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File102 アンティーク絵はがき


明治から昭和初期にかけて作られた絵はがきには、人をひきつけてやまない独特の魅力があります。

大正ロマンを代表する画家、竹久夢二の絵はがき。

芸者の写真は、明治時代に人気を呼びました。

日本有数のコレクター、林宏樹さんです。

林「絵はがきというのは、手のひらサイズの中にいろんなことが凝縮されてる。そこがおもしろいところなんじゃないでしょうか」

こちらは光を当てると・・・、かれんな女性ががいこつに変身します。
「透かし」と呼ばれる、2枚の絵を重ねた仕掛け。
美としゃれの両方が楽しめます。


有名作家の作品から、遊び心あふれるものまで。
絵はがきは、手のひらサイズの、小さな美術品です。

壱のツボ 和製アールヌーボーに余白の妙


こちらは洋画家・藤島武二が明治38年に発表した絵はがきセット。
華やかな模様で飾られた3人の女神。
当時、世界的に流行したあるデザインの様式「アール・ヌーボー」が用いられています。
特徴は、女性や植物を題材に、輪郭線を用いて平面的に描くこと。絵はがきのデザインにも大きな影響を与えました。

数多く作られた和製アールヌーボーの絵はがき。
コレクターの山田俊幸さんに鑑賞のツボをうかがってみましょう。

山田「外国のものってのは、全面が絵になっていてほとんど余白がない。日本のものは、基本的に余白できちっと、何か文章を書く。これが和風アールヌーボーの絵はがきのおもしろいところだと思います。」

そこで、アンティーク絵はがき鑑賞、最初のツボは、
「和製アールヌーボーに余白の妙」

和製アールヌーボーの絵はがきの中でも、特に流行した構図がこちら。
中心に人物を置き、背景を小さく切りとることで、左右に文章を書く余白を作っています。

デザインの歴史に詳しい結城昌子さんに、和製アールヌーボーの絵はがきを見てもらいました。

結城「余白自体を意図的に作っている。余白を楽しんだ。当時はものすごくモダンだったと思うんです。」

余白にはどんな効果があるのでしょうか?構図の秘密を探ってみましょう。
まずは人物をいったん消して、背景を画面いっぱいに拡大します。

そこに人物を置くと、足は地面に付き、畑の中に立つ姿に。
背景と一体感が出ますが、奥行きが失われ平面的な構図です。

元に戻すと、余白が、空間的な広がりを生んでいたことがわかります。

余白を生かすことで、生まれる遠近感。
字を書くスペースをも計算に入れた、絵はがきならではの、美の世界です。

弐のツボ コロタイプが記録するリアルな明治

全国で膨大な数が作られてきた、風景写真の絵はがき。
観光名所や、近代化の中で変ぼうする都市の姿が、絵はがきに収められました。
これらは、コロタイプという方法によって印刷されています。

コロタイプの絵はがきを数多く扱う古書店店主の永森譲さん。

永森「コロタイプのよさは鮮明さがすごい、質感が出てきて、非常にものがリアルに見えるのが魅力だと思います。」

コロタイプ印刷の絵はがきと、大正時代の新聞写真を比べてみましょう。
まず新聞の写真を拡大してみると、色の濃淡が点で表現されているため、人の顔など細部はよみとれません。

対して、コロタイプの絵はがきは・・・。
写真の上では数ミリほどしかない看板の文字や、時計の針が指す数字までもが読み取れます。

そこで、二つ目のツボは、
「コロタイプが記録するリアルな明治」

コロタイプ印刷は、なぜ写真を細部まで再現できるのでしょうか?
その秘密は、光に反応する薬剤とゼラチンを混ぜた液体にあります。
ガラスの表面にこのゼラチンを引いて固めます。

およそ80年前に撮影された写真のネガを元にコロタイプ印刷を試みました。
ネガを重ねて紫外線を当てると、光の当たる部分だけ、ゼラチンに混ぜられた薬剤が反応します。
こうしてネガから直接起した版は、細かな部分や質感までリアルに再現できるのです。

80年前の祇園祭がコロタイプ印刷でよみがえりました。
山鉾(やまぼこ)の豪華な飾り、見物に集まった群衆の姿が、鮮明に記録されています。
その一部を拡大してみると・・・

黒いこうもり傘から真っ白な制服まで、微妙な濃淡が表現されています。

コロタイプの絵はがきには、こんなものも。
一枚一枚手作業で色が塗られています。
カラー写真がなかった明治時代、色を再現するために、さかんに行われました。
特に手彩色の芸者の写真は外国人に喜ばれ、輸出もされていました。

手彩色絵はがきのコレクター大澤紀人さん。
地元横浜の移り変わりを、絵はがきを使ってたどっています。

おしゃれな商店街として知られる元町。
明治時代、居留地に暮らす外国人たちが集まる街でした。

その一角に「ポスタルカード」という看板を掲げる店。
どうやら絵はがきが売られているようです。

大澤「絵はがき屋さんの店先なんですけど、ここには手彩色の美人絵はがき。ウィンドウガラスの向こうに、よく見ればわかります」

別の絵はがきでは、図柄まで見てとれました。
一枚一枚、鮮やかに色がつけられています。
コロタイプ印刷の精密な画像と、鮮やかな手彩色は、明治の街並みを克明に伝えてきました。
街のけん騒は、今なお絵はがきの中から聞こえてきます。

参のツボ 旅先と家族をつなぐ絆(きずな)

最後は、さまざまな思いを伝えてきた絵はがきの物語です。

「けさ尾道市を発して 四十五里ほど走り 夕方ここに着く」

「午後は雨ふり 山中の桜山吹 つつじ美しく珍しい旅をいたした」

旅の簡潔な描写を添えた絵はがき。

したためたのは民俗学者・柳田國男です。
柳田は、日本、そして世界を旅するとき、絵はがきを買っては、帰りを待つ家族へ、書き送っていました。

柳田の義理の娘、冨美子さん。
絵はがきには柳田の人柄がよく表れているといいます。

柳田冨美子「自分が見る美しいものとか、自分で見ておもしろいものとかすべて、いっしょに見せたいという気があるんでしょうね」

これは大正10年、ウィーンから、当時7歳だった長男に送ったもの。
人形を取り上げ、妹を泣かせてしまった男の子・・・。
柳田は、この絵はがきを使って、妹をいじめないよう諭しているのです。

研究者の田中正明さん。

田中「人間味というかぬくもり、暖かさを感じることができます。世に知られている柳田國男と少し違った顔を、この絵はがきを通じて、受け止めることができたと思います」

三つ目のツボは、
「旅先と家族をつなぐ絆」

平成元年、ポルトガルから徳島市に、古い日本の絵はがきが寄贈されました。
609枚に及ぶ絵はがきは、明治43年から昭和4年にかけて、日本からポルトガルに送られたもの。
その多くは、各地の名所や風俗を写した写真絵はがきです。

送り主は、日本についての随筆で知られるポルトガル人文学者、モラエス。
明治31年に来日し、晩年を徳島で過ごしました。

絵はがきを受け取っていたのは、母国に暮らす妹のフランシスカです。
当時、心を病んでいたフランシスカは、モラエスと絵はがきを交換することを支えにしていました。

徳島時代のモラエスの研究をしている福原健生さん。
絵はがきは日本で一人暮らすモラエスにとっても支えだったと考えています。

福原「絵はがきは、半分は絵で見せて気持ちをやわらげたり、自分もそれを書くことによって、徳島の空虚な生活を慰めた」

特に、フランシスカが、楽しみにしていたのが花の絵はがき。
そこで、モラエスは、藤(ふじ)の名所の絵はがきを送っています。

「お前が最近、藤の花のことをさかんに話すので、みごとな藤棚の光景を送る」

「徳島の近在の町だが、ぼくはまだ行ったことがない」

3日後、再び藤棚の絵はがきを送ります。

「昨日そこに行って、このはがきをお前のために持ち帰った」

「これによって、花の美しさを想像できるだろう」

福原「妹と思う気持ち・・・妹と話をすることで、お互いが生きてる証。それを証明するのが絵はがきの交流」

二度とふるさとに戻ることが無かったモラエスと、母国の妹をつないだ絵はがき。
その一枚一枚が、愛情の証です。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

高校の修学旅行、自分用のおみやげは京都の絵はがきでした。学生時代に唯一の楽しみだった美術館めぐり、図録には手は届かず、気に入った絵の絵はがきを買うのが何よりの楽しみでした。
というわけで、我が家にはとても使い切れないほどの絵はがきが箱に入ってしまわれています。 絵はがきは絵を見ながら手紙を書くのも楽しいし、読むほうも(きっと)楽しいもの。絵はがきを受取った時には、相手の好みや人柄まで反映しているようで、私はとても興味をひかれます。
でも、限られたスペースで簡潔に用件や気持ちを伝えるのって意外と難しいんですよね。一生懸命選んだ絵はがきも、文章がまとまらず、泣く泣く書き直しということがしょっちゅうあります。今回は、柳田國男の率直で、しかもテンポのいい文章にも感服しました。あんな絵はがきが旅先から出せたらいいのになあ。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Mornin' Art Blakey
Sleepy Time Girl The Three Suns
Waltz In A-Flat Minor The Three Suns
Early Autumn Woody Herman
You Leave Me Breathless Milt Jackson
Le Sucrier Velours Duke Ellington
Autumn Leaves Booker Ervin
It Don't Mean a Thing Kronos Quartet
Serenade The Three Suns
I'll Remember April Sonny Clark
Bag's Groove Miles Davis
Waltz For Debby Earl Krugh
You Look Good To Me Oscar Peterson
We Kiss In A Shadow The Three Suns
How Are Things in Glocca Morra? Wynton Marsalis
Banff The Beautiful Oscar Peterson
I'm Old Fashioned Chet Baker
After You've Gone The Three Suns