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鑑賞マニュアル美の壺

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File130 「クラシックホテル」

昭和2年創業のホテルニューグランド。
ロビーがある2階へと続く階段が劇的な空間を作り出しています。

ホテルを題材にしたエッセイを書いてきた旅行作家の山口由美さんです。

山口 「人、調度品、空間、建物すべてを含めて一つの一種のタイムマシーンのようになって、その、歴史を今に伝えてきてくれる。それがクラシックホテルというもののおもしろさなんじゃないかと思います」

本格的な西洋式ホテルが作られるようになったのは、明治になってから。

宿泊したのは、ほとんどが外国人でした。

明治から昭和初期にかけて創業したホテルは、「クラシックホテル」と呼ばれ、文化財的な価値が注目されています。
大正12年に建てられた帝国ホテル・ライト館は、日本のホテル建築の傑作といわれています。

建築家たちは、趣向を凝らした設計で個性を競い合いました。

壱のツボ 外観に織り込まれたニッポン

愛知県・蒲郡。
三河湾を見下ろす高台に、巨大な屋根をもつホテルがあります。

昭和9年に建てられたクラシックホテルです。

この建物、何かに似ていると思いませんか?

答えは天守閣。

名古屋城の特徴を取り入れて作られたといわれています。

クラシックホテルの歴史を研究してきた富田昭次さんです。
なぜ、このような建築が数多く作られたのでしょうか?

富田 「実際利用されるのは外国人ですから、西洋式のライフスタイルがまず可能であるということ。それに影響されないような、外観ですとか、装飾の面でかなり日本の物を表現したということが大きな特徴になるんじゃないかなと思います。日本の建築文化、美術。そういったものをかなり表現したというか。織り込んで作られたものがだいぶ多かったように思います」

クラシックホテル鑑賞、最初のツボは、
「外観に織り込まれたニッポン」

1年を通して多くの観光客でにぎわう箱根・宮ノ下。
ひときわ目を引くのが、明治11年に創業した富士屋ホテルです。 
ホテルの魅力を伝えて40年以上になる鈴木忠征さんに建物の見どころを教えていただきましょう。

鈴木 「こちら正面が勝手の正面玄関。上をご覧いただきますとね、孔雀(くじゃく)と鳳凰(ほうおう)の飾りがございます。勝手の正面玄関。洋風建築に独特な彫刻を持ちまして、和洋折衷の雰囲気をだしております」

このホテルにはほかにも日本建築の特徴を強調したユニークな建物があります。
昭和11年に建てられた花御殿と呼ばれる宿泊棟です。

鉄筋コンクリート造りにもかかわらず、木造建築のような暖かみがあります。

城や寺などに用いられてきた装飾が、惜しげもなく施されています。

昭和の初め、日本は今でいう観光立国を目指します。
政府は各地のホテルの建設を奨励し、国をあげてのホテルブームが到来しました。

富士屋ホテルにある食堂棟です。
外国人観光客を強く意識し、ことさら和風を強調した造りになっています。

堂々とした風格をかもしだす唐破風。
日本建築の中で最も格式が高い装飾の一つです。
二階を囲むように取り付けられた高欄が、全体を華やかな印象にしています。

極め付きが屋根から突き出した塔。
展望台として作られました。

日本建築の特徴を寄せ集めた独特の建物。
そこには、外国人観光客が思い描いたニッポンが凝縮されているのです。

弐のツボ 隠された珠玉の飾り

明治6年の創業から続く日光金谷ホテル。
現存する日本最古のホテルです。 
時代を感じさせる木製の回転ドア。
扉を押して中に入ると・・・
頭上には豪華な竜の彫刻。

ダイナミックな曲線と彫りが、迫力を生んでいます。 

戦前の建物をこよなく愛する写真家の増田彰久さん。
一とおり建物を撮影したあとに、ある楽しみが待っていると言います。 

増田 「建物の全体を撮って、それで最後にこう、いろいろなところを見て回って、え、こんなところにも、こんなところにもっていうふうなですね、建物の中にですね装飾を発見する楽しみっていうのがあるんですね」

クラシックホテル鑑賞、弐のツボ、
「隠された珠玉の飾り」

散りばめられた飾りのひとつひとつが、そのホテルにしかない美術品です。
ほかにはどんな飾りがあるのでしょうか?
ちょっと探してみましょう。
ありました!
フロントの上に象の彫刻。

本物らしからぬどこかエキゾチックな表情をしています。 

このホテルを作ったのは、地元出身の金谷善一郎という人物です。
金谷はもともと日光東照宮の雅楽奏者でした。 

ホテルにあった飾りは東照宮の彫刻をイメージして作られたものだったのです。

外国人観光客を呼び込むために、こうした彫刻をホテルの装飾に取り入れました。

一見洋風のメインダイニング。
ここにも東照宮の影響がありました。
柱の上部は極彩色で彩られています。
よく見ると、神社や寺に見られる特徴的な木組みが施されています。 

増田 「本格的な西洋館には、柱の上に飾りがついていて、アカンサスの葉っぱだとか、渦まきのとか、決まっているんですけども、それを見た、この建物を建てた棟りょうたちは、それをそのままコピーするのではなくて、日本の伝統的な、いままで神社仏閣なんかで使ったデザインに似たてて、こういう形のものを作っただろうというふうに思いますね」 

ギリシャ建築風の柱を飾るのは、牡丹(ぼたん)の彫刻。
東照宮の彫刻の中で、最も数の多いモチーフです。
職人たちが伝統の技を駆使して彫りました。

クラシックホテルを訪ねれば、きっとあなたも隠れた飾りを見つけることができるはずです。

参のツボ 調度品に秘められた物語

80年の歴史を持つ横浜のホテルニューグランド。
戦災をまぬがれ、創業当時の姿を今に伝えています。 
フェニックスルームと呼ばれるかつてのダイニングルームのテーブルに並べられている食器は、創業の際、特注で作られたもの。
今も大切に使い続けられています。

総料理長の宇佐神茂さんはこう言います。

宇佐神 「私どものホテルが開業する数年前に関東大震災がございました。そしてこの横浜も衰退の一途をたどったんですが、復興のシンボルとしてホテルニューグランドが建てられ、その横浜をこれから発展させていくために、不死鳥という意味合いを込めて、このフェニックスのマークを現在でも使っております」

ひとつひとつの調度品には、多くの人が集うホテルならではの物語があります。

クラシックホテル鑑賞、最後のツボは、
「調度品に秘められた物語」

ロビーに置かれた家具の数々。
これらも創業当時から使われてきました。 
重厚な時代を感じさせるひじ掛けいす。
実はこれ、地元横浜で作られたものです。

横浜は明治初期、日本で初めて西洋家具が作られた町。
横浜家具と呼ばれ、優れた品質で知られました。

しかし、その多くは戦災で失われ今では貴重なものとなっています。

ホテル勤務60年の鈴木知明さんはこう言います。

鈴木 「毎日のように朝仕事始めに木部を全部磨き、からぶきをかけるというのが日課になっておりましたね。このいすを移動ということになりますと、それはもう上の人からもですね非常に大切な家具であると。必ずこう両側からボーイさんが二人で、おみこしを運ぶようにね、抱えながら移動する、そういうようなことはずっと言われて、今もそうやってやってると思います」

横浜家具は、西洋風のデザインでありながら、木の接合にくぎをほとんど使わない「ほぞ接ぎ」という日本伝統の技を用いています。
今、横浜家具を手がける職人はめっきり少なくなってしまいました。

横浜家具製造の高橋保一さんはこう言います。

高橋 「たまたま横浜っていうのは関東大震災とそれから戦争という二つのいやな時代があって、その中でほとんど焼失してしまったという歴史的背景があって、一部ホテルだとかそういうところには現存しています」

客室にも記憶がつまっています。
マッカーサーズスイートと呼ばれる315号室です。 
昭和20年8月30日、厚木飛行場に降り立った連合国軍最高司令官マッカーサーは、まっすぐにこの部屋へと向かいました。

マッカーサーが執務を行った横浜家具の机です。
ここから日本の戦後が始まりました。

積み重ねられた時間が、調度品をより美しく輝かせます。 
クラシックホテル。

かつてここを行き交った人々の足音や息遣い、そして人生までもを記憶しています。

古野晶子アナウンサーの今週のコラム

「ホテルに滞在すること」はとてもぜいたくな時間の使い方だと思います。私は“普段頑張っている自分へのご褒美!”と称して、(女性はよく言いますよね?!)休みの日はたまにホテルで過ごしています。といっても宿泊するのではなく、喫茶スペースで本を読みながらお茶を飲むのです。ソファーは大きくて座り心地がよく、ホテル独特のゆったりとした空気が自分を包みこんでくれるようで、とてもリラックスできます。読書に疲れたらホテル内を散策し、ロビーなどのおしゃれな調度品を見て回るのも楽しみの一つです。そんな過ごし方を好む私にとって、番組に出てくる「クラシックホテル」はどこも行ってみたい場所でした。歴史を感じるしにせホテルで、ぜいを尽くした装飾品や調度品に囲まれながら頂く紅茶とスイーツ・・・。想像しただけでほおが緩みます。あ、スイーツがお目当てという訳ではありませんので、あしからず。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Blue drag Django Reinhardt
Like someone in love Ella Fitzgerald
Making the move Martin Tayler
Gypsy jingle-jangle Benny Golson
Manhattan moods McCoy Tyner, Bobby Hutcherson
Stomping at the Savoy Jim Hall
My kinda love Art Farmer
Divine prologue 中村健吾
Ton doux sourire Django Reinhardt
Witch hunt Nicholas Payton
Will you still be mine? Lem Winchester & Benny Golson
Everytime we say goodbye John Coltrane
Confessin' Django Reinhardt
My dog 熊谷ヤスマサ
Get happy Lewis Nash
Dedicated you John Hicks
Confessin' Django Reinhardt

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