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File84 歌舞伎入門 舞台編


壱のツボ 舞台は動く錦絵と心得よ

 

華やかな役者の演技を引き立てる、絵巻のような舞台。
観客を魅了してやまない、大仕掛けの『からくり』。

こちら、旧金毘羅大芝居(きゅうこんぴらおおしばい)・金丸座(かなまるざ)。
江戸時代後期の天保六年に建てられた、今に残る最も古い歌舞伎の芝居小屋です。 

そもそも、江戸時代から芝居小屋は神聖な場所でした。
色とりどりの幟(のぼり)や、正面に組み上げられた櫓(やぐら)は、芸能の神を招き祝うためのものです。
芝居小屋の中で観客は、日常を忘れて舞台に酔いしれたのです。

金丸座はおよそ八百人の観客を収容することができます。
一階の客席は升形に区切られ、観客は床に座って芝居を楽しみました。

観客は『歩み』と呼ばれる、板の上を通って、自分の席につきます。

天井全体に、張り巡らされた竹組み、『ぶどう棚』。
ここからさまざまな装置を吊(つ)るしたり、花吹雪を散らせたりしました。

また、客席の左右には『明かり窓』。
電気が無かった江戸時代、公演は主に日中に行われ、この窓を開け閉めして、明るさを調節しました。
毎年、春に行われる「こんぴら歌舞伎」では、江戸時代の雰囲気を再現しています。
もともとほの暗い中でも目立つようにと、衣装や舞台装置が派手になったともいわれています。

鮮やかな色使いとバランスの取れた構図で、芝居を引き立てる、歌舞伎の舞台装置。そこには、どんな秘密が隠されているのでしょう。

長年、歌舞伎の大道具を手がけてきた、金井勇一郎さんにうかがいましょう。

金井「歌舞伎の舞台セットは、西洋の演劇には無い、日本独自の美的感覚によって作られています。陰影はいっさい付けないで、錦絵のようにほとんどすべてが平面的な構成であるところが最大の特徴だと思います。俳優さんが舞台に上りますと、まさに、動く錦絵と言えます。」

錦絵とは、多色刷りの浮世絵版画のこと。

そこで、最初のツボは、
「舞台は動く錦絵と心得よ」

金井さんに、舞台装置を建て込んでいただきました。
出来上がったのは、『義経千本桜』の舞台。
桜咲き乱れる、吉野山の場面です。


最初に、「張物(はりもの)」と呼ばれる背景の描き方を見てみましょう。

金井「花びら一つ一つは精密に描かずに、デフォルメして描いております。これは、お客様の全体を見た時に美しく見えるように描かれています。」

確かに、近くから見た桜の絵は、形もシンプル。
それぞれの花は大ぶりで重ならないように描かれています。


また、松の木や川などもデフォルメすることで、遠くから見てもわかるようにくふうされています。

錦絵に通じる省略の技法によって物語を象徴する背景が美しく浮かび上がります。

平面的に描かれながらも、舞台に広がりや奥行きが感じられるのには理由があります。

 

まずは、舞台の上に飾られた「吊り枝」、実はこの、吊り枝があることによって、舞台に広がりがでるのです。
余白を埋めることで、無限に広がる桜を想像させてくれます。

 

さらに、奥行きを作り出すくふうです。
『義経千本桜』などに使われる千畳敷の大広間。かなり奥行きがあるように見えますが、実は、わずか1メートルで大広間の奥行きを表現しています。
床も天井も壁も極端に狭まる形になっているため、より奥行きがあるように感じられるのです。

 

限られた舞台の空間をより大きく見せるためのくふうの数々…
そこに役者が加わることで、舞台は、まさに、動く錦絵となるのです。

 

弐のツボ からくりに娯楽の神髄あり

 

廻(まわ)り舞台の効果が最大限に生かされる演目が、『平家女護島(へいけにょごがしま)』です。
島流しの罪人、俊寛(しゅんかん)は罪を許されますが、仲間のためにわざと人を殺(あや)めます。
仲間が島を出る中、一人残される、俊寛。
その姿を島を離れる舟から見ているかのように舞台が回転します。
舟を追う、俊寛の悲しみが伝わる名場面。
芝居の展開に添って、ダイナミックに舞台が変化するのが廻り舞台のだいご味です。

歌舞伎の舞台美術にも詳しい、研究家の金森和子さん。
歌舞伎の舞台の面白さは仕掛けを多用することだと言います。

金森「歌舞伎の中には、お客さんのどぎもを抜くというんでしょうかね。全体的に非常にユニークな発想がちりばめられているんですね。江戸時代にはものすごい仕掛けもあったんです。例えば、客席に大きな橋をしつらえたり、客席がパカッと割れて登場人物が現れたりとか、そういう、みんなが同じように楽しめる、それが芝居のからくりなのではないかと思いますね。」

二つ目のツボは、
「からくりに娯楽の神髄あり」

金丸座(かなまるざ)の廻り舞台は、直径7.2メートル。
ここに重さ数百キロのセットが乗ることになります。
その仕組みはどうなっているのでしょうか?

"奈落(ならく)"と呼ばれる舞台の下、これが廻り舞台の仕掛けです。
中心を軸にして、人力で廻します。
わずか数人で重いセットをのせた円盤を回転させることができます。
回転盤の下に、木で出来た直径10センチほどの滑車をぎっしりと並べることで、スムーズに回転する仕掛けのです。
奈落には、他にもからくりが隠されています。

これは"セリ"という仕掛け。セットや人を乗せて、舞台に登場させたり、引っ込めたりするときに使います。
セリを使った究極の大仕掛け。
『青砥稿花紅彩画(あおとのぞうしはなのにしきえ)』、最後の場面。
盗賊弁天小僧は、屋根の上で大勢の追手と大立ち回りを演じます。
このとき、セット全体はシンプルな白と黒。
そして、観念した弁天小僧が屋根の上で腹を切ると・・・
何と、大屋根は弁天小僧を乗せたまま、後ろに倒れてしまいます。
このどぎもを抜くような、大仕掛けが"がんどう返し"です。
さらに、舞台が倒れるとともに満開の桜が描かれた背景が立ち現れ、その前に極彩色の山門がせり上がってきます。劇的な色の変化です。

"がんどう返し"と"セリ"を併用した、大掛かりな舞台の転換。
からくりによって、華麗な色彩の変化までもが大胆に演出されるのです。

参のツボ 花道は変幻自在の舞台なり

まず、舞台と『花道』の位置関係から見ていきましょう。

『花道』は、舞台に向かって左側、観客席を貫くように伸びています。

演目によっては右側にも花道を作ります。それを、『仮花道(かりはなみち)』と呼んで区別しています。

こちらは、歌舞伎鑑賞歴60年、エッセイストの山川静夫さん。

山川「花道がもし無かったとしたら、歌舞伎の魅力は半減しますね。花道があるからこそ、歌舞伎なんですね。花道っていうのは、ものすごく利用価値がある。通路でありますし、川の土手にもなりますし、舟も行く、本当に多彩な使い方をしますよね。しかも、観客の中に入っていくんです。役者と観客の一体化ですね。手を結ぶというところが、花道の魅力だなぁ。」

そこで、三つ目のツボは、
「花道は変幻自在の舞台なり」

花道はどのような舞台効果を生むのでしょうか?
『浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなずま)』鞘当(さやあて)の場面。
主人公・名古屋山三(なごやさんざ)と敵役・不破伴左衛門(ふわばんざえもん)がそれぞれ花道からさっそうと登場します。
この場合、本花道と仮花道は、一本の道に見立てられ、お互いが近づいて来るという想定。一触即発の場面です。
この時、役者が花道で立ち止まって芝居をする場所を『七三(しちさん)』と呼びます。
舞台の一歩手前で芝居をすることで、本舞台への 観客の期待感をいっそう高めます。

歌舞伎俳優、10代目・坂東三津五郎(ばんどうみつごろう)さん。花道は演者にとっても特別な場所だといいます。

坂東「花道はやっぱり、出て行く瞬間、それから、引っ込む時、お客様の視線を一身に集める演技の場所ですから、役者にとって気持ちのいい場所。それから、お客様にとっても、お客様の間を通って役者が出たり入ったりしますから、見る側にとってもワクワクする、不思議な魔力を持った空間だと思います。」

 

花道は"引っ込み"、つまり、退場する時の芝居の見せどころでもあります。
中でも有名なのが『勧進帳(かんじんちょう)』の引っ込み。
『勧進帳』は、源頼朝に追われる義経が、山伏の一行に成りすまして、関所を通り抜けようとするストーリーです。

弁慶が必死になって関守を説き伏せ、義経を先に出発させます。
そして、幕を締めた後にさら見せ場が待っています。
一人花道に残った弁慶は、先を行く義経を追いかけようとします。
この時、見得の後、勇ましく飛ぶように駆けていく演技こそ、『六方(ろっぽう)』です。
左右の手足を大きく振り出す動きによって芝居は強烈な印象で終わります。

 

山川「歌舞伎っていうのは、芸道なんですね。芸の道、この芸の道はですね、やはり、結果を考えないで、前へ前へと進んでいく、そういう、過程を大切にする芝居なんですね。西洋の演劇にはカーテンコールがありますけど、歌舞伎にはカーテンコールがありません。その代わりに幕外の引っ込みというのがありまして、役者がそこでもって、最後の正念場、さあ、これから、私は明日に向かって進んでいきます。という、芸の道をですね、客席に向かって、ずうっと中へ中へと入っていって、最後に遠ざかっていく、そういう名残の道、そんな道にも私には思えるんですねぇ。」

幕が閉まった後もなお、客を惹き付けてやまない、引っ込みの芸。
花道は、数々の名優たちが華を咲かせてきた、大舞台でもあったのです。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

歌舞伎を見に行って驚くことは、華やかで派手な舞台と、意外にも『遊び心』にあふれた演出。宙乗りや早がわりはもちろん、演目にもよりますが、時には時事ネタを取り入れたアドリブ(コント?)まで展開されるサービスぶりで客席は大爆笑。「美」を追求しながらも、時代の最先端をとらえ人々を驚かせてきた演劇「歌舞伎」の面目躍如といったところでしょうか。
大向こう(役者にかける掛け声)に代表されるように客席と舞台の近さも歌舞伎の大きな特徴。観客をびっくりさせるような演出には、そんな伝統も感じます。
私が特に好きなのは舞台いっぱいに季節感が表現されること。桜の場面だったら、舞台は上も下も右も左も、これでもか、というぐらいの桜!桜!桜!の花盛り。歌舞伎の場合、幕が開くともう一枚「浅葱幕」(あさぎまく)という水色の幕が吊ってあって、柝(き)の音を合図にこの幕が引き落とされ、一瞬にしてその光景が目に飛び込んでくるのですが、その華やかなこと!何度見ても息をのんでしまいます。

* 私が担当している『日本の伝統芸能』(教育テレビ水曜午後2時他)も4月は『歌舞伎入門』、片岡仁左衛門さん、坂東三津五郎さんが歌舞伎の魅力をわかりやすく、そして深く教えてくださいます。どうぞご覧ください。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Li’l Darlin Turtle Island String Quartet
Sumi-E 秋吉 敏子
No.2 Chick Corea
Eulogy 秋吉 敏子
The First Night 秋吉 敏子
Alice In Wonderland Branford Marsalis
Naima Turtle Island String Quartet
Urban Rhapsody 秋吉 敏子
Alligator Bogaloo Lou Donaldson
Bento Box Gary Burton & Makoto Ozone
Sidewinder Turtle Island String Quartet
Prayer Miles Davis
Doolin’ Ray Bryant
All Or Nothing At All John Coltrane
Prelude To A Kiss 秋吉 敏子
Us Three Horace Parlan
State Of The Unison 秋吉 敏子