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File94 暖簾(のれん)


壱のツボ 太陽が作る風合いを味わう

そよそよと風に揺れる暖簾…。
京都の町家に、彩りを添えています。

暖簾には陽を遮り、ほどよい風を取り込むという優れた機能があります。


デザイン 本間晴子

季節に合わせて暖簾を変える店もあります。
この老舗(しにせ)は、7月、祇園祭りのお囃子(はやし)が鳴り始めると朝顔の暖簾をかけます。

軽やかな麻の暖簾が客を招いているように見えるので客寄せ暖簾と呼んでいるとか…。


デザイン 本間晴子

日の出の柄は、大みそかから小正月に。


デザイン 本間晴子

その後、雪降り暖簾に掛け替えます。


デザイン 本間晴子

雷の暖簾は、いつ掛けるのでしょうか?


京都の和菓子屋の女将の芝田さんです。

芝田「雨が欲しいときに吊るすんです。でまあ、雨ごい暖簾とかいうたりしてますけど。あのあんまり反対に降りすぎた雨を止めて、梅雨明けを呼ぼうという気持ちもあったりして、これを吊ると不思議と雷が鳴るんです。で、どさっと降って止むんです。」


京都の町は、まさにアートギャラリー。
暖簾は、他の国には見られない、日本独特の生活の美です。



豊田満夫 蔵

日本一の暖簾コレクター、豊田満夫さん。
そのコレクションは、400枚以上!

豊田「暖簾の場合、今で言う自動扉みたいなもんでしょうね。まあちょっとのぞいた時点で、いらっしゃいって中からかけられますよね。そしたらいやおうなしに入らなきゃいない。」

なるほど、商売上手!だからくぐりやすいように布が分かれているのですね。

豊田「だいたい布の分かれは3枚から5枚。3、5、7奇数なんです。奇数ってことは、七五三じゃないけど、おめでたいし、数字がいいってことなんです。」

奇数は割り切れないから、余りが出る。商売に余裕が生まれるということです。
よく考えてありますね。

暖簾が店先を飾るようになったのは江戸時代初期。
「暖簾を守る」という言葉があるように、商人の心意気を表しています。

そのルーツは、仏と人間の世界を仕切る水引という布。

こうした布がやがて生活の中に取り入れられ、間仕切りや店の看板として用いられるようになりました。


豊田満夫 蔵

かつては暖簾の色で商(あきな)いも分かりました。
豊田さんのコレクションで最も古い江戸時代の薬屋の暖簾。
白は薬屋、菓子屋など砂糖を扱う店の色でした。


豊田満夫 蔵

紺は呉服や食品を扱う店。
染料の藍(あい)に防虫効果があるからです。

 

茶色は料亭や茶屋。
格式を感じさせるちょっと渋い色が好まれました。

シンプルな色の暖簾は、どれも日本の家屋や風景に美しく映えます。

太陽の光を受け、使い込むほどに独特の風合いが生まれます。

京都大原。天然の染料を使う染色が盛んな地域です。

そこで作られている暖簾が柿渋暖簾。
古くから伝わる伝統の色です。

染色職人の安井武史さん、将司さん兄弟は、柿渋の色にこだわって暖簾を作っています。
その魅力はどこにあるのでしょう。

安井「柿渋色は陽にあたればあたるほど色みが深みを増すという太陽がつくる色ですかね。」

陽にあたるほど、深みを増す柿渋色。
老舗の風格を感じさせる色として京都の人々に愛されてきました。

暖簾鑑賞の壱のツボ、
「太陽が作る風合いを味わう」

渋い茶色は、どのようにして生まれるのでしょうか。

染料は、青いうちに収穫した渋柿を絞り、発酵させたもの。
渋柿に含まれるタンニンという成分の働きで熟成し茶色になります。

安井「すぐにも使えるんですけど、寝かせた方が発酵が進んで、またタンニンがより深い味わいに、色合いになっていきますので、その時点で使うのがいいと思います。」

暖簾の染料は、5年以上熟成させたものを使います。
熟成させるほどに染料は色が深くなり、さらに陽に当てると発色が良くなります。

その特性を引き出すために、屋外で染色を行い、乾燥させます。
この間も柿渋色は少しずつ変化しています。

同じ条件で染めた暖簾でも年月が経つと色が違ってきます。

 

防水効果にも優れています。

柿渋で染めることで麻や綿などの布も一層長持ちします。

時を重ねるごとに味わいを増す暖簾は店と共にその歴史を刻んで行くのです。

 

弐のツボ 凛(りん)とした印の表情を見よ


デザイン 木版画家
徳力富吉郎

暖簾の顔となるのは、そこに描かれたさまざまな柄。

こちらの暖簾は、鈴。お客さんが鈴なりになるとの意味。

二つの円が繋がって「縁が切れない」
これも縁起のいい柄ですね。

京菓子の老舗。
人目を引く筆文字の暖簾です。

迫力ある筆のタッチが強い個性を出しています。
明治29年の創業当時から使い続け、古くなると同じものを作り替えてきました。

店主の高家昌昭さんです。

高家「この字が代々好きだったと思いますよ。私もこれを変えようとは思っておりませんし、まあ書体、この墨の運び具合、まあにじみ具合、案外いい字やと思ってずっと使っております。」

このように文字を白く染め抜く技を「印染め」といいます。
看板となる暖簾の個性は、印染めで決まります。

京都で印染めを手がける染色職人、山本昌宏さん。
染師の伝統を受け継ぐ三代目です。

山本「はい、これはもう店の顔であり、看板の変わりになりますからね。
まあシンプルなだけに印の白さ、そして線のシャープさがその美しさだと思いますね。」

暖簾の顔は、見事に染め抜かれた文字や文様。

暖簾鑑賞、二のツボは、
「凛とした印の表情を見よ」

山本さんに番組のタイトルを染め抜いてもらいます。

まずは、文字の輪郭を写す作業。
書家紫舟さんの繊細な線や個性を損なわないよう、小さな墨の跡、筆のかすれ具合まで正確に写し取ります。

職人には、どんな文字や文様も生き生きとした息づかいそのままに写しとる技が必要です。

文字の上を糊(のり)で再びなぞります。

糊を乗せた部分は、染料に染まらず、白く残ります。
わずかでも糊がはみ出せば、文字の姿は変わってしまいます。

山本「糊置きの状態もその通りそのライン通りに書くというのが一番むずかしいですね。その時に呼吸の仕方で、固い線は息を止めたり、やわらかい線は息を抜きながら、糊置きするとかですね。」

糊置きが終わると藍の染料で布を染めます。
にじんで細かい部分がつぶれてしまわないようにムラなくていねいに塗ります。

出来上がった美の壺の暖簾。
細い線も、筆のかすれ具合もみごとに染め抜かれています。

シンプルだからこそ際立つ職人の技。

一枚一枚時間をかけて染め抜かれた暖簾の顔は、くっきりとした表情を浮かべています。

参のツボ 図柄に込められた家族の絆(きずな)

最後は、暖簾が作る絆の物語です。

石川県七尾市で年に一度、華やかな花嫁道中が行われます。
伝統に乗っ取った婚礼の儀式を再現しています。

能登地方には江戸時代から独特の嫁入り道具が伝わっています。

それが、この花嫁暖簾。

加賀友禅で作られた美しい暖簾は婚礼のときだけかけられます。
こうしてそれを年に一度公開しています。

本来は、嫁入り先の仏間にかけ、ご先祖に結婚を報告するときに花嫁がくぐりました。

この暖簾は、昭和15年に結婚した高澤博子さんのもの。
去年、亡くなりましたが、暖簾を再び飾ったとき、両親との思い出を娘の行江さんに語って聞かせました。

高澤「うれしそうに元気になりましたので、親の想いっていうのはすごいなと思って感心したんです。まあ私も娘が一人おりますので、嫁ぐときがあれば、必ず絶対持たせようと強く思いました。」

親が娘に贈る、かけがえのない一枚の暖簾。

暖簾鑑賞、最後のツボは
「図柄に込められた家族の絆」

加賀友禅の職人、志田弘子さん。
地元七尾の花嫁暖簾を何枚も手がけてきました。

友禅染めの技法を使い手描きで、自在に図柄を描いて行きます。

志田「花嫁暖簾の場合は、やっぱりあの飾られたときのある程度の力強さと、そしてその一枚の絵で見たときのその構成も大事なことになってきますし、色とかもどんな風にしたらその柄を生かせるか、それは装飾的なことで構成を考えるのが、ちょっとむずかしいなと思うときもあります。」

今手がけている花嫁暖簾は、いつか嫁ぐ娘のために依頼されたもの。
図柄は、娘たちと山に登ったときの思い出です。

花嫁暖簾には決まった図柄はありません。
そこに描かれるのは親の思いです。

志田「何かしたい、娘に何かしてあげたいというその思いを少しでもお手伝いできるっていうことはほんとになんかすごい染めなんだって思います。
うれしい仕事だと思います。」

志田さんが2年前に描いた花嫁暖簾です。
暁の空を舞う、鯉(こい)のぼり。

5月5日に生まれた花嫁に贈られたものです。
鯉のようにたくましく生きて欲しい、という両親の想いが込められています。

桃色の鯉が母親、青い鯉が父親。

娘の手は、父親の鯉のヒゲをつかんでいます。
親子の絆を強く感じさせる花嫁暖簾です。

こちらはお母さんの手作り。
娘の幼いころの着物をほどき、友禅の反物の上にはり合わせました。
都会へ嫁ぐ娘の幸せを願いながら、一針一針縫いました。

鳥居「こういう暖簾を作らせてくれた娘にありがとうって、ほんとにありがとうです。」

能登の花嫁暖簾には、その一枚一枚に物語があります。

これは、友禅作家の志田さんが自分の娘のために作った暖簾。
松をくわえ巣作りを始める鶴(つる)に幸せを託しました。

一生に一度しかかけられない暖簾には家族の思いが詰まっています。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

風にゆれる暖簾。しわひとつないぱりっとした生地にくっきり染め抜かれた文字・・・見た目にもすがすがしさを感じます。そんなことを話していたら、『江戸では手あかのついた暖簾も、お店が繁盛している証拠として好まれるんですよ』とのディレクターの弁。なるほど。私たちが台所にかける暖簾とは違って、お店の暖簾は『店の看板』、いろんな思いがこめられているんですね。京都の和菓子屋さんの『古くなったら、同じものを作ってもらいます』という言葉もいかにも商いの家らしく印象的でした。
さて、これから暑くなると暖簾が似合う季節。柿渋で染めた暖簾は藍染にくらべて日差しに強いので、これからの季節、特におすすめだそうですよ!

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
The Morning After Chico Hamilton
Autumn In New York Buddy DeFranco
All The Things You Are 松本 茜
On The Sunny Side Of The Street Jimmy Smith
On Green Dolphin Street Miles Davis
Bewitched Paul Desmond
Miles Tones Turtle Island String Quartet
I Remember Clifford Eddy Louiss & Rochard Galliano
The Squimp Chico Hamilton
Afrodisia Kenny Dorham
Something To Remember You By Thad Jones
Naima Tommy Flanagan
Maria Branford Marsalis
Jonalah Chico Hamilton
Embraceable You Bud Shank
My Song Pat Metheny
Story 松本 茜
Green Eyes Pete Fountain