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File103 石灯籠(いしどうろう)


東京、六本木の一角に昭和初期に作られた日本庭園があります。
三菱財閥を率いた岩崎小彌太の邸宅のあとです。

池のまわりには、さまざまな形の石灯籠を目にすることができます。
こちらは、寺や神社でよく見られるもっともオーソドックスなもの。

背が低く水際に置かれることが多い雪見灯籠。

森の中には、素朴な石の形を生かしたものがひっそりと立っています。

石灯籠は日本の庭には欠かせない石で作った美術品です。


石灯籠が伝わったのは飛鳥時代。仏教とともに大陸からやって来ました。
奈良県の當麻寺(たいまでら)にあるのは日本最古のものとされています。


仏前に神聖な火をともす、献灯のために使われました。

電気がなかった時代、石灯籠は大切なともしびを守るものでした。
そのため、必ず火を入れる部分があります。

「火袋(ひぶくろ)」があるものをすべて石灯籠と呼びます。

桃山時代には、寺や神社だけでなく庭にも置かれるようになりました。
千利休が、茶室の周りの庭に古びた石灯籠をしつらえたのです。
以来、石灯籠は日本で独自に発展していったのです。

 

壱のツボ “頭でっかち”が美しい

まずは火を入れる部分に注目です。
奈良、春日大社に伝わる石灯籠は2000基以上。

日本一の数を誇ります。
さまざまな形のものが参道の脇に並びます。

年2回、節分と盆に行われる「万燈籠」。

すべての石灯籠に、明かりが灯されます。

もともとは雨ごいの神事として平安時代後期から行われてきたといわれています。

ともされた火が幻想的な空間を作り出します。

かつて石灯籠は、ひとつひとつ職人の手によって作られてきました。

40年間手彫りを続けてきた天岡美博さん。

天岡「古来の石灯籠のように火袋が大きいほうがどっしり見えるので、ぼくらもくふうして火袋をちょっと大きくします。」

神仏に火をささげる石灯籠は火袋の存在感が大切。

石灯籠鑑賞、一つ目のツボは、
「“頭でっかち”が美しい」

京都、宇治の平等院。平安時代、極楽浄土をイメージして建立されました。

鳳凰堂の前に立つ2メートル近い石灯籠。
その特徴は前後が突き抜けた大きな火袋です。
これは本尊の「阿弥陀如来」に大きな火をささげるためのものと考えられています。

一方、春日大社では石灯籠を奉納すると願いがかなう、とたくさんの人々が、800年にわたって石灯籠を寄進してきました。

春日大社権宮司の岡本彰夫さん。

岡本「神さまに“浄火”すなわち清らかな火を献じるため。それも毎日の常夜灯です。それを未来永ごう続けるため石で作ってあるんです。」

頭でっかちな石灯籠はなぜ倒れないのでしょうか?
見えない接合部分には、ほぞという突起があります。
もう一方の部分に穴を掘り、しっかりと組み合わせ、固定します。

現場では基礎をしっかり地中に埋め、バランスを調整しながら安定させます。
神聖な火を守る石灯籠、
決して倒れることがあってはなりません。

ここは、京都、浄瑠璃寺。
池をはさんで相対する二つの石灯籠。東の浄瑠璃浄土と西の極楽浄土、それぞれの仏にささげられた火です。
石灯籠の形は、尊い火に対する人々の思いから生まれたものです。

弐のツボ 刻まれた飾りに信仰の心

次は彫刻に注目です。
春日大社から名工である証の「春日大石匠」の名を与えられたただ一人の石工、左野勝司さん。
現在、寄進されている石灯籠は左野さんの手によるものです。

左野「石灯籠を見るとき、ひとつひとつをじっくりと、ある一点に目を向けてください。ずっと下まで見ていると、いいバランスでできている、とか、いい曲線だな、とかいろいろなことが分かってきます。」

春日大社の石灯籠の彫刻、まずは「鹿(しか)」です。
春日大社では聖なる動物として大切にされてきました。

こちらは「御蓋山(みかさやま)」。
社殿の東にあり古代から人々に親しまれてきた山並みです。
彫刻は、奉納される寺社にちなんだものがよく見られます。
そしてその彫刻、ひとつひとつに意味が込められているのです。

石灯籠鑑賞、二つ目のツボ、
「刻まれた飾りに信仰の心」

東大寺、大仏殿の前に置かれた八角大灯籠。
銅で作られています。

その表面には仏や獅子(しし)などの細やかな装飾や、煙を出すための格子の窓が見られます。

一方石灯籠にはち密な彫刻はできません。
格子窓の模様だけが彫られています。
のみを使って彫ることができる直線的で美しい模様が取り入れられたのです。

花びらのような模様が各所に彫られています。
「蓮弁(れんべん)」という模様です。
これは文字通り、ハスの花びら。


平等院 蔵

ハスの花は、仏教で、極楽浄土の象徴です。
仏像の台座など尊いものを表現するために使われてきました。

石灯籠を飾る彫刻には石工に託された深い信仰心が刻まれています。

参のツボ 点景に大自然を見る

最後は、石灯籠の置き方を見てみましょう。
京都、北村美術館。
その庭には、石灯籠の名品が置かれています。

一つ一つが庭に豊かな表情を与えています。
例えばこちら、重厚な美しさで重要文化財に指定されている鎌倉時代の八角石灯籠。
力強く堂々とした姿は庭全体を格調高く見せています。

縁側の前には火袋だけの置き灯籠。
森の中の小さないおりのような風情を感じさせます。

池には船宿のような三角灯籠。
このように石灯籠は風景に趣を添える点景の役割を果たしています。

作庭家の重森千青さん。

重森「日本人は、池を作って築山を作って石置いて、という一般的な庭の中に一つ灯籠を置き、景色の中で“点景物”として使うようになったんです。それは庭全体の風景を引き立てているのです。」

石灯籠を用いて 自然の中に新しい景色を作る。

石灯籠鑑賞、最後のツボは、
「点景に大自然を見る」

石灯籠の置き方は庭の状況によって決まる、と重森さんは言います。
この庭を例にすると、石灯籠を置くのは右奥が最適な場所です。
真ん中や左手前などは石灯籠が主張しすぎ、庭の調和を乱してしまうのです。

そしてもうひとつの条件が“灯障(ひざわり)”。
それは石灯籠の明かりの前を木々がほどよく隠す情景のこと。

見え隠れする石灯籠の火は“山の中の小さな家”。
人のぬくもりを感じさせる、そんな景色になるのです。

究極の庭の石灯籠をご紹介しましよう。
日本庭園の最高傑作といわれる桂離宮。
その庭は石灯籠の置き方が独特の風情を生み出しています。

池に突き出した小石の浜には岬灯籠。
大海を照らす灯台を思わせます。

石灯籠ひとつ置くだけで庭が見せる新たな表情。
石灯籠は、人の心と自然を結ぶ芸術品です。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

石灯籠・・・谷さんではないですが、普段はその存在をあまり意識していませんでした。
縁側に寝転がった谷さんがふと目にとめた立派な石灯籠も、あの庭にもともと置かれていたもの。「谷さんのお屋敷」には、私も何度かお邪魔しているはずなのですが・・・気がつかなかったです。石灯籠さん、すいません。
でも、番組をとおして感じたことは、庭にとけこむさりげない存在でありながら、それがなかったら、何か物足りないような気がするということ。船宿やいおりに見立てて、自然の中にある人々の暮らしを思いおこさせてくれる存在でもありますよね。それが、見る人の心をなごませてくれるのでしょう。
普通のお宅では石灯籠に明かりをともす機会は今では少ないと思いますが、いくら火袋があるとはいえ、実際に屋外で火を入れるのはなかなか大変。現代の普通のろうそくではすぐに消えてしまうので、撮影のときには、しんの太い和ろうそくを使ったそうです。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
Misterioso Kronos Quartet
I'm Old Fashioned John Coltrane
But Not For Me Kenny Burrell
I Loves You Porgy Keith Jarrett
The Pan Piper Miles Davis
Delilah (Delilah's Theme) Ellis Marsalis
Recado Bossa Nova Hank Mobley
Seductress Wynton Marsalis
Well, You Needn't Kronos Quartet
Autumn Leaves Jim Hall & Ron Carter
Whisper Not Lee Morgan
Maria Branford Marsalis
Times Like These Gary Burton & Makoto Ozone
Crepuscule with Nellie Kronos Quartet
Embraceable You Bud Shank
My Song Keith Jarrett
New Orleans Stomp Wynton Marsalis
Stella By Starlight Duke Pearson
Amazing Grace The Uptown String Quartet