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File111 文房具


文房とは書斎のこと。硯(すずり)や筆などの美しい文房具を書斎に飾り、客とともにめでる──これを、「文房清玩(ぶんぼうせいがん)」と呼びます。
文房具を鑑賞する趣味は、10世紀ごろ中国で生まれました。

やがて日本へも伝わり、特に江戸時代以降、盛んになります。



壱のツボ 筆の装飾が書を高める


五島美術館
(宇野雪村コレクション)

東京・世田谷の五島美術館。ここに、およそ2千点からなる文房具のコレクションが納められています。

集めたのは、昭和に活躍した書家・宇野雪村。
中国や日本の名品を、生涯探し求めました。


五島美術館
(宇野雪村コレクション)
中国・清の時代に作られた大筆。
宝石にもたとえられる七宝細工で彩られています。

五島美術館
(宇野雪村コレクション)
こちらは龍の彫刻が施された象牙の筆(画像は部分)。
象牙は長く使ううちにあめ色に変わっていきます。
その色合いが人々に好まれました。

宇野雪村の弟子だった、玉村霽山さん。

玉村「筆の軸にいろんな美しさがある。それを見て、使うことによって、心が落ち着いてくる。字が書ける。 それが文房清玩の楽しみじゃないかと思います」

文房具鑑賞・一つ目のツボ、
「筆の装飾が書を高める」

奈良で、いにしえの筆を再現する萬谷雅史さん。
当時の筆にはさまざまなくふうが凝らされていることがわかりました。

萬谷さんが再現した、正倉院伝来の筆です。
最高級の素材・斑竹に、象牙で作られた宝輪。
そして、握る部分には香木が使われていました。
体温で香りが立ち、精神を落ち着かせる働きがあったのです。

まき絵で飾られた江戸時代の筆(画像は部分)。
このあでやかな筆で、一体どんな言葉をしたためたのでしょうか。

筆の装飾は、書く人の心に働きかける不思議な力をもっているのです。

 

弐のツボ 墨の黒に輝きが潜む


五島美術館
(宇野雪村コレクション)

墨作りの技術は、中国・明時代に頂点を極めました。
中央と右の2点は、当時の名高い職人が手がけたもの。
(左の1点は、清時代の墨)


五島美術館
(宇野雪村コレクション)
こちらは、ユリやスイセンなど、香り高い七つの花をあしらった名品。
こうした美しいデザインも、墨の見どころとされました。

五島美術館
(宇野雪村コレクション)
人々は、競って優れた墨〈名墨〉を集めました。
墨のカタログも数多く出版されます。
これは江戸時代の「古梅園墨譜」。

墨の研究で知られる書家の貞政少登さん。
良い墨にはどんな特徴が?

貞政「書いた後の輝きというんですか、黒の色の鮮やかさとか、そういうのが違いますよね」「作品は乾いていますけど、本当にいい墨というのは、ちょっとぬれてるかな、さわってみたいな、という気が起こるんですね」

今使われている墨の多くは油を燃やした煤(すす)で作る油煙墨。
その中で、発色が優れた墨(右)とそれ以外のもの(左)を比較しました。

名墨のもつこの光沢は、墨の粒子が小さく均一で、光の乱反射が少ないことから生まれます。

文房具鑑賞・二つ目のツボ、
「墨の黒に輝きが潜む」

奈良で400年の歴史をもつ墨のしにせ。
ここでは、菜種油などを燃やした煤で墨を作ってきました。
素焼きの器に油を注ぎ、灯しんを立てて燃やします。
小さな火種で時間をかけて作った煤ほど、粒子は細かく、均一になります。

動物性のゼラチン質・にかわも、墨の色に光沢を与えます。煤とにかわ、香料を練り合わせて型で成形、その後半年から一年間乾燥。

こうして出来上がる墨の深い色が、豊かな書の文化を支えてきたのです。

参のツボ 硯に大宇宙を見よ

この硯は、千年以上前に中国で作られた「鳳池硯」。
硯の材料として最もよく知られる端渓石を薄く削り、優美な形に仕上げました。

高い脚のついた独特な姿。中国・宋時代の文人が使った「太史硯」です。
材料は、端渓石と並んで尊ばれる歙州石(きゅうじゅうせき)。

はるかな歴史の中で、多様なデザインの硯が作られてきました。

硯研究家の北畠五鼎さん。

硯の良さを味わうには、デザインだけに気を取られてはいけないといいます。

北畠「やっぱり色目ですね。あと紋様というのが出るんです。その変化を楽しむということ」「一個の硯に大宇宙を観照するっていうような、おおげさに言えば、そこまで行きます」

たとえばこの端渓石の硯。
紫色の地に、たなびく煙のような模様が見えます。
天体を思わせる丸い模様は、生物の化石。
こうした石の模様=石紋が、古くから珍重されてきました。

文房具鑑賞・三つ目のツボ、
「硯に大宇宙を見よ」

山梨県西部の雨畑渓谷。
かつては徳川将軍にも献上され、中国の端渓に匹敵するとさえいわれた雨畑石(あめはたいし)が、この山深い土地で、採られてきました。

雨畑石を使って江戸時代から硯を作り続けてきた雨宮家。
13代目の弥太郎さんです。

山から切り出されてきた原石は、色合いも模様もさまざま。
そうした石と作品のイメージをすり合わせ、形を決めていきます。

彫刻家でもある弥太郎さんの斬新な硯。
その造形は、石との対話から生まれるといいます。

弥太郎「一つ一つ個性的な石と向き合いながら、自然のリズムと感応するような形」「硯って言うのは昔から墨をするためだけの道具ではなくて、すりながら心を鎮めるためのものですから、いわば自分の心と向き合うためのオブジェなんです」

硯研究家の北畠さんに、きわめつきの鑑賞法を教えていただきました。
硯を水に浸します。

こうすることで、色合いや石紋がくっきりと見えるのです。

硯の奥深い味わいに、宇宙を感じてみませんか?

四のツボ 硯箱に秘められた暗号


根津美術館

硯や筆をおさめる硯箱は、日本で発達した文房具です。

これは将軍・足利義政が用いた「春日山蒔絵硯箱」。
ふたには、鹿(しか)と、秋草の茂る野原が描かれています。


根津美術館
目を凝らすと、文字が。これは「け」。ほかにも「れ」や「ことに」など。
「山里は秋こそことにわびしけれ 鹿の鳴く音に目をさましつつ」という和歌を、絵模様といくつかの文字だけで表現しています。

美術史家の内田篤呉さん。
和歌に題材をとった意匠は、多くの硯箱に見ることができるといいます。

内田「歌の意匠というのは比較的分かりづらいといいますか、判じ絵的なおもしろさというのが非常にあったと思います」「和歌の知識の教養がある人でないと、昔の人といえどもかなり分かりづらかったのではないかと思います」

文房具鑑賞・四つ目のツボ、
「硯箱に秘められた暗号」


MOA美術館

本阿弥光悦作「樵夫蒔絵硯箱」。たきぎを背負って歩くきこりの姿が描かれています。
この図柄の意味は、長い間忘れ去られていました。

内田さんの研究によって、このきこりは六歌仙の一人、大伴黒主を表したものとわかります。


MOA美術館

かつて人々に親しまれた歌人・黒主は、その作風からきこりに例えられていたのです。

硯箱には、まるで謎掛けのように和歌の世界が織り込まれています。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

「文房清玩」、見ているだけで心が洗われるような言葉です。書斎で使う道具だけに、いずれの道具も心が落ち着くような品のある趣。和歌が隠されていたり、古典の物語が暗示されていたり、「謎解き」もとても奥床しくて、しかも知的です。
考えてみれば、筆と墨で字を書くことは、とても緊張感のいる作業。一字一字大切にしたためていった昔の人たちの心持ちが、あの凝った文房具に映しだされているのでしょう。こんな素敵な道具に囲まれていたら、いい仕事ができそうです(私の場合は机の上を片付けることから始めなくてはなりませんが・・)。
今回は番組の題字を担当してくださっている紫舟さんも登場。それこそ知的で透明感のある雰囲気がとっても魅力的。着物姿もお似合いでしたね。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Time for relax 岡安芳明
Sweet'n' sour Art Blakey and the jazz messengers
So Sorry, Please Bud Powell
For heavens sake Tina Brooks
Lucky to be me Tommy Flanagan
Sweet bird Hervie Hancock
Rojo Bobby Hutcherson
Yesterdays Paul Chambers
Time for relax 岡安芳明
Dolphin dance クリヤ・マコト
A ballad for doll Jackie Mclean
Vierd blues Miles Davis
Notes in three Christian Mcbride, Javon Jackson, Jimmy Cobb, Ceader Walton
Mood indigo 岡安芳明
I don't stand a ghost a chance wiyh you Stan Getz
I hear a rhapsody Bill Evans & Jim Hall