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File109 レトロな絵本


子ども向けの読み物が数多く出版された大正時代。
なかでも、幼児向け絵雑誌「コドモノクニ」は、芸術性の高さから、今、あらためて、評価されています。

見開き1ページの絵と文で構成されるこの絵本は、大正から昭和にかけて出版された月刊誌。

モダンで色彩豊かな絵がB4サイズの大きな誌面いっぱいに描かれました。

絵には文章や詩が添えられました。
今でも歌い継がれる北原白秋の「雨降り」や野口雨情の「うさぎのダンス」もここで発表されました。

戦後、編集者として数々の絵本を手掛けてきた松居直さん。
その原点は、幼いころに親しんだ「コドモノクニ」だといいます。

松居「それまでの日本の文化とはかなり違う、本当にハイカラな絵本でした。たとえば子ども部屋というような絵がよく出てまいりました。私たちの時代はまだ子ども部屋を持っているような家庭は少なかったんですが、そこに、キューピーの人形がおいてあったり、いすだとか机だとか子どもが着てるセーターだってこんなのがあるの?と思うほど流行の最先端。そういった驚き、好奇心というのがとってもいきいきと動きました。」

「コドモノクニ」には、子どもたちのあこがれがいっぱい詰まっていました。

おもちゃがたくさん並んだ銀座のデパート。


ケーキやドーナツなど、見るからにおいしそうなお菓子。

有名な画家たちも活躍しています。
こちらは、叙情的な美人画で知られる竹久夢二の作品。

昭和を代表する日本画家、東山魁夷も、青年時代こんな絵を描いていました。

1冊50銭。
たいへん高価であったにもかかわらず、コドモノクニは多くの読者をひきつけたのです。

 

壱のツボ やわらかな色彩に秘密あり

「コドモノクニ」の絵は、どこか懐かしく、温かい、不思議な空気感に包まれています。
それまでの子ども向けの絵本にはなかった、色遣いです。

こちらは、明治から大正初期までの絵本。
赤や黄などの原色が使われ、非常に強い色合いです。

「コドモノクニ」には、意識的に優しい色彩を用いられました。
これは、当時としては革新的な色です。

この絵本を印刷していた工場で分析してもらいました。

表面をルーペでのぞくと、独特の色を出すためのあるくふうが施されていたことがわかりました。

今回分析してくださった川野辺武司さんです。

川野辺「当時、日本では導入したてのオフセット印刷で刷られているんですが、作家さんの色彩やタッチを忠実に表現するためにかなり手の込んだ作業をしています。」

レトロな絵本、壱のツボは、
「やわらかな色彩に秘密あり」

コドモノクニに使われていたのはオフセット印刷機。
日本に数台しかなかった最新の機械でした。

オフセット印刷では、まず、原画の写真を撮ります。
白黒カメラにフィルターをかけて基本となる3つの色の版を作ります。

赤のフィルターを通して青の版。
緑のフィルターで赤の版。
青のフィルターで黄色の版。
これに黒を加えた4色の版を組み合わせ、すべての色を表現します。

例えば、この赤茶色のセーターはどのように作られているのでしょうか?

絵の一部を拡大してみてみると・・
版を重ね、色の点を組み合わせることで赤茶色に見えていることがわかります。

オフセット印刷ではインクをうすめてグラデーションをつくることはできません。
そのため、点の大きさで色の濃淡を表現します。

点を小さくすると、すき間が多くなり、淡い色に。
逆に点を大きくすると、すき間が少なくなり、濃い色になります。

色の配分と大きさの異なる点によって、あらゆる色彩が作りだされていたのです。
原画の持つ微妙な色は、印刷職人たちが、色の点を巧みに組み合わせて表現したものです。

実は、「コドモノクニ」には、基本となる4色のほかに、もうひとつ、独自の色が使われていたことがわかりました。
それが、こちらのうす赤です。

うす赤を使ったものと、そうでないものとでは、どう違うのでしょうか。
それぞれ刷っていただきました。

こちらはうす赤が入っていないもの。

うす赤を加えると・・・
どうです?違いがわかりますか?
刷り上ったものを比較してみると・・・
子どものほおは、うす赤によって明るくふんわりと色づきました。

絵全体を比べると4色刷りでは絵がくすんで見えますが、うす赤が加わったものは、くすみがとれ、透明感が増していることがわかります。

「コドモノクニ」には、当時最高の技術と職人技が注ぎ込まれていたのです。

絵本編集者の松井直さんです。

松居「(「コドモノクニ」は)子どものための芸術の基礎をちゃんと作ったと思いますね。」

うす赤が効果的に使われている作品をご紹介しましょう。
真白な銀世界。

しかし、よく見ると、うす赤を使って、やわらかな雪の質感を出しています。

細やかな印刷技術が作りだす子どものための色彩がレトロな絵本に秘められているのです。

弐のツボ 線に潜む和のモダニズム

戦前の絵本をこよなく愛するコレクターの集まりです。
年に何度か自慢のコレクションを持ち寄り、情報交換しています。

この会を主催する絵本編集者の土井章史さんに線の特徴を聞いてみましょう。

土井「おそらく、当時の絵本の線は日本画の流れがあると思うんです。日本画と同様、書き直しが許されない緊張感がある線が揺るぎのない魅力として出ているんではないでしょうか。だから線だけ見ていても気持ちいいのだと思います。」


ふたつ目のツボは、
「線に潜む和のモダニズム」

当時の絵本に描かれた絵のほとんどは、輪郭線でふちどられています。

「コドモノクニ」を代表する画家・初山滋の作品。

初山は、ある時期、輪郭線のない絵を描く試みをしました。

色の違いだけで、人や物を描いています。
しかし、「コドモノクニ」では、こうした表現はほかの画家も含め、あまり行われませんでした。

初山も、再び輪郭線を描くようになります。
自由で生命感あふれる線がこの絵の主人公。

なぜ、画家たちは線を多用したのでしょうか?
大学で絵本づくりを教えている香曽我部秀幸さんです。

香曽我部「優美な線が加わることによっていちだんと色彩の美しさがひきたてられてると思います。そこには線そのものを美しく描くという日本の伝統的な美意識が感じられるんです。」

金魚すくいに集まった子どもや女性の着物は、明るい色彩でまとめられ、細く繊細な線で仕切られています。版画のような夏の情景です。

初山は日本画を学び、菱川師宣の絵を模写していたといいます。
初山は生前、こう語ったそうです。

「私の空想、私の夢は、私の筆の線に乗って、いろいろの楼閣をきずいていく。
線とともに、私の心も、それにつれられて、楼閣の中に誘われさまよいこんでゆく。」

こちらは、親しみやすい描写で人気があった岡本帰一の作品。

見るからにモダンな絵のなかに、日本画の技法が隠されています。

香曽我部「彼は毛筆でものごとの輪郭線を描くということがよくあるんですけど、その毛筆でなめらかな太い細いのリズムをつけて、いわゆる生命感のある線というのを描いています。コドモノクニは一見モダンな雰囲気がするんですけども線の表現ひとつを見ても日本独自の美意識を読み取ることができるんです。」

西洋的でモダンな絵の数々。
それを形作る線には、和の美意識が息づいていたのです。

参のツボ 文字と絵のコラボレーションを楽しむ

夢あふれる絵と詩で構成された「コドモノクニ」。
絵の中に文字をどうレイアウトするのかも、画家たちの腕の見せどころでした。

東京、文京区の弥生美術館には、画家・武井武雄の原画が保存されています。
子どもたちが望遠鏡を通して見ている景色が、しゃぼん玉のようにリズミカルに配置されています。

よく見ると、風景が描かれた円の中心に、コンパスを使った跡と思われる穴が空いていました。

ところが、円の描かれていない部分にも穴が。
一体、なぜなのでしょうか?

原画に、完成した絵本を重ねてみると・・・
穴があった位置には文字がレイアウトされていました。

余白に空けられた穴は文字と絵をどうレイアウトするか画家が試行錯誤した跡に見えます。

弥生美術館 学芸員の堀江あき子さんです。

堀江「コドモノクニという雑誌は絵を重視するために大判につくられました。そのため、このようにさまざまな画家がユニークなレイアウトに挑戦することができました。」

レトロな絵本、三つめのツボは、
「文字と絵のコラボレーションを楽しむ」

西洋の絵本によく見られる文字のレイアウトは、文章が四角い枠の中に入れられ、絵と分離されているのが特徴。

「コドモノクニ」も創刊当時は西洋の絵本にのっとり、絵と文字が分かれていました。

しかし、創刊から少し経つとレイアウトに変化が。
絵の中に文字を取り入れる試みがはじまったのです。

この絵は一見、文字が上に寄せられ、バランスが悪く見えますが、実はここがポイント。
右端に描かれた少女の視界を遮らないようにしているのです。

こちらは、文字が壁の模様のようにレイアウトされ、絵と、みごとなコンビネーションを見せています。

この作品は、絵本を超えて、もはやグラフィックアートの世界。
チュウチュウとハテナの文字が絵の中で遊んでいます。

絵本作家の五味太郎さん。
この時代の作品のレイアウトに触発されるといいます。

特に、五味さんを魅了したのが、絵本「たべるとんちゃん」。
初山滋が、昭和12年に発表した作品です。

食いしん坊の豚、とんちゃんがおいしいものを食べる旅にでかけるというこのお話。その斬新なレイアウトは読む人の常識を気持ちよく裏切っていきます。

右から左へ読むかと思えば今度は左から右へ。
読みにくくたってお構いなし。まさに思うがまま、自由自在です。

五味「こんなレイアウトまずいぞっていうぐらいな感じぐらいに自由ですよね。」

五味さんが特に感心したのがこのV字型のレイアウトです。

五味「僕も文字レイアウトでは考えるタイプだけどこりゃやったことはないな、と。ちょっとね、おれたちもね、自由と思っていてもねかなりしっかりしてなくちゃいけないなあってことを刺激されますよね、この世界は。」

ちなみに、このお話、レイアウトだけでなく、内容も斬新。

最後は、おいしいものを食べて丸々太ったとんちゃんが、とんかつ屋さんに買われてしまうのです。

子どもの個性や想像力を引き出すために作られたレトロな絵本。その輝きは今でも失われていません。

 

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

今回は私も絵本の世界にすっかり引き込まれました。「当時の子どもたちにとってあこがれの世界。ハイカラな流行の最先端だった」というお話がありましたが、あの子ども部屋の絵なんて、今の私が見ても「あ〜、こんな部屋が欲しかった!」と思う夢のような部屋。子ども時代の気持ちがよみがえります。
絵本の絵は、画家が自分の表現を追及するのみならず、読んでくれる子どもたちの姿を意識しながら描いた絵。印刷をした職人さんたちも同じ気持ちだったでしょう。絵本の中の少女の視界をさえぎらないように余白をつくるなんて、作り手の優しさと子どもたちへの愛情を感じます。その優しさが大人をもほっとさせてくれるのでしょう。心が洗われました。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
A pretty girl is like a melody George Shearing
Some day my prince will come Bill Evans
アメフリ 平井英子
兎のダンス 平井英子
Some day my prince will come Bill Evans
Stomping at the Savoy Benny Goodman
Can't we be friends ? George Shearing
Sinfonia U in G-moll, BWV 797 Richard Galliano Qualtet featuring Gary Burton
Brushes and brass Kenny Drew
Thou swell New York Trio
Cleopatra's dream Bud Powell
I waited for you Miles Davis
Rosetta George Shearing
Marcia Lee Conte Candoli & Lou Levy
Slowly Milt Jackson
Novel pets Django Reinhardrt
I don't stand a ghost of a chance with you George Shearing
It's a sin to tell a lie Patti Page
Do it the hard way Chet Baker
Waltz for Debby Richard Galliano Qualtet featuring Gary Burton
Waltz for Debby Richard Galliano Qualtet featuring Gary Burton
How come you do me like you do George Shearing