飾様式。連続する幾何学模様を特徴とし、身の回りのさまざまなものを彩りました。

それまで装飾など施されていなかった箱形カメラも、アール・デコの時代、華やかに生まれ変わりました。デザインの世紀と言われた20世紀が、本格的に幕を開けたのです。

全日本クラシックカメラ倶楽部会長の高島鎮雄さんは、最先端のデザインがよりカメラを魅力的な物にしたと言います。

高島 「例えば女性のコスチュームから自動車の形から、そういう物って常に関連して変化して、発展していく物だと思うんですね。その中でカメラだけが外れていることはできない。カメラにとってデザインは非常に重要な要素ですよね。これはやはりこの時代の要求に応えた物だと思います」

クラシックカメラ、それはデザインの時代、20世紀ならではの芸術でした。

最後のツボ、
「ボディに纏った先端モードを楽しむ」

1930年代には、流線型のデザインが流行ります。
人々のスピードへのあこがれが形になった物です。

高島 「こちらは1936年のバンタム・スペシャルというカメラなんですが、開けると中は蛇腹の古いカメラなんですが、それをカメラで流線型にした物です。カメラが風を切り裂いて走ると言うことはありませんけど、やはり時代の影響を受けたと言うことだと思います」

20世紀半ば、大量消費時代を迎えたアメリカで、新しい発想によるカメラが登場します。ガレージのシャッターのようなカバーが特徴のアンスコフレックスです。
思わず手に取ってみたくなるポップなデザイン。 赤くて目立つシャッターや大きな巻き上げダイヤル、金属のボディにプラスティック風の塗装をし、親しみやすさを強調しています。

このカメラをデザインしたのは、20世紀を代表する工業デザイナー、レイモンド・ローウィ。

ローウィは機能優先で武骨だった工業製品を、おしゃれで思わず欲しくなる形にデザインし直しました。

ローウィは時代の流行をカメラのデザインに取り入れざん新なアイデアを考え出しました。
こうしたデザインの魅力によって、カメラはさらに人々に広まっていったのです。
クラシックカメラを手に取るときは、その形を生み出した時代に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

古野晶子アナウンサーの今週のコラム

亡き祖父はカメラが大好きで、どこへ行くにも必ず持っていく人でした。私や妹、いとこ達を遊園地や旅行に連れていっては看板の前でパチリ、噴水の前でもパチリ。あまりに何度もポーズをとらされるので、妹はぐずり出し、いとこはすねてニコリともしないように・・・。私はというと、大声で泣きじゃくる妹としかめっ面のいとこに挟まれ、下ばかり見つめていました。通行人からのまなざしが気になって恥ずかしかったのです。祖父はそんな私たちのことはお構いなしに「ハイ、チーズ」と1人だけ笑顔でシャッターを切っていたものです。
それから20年あまり。アルバムには祖父が撮ってくれたあの時の写真が残っています。頬を真っ赤にして泣いている妹、つむじが見えるほど下を向いている私、カメラを見ずに横を向いているいとこの姿。祖父がカメラのレンズを通して見ていた光景がそこにありました。改めて見てみると、そんな風に3人がそっぽを向いているシーンだからこそ、そのときの気持ちが手にとるように分かる・・・。祖父が笑いながら撮影していた訳が理解できたような気がしました。フィルムカメラはシャッターを押した時の一瞬が勝負。いま主流のデジタルカメラは撮り直しがききますから、もしかしたらあの写真は撮れていなかったかも?!しれません。“今”を意識して撮ったからこその一枚なのだとしみじみ思います。
アルバムをめくっても祖父が写っている姿はほとんど無いのですが、残された写真を眺めていると、祖父がカメラを通して注いでくれた愛情をしっかり感じることができるのです。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Manege Francois Rauber
Falling in Love With Love Helen Merrill
Bag's Groove Horace Parlan
Milestones Turtle Island String Quartet
NOS.14 Chick Corea
Seven Steps to Heaven Miles Davis
Autumn Leaves Cannonball Adderley
Tournee Rapide Jean Yavote
O Grande Amor Gary Burton & Makoto Ozone
Green Sleeves Paul Desmond
NOS.15 Chick Corea
Moon Love Chet Baker
Just Friends Charlie Parker
A Night? In Tunisia Turtle Island String Quartet
A Powdered Wig Henry Mancini
Fly Me to The Moon Frank Sinatra
Chanson des Forains Jean Yavote

このページの一番上へ

トップページへ