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最後に決まったのは、この落ち着いた美しい取り合わせ。
掛軸の表具、最初のツボは「勝ちすぎず、ひきたてる」。本紙を生かすもころすも、ひとえに表具にかかっているのです。
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表具が本紙に勝ちすぎてしまった例をみてみましょう。
一見美しいこちらの掛け軸。しかし 眼を凝らしてもなかなか肝心の本紙がよく見えてきません。
本紙の男性像よりも、華やかな中廻しに眼がいってしまいます。主役を彩ろうとしながら、自ら目だってしまった脇役。これが勝ちすぎた表具です。
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一方こちらはどうでしょう。落ち着いた色合ですが、全体に沈んで見えます。これでは本紙を引き立てているとはいえません。 |
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五島美術館所蔵 |
それでは、勝ちすぎず引き立てる。そんな表具をみてみましょう。
本紙は平安時代の紀貫之の手と伝えられる名筆です。強弱をはらみながら流れるかな文字の最高峰。この主役の魅力を表具は引き立てなければなりません。
若草色の上下と心地よい対比をみせる金の中廻し。掛け軸全体の美しさが見るものを惹きつけます。
そして濃い一文字が本紙を引き締め、主役の文字へ視線を集中させます。文字の強弱がくっきりと浮び上がります。 |
五島美術館所蔵 |
名児耶明さん(五島美術館学芸部長)
「例えば作品がこのようなかな文字のような場合、遠くから見たときはどんな作品かわかりにくいですよね。そういう場合はまず表具で引きつける。本紙や紙の色とのバランスも含めて、全体で引き付けるという力がなかったらだめですよね。
ですから 表具も実は存在感があって引き付けられ、近寄ってみると本紙がよく見え、その本紙の魅力を味わったあとには どんな表具だったかな、と表具の印象は強く残らない。こんな感じが、私の考えるいい表具なんですけどね。」 |
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五島美術館所蔵 |
それでは名品中の名品をご紹介しましょう。足利義満や織田信長が所蔵した牧谿筆といわれる掛軸です。
豪華な裂を用いながら、中回しと一文字を本紙と同系色にした絶妙のセンス。こうして鳥は無限の空間に羽ばたくことになったのです。
美しく目をひき、本紙を見た後は脳裏から消えていく。
そんな名脇役がここにいます。 |