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File120 雪


雪月花(せつげっか)という言葉があるように、春の桜、秋の月と並んで、冬の雪を日本人はこよなく愛してきました。


葛飾北斎が描いた雪見をする人々の姿。代表作「富嶽三十六景」の一枚です。
江戸の町には、雪見の名所が20か所以上あったといいます。


雪見を楽しむためのくふうもされてきました。
江戸時代に建てられた雪国の屋敷。その大きくせり出した庇(ひさし)は、雪の庭を眺めるのに格好です。

雪見障子は、部屋にいながらにして雪景色を楽しめる日本独特の建具です。

 

壱のツボ 名脇役が雪の庭を引き立てる

日本三名園のひとつ、金沢の兼六園(けんろくえん)は、雪景色の美しい庭園として有名です。

冬の風物詩である雪つりは、雪の重みで枝が折れるのを防ぐために行います。
傘が並んだような姿は、冬の兼六園に独特のアクセントを添えます。

雪が降ると白く染まる庭園の中に、赤松の赤い枝がくっきりと浮かび上がります。
実は、赤松の古い表皮がはがし、その下の鮮やかな赤い皮を見せているのです。


兼六園をはじめ、金沢の庭園づくりに携わる植村章英さん。

植村「より赤く見せるために、皮をはぎます。雪が降ると、下から照らされるので、なお赤くキレイに見えます」。

一つ目のツボ、
「名脇役が雪の庭を引き立てる」


万両(まんりょう)の木も、名脇役のひとつです。
冬場、寒さに弱い万両をムシロで覆います。ただし、座敷から見える部分は開けておきます。


そうすることで、雪が降ったとき、小さな赤い実が雪景色に温かみを与えます。

飛び石に積もった雪を掃くと、能登半島の海岸で獲れた名石の特徴的な石肌が見えてきます。

飛び石のリズミカルな配列が一層際立ちます。
雪の日だけに見られる庭の風景です。


夜、雪見灯ろうに灯火を入れると、大きな傘が明かりを反射し、周りの雪をほんのり赤く染めます。


名脇役たちが引き立てる雪の舞台。
日本人ならではの繊細な演出が、雪景色の深い味わいを生み出します。

弐のツボ 自然が生んだ完璧かんぺきなる造形美


黒漆にまき絵をあしらった茶道具入れです。
金色の丸い模様は「雪輪(ゆきわ)」と呼ばれる平安時代から用いられてきた雪の文様です。


雪輪と草花を組み合わせて柄にした布です。
雪輪は、ふんわりとした雪のイメージを感覚的に表すデザインとして使われてきました。


ところが、江戸時代後期、雪の結晶から生まれた「雪華(せっか)」文様が登場します。
当時の人々にとって、はじめて目にする形でした。


雪の文様がついた品々を集めている骨とう商の高橋雪人さんです。

高橋「雪華文様はどこにもなかった新しい文様。これが自然の中にあったことは人々にとって驚きだった。粋(いき)だし、花のように美しいし、完璧な文様です」。


雪華文様を身にまとう女性の姿を描いた浮世絵です。
雪華文様は、江戸の町で大ブームとなります。

二つ目のツボ、
「自然が生んだ完璧なる造形美」

現代の染織作家の岩下江美佳さんも、雪華文様に魅せられ、作品に取り入れてきました。

岩下「天からの贈り物を、文様として身にまとえるのはすてきなこと。夏物に雪の文様を染めると、人々を涼しい気持ちにさせる効果があります」。

岩下さんの新作の帯です。大きな雪輪の上に、雪華文様がひらひらと舞い降り、モダンな感覚を与えています。

雪華文様の生みの親は、「雪の殿様」と呼ばれていた古河藩主・土井利位(どいとしつら)【1789-1848】。

土井利位は、雪の結晶をヨーロッパ製の顕微鏡を使って20年以上観察します。
そして、「雪華図説(せっかずせつ)」という本にまとめます。この雪の結晶のイラストが、雪華文様として広まっていきます。

土井利位に詳しい古河歴史博物館学芸員の永用俊彦さんです。

永用「蘭学(らんがく)の影響のもと、土井利位は雪の結晶を精確に描きました。多大な好奇心を持っていた江戸の人々にとって、魅力的な素材だったと思います」。


江戸時代後期を代表するまき絵師、原羊遊斎(はらようゆうさい)の手になるざん新なデザインの印ろうです。


武士の命といわれる刀にも、雪華文様があしらわれています。
武士から町人まで、雪華文様が流行しました。

昭和初期、土井家の夫人のために仕立てられた着物です。
絞り染めと刺しゅうで描いた豪華な雪華文様がちりばめられています。
その完璧な造形は、まさに天からの贈りものです。

参のツボ 雪のほこらに豊穣ほうじょうの祈り

日本有数の豪雪地帯として知られる秋田県横手市。
毎年2月15日〜16日に行われているのが「かまくら行事」です。

かまくらの内部には、水の神=水神様(すいじんさま)がまつられます。かまくらは、農作物の豊穣を祈る雪のほこらなのです。

横手の歴史や言い伝えに詳しい民話研究家の高橋はじめさんです。

高橋「かつて共同の水くみ場にかまくらがあって、水神様をまつっていた。かまくらは、お供えのような形をしています。そして、神との間を取り持つのが子どもたちなのです」。

三つ目のツボ、
「雪のほこらに豊穣の祈り」

雪は農作物を育てるのに欠かせません。
豊かな雪解け水が、田畑を潤して、豊作をもたらすからです。

水神様への感謝と祈りが形になったものが、雪のかまくらです。
横手のかまくらは、「かまくら職人」という名人たちによって作られます。
安定感のあるなだらなか形が、横手のかまくらの伝統です。

最後に、かまくら職人親方の小田嶋慶一さんによって、神棚が作られます。

 

小田嶋「水神様が入るので神聖な気持ちになります。農家ですので、田んぼに水が流れてくれますようにと水神様に願います」。

かまくら行事は、その形式を変えつつ約400年続いてきました。

子どもたち「(かまくらに)入ってたんせ、(水神様を)拝んでたんせ」。

水神様をまつるかまくらの丸みをおびた優しい形。
雪のほこら=かまくらには、雪とともに暮らす人々の祈りが込められています。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

北国では、雪といえば子どもたちのかっこうの遊び道具。
雪だったら、服についてもはらえば落ちるし、転んでも痛くないし…というわけで、あまり外遊びが好きでなかった私も、雪が降ると、つなぎの防寒具を着こんで暗くなるまで遊んでおりました。滑り台を作ってそりで滑り降りたり、雪だるまをつくったり、そうそう「かまくら」にも挑戦しました。テレビやカレンダーの絵に出てくるような「中に入れるかまくら」が作りたかったのに、なかなかそうはいかなくて、雪の壁にくぼみをつくる程度で終わってしまいましたが。
大人になってからも、職場の仲間と空き地でかまくらをつくったことがあります。雪ってけっこう重いもの。汗をかきながら、夢中になって何時間も雪と格闘しました。なんとか中に入ることができて、お菓子を持ち込んでささやかな宴会を楽しみました。苦労した割には、中は狭くて、背中をかがめながらでしたけど。
今回は、横手のかまくら職人の技に心底感心した私です。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
Can't Help Lovin' Dat Man Paul Smith
Half Blood Acane Matsumoto
Maria Branford Marsalis
Bird Of Paradise Marcus Printup
The Ocanagan Valley Oscar Peterson
Dandy Randy Paul Smith
Mood Indigo Duke Ellington
Visitors From Somewhere Herbie Hancock & Wayne Shorter
Young At Heart Brad Meldah
Milestones Turtle Island String Quartet
Blues For Pablo Miles Davis
The Very Thought Of You J.J.Johnson
Story Acane Matsumoto
Murphy's Light Paul Smith