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File96 弁当箱


遠足や行楽に欠かせない弁当。
家族や友人と味わうお弁当には、 格別な喜びがあります。
そしてこのお弁当を引き立ててくれるのが、弁当箱です。
日本人は、暮らしの中で、さまざまな弁当箱を作ってきました。

ささの葉や竹の皮に握り飯などを包んでいたのが、安土桃山時代に箱型の入れ物が発達し、弁当箱が生まれたといいます。
江戸時代以降、花見の習慣が広まるにつれ、美しい箱が作られるようになりました。

陶器でできた丸い弁当箱。
色鮮やかなデザインが、目を引きます。

こちらは蒔絵(まきえ)をふんだんに施した逸品です。
戸外での食事をより楽しもうと、趣向を凝らした弁当箱が生まれました。

壱のツボ 天然木肌に、ご飯おいしい秘密あり

まずは「素材」に注目してみましょう。
各地で、地元の天然素材を使った素朴な弁当箱が作られてきました。
スギやヒノキ、ヒバ、サワラなど木材の柔らかさを生かした丸い形です。


これは秋田県に伝わる伝統的なスギの弁当箱です。
「曲げわっぱ」と呼ばれています。


スギ独特の、目がそろったつややかな質感。日本を代表する弁当箱の一つです。

木材を丸めたこうした弁当箱は、日本の米文化と深く関わっているといいます。

曲げわっぱの産地、秋田県北部を訪ねました。秋田スギの森が広がっています。

地元では、樹齢150年以上のスギを「天然秋田スギ」と呼んでいます。
高さおよそ50メートル。まっすぐに伸びたスギは、年輪が整い、香りが豊かです。

大館市の「曲げわっぱ」の工房です。
曲げ物師、柴田慶信さんは、40年以上に渡って、天然秋田スギで曲げわっぱを作ってきました。

切り出したスギの板は、まず80度の熱湯にひたします。

熱を加え柔らかくした板を、型に押しつけていきます。
板が熱いうちに、すばやく丸めるのが、コツです。

角を作らない、この丸い形は軽くて丈夫な上に、ご飯をすくいやすいという利点も持っています。

さらに、スギの板にはご飯の味を際だたせる特性があると、いいます。

柴田「とにかくおいしい。ご飯が立つというから」

弁当箱鑑賞、一つめのツボは、
「天然木肌に、ご飯おいしい秘密あり」

柴田さんの工房では、スギの板の中でも、ある特定の断面しか使いません。

「柾目(まさめ)」と呼ばれる木目がまっすぐ通った面です。美しいだけでなく、ゆがみにくい特徴があるからです。
さらに木肌は、余分な水分を吸収し、適度な湿度に保ちます。

水分を吸収する、しないで、ご飯がどのように変わるのか、曲げわっぱとプラスチック製の弁当箱で比べました。

5分後プラスチックの弁当箱では、ご飯から出た蒸気が行き場を失い、水滴になっています。
水気が多くなり、味が落ちていきます。

一方の曲げわっぱの弁当箱には、水滴は見られません。
蒸気が木肌に吸い込まれたおかげです。

ご飯粒には、デンプンやアミノ酸などの層もできています。
おいしさや食感のもと、いわゆるおねばです。

このおねば、必要以上に水分がつくと、薄まって水っぽくなってしまいます。

曲げわっぱの内側の木肌が余分な水分を吸収し、ご飯をおいしく、長時間保ってくれるのです。

食文化に詳しい奥村彪生さん。

奥村「ご飯粒におねばの薄い皮膜ができるんですよ。早く言いますと、オブラートでご飯粒を包んでいる感じになる。ですから味がいいわけですね。 自然の素材そのものが、ご飯を おいしく保つ働きをしてくれているわけですね」

柴田さんの工房です。曲げわっぱの完成が近づいていました。
丸めて、のりで留めたわっぱの合わせ目に、山桜の樹皮を通し、とじていきます。
金具は一切使いません。

白木のままの木の肌に、やすりをかけて、できあがりました。

スギが持つ水分調整の特性を生かした曲げわっぱ。

それは、ご飯のおいしさを長持ちさせてくれる優れものの弁当箱でした。

柔らかで美しい天然木肌の弁当箱は、日本の米文化と木の文化の知恵の結晶だったのです。

弐のツボ 仕事を支える力強い姿

使う人に応じて、さまざまな形や大きさの弁当箱が生まれました。

神奈川県松田町の瀬戸fさん。
定年まで食品会社で、駅弁の商品開発を手がける傍ら、独自に弁当箱を研究してきました。

瀬戸さんは、使い道に合わせて工夫を凝らした昔の弁当箱に、魅力を感じてきました。

お気に入りは、この「腰弁当」。
江戸時代の武士が使ったものです。流線型を描くこの形に特徴があります。

瀬戸「私たちが驚いたのは、これがちゃんと腰のカーブと一致するということで、本当にぴったりになるわけですね」

腰弁当は、武士が馬に乗る遠出や狩りのときに腰に縛り付けたものです。
馬が駆けても落ちることはなかったといいます。

こちらは桶(おけ)弁当。
農家が田植えや稲刈りなど、一家総出で農作業をするときに使いました。
握り飯やおかずをぎっしり詰め、ひもにてんびん棒を通して、担いで運びました。

瀬戸「こちらのお弁当箱は、船弁当といいまして、特に漁師さんがこのお弁当を使用しております」

この船弁当、これで一人用です。
漁の間の2、3食を賄える大きな形。
ヒノキでできた頑丈な造りには、驚きの使い方がありました。

瀬戸「海がしけたり、台風とか嵐などとっさのときは、これは機密性がありますので、海の上でプカプカ浮きます。救命具・救命道具にもなるということで、これは生活の知恵の中から出てきたお弁当箱でございます」

弁当箱鑑賞、二つめのツボは、
「仕事を支える力強い姿」

富山県氷見市の藪田漁港。
朝4時、漁師たちが集まります。
ここでは、伝統的な船弁当を、今でも使っています。

沖合およそ3キロ。
この日定置網にかかったのは、大漁のブリやサバフグ。
2そうの船で魚を追い込み、獲物を逃さないよう、全員で力を合わせて一気に網をひきあげます。
早朝の3時間、漁師たちには、ひとときの休みもありません。

水揚げを終えたら、朝食です。
空になった船の上で、船弁当を広げます。

船弁当には、7合ものご飯が入ります。
仕事量が多かったかつての漁では、朝と昼2回分のご飯を詰めて出かけました。

船頭 浅野憲三さん「仕事せんならんから、もちろんご飯食べなあかん。ご飯を食べるなら、へんなご飯は嫌やから。ジメジメしたのじゃあなくて」

(―何年くらい使ってるんですか?)
船長 竹原力也さん「大分経つやろう。じいはんのやつやから。何十年や。3代目の弁当や」

祖父の代から60年。あまたの漁を共にした弁当箱です。
使い込まれたその姿には、日々の重労働を支えた跡が刻まれています。

参のツボ 揃(そろ)いの箱に詰められた喜びを見よ

最後に、豪華で粋な弁当箱をご紹介しましょう。

装飾技術が発達した江戸時代、眺めても楽しめる弁当箱が生まれました。
日本有数の個人コレクター前田祐志さん。300点以上の華やかな弁当箱を集めてきました。

前田さんの自慢の逸品がこちら。
蒔絵で描かれた三段の提げ重(さげじゅう)です。
金で立体的な模様を施した貝。
しぶきを銀で表した波打ち際。
海辺の光景が、鮮やかに広がります。

これは、漆に菜種で模様をつけた弁当箱。
魚子(ななこ)塗りと呼ばれる技法です。

取っ手の金具にも、趣向が凝らされました。
蝶(ちょう)の図柄に合わせた、蝶の座金(ざがね)。
何とも心憎い演出です。

中を開けると、弁当箱のもう一つの楽しみが!

次々と出てきた食器は、その数、7種類14品。
三段重にはし入れとさじ入れ。
さらに銘々皿に、とっくりと杯、そしておかず入れ。
5人で宴(うたげ)を開くための食器がすべて揃っています。

しかし、とっくりには5人分の酒が入るのに、杯は一つしかありません。

前田「酒杯が一つというのは、俺たちは一つの杯で酌み交わす、非常に信頼関係の強い仲間だよ、一蓮托生(いちれんたくしょう)の仲間だよ、家族だよという意味があるんですね」

弁当箱鑑賞、三つめのツボは、
「揃いの箱に詰められた喜びを見よ」

古都金沢。
武家や町人が四季折々に囲んだ弁当箱のコレクションが残されています。
しにせの料亭の7代目大友佐俊さん。四季の自然をめでる日本人の美意識が込められた弁当箱を集めてきました。

その貴重なコレクションの一部を見せていただきました。

これは、江戸時代の武家が愛用した5人用の提げ重。
加賀蒔絵で散りばめられた春の草花。
野山で広げて、春の訪れを祝ったのでしょうか。

こちらは裕福な商人の家に伝わった提げ重です。
秋の草花と虫の姿が金をふんだんに使って描かれています。
豪勢な秋の宴が浮かんできます。

華やかな弁当箱を囲んだのは、武家や商人ばかりではありません。
これは、江戸後期、農家が使ったもの。高さおよそ40センチ。余裕で10人分の料理が入ります。
どの面にも紅葉の景色が広がるよう、デザインされています。
秋の収穫後、みんなで豊作の喜びを分かち合いました。

大友「野山に行って、紅葉狩りをしながら楽しむというふうに使われたお弁当箱なんですね。
料理を詰めて大きな箱に担いで、近所の山に出かけ一日を楽しんだ。それが唯一の、江戸時代の庶民の人たちの楽しみでもあったわけですね」

芋やくりなど旬の食材を詰めた精一杯の料理。

華やかな一揃いの弁当箱。
そこには、日ごろの労をねぎらい、一族や仲間で囲んだにぎやかな宴の喜びが詰まっています。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

最近は、スーパーやコンビニエンスストアのお世話になることも多いのですが、お弁当の味はやはり手作りにはかないません。周りのおかずの味がじんわりとしみこんだご飯もまた格別。曲げわっぱのお弁当箱に手作りのお弁当をつめて通勤したら、かっこいいだろうなあ。見た目もすがすがしく、しかもご飯を美味しくするなんて、伝統の弁当箱はすばらしい!
私のふるさと北海道は冬が長く、外で気持ちよく過ごせる時期はとても貴重です。そのせいか、私も私の家族も、屋外でご飯を食べるのが大好きでした。子どものころは、母が作ったたくさんのおにぎりを持って近くの公園によくでかけたものです。特別なことはなくても、それだけで楽しいおでかけでした。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Diane Miles Davis
Walkin' the fence Hank Mobley Quartet
I'll be around Curtis Fuller
Blue rond a la Turk Dave Brubeck
Blue Monk McCoy Tyner, Bobby Hutcherson
Lines Steve Kuhn Trio
It ain't necessarily so Eddie Henderson Quintet
Embraceable you Eddie Henderson Quintet
Haitian fight song Charles Mingus
Georgea on my mind The Oscar Peterson Trio
Born to be blue Tommy Flanagan Trio
Solid Citizens Art Pepper Quintet
Time after time Stephan Grappelli