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File12 掛け軸入門 表具

 

壱のツボ 勝ちすぎず 引き立てる

日本人は四季折々の美を楽しんできました。床の間を彩る掛軸。梅雨時にはあじさいの軸なんて素敵ですよね。
ところで掛軸では、絵や書のまわりに裂(きれ)が張り合わされています。このまわりの部分が表具です。
書画に美しい裂を張り合わせ一幅の軸に仕立てる表具。日本では、絵や書はつねに表具とともに鑑賞されてきました。


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畠山記念館所蔵

表具は仏教伝来とともに中国からもたらされました。貴重な仏画などを装飾し、保護することが目的でした。その後、鎌倉時代から室町時代にかけて、さまざまな絵や書に施されるようになります。茶席にも掛軸をかける習慣が広がるとともに、書画を美しく装う表具も発展したのです。

京都の老舗の表具店で、歴史が育んだ伝統の技をみせてもらいましょう。
掛軸の裏には何枚もの和紙が重ねられています。乾いた時にごわつかないように、糊を薄くムラ無く塗り、張り合わせます。こうして、強くしなやかで、数百年の鑑賞に堪える掛軸がうまれるのです。


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宇佐美松鶴堂所蔵

掛け軸の表具には、形の基本があります。
中心となる絵や書を「本紙」と呼び、表具は、本紙を囲む4つの部分からできています。
掛け軸の一番上が「上」。
下が「下」。

上から2本垂らす細い裂は「風帯」。もともとは、鳥除けとしてつけたものの名残とも言われています。

本紙をぐるりとかこむ部分。「中廻し」、または「中縁(ちゅうべり)」と呼びます。
そして 本紙のすぐ上と下につける細長い裂が「一文字」。面積は小さくとも、本紙に一番近く、印象を引き締めるため、表具の要とされています。

今度は使う裂を選び出す「取り合わせ」の作業を見せてもらいましょう。表具店の棚に並んでいるのは表具に使う裂です。その数じつに900種類。このなかからどう選び出すかが、表具師の腕のみせどころです。

まずは表具の要、一文字から選んでいきます。
一文字に、本紙と同系等の色を置くと、本紙は大きく見えます。逆に全く異なる色を置くと、本紙は引き締まって見えます。
一文字の次は中廻し。一文字との対比と、本紙との映りを見ながら決めていきます。


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「取り合わせ」で、表具師が絶対にしてはならないと言う基本があります。
試しに見せてもらったのは 紺地に大きな金の模様が入った裂。華やかな裂ですが、この本紙には合わないと言います。いったいどうしてでしょう。
宇佐美直秀さん(表具・文化財保護業社長)「本紙よりも目立ちすぎてることを、「表具が勝ちすぎる」とわたしたちは表現します。この裂を見るとわかるように、ぱっと見た段階で、眼が裂のほうにいってしまうのです。やはりまわりにつける表具は脇役ですから、本紙よりもより目立つ色や派手な柄の裂をあわせてしまうと、まわりに目がいってしまって中心である本紙が死んでしまうんですね。」 

最後に決まったのは、この落ち着いた美しい取り合わせ。 
掛軸の表具、最初のツボは「勝ちすぎず、ひきたてる」。本紙を生かすもころすも、ひとえに表具にかかっているのです。

表具が本紙に勝ちすぎてしまった例をみてみましょう。
一見美しいこちらの掛け軸。しかし 眼を凝らしてもなかなか肝心の本紙がよく見えてきません。
本紙の男性像よりも、華やかな中廻しに眼がいってしまいます。主役を彩ろうとしながら、自ら目だってしまった脇役。これが勝ちすぎた表具です。
一方こちらはどうでしょう。落ち着いた色合ですが、全体に沈んで見えます。これでは本紙を引き立てているとはいえません。

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五島美術館所蔵

それでは、勝ちすぎず引き立てる。そんな表具をみてみましょう。
本紙は平安時代の紀貫之の手と伝えられる名筆です。強弱をはらみながら流れるかな文字の最高峰。この主役の魅力を表具は引き立てなければなりません。
若草色の上下と心地よい対比をみせる金の中廻し。掛け軸全体の美しさが見るものを惹きつけます。
そして濃い一文字が本紙を引き締め、主役の文字へ視線を集中させます。文字の強弱がくっきりと浮び上がります。

五島美術館所蔵

名児耶明さん(五島美術館学芸部長)
「例えば作品がこのようなかな文字のような場合、遠くから見たときはどんな作品かわかりにくいですよね。そういう場合はまず表具で引きつける。本紙や紙の色とのバランスも含めて、全体で引き付けるという力がなかったらだめですよね。
ですから 表具も実は存在感があって引き付けられ、近寄ってみると本紙がよく見え、その本紙の魅力を味わったあとには どんな表具だったかな、と表具の印象は強く残らない。こんな感じが、私の考えるいい表具なんですけどね。」

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五島美術館所蔵

それでは名品中の名品をご紹介しましょう。足利義満や織田信長が所蔵した牧谿筆といわれる掛軸です。
豪華な裂を用いながら、中回しと一文字を本紙と同系色にした絶妙のセンス。こうして鳥は無限の空間に羽ばたくことになったのです。
美しく目をひき、本紙を見た後は脳裏から消えていく。
そんな名脇役がここにいます。

弐のツボ 裂が生みだす時の味わい

自分で表具を手がける人も増えています。 中田いずみさんもその一人。もともと掛軸が大好きだった中田さんは、4年前から表具教室にかよい、掛軸をつくっています。それぞれ骨董市で見つけた絵や裂を、自分のセンスで組み合わせるのが面白さと言います。

中田さんが特にこだわって集めているが、江戸から明治の着物や帯のハギレです。時代を経て、多くの人のの手を経て着られたものだけが持つなんともいえない味わいがあると言います。
掛軸鑑賞2のツボは 「裂がうみだす時の味わい」。

古くから、表具にこだわる者は、裂の蒐集にも並々ならぬ情熱を燃やしてきました。
実業家で茶人でもあった北村謹次郎。最後の数寄者と呼ばれた人物です。北村が半世紀以上の歳月をかけて集めた膨大なきれのコレクションが今も残されています。


その中心は南宋から明の事代の中国で織られたものです。はがき程度のサイズで数百万の値がつくものもあります。
裂の中で最も貴重とされる印金。布地に金箔で模様を施したものです。
印金の次は金襴。細かく切った金を横糸につかって織り上げています。


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北村がこうした裂を取り合わせ、表具を仕立て直した掛け軸があります。本紙は熊野類懐紙。和歌がしるされた鎌倉時代の名筆です。北村はいったいなぜ、表具をとり変えたのでしょうか。
保管されていた以前の表具に使われていた裂を使って再現してみます。派手な一文字に、奇妙な柄の中廻し。両者は調和していません。何より、比格的新しい時代の裂のため、光沢が強く、本紙の魅力を損ねています。

木下収さん(北村美術館館長)「北村は、取り合わせの調子やセンスの悪さ、それと裂の悪さを見て、いわゆるこの熊野懐紙がかわいそうだと、やっぱり似つかわしい着物を着せてやりたいと、そういう意味で表具をとりかえたんじゃないのか。」


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北村美術館所蔵

北村の一文字は、明の時代の印金。本紙に近い年代の裂が、落ち着いた響きをもたらしました。
中廻しには牡丹が散り、荘重な赴きが加えられています。
名品へと生まれ変わった熊野懐紙。
時を経た裂ならではの風格、お分かりいただけましたか?

参のツボ 達人の美意識を味わう

びっくりするような表具をご紹介しましょう。
本紙は凛とした佇まいの桃山時代の婦人像。昭和の初め、この作品に惚れ込んだある男が手に入れ、自ら表具を施したといわれています。上下には大胆な柄模様。そして、鮮やかな対比を見せる中廻し。桃山時代の息吹が伝わってくるようです。
その男とは北大路魯山人。大正から昭和にかけて 陶芸や書で活躍した美の達人です。古今の名品を味わいつくした魯山人がとりわけ憧れたのが、桃山の美でした。

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大和文華館所蔵

中部義隆さん(大和文華館・学芸部次長)「本来表具はあくまで作品が主役ですから それより目立つ表具はあまり好まれないのですが、 この作品のように非常にその作品を所蔵者が愛していて、 どこまで自分の愛情を表具に注ぎこんでいくと、本紙の芸術性と、その人の芸術性みたいなものが火花をちらすんですね。
作品から引き出された その作品を愛した人物の美意識というものが、あらたに表具というかたちで、作品に付け加わっていくのです。」

掛軸の表具最後のツボは、「達人の美意識を味わう」。

畠山記念館所蔵

土壁が囲むわずか2畳の茶室 。茶の湯の大成者・千利休は簡素と静寂を重んじる詫び茶を追求しました。
その精神は表具にも表れています。豪華な裂にかえて紙を用いたのです。利休好みと呼ばれる紙表具です。泥絵の具を塗った茶鼠色の紙。細かな皺は、何度も折りたたみ、あえて風合いをつけたものです。
利休好みは茶人たちの美の規範となりました。しかしやがて、それを打ち破る達人が現れます。

利休の孫弟子、小堀遠州がその人です。
遠州好みの茶室は、明るく開放的な空間で、利休の茶室とは全く異なっています。いくつもの窓から差し込む光。利休のわび茶に対し、遠州は綺麗さびと呼ばれる洗練された茶の湯を生みだしました。


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孤蓬庵所蔵

戦国時代の利休に対し、遠州は太平の世の大名茶人でした。その表具は、華やかな裂を使いながらも洗練された気品を感じさせます。 
利休のようにそぎ落とすのではなく、美を自由に楽しもうとする精神。綺麗さびは、新しい世にふさわしい美として人々に支持されました。

利休を深く尊敬していた遠州は、こう言っています。
「いかに古へよき事なりとも、当代に合はざる事をするは下手なり」
先達に学びながらも、その時々を生きる自分に誠実であること。一幅の掛軸には、こうして磨き上げられた美意識が注ぎ込まれているのです。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
MESSY BESSIE JIMMY SMITH
BYE BYE BLACKBIRD MILES DAVIS
ONE BASE HIT MODERN JAZZ QUARTET
I’M AN OLD COWHAND SONNY ROLLINS
MISTY RAY BRYANT
JUMP UP LOU DONALDSON
FIVE SPOT AFTER DARK CURTIS FULLER
IN A SENTIMENTAL MOOD JOHN COLTRANE
APRIL IN PARIS THAD JONES
THE BOY NEXT DOOR BILL EVANS
RUBY,MY DEAR THELONIOUS MONK
FLAMENCO SKETCH MILES DAVIS
WHEN I GROW TOO OLD TO DREAM JIMMY SMITH