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File122 舶来品


舶来品とは、はるばる海の向こうから運ばれてきた品々のこと。
それを生活に取り入れながら、人々は異国へのあこがれをふくらませました。


湘南の海辺に立つ、昭和初期の洋館。
一歩足を踏み入れると、日本とは思えない不思議な空間が広がります。

この家の主は、詩人の高橋睦朗さんです。
少年時代にギリシャの古典と出会って以来、西洋に強くひかれてきた高橋さんにとって、舶来品とは……

高橋「外国のにおいのするものを、船が、そして海が運んでくるというイメージですね」「日本はある時期には隔絶されていた。そのことが、美に対するあこがれを育てましたよね。ですから日本人は舶来品に対して強くあこがれるのだと思います」「豊かになりますね。生活に新鮮さがそこに生まれます」

人々を見知らぬ世界へ誘(いざな)った舶来品。
中には日本独自の美へと姿を変えたものも少なくありません。

 

壱のツボ 掛け時計にはるかな異国の面影

19世紀アメリカ製の掛け時計。
明治の初め、こうした時計が日本に輸入されます。
その響きは、はるかな西洋から聞こえてくる新時代の音でした。

掛け時計は文明開化のシンボルとなり、国内でも本格的に作られ始めます。
やがて広く行き渡り、ハイカラな時報の音が、多くの家庭で時を告げるようになりました。


掛け時計修復師の井上悦朗さん。

井上「私は個人的には時計はひとつの楽器だと思ってます」「やっぱり半分は音の良し悪しで時計が決まると思いますから」「我々もこうして開けたとき、どんな音かと一番興奮しますね」

ひとつずつ特色のある掛け時計の音色に、人々は西洋のイメージを重ねました。

最初のツボ、
「掛け時計にはるかな異国の面影」

掛け時計の裏板に取り付けられた渦巻き状の金属線「渦巻リン」をハンマーが打ち、時報を響かせます。
なぜ金属線をたたくだけでこのような音色になるのでしょうか?


むき出しの金属線をたたいても、良い音は出ません。 板に付けると、少し余韻が生まれました。

同じ金属線を、木製のケースに取り付けると……

井上「木のぬくもりと申しましょうか、柔らかい音がしますね」

西洋の教会の機械時計を先祖とする掛け時計。
日本家屋にすっかり溶け込んだ今も、その響きは異国へのあこがれを伝えています。

弐のツボ 万年筆 美しきジャパンをまとう


字を書くための美術品と呼ばれる万年筆。
日本人は、この舶来品をことに愛してきました。


万年筆は、アメリカで19世紀後半に生まれました。
当時は、地味な姿でしたが、1920年代、セルロイド製の色鮮やかな軸が登場します。これをきっかけに、万年筆のデザインは百花りょう乱の時代を迎えました。


1930年、ロンドンで開かれた海軍軍縮条約の調印式で、各国の代表が署名に使ったのは、豪華なまき絵を施した日本製の万年筆でした。
メイド・イン・ジャパンに欧米の熱いまなざしが注がれます。


まき絵万年筆は、今もあこがれの的。
吉田豊さんも、熱心なコレクターです。

吉田「漆の漆黒は、世界でも一番美しい黒という評価を得ています」「自分だけの宝物をいつも持って歩くということは、おのずと心のこもった、ていねいな書き方になります」

二つめのツボ、
「万年筆 美しきジャパンをまとう」


日本のメーカーが漆塗りの万年筆を作り始めたのは大正時代。さらに日本独自の技で世界に打って出ようと考えられたのが、まき絵万年筆でした。まき絵は、奈良時代に始まる日本独自の装飾技法です。


まき絵万年筆作りの第一人者、吉田久斎さんの仕事です。
作業は、万年筆の表面に漆を塗ることから。
漆が接着剤となり、表面が金粉に覆われていきます。さらに、色漆と金粉を使って、模様を高く盛り上げます。


まき絵万年筆は、一本ずつ手作りされる工芸品。
日本の技が、舶来品を華麗に変身させました。

参のツボ ステンドグラスに和が際立つ

昭和の初めに建てられた和風の邸宅。
玄関脇の部屋に、色鮮やかなステンドグラスがしつらえられています。
松に鶴という、日本画を思わせる図柄。
背景の格子とも相まって、和室にしっくりとなじんでいます。

明治以降の日本で、ステンドグラスは国家の権威を演出するという役割を担いました。
一方、豊かな個人の邸宅にも、ステンドグラスは用いられるようになりました。
これは大正時代に建てられた洋館。
居間や書斎など、あちこちにステンドグラスがはめ込まれています。

中でも目を引くのが、階段の踊り場にある高さ3.6メートルものステンドグラス。
空を舞う鳩と、法隆寺をモデルにした五重の塔が描かれています。

三つ目のツボ、
「ステンドグラスに和が際立つ」

このステンドグラスを制作した小川三知(1867-1928)は、日本人の美意識に合ったステンドグラスを模索しました。
ヒントになったのは、こまやかな線を用いる日本画独特の表現です。

ステンドグラスは、さまざまな色のガラスを切り鉛の線でつなぎ合わせて作ります。

ステンドグラス職人の松本健治さんに、日本的な技法と西洋の技法、二通りの方法で、ガラスを組んでいただきました。


いかがでしょう。
右の方がすっきりとしていませんか?
違いは、ガラスを組む鉛の線の多様さ。
部分ごとに3ミリから11ミリまで4種類の太さの線を使い分けています。

松本「やはり線によってずいぶん違うと思いますよ」「通常ですと海外だと全部6ミリなら6ミリの線で組んじゃうじゃないですか?海外の場合は目の位置で見るってことはほとんどないですから。やっぱり日本の場合、目の位置で見るっていうのが多いですから」


もう一点、小川三知の傑作です。
中庭に面した丸窓にはめられたステンドグラス。
梅の古木の力強い幹とかれんな花が、太さの異なる線で巧みに描き分けられています。

西洋の教会で生まれたステンドグラスは、いつしかこの国の家を飾る日本の美となりました。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

舶来品・・ではありませんが、祖父母の家の客間には旅先で買ってきたものを並べた棚がありました。泊まりに行き、夜、布団に入るとちょうどその棚が目に入ります。小さなお土産品がところ狭しと並んでいて、地名が入っていたり名所の絵や写真があしらってあったりして、そんな行ったことのない街に思いをはせながら眠りにつくのが楽しみでした。「海の向こうへのあこがれ」、というと(並んでいたのは日本各地のお土産品ですが・・・)、私はこの棚のことを思い出します。
今回は掛け時計に万年筆、ステンドグラス。どこかレトロで、でも今でもあこがれの響きがある品々。あこがれをそれで終わらせず、独自のデザインを加えていく日本の職人たちの物語でもありました。やっぱり日本の職人さんがつくったものは、日本の感性と日本の家にあうなあと思います。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
Flamingo The Three Suns
Are You Sticking Duke Ellington
Claire Stephane Grappelli
Prelude From Suite For Violoncello Solo No.1 New Roman Trio
NOS.7 Chick Corea
NOS.2 Chick Corea
If I were a Bell Miles Davis
Dancing In The Dark Charlie Parker
Single Petal Of A Rose Marcus Roberts
Bess, Oh Where's My Bess Miles Davis
You Leave Me Breathless Milt Jackson
All The Things You Are Paul Desmond & Gerry Mulligan
Wachet auf,ruft uns die Stimme,chorake BWV 645 New Roman Trio
Green Sleeves Paul Desmond
Waitz For Debby John McLaughlin
Plink,Plank,Plunk The Three Suns