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鑑賞マニュアル美の壺

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File140 「洋食器」

料理をいっそう引き立ててくれる、洋食器。
その誕生の背景には、こんな物語があります。

いまからおよそ300年前、ドイツのザクセン国やポーランドを治めたアウグスト2世(アウグスト強王)は、東洋のやきものの収集に夢中になっていました。

それは、中国や日本の白くて硬質な「磁器」。
王は、自分の国でも、この白く美しい磁器を生産したいと考えます。 錬金術師や科学者たちを集め、秘密が漏れないよう城に監禁してまで開発に当たらせました。困難の末、1708年にようやく磁器を完成させます。

壱のツボ 艶(つや)めく白を味わう

以来、磁器の生産法は各地に広まり、西洋で使われる食器の主流となりました。 素地(きじ)のつややかな白。そこに描かれた華やかな絵付け。
洋食器は、ヨーロッパの人々の白へのあこがれから生み出されたものだったのです。

洋食器の白は、作られる窯によって多種多様です。これは日本のメーカー「大倉陶園」の皿。大正時代の創業以来、独自の白を追求してきました。
300年前、ドイツで突き止められた、白さの決め手となる原料「カオリン」という粘土を厳選して使うことが重要だといいます。

取締役製造部長 高瀬進行さんのお話です。

高瀬 「真っ白ならいいかというと、そうでもありません。『白色度100』というのはいわゆるチョークの白で、おもしろさがありません。『色気のある白さ』を目指して素地(きじ)を作っています」

洋食器鑑賞、最初のツボは、
「艶めく白を味わう」

皿の『白色度』は機械で測定することができます。純白が100、黒が0です。
このメーカーの素地は、白色度89くらいの白さを保っています。 左の皿が89。右は、コンピューターで95まで白さを上げた画像です。 このメーカーでは、これでは味わいが消えてしまうと考えます。

こちらは、左が89のまま、右が80。
80では、黒ずんで、絵付けも映えません。

今度は色合いを変えてみましょう。
左が本来の色。右は、この皿に少し含まれていた青緑を強調した画像です。 冷たい印象になってしまいました。 白さ89。それにほんの少しの青緑。 これが、絵付けや料理を生かす、このメーカーにとっての理想の白だったのです。

世界各地の窯では、それぞれこだわりの「白」を持っています。
右のグループは、イタリアの老舗(しにせ)「リチャード ジノリ」。青みがかった白です。
左のグループは、イギリスの「ウェッジウッド」。このようにクリーム色をおびた白い磁器は、「ボーン・チャイナ」と呼ばれます。
カオリンが手に入りにくかったイギリスでは、牛の骨(ボーン)の灰で代用、このような磁器(チャイナ)を生みだしました。 それぞれの窯が磨き上げてきた白を味わえるのが、洋食器の楽しみのひとつです。

弐のツボ 絵柄に秘められた歴史に思いをはせる


ドイツの窯「マイセン」の「ブルー・オニオン」と呼ばれる青い模様。登場して270年、世界中で描かれてきた、洋食器の伝統的な絵柄です。
こうした図柄には、さまざまな物語が秘められています。

洋食器鑑賞、二つ目のツボは、
「絵柄に秘められた歴史に思いをはせる」

なぜ皿にオニオン、タマネギが描かれているのでしょう?


国立マイセン磁器製作所 日本総代理店の山内晴子さんにうかがいました。

山内 「中国や日本から伝わったお皿を手本にしており、当時のドイツの人々が、ザクロを描いた中国のお皿を見てもそれがザクロとわからず、オニオン、オニオンと次第に呼びならわされるようになったと聞いています。」

こちらがモデルになったとされる、中国の皿。


左画面が中国の皿での絵柄。ザクロです。
右が、ドイツの皿。タマネギに変化しています。


さらに、たまねぎ・桃・花という3種の東洋のモチーフを、4つずつ均等に配置した構図は、春夏秋冬や朝・昼・夕・夜など時間の流れを表すものと考えられています。
また、4かける3は合計12。宇宙をつかさどる星座を表すとも。 つまり、この皿の模様は、「人間の一生」や「永遠」を意味していると言われています。
絵柄のもつ歴史に思いをはせると、洋食器はさらに楽しむことができるのです。

参のツボ ディナーセットが奏でる交響曲(シンフォニー)に耳を傾ける


そろいの洋食器をディナーセットといいます。
東京のハンガリー共和国大使館で、ハンガリー政府観光局局長コーシャ・バーリン・レイさんに、本場ヨーロッパのディナーセットの名品を見せていただきました。

ハンガリーを代表する窯「ヘレンド」のディナーセット。緑と金の縁取りに、花と蝶(ちょう)がみごとな色彩で描かれています。 絵柄のデザインは、すべて統一されています。 24人分で合計およそ300個。 ディナーセットというスタイルは、ヨーロッパ18世紀の宮廷でほぼ完成しました。
ヨーロッパの国々が覇権を争った当時、晩さん会は、重要な外交交渉の場でした。 そろいの食器を前にテーブルにつくことが、友好の証となったのです。

ディナーセットは、会食の目的によって使い分けられます。
こちらは、大使の邸宅での私的な会食で使われるもの。大使の出身地である南ハンガリーのペーチという街の窯「ジョルナイ」のシンプルなデザインのセットです。 ふるさとの話題を添えることで、来賓とより親しくなることができるといいます。ディナーセットはこのように、さまざまなメッセージを伝えてくれる器なのです。
洋食器鑑賞、最後のツボは、
「ディナーセットが奏でる交響曲(シンフォニー)に耳を傾ける」

器ひとつひとつの多彩な形が、会食を盛り上げるための役割を果たしているといいます。日本のメーカー「ノリタケ」の豪華なディナーセットでみてみましょう。
例えば、この大きな楕円の皿「プラター」。 かつてヨーロッパで、チキンの丸焼きなど細長いメイン料理を、そのまま載せるために生まれた形です。

一方、さまざまな種類の丸い皿は、一人一人が使う皿。ディナー皿、デザート皿、スープ皿、パン皿など料理に合わせて大きさはさまざまです。

さて次は、レストランなどでお目にかかる、ちょっと変わった役割のお皿をご紹介しましょう。
あらたまったレストランでは、席に着いたとき、一枚のお皿が目の前に置かれています。 しかし、ディナーが始まると、下げられてしまい、最初の料理は、別の皿に盛られて出てくるのです。
では、このカラのお皿は何のためのものだったのでしょうか?

フランス料理シェフ 清水忠明さんにうかがいます。

清水 「こちらのお皿はサービス・プレートといい、歓迎の意を示すためのお皿。実際に料理を盛りつけてお出しすることのない、お皿なんです」

見るためだけの皿だったのです。フォークやナイフで傷つけることもないため、華やかな装飾を楽しめます。

もてなしの心が生み出したディナーセット。 いつしか、持ち主にとって特別な存在になることもあります。
テーブル・コーディネーターの落合なお子さんには、大切にしているディナーセットがあります。

自分のディナーセットに、亡くなったお母さんから譲られた皿が混じったもの。 落合さんのディナーセットの何枚かが割れてしまったため、お母さんが、自分のセットから譲ってくれたのです。 よく似た柄で時代の違う皿。右が落合さんのもの、左がお母さんのものです。

アメリカでパーティをした時に、つぎはぎのセットが恥ずかしかったという落合さん。しかし、アメリカの人々は、母から娘へとディナーセットをつなぎ続けてきたことにこそ価値を認め、絶賛してくれたといいます。 亡きお母さんのやさしさを会食のたびに思い出させてくれる器。
ディナーセットは、こんなかけがえのないシンフォニーを奏でてくれることもあるのです。

古野晶子アナウンサーの今週のコラム

縁が少し欠けてしまっているのにどうしても捨てられないお皿があります。高価なものでもなく絵柄が特に気に入っている訳でもないのですが、もう10年あまり使っているものです。大学進学を機に上京して1人暮らしをすることになったとき、5枚1組のセットのうちの2枚を実家から持ってきました。ふだんから食卓にのぼっていたお皿で、大きさも使いやすそうだったので母に譲ってもらったのです。東京へ送る荷物をこん包しているとき、お皿を眺めながら母がポツリと「本当に東京に行っちゃうんだね」と言いました。その時の私は東京での生活に夢が膨らんでいたので母の気も知らずに「あと数日で都会人よ!」なんて能天気なことを言っていたものです。
親のありがたさとは離れてみてから分かるものでした・・・。上京したてのころ、1人暮らしのさみしさやつらさを思うたびに実家から持ってきたあのお皿にごはんを盛って食べました。同じお皿で両親も今ごろ食べているのかなと思うと、何だが実家の食卓とつながっているような気がしていたのです。
それから10年。親と離れて暮らす生活に慣れた今でも、思い出の皿は食器棚の一番目立つ場所にあり、現役で働いてくれています。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
 Island virgin 澁谷毅
 Why did I choose you Don Friedman
 Partita in E major Jacques Loussier 
 Sweet serenade Django Reinhardt, Michel Warlop & son orchestre
 Simone Richard Davis
 Who's afraid of the big black wolf Warren Wolf
 Back to the groove 井上陽介
 Love play /Coming home  Mike Mainieri
 Virgin jungle 澁谷毅
 All for you 寺井尚子
 From foreign  lands and people Louis Van Dijk Trio
 Wives and lovers 鈴木央紹
 Wien Jan Lundgren Trio
 Sonet in search of a moor 澁谷毅
 The well tempered clavier book 1 prelude no.1 John Lewis
 The night has a thousand eyes Gary Burton, Stephane grappellu
 September in the rain Manhattan Five
 Guide me home“Jazz” Thierry Lang
 Don juan 澁谷毅

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