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File112 婚礼衣装


今、日本の伝統的なスタイルにのっとった結婚式が、人気を集めています。
その主役は、たおやかな婚礼衣装をまとった花嫁です。

着物から小物まで、すべて白。
白無垢(しろむく)の装いが、凛(りん)とした美しさです。
室町時代から伝わる、格式の高い婚礼衣装です。

和の婚礼衣装の魅力は、どんなところにあるのでしょう。

ブライダル専門店では、華やいだデザインが、女性たちを引き付けています。
試着に来ていたお客さんに伺いました。

「昔ながらの柄ゆきを、いいなと思っていました。試着しているだけで、幸せな気分になります」

今も人気の、代表的な婚礼衣装をご紹介しましょう。

黒地の「引き振り袖」。

若い女性の礼装である振り袖の裾(すそ)を長く引き、すっきりとした立ち姿に、気品が感じられます。

大奥の女性たちの衣装としても、おなじみの「打ち掛け」。
帯を締めずに羽織る裾の長い着物です。
現在では、花嫁だけがまとう特別な衣装です。

 

壱のツボ 花嫁を引き立てる三つの色


まずは、その「打ち掛け」から。

長野県須坂市。
江戸時代、須坂藩の財力をも上回るといわれた、北信濃屈指の豪商の屋敷が残っています。

現在の当主、田中宏和さんに、大正4年婚礼が行われたという座敷に、案内してもらいました。

田中さんの義理の祖母、田鶴さんが着た着物。
白・赤・黒、三色の打ち掛けは、婚礼の席に、欠かせないものでした。

田鶴さんの婚礼は、一か月に及び、訪れた客は、1000人を超えたといいます。

田中「三三九度は、白無垢(しろむく)を着て行い、その後の親子盃(さかずき)や親せき盃という儀式のときには、赤に着替えたと書き残してありますね。
打掛だけで6枚、それから二枚襲(がさ)ねや三枚襲ねの着物を数えると10組くらい。新郎新婦はそのつど着替えて、一か月に渡ったのですから、たいへんだったと思いますね」

何日にも渡って続けられた婚礼の宴(うたげ)。
三色の打ち掛けは、花嫁をその時々、違った姿に演出しました。

婚礼衣装一つ目のツボは、
「花嫁を引き立てる三つの色」

そもそもなぜ、白・赤・黒、三つの色が、婚礼に用いられるようになったのでしょうか?

打ち掛けは、江戸時代武家の女性の礼装。
白・赤・黒が、最も正式な色とされていました。
江戸後期、打ち掛けにあこがれた裕福な町人たちが、この三色を婚礼衣装に取り入れたのです。

「白」は、古くから、清らかで神聖な色でした。
そのため、白装束は宮廷の儀式などで、着用されていました。


ポーラ文化研究所

この浮世絵では、白無垢姿で三三九度を終えた花嫁が、色の付いた着物に着替えようとしています。

江戸後期、こうした色直しの習慣も広まっていきました。

色直しで最も好まれたのが、赤です。
赤は、おめでたい色であるとともに、花嫁をあでやかに見せる色でした。

そして、黒。
黒の染料は高価だったため、それまで、女性の着物にはあまり使われていませんでした。
しかし、刺しゅうや金銀の箔(はく)で飾った図柄がよく映えるため、華やかな着物として、流行するのです。

こうして、白・赤・黒の三色は、婚礼衣装を代表する色となりました。

打ち掛けの華麗な装飾は、婚礼の席で、いっそう輝きました。

江戸時代から260年続く、京都の商家にお邪魔しました。

明治中ごろ、ここに嫁いできた花嫁が、色直しの際に身につけた打ち掛けが残っています。

光沢のある絹地に、本物と見まごうばかりのクジャクの刺しゅう。
目を凝らすと、つややかな羽には金の糸がたっぷりと、使われています。
金の装飾は婚礼の席で、さらに際立ったといいます。

「婚」という文字は、女偏に「たそがれ」を意味する「昏(こん)」と書きます。
婚礼はたそがれ時から夜にかけて行われました。

ろうそくのともし火がゆらめく中、金を使った図柄が、浮かび上がります。


杉本家の三女、歌子さん。

杉本「やはり、ろうそくをつけるということが、文書にも書かれてありますとおり、夜ろうそくの光のもとで、色直しのお膳(ぜん)も召し上がったんやと思っております。
婚礼が夜に行われるということですので、引き回す屏風(びょうぶ)も金屏風ということになりますし、着物の刺しゅうにも金糸がふんだんに使われる。
中でも緋色(ひいろ)の綸子(りんず)は、よう照りましてね、花嫁の白い顔を桜色に染めるといいまして、とても好まれたようです」

金の施された三色の打ち掛け。
それぞれの色が、花嫁をいっそう美しく見せます。

弐のツボ 雅(みやび)な文様に受け継がれた願い

古くから伝わる、伝統の柄を見ていきましょう。

銀座のブライダル専門店。
ここでは、古典柄を中心に、500点近い婚礼衣装をそろえています。

深い紅色の地に、優雅に羽ばたく鶴。
鶴は、長寿の象徴。
おめでたい文様の代表として、婚礼には欠かせない柄です。

能装束からデザインを取ったきらびやかな打ち掛け。

金糸を用いた亀甲花菱(きっこうはなびし)の地模様。
そこに、色とりどりの扇が置かれています。

ブライダル専門店、大木緑さん。

大木「古典柄といっても、今見ても非常に新しく、モダンだと思うんですね。
飾って見ますと、一枚の絵のようにとても美しいものもございますし、やはり淘汰(とうた)されて残されているものですので、本当に芸術品だと思いますね」

貴族の乗り物である牛車(ぎっしゃ)。
王朝の雅を感じさせる文様も、婚礼衣装の定番です。

二つ目のツボは、
「雅な文様に受け継がれた願い」

京都で、200年に渡って友禅染めを手掛けてきた田畑家。
五代目喜八さんです。
田畑家では、代々日本画を学び、図柄を考案してきました。

田畑さんが最近手掛けた婚礼衣装を見せていただきました。
祖父が描いた図柄を、田畑さんが現代によみがえらせました。

田畑家では、描かれたデザインを、大切に受け継いできました。
これは、初代が客の注文に応じて描いた図案です。

田畑「例えばこれは、寛政12年ですね。江戸の後期にかけてのものなんですけども。婚礼のときに衣装を作っていったわけですね。
この時分は平安時代に非常にあこがれが強くて、そういう物語などを図柄に入れていった」

田畑「これは、車です。やはり、御所車を想定した車です。特に源氏物語に影響を受けたということが、非常に多かったわけです」

この振り袖は、武家の女性の婚礼衣装と考えられています。
モチーフは王朝の物語です。

御所車は、源氏物語を著す代表的な図柄です。
橋と御所車は、光源氏と明石の君の恋の情景を暗示しています。

一方平家物語の場面もあります。
庵(いおり)の中の琴は、天皇の寵愛(ちょうあい)を受けた琴の名手小督(こごう)を表しています。

王朝文化が花開いた平安時代は、平和で和やかな世として理想化され、おめでたい柄のモチーフとなったのです。

田畑「特に平安朝というのは和風化されて初めての時代ですから、そういう時代をあこがれたのです。
もともと着物というのは、婚礼衣装からすべてが、それをまとうことによって、自分がその時代の人になるということが非常に大きな特徴だった。ただ、模様を付けるということだけじゃなしに、その着物には必ず意味があったわけです」

田畑さんの作品。
鼓や檜扇(ひおうぎ)など、王朝文化を象徴する模様がちりばめられています。

古典柄には、平安時代の姫君のように優雅に、そして幸せに暮らしたいという願いが、込められてきたのです。

参のツボ 小物が伝える晴れの日の決意

明治から昭和にかけての美しい着物を集めている池田重子さん。

婚礼衣装だけでなく、婚礼に使われた小物にも、魅力を感じるといいます。

これらの一そろいの小物は、ある財閥の女性の婚礼に用いられました。
紙入れに、くし入れ、鏡入れなど、女性ならではの持ち物です。
厚手の絹地に、鶴がひとつひとつ、繊細に刺しゅうされています。

池田「うちの娘にはこんなにいいものを持たせたという。昔はお嫁入り道具というのを、お座敷に屏風を飾って、持って行くお道具を全部並べて、お客様にご披露したんです」

こちらは、大正時代の婚礼道具。

三味線のバチや、琴の糸など、おけいこ道具を入れる小物入れもあります。
当時の流行を感じさせる西洋風の花模様が、びっしりと刺しゅうされています。

池田「娘が三人いたらば、家が傾くくらい、それなりに皆、お金を掛けたものです。
やはり、うちの娘にはそれだけのものを身につけさせたという親御さんの気持ちだったと思いますね」

三つめのツボは、
「小物が伝える晴れの日の決意」

今も婚礼衣装に欠かせない、代表的な小物を見ていきましょう。
まずは、扇。

その形から、「末広がりの幸せを祈る」という意味があります。

こちらは筥迫(はこせこ)。
元々武家の女性が、紅や鏡、懐紙などを入れた一種の化粧ポーチ。
胸元にのぞかせ、「身だしなみへの心配り」を表します。

懐剣(かいけん)です。
武家の女性は、外出時護身用に、懐刀(ふところがたな)を持っていました。

武家の礼装だった打ち掛けを着るときは、懐剣を帯に挿します。

花嫁の支度を35年にわたり、手掛けてきた濱谷博子さんです。
これまで二万人の花嫁の世話をしてきた濱谷さん、婚礼支度には独特の緊張感があるといいます。

濱谷「昔は懐剣は、守り刀でもありますし、主(あるじ)に何かあったときは、自分も命をともにするというそういう覚悟で持って行かれていますので。
苦難がいっぱい待ってますけれども、それを乗り越えてください、という。そういうお父様お母様の気持ちも、ここに表れるんじゃないかと私は思ってるんです」

婚礼の小物は、門出を迎えた花嫁に、覚悟と責任を促すものでもありました。

愛する人と生涯力を合わせ、幸せを築いて欲しい。
そう願う家族の思いが、花嫁を送り出しています。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

とっくの昔に嫁いでしまった私ですが、それでも、見ているだけで華やいだ気持ちになる婚礼衣装。ドレスでは、これほどの興奮はないような気がするのですが、いかがでしょうか?色も柄も自由自在の着物、しかも一生に一度だからこその豪華さ。まさに「着物のぜいたく」の頂点です。「長年にわたって淘汰されてきた芸術品」という言葉にも納得です。長く愛されてきたからこそデザインも洗練されるし、時代を超えて人の心をひきつける魔法があるのですね。数え切れないほどの幸せな花嫁がこういう着物で嫁いだんだと考えるだけで、自分が大いなる時代の流れと一体になったような気がします。何百年分の幸福を一身にまとうような縁起のよさ、どうぞ末永くお幸せに。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
Dandy Randy Paul Smith
These Foolish Things Bud Shank
Misty June Christy
Approach To Shine アキコ・グレース
Crepuscule With Nellie The Kronos Quartet
You'd Be So Nice To Come Home To Helen Merrill
Half Blood 松本 茜
Can't Help Lovin' Dat Man Paul Smith
I Didn't Know What Time It Was Peggy Lee
Misterioso The Kronos Quartet
My Song Pat Metheny
Clara Duke Peason
Alice in Wonderland Branford Marsalis
Have You Met Miss Jones? Paul Smith
Waltz For Debby Monica Zetterlund
Soon 松本 茜
The Nearness Of You Norah Jones
Little Evil Paul Smith