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File113 釣り鐘


埼玉県川越市にある「時の鐘」です。
今も一日4回、時を知らせています。

この町で生まれ育った乾物屋の落合康信さん。
子どものころからずっと「時の鐘」を聞いてきました。

落合「子どものころは、3時の鐘が鳴れば、おやつ食べに行こうぜ。夕方6時の鐘が鳴ったら、もう帰えらないと、という感じでした。」

だんご屋を営む田中進さん。
朝6時の鐘で団子をこね始めるといいます。

田中「私はいつも腕時計していないから、鐘が鳴って、今何時だとわかるんです。」

午後3時の鐘が鳴るころには店じまい。
鐘の音がゆったりとした時の流れを作ります。

そもそも、「釣り鐘」は飛鳥時代、中国から伝わってきました。寺の僧たちに朝夕、仕事の始めと終わりを知らせる道具でした。
やがて「時の鐘」としても使われるようになっていきました。江戸時代には、全国に5万近くの鐘があったといわれています。

しかし、その多くは戦時中に姿を消しました。
物資が不足する中、兵器の材料として供出されたのです。


「もう一度、鐘の音を聞きたい」
そんな人々の願いによって、戦後、多くの鐘が新しく作られました。
東京あきる野市の普門寺は、戦争で無くした鐘を十年前に作り直しています。
遠くまで音が響くように、一回り大きくしました。


この寺の住職、北條圓居さん。

北條「戦争前に鐘の音を聞いていたお年寄りの方は、ずいぶんさみしい思いをされていたようです。お寺には釣り鐘が付き物ですから、ずっと欲しいと思っていました。」

釣り鐘は、心に響くその音色とともに今も変わらず日本人に愛され続けています。

 

装飾は異世界への誘(いざな)い

鐘の歴史を研究してきた笹本正治さん。
釣り鐘には、「時を告げる」以上の役割があったといいます。

笹本「本来、日本人には昼間は人間の時間帯、夜は仏様や神様の時間帯だという意識がありました。つまり、あの世とこの世の接点になる時間帯が、実は鐘のなる時間帯なんです。釣り鐘は、あの世とこの世の双方につながる特殊な道具だと思います。」

釣り鐘には、そんな役割にふさわしい図柄が表現されています。

釣り鐘鑑賞、壱のツボ、
「装飾は異世界への誘い」

一つ一つの飾りには、どんな意味が込められているのでしょうか?

鐘をつく「撞木(しゅもく)」が当たる部分を「撞き座(つきざ)」といいます。
その周りを飾っているのは、蓮(はす)の花です。
蓮は、泥水の中でも美しい花を咲かせることから、煩悩に汚されることのない仏の悟りを表しています。
その撞き座を十字に結ぶように走る縦と横の帯。これは、仏の衣を表すといわれています。

鐘の上の方には「乳(にゅう)」と呼ばれる突起があります。この鐘の場合、「乳」は仏の髪の毛、螺髪(らほつ)をかたどっています。

鐘そのものが仏様の姿と重なって見えませんか?

富山県高岡市にある鋳物工房。
釣り鐘作りが行われています。
数か月かかって作り上げた型に溶かした金属を流し込む日、寺の住職がやってきて、経を唱えます。
釣り鐘に魂を込める「入魂式(にゅうこんしき)」です。
こうした儀式を経て、初めて、鐘は特殊な力を持つとされるのです。

それでは、特に飾りの美しさでたたえられてきた釣り鐘をご覧にいれましょう。
極楽浄土を現世に再現したと言われる平等院。

ここの釣り鐘は、国宝として大切に博物館に展示されています。
その表面は、ち密な文様でビッシリと埋め尽くされています。

鐘の上の方には、唐草文様の中に、平等院のシンボル、鳳凰(ほうおう)。
下の方には獅子(しし)が居ます。霊力を使って悪を食べてくれるとされます。
天人(てんにん)の姿も見えます。
天人とは、天に住む性別を超越した存在です。
異世界の住人たちを濃密に描き出した平等院の鐘。
そこには、極楽往生を願う人々の思いが込められているのです。

弐のツボ 銘の陰影に筆遣いを見よ

奈良県にある栄山寺。
この寺の鐘は、銘のすばらしさで知られています。


銘とは、鐘が作られた由来やご利益などを記したもの。
書家や僧がしたためた文字を写し取っています。

この銘の特徴は、立体的に浮かび上がっていること。
厚みを持たせた重厚な趣。輪郭が際立つ、力強い表現です。

鐘に記された文字の美しさにひかれ、研究を続けてきた鈴木勉さんです。

鈴木「偉いお坊さんの書いた字は何か力強い。それが深みなんですよね。その深みを金属の上に表現するのは非常に難しい。文字を立体的に表現できれば、陰影の強弱によって、その『深み』を人に伝えることができる。」

釣り鐘鑑賞、弐のツボ、
「銘の陰影に筆遣いを見よ」

こちら、称名寺の鐘には、栄山寺とはまったく違う方法で銘が記されています。
この銘は、直接、刻み込まれたもの。
鐘が出来上がった後、たがねで削って書かれています。

紙の上に書かれた、流れるような筆遣いを金属の上にみごとに再現しています。

力を入れて書かれた部分は溝を深く太く、
力を抜き優しく筆を運んだ部分は、溝を浅く細く─。

日本最初の禅寺として知られる、鎌倉、建長寺。
この寺の鐘にもみごとな銘が書かれています。

「人」という文字の右払い。
書き始めは細く、厚みもありません。
一方、払う直前、筆を止め、力が込められた部分は、太く厚く表現され、払いの先端へ一気に収束しています。

こちらの文字で最も力を込めて書かれているのは、丸で囲んだ部分。

線の力強さを表現するため、太く厚くするだけでなく、上の部分をあえて薄くしています。
技術と計算が生み出した、独特の表現です。

一文字一文字、ていねいに記された銘。
そこには、筆で書かれた文字の息遣いがみごとに写し取られているのです。

参のツボ 音の重なりに仏の声

鐘の音は古くから仏の声だといわれてきました。低く重い響きが特徴です。

低い響きを生み出す秘密は、鐘の厚みにあります。底の部分の厚みは口径のおよそ10分の1。
1メートルの口径なら厚みは10センチもあります。
この厚みが低い音を生み出すのです。

しかし、鐘の音の楽しみは「低い響き」だけではありません。
吉津晶子さん。音楽によるコミュニケーションを研究している音の専門家です。

吉津「みなさんはどうしても、お寺の鐘のイメージをゴーンという低い音でイメージしがちだと思うんですけど、実は釣り鐘には、一つの音に聞こえるんですけど、たくさんの音が含まれているということが、とても聞きどころであり、魅力です。」

釣り鐘鑑賞、参のツボ、
「音の重なりに仏の声」

鐘の音を分析してみました。
横軸が周波数、音の「高い低い」を表します。
縦軸が表すのは、音の強弱です。

いくつもの周波数が立ち上がっています。
鐘の音には、低い音から高い音まで幅広い音程が含まれていました。

この部分にご注目!

これは、最後まで余韻として残る音です。周波数135ヘルツ。
音階では「ドのシャープ」になります。
「基音(きおん)」と呼ばれ、鐘の低い響きを印象付けています。

しかし、一番強く鳴っている音は、312ヘルツ、基音より1オクターブ以上高い「レのシャープ」です。

さらに、それほど強い音ではありませんが、1426ヘルツ、基音より3オクターブ以上も高い「ファ」の音まで含まれています。

鐘の音は、いくつもの音が重なり、豊かな表情を作り出していたのです。

最後に、鐘の音の美しさで名高い滋賀県、園城寺(おんじょうじ)、通称三井寺(みいでら)の鐘をご紹介しましょう。

含まれる音の数が非常に多く、複雑な響きを奏でます。

鐘の音は、仏の声。
いくつもの音が重なったその響きは、聞く人に、さまざまなことを語りかけてくれます。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

「夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘がなる おててつないで皆かえろ♪」
今回は、気がついたら何度もこの歌を口ずさんでいました・・・。
何ともなじみ深いあの鐘の音!でも、ライフスタイルも多様化した現代、実際に時の鐘として毎日音を聞かせる鐘は少ないのだとか。
子どものころ、家族旅行で訪れた寺で鐘をつかせてもらったことがありました。
撞き木が想像以上に重くて、まっすぐ鐘にあてることさえできず、全然いい音が出なかったのをおぼえています。鐘をつくのがあんなに難しいとは・・・!今でも、お坊さんが上手にえいっと反動をつけて、大きな鐘からいい音を出すのを見ると本当に感心してしまいます。
もうすぐお正月。お寺を訪れることがあったら鐘の音と鐘の装飾にちょっと注目です。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Fables of faubus 中村健吾
Mother lake 中村健吾
If I were a bell Miles Davis
Blue bossa Richard Davis
Children's song #2 Chick Corea & Gary Burton
Cantaloupe island Hervie Hancock
Lotus Blossom Joe Lovano & Hank Jones
ゴールドベルグの主題と夢想による変奏曲 変奏3 Richard Stoltzman
Holy land Cyrus Chesnut
A sleeping bee Eric Legnini
St. Thomas 熊谷ヤスマサ
Cosi come sei High five
I got it bad Eric Alexander Quartet
How deep is the ocean New York Trio
Milestones 海野雅威
Op-oz 中村健吾
Smoke gets in your eyes キヨシ小林