東京、原宿。若者に人気のエスニック・ファッションの店。 店内に並ぶ商品には異国情緒を感じさせるデザイン。 こうしたエスニック模様の多くは更紗がルーツです。
更紗とは、インドで作られた模様染めの布のこと。 インドでは、更紗は王侯貴族から庶民まで人々の生活に欠かせない布でした。 木綿に天然の染料でさまざまな模様が染められてきました。
そのインド更紗は15世紀から17世紀にかけての大航海時代、世界中に広まりました。 日本にも南蛮船によって持ち込まれました。 当時日本になかった木綿。 その貴重なインド更紗は大名などの限られた人々しか手に入れることができないものでした。 強烈な色彩、特にその赤は力強く、鮮やかです。 その独特の模様に遠く離れた異国へ思いをはせました。 インド更紗は今に至るまで日本人を魅了し続ける神秘の布です。
まずは、エキゾチックな模様を読み解いていきましょう。 3メートル四方の大きな壁掛け。
余白を埋め尽くすようにびっしりと描かれた人物や動植物。
その中心に描かれているのが一本の立ち木です。 これはインド更紗に多く見られる構図の一つです。
日本女子大学の小笠原小枝先生です。
小笠原「木の周りにあらゆる動物や鳥や草花が咲き乱れ、まさに楽園のような感じ。」
こうした模様は、生命に満ちあふれた楽園をあらわしたもの。
更紗鑑賞、最初のツボは、 「楽園の模様に生命の響き」
自然のあらゆるものに神を見い出すヒンドゥー教。 空を飛ぶ鳥や草花、野生の動物たちもさまざまな力を持っていると信じられているのです。
例えばハスの花は再生と創造の象徴。 象は幸運を授けてくれる聖なる動物です。 立ち木はこうした動植物が集う中心として常に描かれてきました。
この更紗は18世紀インドの藩主、マハラジャが壁掛けに使ったものと考えられています。
むせかえるように咲き乱れる花々。 まさに楽園の花樹(かじゅ)です。 この更紗を飾ることでマハラジャは楽園に身を置き永遠に続く繁栄を願ったのです。 生命力あふれる更紗の模様は世界中で好まれました。
日本へも立ち木模様をあしらった珍しい更紗が輸出されました。
立ち木として描かれている松は長寿の象徴。 そこにおめでたい鶴(つる)が舞います。 洋の東西を問わず人々は複雑な立ち木模様に楽園を見たのです。
インド更紗はひときわ目を引くのが赤です。 鮮やかな赤、深い赤、と多彩な赤が染め分けられています。
小笠原「木綿自体が日本では歴史が新しい。絹ではない木綿という別の素材で、力強い赤が魅力だったと思います。」
木綿に染められた鮮やかで表情豊かな赤に日本人は特別な魅力を感じました。
更紗鑑賞、二つ目のツボ、 「深く力強い祈りの赤」
染織史家の吉岡幸雄さん。 インド更紗の染めを再現してもらいました。
赤い染料はインドあかねの根から取り出します。
染色を助ける媒染剤としてみょうばんが使われてきました。
みょうばんに鉄分を加えると赤が深くなります。 媒染剤を塗り分けることで色の違いを出すのです。
吉岡「赤とか、華やかな赤系の色を木綿につけるということは、世界的にはインド人以外あまり習得してない。インドの風土と文化がはぐくんだのです。」
インドでは、赤は、生命力を表す色です。 結婚式のとき花嫁は、長寿や、家族の繁栄などの祈りをこめて赤い衣装に身を包みます。
15世紀につくられたインド更紗。 チベットの仏教寺院で使われていました。
500年以上の長い年月にわたって祈りの場を飾ってきた深く、そして力強い赤が残っています。
日本のファッションに大きな影響を与えた更紗。 鋸歯(きょし)模様というギザギザ模様が江戸時代初めごろ小そでに取り入れられ流行しました。 特に“かぶき者”といわれる派手な格好をした人々に好まれたのです。 また江戸時代を通して更紗を身にまとうことはおしゃれのあかしでした。
古裂商の西村凱さんです。
西村「更紗をまず着物に仕立てる。余ったものを表装して掛け軸に、お茶の道具に、と使っていく。小さい断片になっても使うのは日本人的独特の使い方だと思いますよ。」
更紗は、その小さな断片さえも大切にされ、時に継ぎ合わせてまで使われました。
更紗鑑賞、三つ目のツボは、 「小裂までも慈しむ」
お茶の世界では更紗は名物裂(めいぶつぎれ)と呼ばれ、道具を包む用途で使われてきました。 明治に入ると庶民の間にも更紗を使ったおしゃれが広まりました。
更紗で仕立てられたたばこ入れ。 人と違った物を持ちたい、という思いを満足させました。
更紗を愛し、集め続けてきた鈴木一(はじめ)さん。
大切にしているコレクション、表紙を開くと更紗の小さなきれが丁寧にはられています。
鈴木「こんな小さなきれでも、私には全体がわかるんです。」
鈴木さんが指し示したのはたて1.5センチ、よこ3センチほどのきれ。 わずかな模様のむこうに大きな一枚の布を思い描く、きれを愛する日本人だからこそ、の更紗の楽しみ方です。
昔の人は着物が古くなったら布団や座布団に縫い直して使うのがあたりまえだったと聞きます。更紗のはし切れを継ぎ合わせた小物には、そんな日本人の生活感がそのまま反映しているようで、心が洗われる思いがしました。小さなはし切れの向こうに大きな布を思い描く、その小さな布がたくさん組み合わされているのですから、どれだけ遠大な世界になるのでしょう。 我が家には旅行先のタイで求めた模様染めの布があります。棚の目隠しにしたり、ほこりよけにしたり・・・。木綿という素材も、現代では、扱いやすくふだん使いにぴったりです。高価なものではないので、かなりざっくりとした染め方なのですが、それでもプリントの布にはない手染めの味わいと鮮やかな色は、生活に潤いを与えてくれます。
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