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File8 朝鮮王朝時代の家具(李朝家具)

 

壱のツボ 清雅と簡潔を見いだせ。

李朝家具は、昔から日本の文人達に愛されてきた貴重な骨董品なんです。
ここは京都にある喫茶店。李朝家具のインテリアが評判です。

 

シンプルでありながら、どこか温かみのある古い 調度類。
李朝家具は、柳宗悦や 白洲正子など日本を 代表する目利きたちを魅了し、今も骨董好きの垂涎(すいぜん)の的です。

 

李朝家具とは、李王家が君臨した朝鮮王朝時代に作られた調度類のことです。

本当は、「朝鮮王朝時代の家具」と呼ぶのが正しいのですが、骨董の世界では、戦前から「李朝家具」の名で親しまれてきました。

まずはその成り立ちから 見ていきましょう。

李王家が朝鮮半島を支配したのは、14世紀の終わりから、20世紀の初めまで。この五百年に渡る朝鮮王朝時代、 学問や芸術が 豊かに実を結びました。

文化を支えたのは、 「ヤンバン」と呼ばれる高級官僚たちです。李朝家具の成り立ちにも、このヤンバンが 深く関わっています。

ソウル市内に残る 「ウニョングン」。ヤンバンの暮らしぶりが 当時の状態のまま保存・展示されています。

部屋に一角に「卓子(たくし)」と呼ばれる代表的な李朝家具が置かれています。

日本では、飾り棚として使われていますが、 本来は書物をのせる台であったことが分かります。

こちらは、文房具や紙などをしまうための箱。

李朝家具の多くは、当時の知識階級だったヤンバンたちの書斎道具だったのです。

文人であったヤンバンたちの理想、 「清雅(せいが)」そして 「簡潔」という言葉にあります。

まずは「清雅」。ヤンバンは、国の官僚として、常に清らかであり、また貴族として雅であることを求められました。

次に「簡潔」。簡素にして、潔いという意味です。ヤンバンたちは、儒教の教えに従い華美であることを 戒めました。

これはヤンバンが用いた本棚。

「清雅」と「簡潔」を、この家具の中に見いだしてみましょう。

 

家具の正面を飾る板をよーく見て下さい。そこには、古来、文人たちが愛してきた理想郷、山水の景色が投影されています。

それをあえて、絵ではなく木目で表現したところに、ヤンバンたちの雅で控えめな精神が伺えます。


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こんどは100年前の「卓子(たくし)」。

上の書類を置く部分は、必要最小限の骨組みだけで出来ています。一見何の飾り気もないごく素朴な家具に見えます。

柱は、書類の重みを支えることができるギリギリの細さ。しかし、木の角をよく見ると、繊細に面取(めんと)りされていることが分かります。しかも、釘を使わず、すっきりと仕上げられています。目に付きにくい所に、こっそり贅を尽くした名品です。


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この本棚、竹張二層冊蔵(たけばり・にそう・さつぞう)は、およそ150年前に作られた李朝家具の傑作です。

 

空に向かって真っ直ぐ延びる竹は、高潔さの象徴です。天板には、 木目の美しい松の木が 手を加えず、無垢のまま使われています。

シンプルな造形の中に、 ヤンバンが育んだ清雅と簡潔の精神が、見事に宿っています。

弐のツボ 適材適所の技を見よ 

続いては、 李朝家具の素材である「木」に注目してみましょう。

2005年にリニューアルオープンしたソウル・国立中央博物館。およそ15万点に上る 名宝の中に、李朝家具もあります。

博物館の収蔵庫に、一人の日本人が 集めた家具が大切に保管されています。

コレクターの名は浅川巧。1914年、 林業の技術者としてソウルに渡り、 朝鮮半島の林業の振興に尽くした人物です。

 

浅川は、ソウルの林業試験場で研究する傍ら、 各地に伝わる木工品を集めました。

彼が愛用した本棚です。


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浅川は、この棚が、紫檀や桐など、様々な木を組み合わせて作られている点に興味を抱きます。総ヒノキ、総桐などの 家具がもてはやされる日本とは異なり、適材を適所に活用した面白さに惹かれたのです。


李朝家具、鑑賞2のツボは、 「適材適所の技を見よ」。

長野県松本市に、李朝家具の再現を試みた 人がいます。家具の製造販売会社を営む 池田満雄(いけだ・みつお)さん。

池田さんは、 李朝家具を解体し、 木の種類や寸法などを 徹底的に調べました。

組み立てを担当したのは、ベテランの職人たちです。

しかし、再現した家具は、もとの李朝家具に比べ、きちっとしたものに なりすぎたといいます。

 

李朝家具が持つ独特の温かみは、 どこから生まれるのでしょうか?

テジョン市にある家具工房。バン・テグンさんは、市の無形文化材保持者です。博物館などからの依頼で、 家具の修理や復元に取り組んでいます。

バンさんは、どの木を用いるかだけでなく、 木のどの部分を使うかまで計算すると言います。一本の木でも、 上の方と下の方では、性質が異なるからです。

バンさんが、今削っているのは、家具の一番下の部分。堅いチャンチンの木が使われています。

 

バンさんは、同じチャンチンでも、 木の根元に近い部分を選びました。木の重さを支えてきた 根元は、固くしまって いるからです。

今度は家具の上のパーツ。ここには、木目の細かい 幹の上の部分を用いました。

これは正面の飾り板。太陽をいっぱいに浴びた 木の南側の部分が、正面にふさわしいと言います。

朝鮮王朝時代の家具は、森に生きている自然の木のようだと、バンさんは言います。
大木の重みを支える根元は、家具の足に。幹の上の方は、家具の上部に用いるのが基本だからです。

職人たちが、適材適所の技を尽くして作りあげた李朝家具。まるで森の木のような温かみを漂わせています。

参のツボ 馴染みを味わえ

それでは、ソウルの骨董街にご案内しましょう。

歴史ある繁華街、インサドン。およそ80の骨董店が軒を連ねます。李朝家具は、地元の韓国でも数が少なく、卓子などは100万円以上もしますが、このお膳は別。10万円ほどから手に入ります。

   

お膳は、ヤンバンだけでなく 庶民も用いたため、大量に作られました。お膳が普及した理由の一つは、床暖房のオンドル。床の熱から食事を守るために、足のついたお膳が発達したのです。

代表的なお膳を いくつかご紹介しましょう。


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水面に浮かぶ蓮の葉を象った蓮葉盤(れんようばん)。

こちらは 虎足盤(こそくばん)。 虎の足のように つま先が外を向いているのが特徴です。内股の足を持つお膳は、狗(いぬ)の足と書いて、 「狗足盤(くそくばん)」といいます。

このように、お膳の足は千差万別。きっとあなたも、 お気に入りのお膳が見つかるはずです。

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李朝家具のコレクター、浅川巧は、お膳の収集でも知られています。お膳を選ぶとき、浅川はちょっと変わった点に目を付けました。

彼が愛用したお膳。四隅が黒く変色しています。

 

これは、人が使い続けた手ずれの跡です。ツウは、こうした手ずれを、 「馴染み」と呼んで尊びました。

「李朝家具」鑑賞3のツボ、 「馴染みを味わえ」。

 


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本物の李朝家具には複製品にはない人々の暮らしの息づかいが宿っています。「馴染み」の魅力は、お膳だけに限りません。
これは「薬箪笥」です。人が手を触れるところは、布で何度も磨かれ、黒くなります。 これが「馴染み」です。

もとは赤い色をしていました。こうした色彩のグラデーションが、古い李朝家具の魅力なのです。

浅川は、日本の植民地時代、李朝家具が急速に失われていくのを目にしました。

そこで、1924年、ソウル市内に美術館を建設します。その7年後、浅川はおよそ50点の李朝家具を残し、ソウルでこの世を去りました。

ソウルにある浅川の功績を称えた石碑には、こんな言葉が刻まれています。

「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる。」


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今週の音楽

曲名
アーティスト名
Smoke gets in your eyes Jo Stafford
Naima John Coltrane
Pathetique II Klazz Brothers
Bouncing with Bud David Hazeltine Trio
Benny's tune Terence Blanchard
Satin doll Four Freshmen
Every time we say goodbye June Christy
Flow part1 Terence Blanchard
Early autumn Al Caiola
The sidewinder Lee Morgan
The way you look tonight Annie Ross
Sueno D'amor Klazz Brothers
Nostalgia F.Navarro