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File121 絣(かすり)


庶民の普段着として親しまれてきた藍(あい)染めの着物。
紺と白が織りなす「絣」模様が素朴な風合いです。


「絣」の起源はインドといわれ、琉球を経て、江戸時代、日本にもたらされました。

「絣」とは、糸を先に染めてから織り込み、模様を描くものです。
染め分けた経糸(たていと)と緯糸(よこいと)をさまざまなパターンで織ることで、自在に模様を作ることができます。

日本では、世界に例を見ないほど多くの「絣」模様が作られてきました。

 

壱のツボ 糸が織りなす無限の模様

鳥取県・倉吉市には、江戸の終わりごろから始まった「倉吉絣」が伝わっています。
山陰地方に多く見られる曲線を生かした絣模様、「絵絣」と呼ばれます。

「絵絣」を織ってきたのは、主に農家の女性たちでした。
“良い絣が織れると良縁に恵まれる”といわれ、女性たちは夜なべ仕事に励み、技を競い合ったといいます。
「絵絣」には、健康で幸福な生活がおくれるように人々の思いが託されています。

「弁慶と牛若丸」。
強い男の子に育つようにとの願いです。
経糸と緯糸の組み合わせで、複雑な模様を描くことができます。


「倉吉絣」の技術を受け継ぐ、福井貞子さんです。

福井「(織り手の女性たちは)絣のデザインの変わったようなものを、問屋が倍の値段で買い取るということで、絶えず発想を積み重ねて織り続けてきたようです。繊細な曲線は非常に織りにくいんですけども、神業のようなすばらしい力強さで織っており、本当にいけいの念といいますか、神々しいような気がします。」

高度な技術を用いて織り出された「絣」模様が、生き生きとした魅力をたたえています。

絣鑑賞、壱のツボは、
「糸が織りなす無限の模様」


九州・福岡県の「久留米絣」の特徴は、幾何学模様。
かっちりとしたデザインですが、微妙なかすれ具合が、温かみを感じさせます。

糸を染める前に行う「括(くく)り」という作業。図案を元に、糸に印を付け、それに添って麻の皮で括っていきます。

しっかりと縛ることで、括った部分には、染料が入りません。


括った糸を「染め」ます。
一本一本の糸がしっかりと染まるように繰り返し藍に浸します。


括りをはずすと、その部分だけが染まらず、くっきりと白く残ります。


そして、「織り」。
この「絣」の場合、経糸は模様に応じて九種類に、緯糸は11種類に染め分けられています。
その糸を織り込み、模様を作り出していきます。


織る過程で、独特なカスレが現れてきます。


明治時代から続く絣工房の五代目・森山哲浩さん。

森山「僕らとしてはかすれないように、しっかりとやっているつもりですが、絣の宿命で、糸の伸び縮みがあったり、織り手の足の踏み具合で変わったりしますので、どうしてもカスレてしまいます。それが魅力でもあるし、おもしろさだと思います。」


必然的にできてしまうカスレ。
できるだけ正確に仕上げていこうという職人の技だけが、深みのある表情を生み出します。


明治時代、久留米で掛け布団用に織られた絣です。
2メートル近い布に巨大な「城」が、描かれています。
今では、再現不能といわれる手間をかけた染と織り。
一見素朴な絣模様は細部まで計算された熟練の技の結晶です。

弐のツボ 雪がはぐくむ繊細さ

新潟県・南魚沼市に伝わる「越後上布(えちごじょうふ)」と呼ばれる織物。
「上布」とは麻で織った上質の布のことです。
奈良時代には都への献上品として、江戸時代には、武士の着る裃(かみしも)として使われました。

透けるように薄く、ふんわりと軽い、夏の暑い時期に着る着物として最適です。
そこに施されているのは、細かな絣模様。

「越後上布」を織るための原料は、苧麻(からむし)と呼ばれる植物の繊維。

繊維を裂いて、髪の毛よりも細い糸にし、1本ずつよりながら、つなげていきます。
麻特有の黄色味がかった色をしています。

地機(じばた)と呼ばれる昔ながらの機織機(はたおりき)を操る荒川セツ子さん。
「越後上布」の技術を保存し、次の世代に伝えています。
白く細かな十字の模様を、乱れなく織り合わせています。


荒川「これは蚊絣っていいましてね、蚊が飛んでいるような細かいね、絣なんですけどね。越後上布は雪がはぐくんだ製品ですね。」


冬は、深い雪に埋もれる魚沼地方。そんな雪がはぐくんだのが「越後上布」です。
真っ白は雪の上に舞い降りたかのような細かな「絣」模様です。

絣鑑賞、弐のツボ、
「雪がはぐくむ繊細さ」

昔から「越後上布」は冬の農閑期に織られてきました。
冬は麻を織るのには最適な環境だといいます。

荒川「雪が降るときが、一番良いです。湿度がいっぱいありますから、一番糸の状態が良くて織れます。この土地でなけりゃ、これだけの細かい製品はできませんね。」

一日に織れるのは、20センチ余り。
一反の布を織り上げるまでに、80日はかかるといいます。

二月のある晴れた日、雪の上に「越後上布」がさらされます。
冬の越後の風物詩「雪晒(さら)し」です。
「雪晒し」を重ねることによって、麻は白さを増し、絣の柄が際立つといいます。

「雪晒し」専門の職人、古藤政雄さんです。

古藤「麻織物は雪晒しをすることで最後の仕上げになるんです。単純にいえば、漂白作用です。麻の繊維というのは、ちょっと黄ばんだ繊維なんですよね。昔の人の知恵で、雪の上へ出していたら、地が白くなり絣模様の柄が浮き上がってきた。そのことをヒントにしたのだと思います。」

晴れた日、雪が溶けて発生する水蒸気に紫外線が当たると、オゾンが発生します。
オゾンには漂白作用があり、布目を通り抜けるとき、麻の色素が抜けていくのです。

「越後上布」の透明で繊細な「絣」の美しさ。
雪国ならではの気候と人々の知恵がはぐくんできた美しさです。

参のツボ 銘仙めいせんにレトロな色彩

古民家を利用したギャラリーに展示されているのは、「銘仙」と呼ばれる絹織物。
大正から昭和にかけておしゃれ着として流行しました。

特徴は、光沢のある絹に施されたカラフルな色に、大胆な柄…。
これらは、すべて経糸と緯糸で模様を織り出した「絣」です。

200着以上の「銘仙」をコレクションした佐藤宣雄さんです。

佐藤「大正昭和のものが好きで集めていたんですけど、銘仙を見たとき、これはその時代の雰囲気があり、デザイン的にもすばらしいと、また、絣の風合いを出すっていうあたりが、着物としても、一つの極致じゃないかなっていう気がします。色も一つ魅力で、羽ばたいて行くような、一気に気分が高揚するような感じです。」

絣鑑賞、最後のツボ、
「銘仙にレトロな色彩」

群馬県・伊勢崎市。
「銘仙」は、養蚕が盛んだった関東地方で作られました。
ここでは、さまざまな「絣」の技法が生み出されてきました。
その一つが、「型紙」を使って糸を染める方法です。

色ごとに「型紙」を使い分けることで、多彩な柄に染めることができます。

染めた糸を織っていくと、銘仙独特の華やかで彩り豊かな絣模様になるのです。

こうした技法で、大正から昭和にかけて、さまざまなデザインの「銘仙」が世に出ました。

自由奔放な図柄にざん新な色使い。
経糸と緯糸が奏でる「絣」のハーモニーです。
和と洋をみごとに融合させたカラフルな「絣」は、レトロでモダンな雰囲気です。
当時の流行を思い切って取り入れた絣柄は、あっという間に女性たちをとりこにしました。

ハイカラにデザインされた生命力あふれる花模様。

身にまとうと、一層華やぎます。

こうした着こなしを提案する相川真由美さんです。
銘仙は今の若い人たちでも十分楽しめるといいます。

相川「銘仙は、色とか柄が豊富なので、自分の個性が出せます。自分の魅力を引き出すために、洋服を着るような感覚で色柄を選ぶことができます。少し気取った感じで、銘仙を着ていくといいですね。」

人々が身近なおしゃれとして楽しんできた絣模様。
その魅力は、今も色あせることはありません。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

「雪がいっぱい降るときが一番糸の状態がいい」「雪さらしは昔の知恵」。越後上布にたずさわる職人さんたちの言葉に、地域にねざした織物の歴史に思いをはせます。真っ白な雪がほかのものまで白くしてしまうなんて本当に不思議。
農家の女性たちがこつこつ織り上げた各地の絣、くふうをこらしてせいいっぱいのおしゃれを楽しもうとした銘仙の自由な柄、いずれも時代や生活と結びつき、手作りのやさしさを感じさせます。 身近だった絣も今では貴重品。とても手の届かない伝統工芸品になってしまったものもあります。
手間のかかるもの、地域ならではのもの・・・大切なものを思い出させてくれるようなテーマでした。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Black and tan fantasy Duke Ellington
My favorite things McCoy Tyner, Bela Fleck
Sweet and lovely 井上陽介
La manouche French Jazz Trio
Violets for your furs Nat Adderley
Joy Chant Jan Garbarek
Hush-a-bye 大野雄二トリオ
Creole love call Duke Ellington
Just one of those things Giovanni Mirabassi Trio
Always by your side Ralph Towner
Little B's poem The blue note 7
Creole love call Duke Ellington
In a shanty in old shanty town Dave Brubeck
Ruby, my dear Richard Galliano
Stompin' at the Savoy Lewis Nash
Tonk Bill Charlap