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File31 筆

 

壱のツボ 筆の真価は命毛にあり

筆の中で最も古い歴史を持つのが書に用いる筆。
三千年前、中国で誕生したと考えられています。


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五島美術館蔵
(宇野雪村コレクション)

技巧を凝らした美しい装飾が施され、美術品としても愛されてきました。
こちらは、中国・清の時代の筆。
古くからその輝きが宝石に例えられてきた七宝で飾られています。


筆が日本に渡ってきたのは五世紀の事。奈良の正倉院に日本最古の筆があります。
奈良の大仏の開眼の儀式に用いられました。

古くから、筆先には様々な素材が用いられてきました。
日本画によく使われるこの筆は馬の毛が材料。
孔雀の羽の筆は、予期せぬ線を生みます。
藁を束ねた筆は、かすれたような表現したい時に使います。

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筆作りの町として知られる広島県熊野町。全国で生産される筆の八割をこの町の職人が手がけています。
筆を作り続けて50年になる実森康宏さん。
早速、良い筆の条件を御指南頂きました。

実森康宏さん 「先、言うものは大事なんです。これが命です。一番大事なのはそこです。筆の入り、はね、そういうときの細い線がでるんですね。その一番大事な線を出すために「命毛」いうものはあります。」

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筆先で最も大切なのが先端の「命毛」と呼ばれる部分。
上質な筆が生みだす美しい線。「命毛」の善し悪しが書の微妙な表情を決めます。


筆、鑑賞最初のツボは「筆の真価は命毛にあり」

命毛に用いられるのは山羊、馬、狸などの動物の毛。生まれてから一度も刈られていない毛を使います。

実森さん 「極力、透明度、この光っている所ですね。それが長いほど良いんです。」
命毛にするために選び抜かれた山羊の毛。毛先は、透き通り、柔らかくなめらかです。
痛んでいる毛を丹念に取り除き、状態の良い毛だけを残します。


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一般的な筆は、命毛となる山羊の毛に長さを変えた馬、狸などの毛を混ぜて作ります。
毛を混ぜ合わせては質の悪い毛をすいていく。
完成までに七十以上の工程をふみます。

命毛とその他の毛が、バランス良く調和した極上の筆先。
こうした筆先は、熟練の職人しか作ることができません。
古来、書家は筆によって書体を変えてきました。
前衛書家の岡本光平さんに様々な筆で書をしたためて頂きました。

まずは馬の毛を使った筆。馬からは比較的長い毛がとれるので大きな筆によく使われます。

岡本光平さん 「馬の毛っていうのは、非常に弾力が強いですよ。跳ね返る反発力がありますからね。それを旨くこうリズムにのってやっていくと、非常に力強い線がビンビンと生まれるのが馬毛の特徴でしょうね。力強い楷書とかね。荒々しいかすれなんかが出てくる。非常に豪快に書いてくるには良いんじゃないですかね」

毛先の弾力を使ったスピード感溢れる線。
豪快な命毛の入りと抜ける時のかすれが躍動感を生みだします。

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続いては、山羊の毛を使った筆。柔らかい筆の代表です。

岡本さん 「これは非常に穂が長いでしょ。したがって墨がたくさんスポイト状態に入っているんですね。だから長い線をずーっと続けて書くのに向いている毛の種類と筆の姿なんですね」

柔らかい命毛が自由自在に紙の上を滑っていきます。
行書や草書を書くのに向いている筆です。
筆によって多彩な表現が生み出される書の世界。
その美は、上質な命毛によってのみ、あらわすことができるのです。

弐のツボ 軸に清玩の極意を見よ

中国には、文房清玩という言葉があります。美しい道具で部屋を整え、書に向かうという意味です。
その考え方が良く現れているのが筆の軸。


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五島美術館蔵
(宇野雪村コレクション)

この筆は、赤漆に黒漆を塗り重ね、繊細な模様を彫り込んでいます。

日本を代表する書家の一人、玉村薺山(せいざん)さん。
なぜ実用的な筆に美しい装飾が施されてきたのでしょうか?

玉村薺山さん 「実際に筆を使うのは筆先だけですけども、そうじゃなくて筆の軸の所にも色々な美しさがある。そして、それを見て、使うことによって、心が落ち着いてくる。素晴らしい軸の筆を使うことによって、字が書ける。それが文房清玩の楽しみじゃないかと 思います。」


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五島美術館蔵
(宇野雪村コレクション)

美しい筆を用いることで到達できる書の境地
筆、鑑賞、二のツボ。
「軸に清玩の極意を見よ」

萬谷雅史さんは、正倉院に伝わる奈良時代の筆を現代に蘇らせようとしています。
作業を通して、当時の筆には様々な工夫が凝らされていたことが分かりました。

これが萬谷さんが再現した筆です。
斑竹と呼ばれる斑点のある竹は最高級の素材。頭飾りには、象牙の宝輪があり筆が神聖なものであったことを示しています。
手で握る部分には香木が使われていました。

萬谷雅史さん 「沈香という香木を使うことによって、こう持った時に体温でこの香木から香りがでるんです。だから、その香りが精神を安定させる。気を鎮めて書を描くという事、文字を書くという時の気を静めるための道具としても使われたと思います」

 

筆の装飾は、人の心と書を結びつける大切な役割があったのです。


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五島美術館蔵
(宇野雪村コレクション)

細かな龍の彫刻が施された象牙の筆です。
象牙は長く使えば使うほど飴色に変化していきます。その光沢が人々に好まれました。


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五島美術館蔵
(宇野雪村コレクション)

蒔絵が施された江戸時代の筆。

 

装飾を纏った筆の数々。使う人に永く愛されることで一体感が生まれ、それが書に現れる。
ここに文房清玩の真髄があるのです。

参のツボ 肌触りの良さは絶妙な形にあり

日本の化粧筆が世界のメイクアップアーティストに注目されています。
その仕上がりの良さと肌触りが絶賛されているのです。


ポーラ文化研究所蔵

化粧が庶民に広まったのは江戸時代。それとともに化粧筆も普及していきます。
江戸時代に使われた化粧筆。眉墨、白粉、お歯黒といったものに用いたものです。
当時から毛先のなめらかな肌触りの良い化粧筆が人気でした。

その伝統を受け継ぐのが現代の化粧筆です。
上質な化粧筆の肌触りはいかがですか?
モデル 「ちくちくしたりとか、刺さるんじゃないかっていうイメージがあるんですけど、全然、ホントにいい毛皮に摺り寄せたような雰囲気のある肌触りでした、すごい気持ちいい感じ」

化粧筆を使ったメイクを提唱しているメイクアップアーティストの樋口由紀子さん。
日本の化粧筆には、どんな特長があるのでしょうか?

樋口由紀子さん 「人間の顔ですので、平面は一カ所ともない。全部曲面ですよね。ブラシの形によって、置きたい所にちゃんと的確に粉が入っていくというのは、この形次第なんですよね。絶妙な形と私たちは言いますけども、絶妙な形が筆師によって作られていくんですよね。」

肌に繊細なグラデーションを描く化粧筆。

筆、鑑賞最後のツボは「肌触りの良さは絶妙な形にあり」

絶妙な化粧筆の形はどのようにして作られるのでしょうか?
この道、40年。化粧筆職人の竹森鐵舟(てっしゅう)さん。肌触りの秘密は、自然の毛先を生かした形作りにあります。


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これは、リスの毛で作られた最高級の化粧筆。柔らかな天然の毛がそのまま使われ美しいカーブを描いています。
毛先を切り揃えることなく形を作っていくのは、日本独自の技術です。

「揉みだし」と言われるこの作業。掌の上で毛を転がし、形を作っていきます。
手の感覚だけで顔の凹凸にぴったりとあう形を作れるのはわずかな職人だけです。

竹森鐵舟さん 「熊野の化粧筆というのは、書く筆からそのー技術を学んでおりますんで、ここらがまあ非常に感触がいい優しいというようなことになるんじゃないかと思いますね」

書の筆もまた紙と接する時の面を重視して形が作られています。化粧筆にはこうした伝統が受け継がれているのです。
毛先を一切カットしない日本の化粧筆。それに対して外国製のものは、形を切り揃えて作ります。そのため、毛先に角ができ肌触りが悪くなるのです。

古くから肌触りにこだわり続けた日本の化粧筆。
それは、絶妙な筆先の形を作る伝統の技の結晶なのです。

今週の音楽

 

曲名
アーティスト名
But beautiful Bing Crosby
Full moon and empty arms Freddie Hubbard
Yesterdays Paul Chambers
Collard greens and black-eye peas Bud Powell
Mode for joe Joe Henderson
But beautiful Nancy Wilson
Nuages Joe Pass
I'm old fashoned John Coltrane
The cat Jimmy Smith
Quiet night of quiet stars
(Corcovado)
Oscar Peterson Trio
Reveration Chet baker & Crew
But beautiful Bill Evans & Stan Getz
Come rain or come shine Art Blakey